第83話「緊急会議、無能王子は“王城の闇”を真正面から暴く」
学園本館、第一会議室。
重厚な扉の前で、レオンは小さく息を吐いた。
「……面倒だ」
「逃げませんよね?」
横から即座に声が飛ぶ。
リリアーナだった。
今日は制服姿だが、表情はかなり真剣だ。
昨夜からほとんど休めていないはずなのに、目には強い光が残っている。
レオンは少しだけ視線を逸らす。
「逃げない」
「本当ですか?」
「たぶん」
「信用なりません」
即答だった。
エリシアが後ろで小さく笑う。
「リリアーナ様、完全に扱いを理解しましたわね」
「理解したくてしたわけじゃありません……」
「でも慣れてきましたでしょう?」
「……否定はできません」
アルベルトが腕を組みながら言う。
「つーか、お前ほんと変わったよな」
「何がだ」
レオンが聞く。
「前なら絶対来なかっただろ、こういう会議」
「嫌いだ」
「知ってる」
「今も嫌いだ」
「それも知ってる」
アルベルトは少し笑う。
「でも来た」
レオンは返さない。
だが、その沈黙が答えだった。
扉の向こうから、ざわめきが聞こえる。
既に会議は始まりかけているらしい。
学園長。
カティア。
教師陣。
学園所属の貴族代表。
一部軍関係者。
そして、学園へ協力的な地方領主側の使者。
かなり大規模な緊急会議だ。
理由は当然。
赤眼。
王城。
地下施設。
そして、記録結晶。
「……行きますわよ」
エリシアが静かに言う。
レオンは短く頷いた。
扉が開く。
瞬間。
会議室中の視線が、一斉にこちらへ向いた。
重い。
鋭い。
探るような視線。
警戒。
疑念。
そして、期待。
レオンは慣れていない。
むしろ嫌いだ。
大勢に見られるのは、今でも好きではない。
だが、逃げない。
逃げられない。
ルミアたちの顔が浮かぶ。
ユノ。
ミナ。
テオ。
サーシャ。
ニル。
名前を呼ばれて泣いた子供たち。
あれを見てしまった。
だから、ここに立っている。
「レイ・アルディア」
低い声が響く。
軍服姿の壮年男性。
王国西部方面軍の副司令官、バルド・グレイヴ。
巨大な体格。
傷だらけの顔。
いかにも軍人という空気。
彼は腕を組みながら、レオンをじっと見ていた。
「お前が地下施設から戻った“無能王子”か」
会議室が少しざわつく。
無能王子。
今でも、その呼び名を使う者は多い。
だが。
レオンは表情を変えなかった。
「ああ」
短く答える。
バルドは目を細めた。
「随分落ち着いているな」
「慣れてる」
「侮辱にか?」
「見られることに」
一拍。
「昔から多かった」
その返答に、会議室の空気が少し変わる。
同情ではない。
だが、軽く扱えない空気になった。
学園長が席を示す。
「座ってください」
レオンたちは席へ着く。
リリアーナとエリシアはレオンの両隣。
アルベルトは少し離れた位置。
その並びだけでも、かなり異様だった。
追放された第一王子。
第二王子。
侯爵令嬢。
平民特待生。
元赤眼監察官。
普通なら絶対同席しない。
だが今は、同じ方向を向いている。
学園長が静かに口を開いた。
「これより、緊急会議を開始します」
「議題は、王都東区画地下施設」
「通称“赤眼施設”について」
空気が引き締まる。
学園長は続ける。
「まず確認事項です」
「地下施設から、多数の被験者が救出されました」
「全員、現在は学園保護下にあります」
「そして」
一拍。
「地下施設から、王城上層部との繋がりを示す証拠が発見されました」
ざわめき。
貴族側席が揺れる。
「馬鹿な……」
「本当に王城が?」
「ありえん……!」
だが、軍側は静かだった。
特にバルドは、目を閉じたまま腕を組んでいる。
まるで、ある程度予想していたように。
「静粛に」
学園長の声。
ざわめきが止まる。
「まず、現場から帰還したレイ・アルディア君より報告を行います」
レオンへ視線が集まる。
リリアーナが小さく心配そうに見る。
レオンは立ち上がった。
会議室は静かだ。
誰も喋らない。
全員が見ている。
レオンは、それでも淡々と話し始めた。
「地下には、複数の隔離区画があった」
「被験者は子供が多い」
「神霊適合実験を受けていた」
「暴走個体も存在した」
言葉は短い。
だが、それだけで十分重かった。
「被験者は名前を奪われていた」
「番号や器として扱われていた」
「失敗した場合は処分」
「暴走した場合は廃棄」
空気が凍る。
貴族席の一人が顔を青くする。
「……人間を、廃棄だと?」
「そう書かれていた」
レオンが即答する。
「証拠もある」
ミーアが記録書類を配る。
会議室中に紙が渡っていく。
ページをめくる音。
そして。
息を呑む音。
「っ……」
「これは……」
「こんなもの……!」
被験者番号。
適合率。
暴走率。
処分記録。
無機質な数字。
だが、その数字一つ一つが命だった。
リリアーナは改めて胸が苦しくなる。
昨夜見た子供たちの顔が浮かぶ。
あの子たちは、こんな紙の中では“数字”だった。
許せるわけがない。
エリシアが静かに言う。
「現在、救出された子供たちは学園保護下にあります」
「ですが、精神状態は非常に不安定です」
「長期的保護が必要でしょう」
バルドが低く問う。
「元監察官はどうした」
会議室の視線が動く。
扉の近く。
拘束具付きの椅子へ座るルカ。
