第84話「学園包囲、無能王子は“返さない”と初めて宣言する」
学園本館。
第一会議室。
重苦しい沈黙が落ちていた。
『王城騎士団が来ています』
『対象は、レイ・アルディア、ルカ・クローディア、そして救出された被験者全員』
教師の報告は、会議室の空気を完全に変えた。
王城が動いた。
しかも早い。
証拠を掴まれた瞬間、即座に回収へ来た。
つまり。
王城側も、この件を“隠す必要がある”と理解している。
「チッ……」
アルベルトが舌打ちする。
「露骨すぎんだろ」
エリシアが目を細める。
「焦っていますわね」
「当然です」
学園長が低く返す。
「地下施設が崩壊した時点で、王城側は何者かが侵入したことを把握している」
「そこへ、救出された子供たちと記録結晶」
「黙っている理由がありません」
バルドが腕を組む。
「人数三十、か」
軍人の顔だった。
既に頭の中で戦力計算をしている。
「通常の騎士団編成なら、威圧目的としては十分」
「だが」
一拍。
「回収目的にしては少ない」
レオンが聞く。
「どういう意味だ」
「本気で戦争する気なら百は来る」
「三十は、“抵抗されない前提”の数だ」
会議室の空気が冷える。
つまり。
王城はまだ、“学園が逆らわない”と思っている。
「舐められてますわね」
エリシアが静かに言う。
「実際、普通の学園なら従う」
カティアが答える。
「相手は王城直属騎士団」
「逆らえば反逆扱いされかねません」
リリアーナが不安そうにレオンを見る。
レオンは静かだった。
怒鳴らない。
荒れない。
ただ、静かに冷えている。
それが逆に怖い。
「……レイさん」
「何だ」
「無茶しませんよね?」
「するかもしれない」
「してくださいじゃないです!」
リリアーナが思わず声を上げる。
会議室の空気が少しだけ緩んだ。
だが、すぐに戻る。
現実は重い。
もし王城騎士団へ反抗すれば。
学園は“王命拒否”として扱われる可能性がある。
それはつまり。
国家との対立だ。
学園長が静かに言う。
「まず確認します」
「我々は、子供たちを引き渡すべきだと思いますか?」
沈黙。
長い沈黙。
そして。
「論外だ」
最初に答えたのはバルドだった。
全員が見る。
軍人は低く続ける。
「子供を実験材料にする連中へ返す?」
「そんなもの、軍人として許容できん」
アルベルトが即座に頷く。
「当然だ」
「俺も反対だ」
エリシアも迷わない。
「わたくしもです」
リリアーナは強く拳を握る。
「絶対に嫌です」
「やっと安心して眠れたんです」
「また連れて行かれたら……」
その声が震える。
昨夜のユノを思い出す。
名前を呼ばれて泣いた子供たち。
あれをもう一度地獄へ戻す?
そんなの、絶対に駄目だ。
会議室の視線が、最後にレオンへ向く。
レオンは短く言った。
「返さない」
空気が止まる。
短い。
でも。
その一言には、はっきりとした意志があった。
「……返さない」
もう一度。
今度は少し低く。
「絶対に」
リリアーナの胸が熱くなる。
エリシアも静かに目を細めた。
アルベルトが小さく笑う。
「お前、そういう顔できんだな」
「何だ」
「王子っぽい」
「嫌だな」
「そこ否定すんな!」
その時。
会議室の外から、再び慌ただしい足音。
別の教師が飛び込んでくる。
「学園長!」
「騎士団側、正門前で要求を開始しています!」
「内容は!」
「“国家反逆者の引き渡し”!」
ざわめき。
「レイ・アルディア」
「ルカ・クローディア」
「及び国家機密に関与した被験者全員」
「速やかな引き渡しを要求しています!」
アルベルトが顔を歪めた。
「クソが……!」
「最初から口封じ目的じゃねぇか!」
ルカが静かに呟く。
「当然だ」
全員が見る。
ルカは表情を変えない。
「赤眼は痕跡を残さない」
「被験者も、監察官も」
「全員消す」
その声には、嫌というほど現実を知っている重さがあった。
リリアーナが息を呑む。
「ルミアさんたちまで……」
「生かしておけば証言される」
ルカが低く続ける。
「だから回収する」
「拒否すれば?」
エリシアが問う。
「強行突入」
即答だった。
空気がさらに重くなる。
バルドが椅子から立ち上がった。
「なら決まりだ」
軍人の目。
完全に戦場の顔。
「学園防衛に入る」
教師陣がざわつく。
「本気ですか!?」
「相手は王城騎士団ですよ!」
「だから何だ」
バルドの声が低く響く。
「子供を売る軍人がいるか」
誰も返せなかった。
バルドはレオンを見る。
「無能王子」
「何だ」
「戦えるか」
リリアーナが即座に反応する。
「駄目です!」
「右腕、まだ治ってません!」
エリシアも頷く。
「かなり無茶をしていますわよ」
レオンは包帯の右腕を見る。
確かに痛い。
だが。
「動く」
「駄目です!」
リリアーナが本気で怒った。
「今倒れたらどうするんですか!」
「倒れない」
「昨日もそう言ってました!」
「……」
反論できない。
