第85話「王城騎士団、無能王子は“ここから先へ進ませない”と雷を纏う」
王立アルディア学園、正門前。
空気が張り詰めていた。
白銀の鎧。
王城直属紋章。
整列する三十騎。
朝日を反射する槍と剣。
その中央に立つ男だけが、異質な空気を纏っていた。
白金髪。
蒼い外套。
端正すぎる顔立ち。
だが、その瞳には温度がない。
冷たい。
静かに人を切り捨てられる目。
「王命だ」
男は淡々と繰り返した。
「罪人を引き渡せ」
学園正門前。
教師陣が結界を展開し、生徒避難が進められている。
だが完全には隠し切れない。
遠巻きに様子を見ている生徒たちもいた。
「あれ、王城騎士団……」
「なんで学園に……?」
「戦争でも始まるのか……?」
不安が広がる。
当然だ。
王城騎士団が学園を包囲するなど、普通ではありえない。
その緊張の中。
学園側の門がゆっくり開いた。
最初に現れたのはバルド。
巨大な体格。
軍服。
重圧。
王城騎士団の何人かが顔をしかめる。
「……西部方面軍副司令」
「なんでここにいる」
バルドは鼻を鳴らした。
「学園側協力者だからな」
その後ろ。
学園長。
カティア。
教師陣。
そして。
レオン。
リリアーナ。
エリシア。
アルベルト。
ルカ。
学園側の空気が、一気に変わる。
特に王城騎士団側の反応が大きかった。
「……レイ・アルディア」
中央の男が静かに目を細める。
「生きていたか」
レオンは男を見る。
「知り合いか」
アルベルトが小さく聞く。
「少し」
短く答える。
男はゆっくりと名乗った。
「クラウス・ヴァン・エルディア」
「王城直属第一騎士団、副団長」
ざわめき。
教師側にも緊張が走る。
第一騎士団。
つまり、王城戦力の中枢。
その副団長が直々に来ている。
クラウスはレオンを見たまま言った。
「東の塔から消えた無能王子が、まさかここまで騒ぎを起こすとはな」
レオンは表情を変えない。
「お前が来るとは思わなかった」
「こちらもだ」
クラウスは静かに返す。
「王城は、お前を既に終わった存在として扱っていた」
一拍。
「だが、違ったらしい」
その言葉には、僅かな警戒が混じっていた。
レオンの背後で、黒雷が小さく弾ける。
ヴァルガが低く笑う。
『主、こいつ強ぇぞ』
『空気が違う』
ノワールも影の中で目を細める。
『血の匂いがする』
クラウスの周囲だけ、空気が違う。
騎士というより、処刑人。
何人も斬ってきた目だ。
「話は簡単だ」
クラウスが言う。
「国家機密漏洩」
「地下施設襲撃」
「王城機密奪取」
「元監察官保護」
「被験者拉致」
「十分に反逆行為だ」
アルベルトが前へ出る。
「拉致だと?」
「保護したんだよ」
クラウスの視線が動く。
第二王子を見る。
「……アルベルト殿下」
「随分、危険な側へ立たれましたね」
「危険なのはそっちだろ」
アルベルトが睨み返す。
「子供使って実験してた連中が、正義ぶるな」
一瞬。
騎士団側の空気が揺れた。
何人かは本当に知らないのだろう。
顔色が変わっている。
クラウスだけは変わらない。
「証拠は?」
「ある」
レオンが即答する。
「記録結晶」
「被験者名簿」
「処分記録」
「王城承認印」
クラウスの目が細くなる。
だが、動揺は見せない。
「偽造かもしれない」
「なら確認しろ」
「その前に回収する」
即答。
レオンは理解する。
こいつは交渉に来たんじゃない。
回収。
もしくは排除。
最初からそれが目的だ。
「被験者も引き渡してもらう」
クラウスが続ける。
「国家資産だ」
その瞬間。
レオンの周囲の空気が変わった。
黒雷が静かに広がる。
リリアーナが息を呑む。
エリシアも目を細める。
怒っている。
かなり。
静かすぎるほどに。
「……今」
レオンが低く言う。
「何て言った」
クラウスは平然と返した。
「国家資産」
「神霊適合体は王国管理下に置かれるべきだ」
「戦力としてな」
黒雷が弾けた。
バチィッ!!