彼は静かに全員を見返した。
「私が元第五監察官、ルカ・クローディアだ」
ざわめき。
「赤眼の監察官!?」
「なぜここに……!」
「拘束しろ!」
「既にされています」
カティアが冷静に返す。
ルカは表情を変えない。
「地下施設運営に関わっていたことは認める」
「被験者管理、暴走処理、適合実験補助」
「全部やった」
会議室が静まり返る。
ルカは続けた。
「だから、私が処刑されるならそれでも構わない」
その言葉。
だが。
「しかし」
ルカの目が静かに細くなる。
「赤眼は、私一人で作られた組織じゃない」
「王城上層部」
「軍部一部」
「貴族派閥」
「複数の権力が関わっている」
「私を切って終わる話ではない」
バルドが目を開ける。
「証拠はあるのか」
「ある」
ルカは即答した。
「少なくとも、地下施設運営許可は王城直属会議から出ている」
「私はそれを見た」
「誰が承認した」
「正式名義は秘匿」
「だが、宰相派の印は確認している」
会議室がさらにざわつく。
宰相派。
つまり、王城中枢。
エリシアが静かに言う。
「……これは、もう秘密裏には終わりませんわね」
「当然だ」
バルドが低く返した。
彼はレオンを見る。
「お前はどうしたい」
突然の問い。
会議室の空気が変わる。
レオンは少しだけ黙る。
どうしたい。
復讐か。
告発か。
破壊か。
昔なら、分からなかった。
だが今は。
「止める」
短い答え。
バルドが目を細める。
「赤眼をか」
「ああ」
「王城を敵に回しても?」
「必要なら」
静かな声。
だが、揺れていない。
「子供を器にするなら」
「名前を奪うなら」
「止める」
会議室が静まり返る。
その時だった。
年配貴族の一人が、苛立ったように声を上げる。
「綺麗事だ!」
空気が裂ける。
全員がそちらを見る。
「王国は外敵を抱えている!」
「魔物被害も増加!」
「隣国との緊張もある!」
「神霊適合研究は、国防のために必要だったのではないのか!?」
リリアーナの顔が強張る。
エリシアも目を細めた。
だが。
レオンは表情を変えない。
「必要なら」
低く言う。
「お前の子供を使え」
会議室が凍った。
貴族の顔が真っ赤になる。
「なっ――!」
「他人の子供でやるな」
一拍。
「名前を奪うな」
「人を器って呼ぶな」
静かな声だった。
怒鳴っていない。
でも、それが逆に重かった。
貴族は言葉を失う。
返せない。
リリアーナが胸を押さえる。
エリシアも静かに目を伏せた。
アルベルトは小さく息を吐く。
「……やっぱ強ぇな」
バルドが低く笑った。
「無能王子、か」
彼は腕を組み直す。
「少なくとも、腰抜けではなさそうだ」
「褒めてるのか」
レオンが聞く。
「半分な」
バルドは立ち上がる。
巨大な身体。
会議室全体へ響くような声。
「俺は西部方面軍副司令、バルド・グレイヴ」
「赤眼の存在について、独自に疑っていた」
ざわめき。
「だが証拠がなかった」
「だから動けなかった」
「しかし今は違う」
彼は記録書類を持ち上げる。
「これが本物なら、軍も黙っていられん」
アルベルトが顔を上げる。
「協力してくれるのか」
「条件付きだ」
「条件?」
「情報共有」
「そして」
バルドはレオンを見る。
「お前の力を見せろ」
空気が変わる。
軍人の目。
試す目。
レオンは少しだけ眉を寄せた。
「面倒だ」
「だろうな」
バルドは笑う。
「だが、王城と戦うなら必要だ」
「軍は理想だけでは動かん」
「力を示せ」
会議室が静まり返る。
レオンは少し考える。
面倒。
本当に面倒。
でも。
ここで拒否すれば、動けない者もいる。
守れない命が増える。
なら。
「分かった」
短く答える。
リリアーナが少し驚いた顔をする。
エリシアは微笑んだ。
「本当に変わりましたわね」
「そうか」
「ええ」
バルドが笑う。
「話が早くて助かる」
「後悔するなよ」
「その台詞、普通は俺が言うんだがな」
その時。
会議室の扉が勢いよく開いた。
教師の一人が飛び込んでくる。
「学園長!!」
息を切らしている。
「王城騎士団が来ています!」
空気が一瞬で凍った。
「人数は!?」
カティアが即座に問う。
「三十!」
「王城直属紋章あり!」
エリシアの顔色が変わる。
「もう動いたんですの……!?」
アルベルトが舌打ちする。
「早すぎるだろ!」
学園長の目が細くなる。
「目的は」
教師が答える。
「“危険人物の引き渡し要求”です!」
一拍。
「対象は」
「レイ・アルディア」
「ルカ・クローディア」
「そして」
教師の声が震える。
「救出された被験者全員です」
会議室の空気が、完全に変わった。
リリアーナの顔が青ざめる。
「そんな……!」
ルミアたちを、また連れて行く気だ。
ユノたちを。
名前を取り戻しかけた子供たちを。
また器へ戻すつもりだ。
レオンは静かに立ち上がった。
右腕の包帯が軋む。
だが、止まらない。
「レイさん!」
リリアーナが立つ。
エリシアも目を細める。
「まさか、今から行く気ですの?」
「来たなら話す」
「話で済む相手か?」
アルベルトが低く言う。
レオンは短く答えた。
「済まないなら」
一拍。
「止める」
その声には、もう迷いがなかった。
王城の闇。
赤眼。
名前を奪う者たち。
それが学園へ手を伸ばした。
なら。
今度は、学園側が立つ番だった。