アルベルトが吹き出す。
「そこは認めんのかよ」
「事実だ」
「最近ちょっと素直すぎて怖ぇな」
だが。
レオンは静かに立ち上がった。
右腕が軋む。
痛みが走る。
それでも止まらない。
「行く」
リリアーナが息を呑む。
「レイさん……」
「子供たちは」
一拍。
「俺が守る」
その言葉。
それは宣言だった。
昔のレオンなら、言わなかった。
守るなんて、口にしなかった。
失うのが怖かったから。
自分にそんな価値はないと思っていたから。
でも今は違う。
守りたいと思っている。
失いたくないと思っている。
その変化を、リリアーナはちゃんと知っていた。
だから。
胸が熱くなる。
「……じゃあ」
リリアーナが前へ出る。
「わたしも行きます」
「駄目だ」
「なんでですか!?」
「危険だ」
「レイさんもです!」
「俺は戦える」
「わたしも戦えます!」
その声には迷いがなかった。
銀色の魔力が、わずかに揺れる。
地下で。
崩落の中で。
彼女は確かに変わった。
もう、守られるだけではない。
支える側へ進もうとしている。
エリシアが静かに笑う。
「リリアーナ様、完全に止まりませんわね」
「止まりません」
「でしょうね」
アルベルトも立ち上がる。
「じゃあ俺も行く」
「お前は来ると思った」
「誰のせいだと思ってんだ」
「知らない」
「お前だよ!」
その時。
会議室の扉が、また静かに開いた。
入ってきたのは。
ルミアだった。
「っ……」
リリアーナが驚く。
「ルミアさん!?」
まだ顔色は悪い。
だが、目だけはしっかりしている。
後ろにはユノもいる。
ルミアは震えながら言った。
「わたしたちの、せいでしょ」
空気が止まる。
「だから」
彼女は怖そうに、それでも前を見る。
「逃げない」
ユノも小さく頷く。
「……もう、隠れるだけ嫌だ」
レオンは二人を見る。
「駄目だ」
即答だった。
ルミアが目を見開く。
「でも――」
「お前たちは休め」
「戦う必要はない」
「でも!」
ルミアの声が震える。
「また、みんなのせいで誰か傷つくの嫌なの……!」
その言葉。
地下で、何度も自分を責めていた少女。
自分が器だから。
自分がいるから。
だから周囲が壊れると思い込んでいる。
レオンは静かに言った。
「違う」
ルミアが止まる。
「悪いのは赤眼だ」
「お前じゃない」
「でも……!」
「お前は生きろ」
一拍。
「取り戻した名前で」
ルミアの瞳が揺れる。
泣きそうになる。
でも、今度は崩れなかった。
ユノがルミアの服を掴む。
「……ルミ姉」
ルミアは弟を抱きしめる。
震えながら。
「……うん」
小さく頷いた。
バルドがその光景を見て、低く笑う。
「本当に無能王子か?」
「そう呼ばれてる」
レオンが答える。
「見る目がなかったな、王都の連中は」
「今も多い」
「なら」
バルドは口元を吊り上げる。
「少し驚かせてやるか」
学園長が静かに頷く。
「総員、防衛配置」
「生徒避難開始」
「医務棟は最優先防衛区域とする」
教師たちが一斉に動き出す。
会議室が戦場準備へ変わる。
エリシアが魔導端末を展開する。
「東棟結界、再調整します」
「リリアーナ様、補助を」
「はい!」
銀色と青白い術式光が広がる。
アルベルトは炎剣を呼び出す。
「久々に暴れられそうだな」
「楽しそうですわね」
「少しだけな」
「殿下は戦闘狂気味ですもの」
「お前に言われたくねぇ」
ルカが静かに立ち上がった。
拘束具付きのまま。
だが、その目は完全に覚悟を決めている。
「私も行く」
空気が止まる。
カティアが険しい顔をする。
「あなたは監視対象です」
「分かっている」
「なら何故」
ルカは静かに答えた。
「赤眼のやり方を、一番知っているのは私だ」
「そして」
一拍。
「今度は、止める側に立ちたい」
リリアーナが目を見開く。
エリシアも静かに見る。
レオンは数秒黙り。
「……来い」
短く言った。
ルカが少しだけ目を細める。
「信用するのか」
「してない」
「だろうな」
「でも」
レオンは続ける。
「逃げない顔してる」
ルカは返せなかった。
その時。
学園中へ鐘の音が響いた。
ゴォォォォン――!!
緊急警戒鐘。
学園全体がざわつき始める。
生徒たちの悲鳴。
教師たちの指示。
走る足音。
王城騎士団。
ついに、学園へ手を伸ばした。
レオンは会議室の窓から外を見る。
正門前。
白銀の鎧。
王城直属紋章。
三十騎。
中央には、一人の男。
長身。
白金髪。
蒼いマント。
そして。
冷たい瞳。
男は学園を見上げ、静かに言った。
「レイ・アルディア」
低い声。
「王命だ」
「罪人を引き渡せ」
その瞬間。
レオンの背後で、黒雷が静かに弾けた。
ヴァルガが笑う。
『始まるな』
ノワールも影の中で目を細める。
『王城の犬』
レオンは静かに前へ出る。
右腕はまだ痛む。
それでも。
止まらない。
「……行くぞ」
学園を守る戦いが、始まろうとしていた。