地面が裂ける。
騎士団側が一斉に構えた。
空気が緊張で凍る。
レオンの目は、完全に冷えていた。
「名前がある」
一歩。
「ルミア」
「ユノ」
「ミナ」
「テオ」
「サーシャ」
「ニル」
短く。
一人ずつ。
レオンは名前を口にする。
「資産じゃない」
一拍。
「人間だ」
その声は大きくない。
だが、重かった。
クラウスは静かにレオンを見る。
「……随分変わったな」
「そうか」
「昔のお前なら、他人へそこまで興味を持たなかった」
リリアーナが少しだけ驚く。
クラウスはレオンの過去を知っている。
東の塔にいた頃の。
誰も信じず。
誰にも期待せず。
何も持っていなかった頃のレオンを。
「今は違う」
レオンが答える。
「見たからな」
「地下を」
「名前を奪われた奴らを」
クラウスは少しだけ目を伏せた。
ほんの僅か。
何かを考えるように。
だが、次の瞬間には消えていた。
「なら、なおさら危険だ」
「何がだ」
「感情で動く力は暴走する」
クラウスが剣へ手を置く。
「王国は安定を優先する」
「そのための犠牲は必要だ」
レオンが即答する。
「お前の子供でやれ」
騎士団側がざわつく。
「無礼だぞ!」
「第一騎士団副団長に!」
「黙れ」
クラウスが手で制する。
彼は静かにレオンを見ていた。
「……本気で敵になる気か」
「最初に来たのはそっちだ」
「王命だ」
「知らない」
クラウスの目が細くなる。
「お前、それがどういう意味か理解しているか?」
「理解してる」
「なら」
一拍。
「王家へ剣を向けるのか」
その言葉に。
空気が止まる。
アルベルトも息を呑む。
第一王子。
第二王子。
そして王家。
ここでレオンが頷けば。
完全に“反逆”になる。
リリアーナが不安そうにレオンを見る。
エリシアも静かに息を止める。
だが。
レオンは迷わなかった。
「向ける」
即答だった。
騎士団側が一斉に殺気立つ。
剣が鳴る。
槍が構えられる。
クラウスの目だけが、少しだけ揺れた。
「……そうか」
その時。
学園側の建物二階。
医務棟の窓。
そこから小さな影が見えた。
ユノ。
そしてルミア。
毛布を抱えながら、不安そうにこちらを見ている。
クラウスの視線もそちらへ向いた。
ルミアがびくっと震える。
顔色が真っ青になる。
「っ……」
彼女は反射的に後退ろうとした。
だが。
レオンが前へ出る。
自然に。
その視線を遮るように。
「見るな」
低い声。
クラウスはレオンを見る。
「庇うのか」
「ああ」
「実験体を」
「人間をだ」
その瞬間。
ルミアの瞳が大きく揺れた。
“人間”。
また言った。
王城側の人間が、“器”ではなく。
ちゃんと“人間”と言った。
ユノが小さくレオンを見る。
その視線は、もう怯えだけじゃなかった。
信じようとしている目。
リリアーナは胸を押さえる。
レオンが少しずつ変わっている。
でも。
それ以上に。
周囲を変えている。
クラウスが静かに剣を抜いた。
白銀の細剣。
鋭い。
無駄のない構え。
「最終通告だ」
騎士団全体へ緊張が走る。
「罪人を引き渡せ」
「従わない場合」
一拍。
「王命執行を開始する」
学園側の結界が光る。
教師陣も構えた。
バルドが巨大な戦斧を担ぐ。
「ったく、朝から面倒だな」
エリシアの魔力陣が広がる。
リリアーナも銀色の結界を展開。
アルベルトの炎剣が燃え上がる。
そして。
レオンの黒雷が、静かに空気を裂いた。
バチバチバチ――!!
地面を黒い雷が走る。
騎士団側の何人かが息を呑んだ。
「黒雷……!」
「神霊契約者か!」
「まさか本当に……!」
クラウスだけが静かだった。
だが、その目には明確な警戒が宿っている。
「レイ・アルディア」
低い声。
「最後に聞く」
「本当に戻らないのか」
レオンは答える。
「戻る場所が違う」
クラウスが止まる。
「何?」
レオンは後ろを見た。
学園。
リリアーナ。
エリシア。
アルベルト。
ルミア。
ユノ。
待っている場所。
帰る場所。
東の塔にはなかったもの。
「ここだ」
短い言葉。
その瞬間。
リリアーナの胸が熱くなる。
エリシアも静かに目を細める。
アルベルトが苦笑する。
「……ほんと変わったな、お前」
クラウスは数秒黙った。
そして。
静かに剣を構える。
「残念だ」
「俺もだ」
レオンが答える。
次の瞬間。
クラウスが消えた。
「っ――!」
音より速い。
白銀の斬撃が、一直線にレオンへ迫る。
だが。
レオンも既に動いていた。
黒雷加速。
地面が爆ぜる。
雷を纏った刀が、白銀の剣と激突した。
ギィィィィンッ!!
衝撃波。
空気が裂ける。
教師陣が息を呑む。
速い。
両方とも。
初撃だけで地面が砕けた。
クラウスの目が僅かに見開かれる。
「……右腕を壊して、この速度か」
「お前も速い」
「褒め言葉として受け取っておく」
火花が散る。
雷が弾ける。
王城騎士団と学園。
ついに。
正面衝突が始まった。




