第81話「帰還の夜、無能王子は救った命の重さを知る」
学園へ戻った時、夜は深かった。
王都東区画から学園までの道のりは、誰もほとんど喋らなかった。
馬車の車輪が石畳を叩く音。
負傷者の荒い呼吸。
子供たちの小さな寝息。
それだけが、暗い車内に響いていた。
レオンは窓際に座っていた。
右腕には応急処置の包帯が巻かれている。
だが、血は滲んでいる。
赤眼の刻印へ直接触れた傷。
火傷だけではない。
赤い術式が皮膚の奥まで食い込もうとした痕が、まだ熱を持っていた。
「……」
レオンは黙って、その腕を見ていた。
痛みはある。
当然だ。
だが、今はそれよりも別のものが重かった。
膝の上には、黒い記録結晶。
赤眼地下施設から持ち出した証拠。
その中には、きっと王城が隠したかったものが詰まっている。
神霊適合実験。
器。
失敗作。
名前を奪われた子供たち。
そして、王城の闇。
これを持ち帰った。
それは勝利だ。
少なくとも、ただ潰されるだけでは終わらなかった。
でも。
車内の反対側で眠る子供たちを見ると、勝ったとは思えなかった。
ミナ。
テオ。
サーシャ。
ニル。
ユノ。
痩せて、傷だらけで、毛布に包まれて眠っている。
眠っているはずなのに、時々小さく震える。
悪夢を見ているのだろう。
ルミアはユノを抱いたまま、うとうとしていた。
彼女自身も限界のはずだ。
それでも弟の手を離さない。
もう二度と離れたくないと、手だけで言っているようだった。
ルカは馬車の隅で壁にもたれていた。
意識はある。
だが顔色は悪い。
胸元の赤眼刻印が砕けた影響で、魔力循環が乱れている。
元監察官。
敵だった男。
人を壊してきた男。
それでも今は、名前を取り戻した一人の人間として、そこに座っている。
「……見るな」
ルカが目を閉じたまま言った。
レオンは視線を戻さない。
「見てない」
「嘘だな」
「そうか」
「雑だな、会話が」
「疲れている」
「お前がそれを言うのか」
ルカは薄く笑った。
その笑みには、まだ棘がある。
だが、赤眼の監察官だった頃のような歪んだものではなかった。
もっと弱い。
もっと人間らしい。
アルベルトが向かいの席で腕を組みながら言う。
「お前ら、ほんと会話が噛み合ってんのか噛み合ってねぇのか分かんねぇな」
ルカが目を開ける。
「第二王子殿下は騒がしいな」
「お前、助けられた立場で態度でかくねぇか?」
「監察官だったので」
「元、だろ」
その言葉に、ルカは一瞬黙った。
元。
そうだ。
もう赤眼の刻印はない。
役割は砕かれた。
第五監察官ではない。
ルカ。
名前だけが残った。
「……そうだな」
小さく答える。
アルベルトは言ってから少し気まずそうにした。
「あー……悪い」
「謝るな」
「いや、今のは俺がちょっと……」
「構わない」
ルカは窓の外を見る。
「事実だ」
その言い方が、レオンに似ていた。
アルベルトは少しだけ顔をしかめる。
「なんか腹立つな」
「何がだ」
レオンが聞く。
「お前に似てる」
「そうか」
「否定しろよ」
「面倒だ」
「ほらそこ!」
リリアーナが小さく笑った。
その笑いは疲れていた。
けれど、確かに笑いだった。
彼女も馬車の中で横になっていたが、完全には眠れていない。
レオンの傷が気になるのだろう。
ちらちらと右腕を見ている。
「レイさん」
「何だ」
「学園に着いたら、すぐ医務室です」
「後でいい」
「今です」
「まだ着いてない」
「着いたら今です」
エリシアが隣で頷く。
「リリアーナ様に同意しますわ」
「お前もか」
「当然です」
ミーアも御者席側から振り返る。
「私も同意します」
「お前まで」
「レオン様の右腕、明らかに術式侵食の残滓が残っています」
「問題ない」
「あります」
三方向から即答された。
レオンは少しだけ黙る。
アルベルトが笑う。
「完全包囲だな」
「うるさい」
「いや、今回はお前が悪い」
「俺が何をした」
「何をしたじゃねぇよ。敵の自爆術式に素手で突っ込んだ奴が言う台詞か?」
レオンは視線を逸らす。
「必要だった」
「それは分かる」
アルベルトは少し声を落とす。
「でも、見てる側は心臓に悪いんだよ」
その言葉に、レオンは少しだけ目を細めた。
見てる側。
守られる側。
心配する側。
何度も言われている。
それでも、まだ慣れない。
自分の怪我に、誰かが顔を曇らせること。
自分の無茶に、誰かが怒ること。
それを鬱陶しいと思う反面、どこかで温かいと思ってしまうこと。
全部、まだ慣れない。
「……努力する」
レオンがぽつりと言う。
リリアーナが目を細める。
「何をですか?」
「無茶しないことを」
馬車の中が止まった。
エリシアが目を瞬かせる。
アルベルトが口を半開きにする。
ミーアまで驚いた顔をした。
リリアーナはしばらく固まってから、ゆっくりと言った。
「……本当ですか?」
「たぶん」
「そこは絶対って言ってください」
「無理だ」
「正直すぎます!」
アルベルトが吹き出した。
「でも前進だろ、これ」
エリシアも微笑む。
「ええ。歴史的前進ですわ」
「大袈裟だ」
レオンが言う。
ミーアは静かに首を振った。
「いいえ。大きな前進です」
「お前まで」
「はい」
少しだけ、馬車の中の空気が柔らかくなった。
だが、その柔らかさはすぐに静かな重さへ戻る。
子供の一人、ミナが寝ながら小さく呻いた。
「……やだ……」
細い声。
「針、いや……」
リリアーナの顔が痛みに歪む。
エリシアが毛布をかけ直す。
「大丈夫ですわ」
優しい声。
「もう、ありません」
ミナは眠ったまま、小さく震えている。
ルミアが目を覚ました。
ぼんやりした目でミナを見て、それから自分の腕の中のユノを見た。
「……ごめんね」
小さく呟く。
レオンが見る。
「なぜ謝る」
ルミアは顔を上げる。
「わたし、何もできなかったから」
「お前も捕まっていた」
「でも、お姉ちゃんなのに」
その声は苦しかった。
「ユノを守れなかった」
「みんなを守れなかった」
「名前も、何度も忘れそうになった」
「だから……」
レオンは短く言う。
「今呼べている」
ルミアが止まる。
「え……?」
「名前を呼べているなら、十分だ」
ルミアの瞳が揺れる。
また泣きそうになる。
だが、今度は泣き崩れなかった。
ユノを抱く手に、少しだけ力が入る。
「……うん」
小さく頷いた。
「ユノ」
弟の名前を呼ぶ。
ユノは眠ったまま、少しだけ安心したように身体を寄せた。
その姿を見て、レオンは目を伏せる。
名前を呼ぶだけで、人は少し戻れる。
それを今日、何度も見た。
ルミア。
ユノ。
エイル。
トマ。
セリカ。
ノル。
そして。
ルカ。
名前を奪われた者たち。
名前を取り戻した者たち。
それを王城は、番号と器に変えようとしていた。
胸の奥で、また静かな怒りが燃える。
馬車が学園の門をくぐったのは、それから少し後だった。
◇
学園医務棟は、深夜にもかかわらず明るかった。
カティアが事前に連絡していたのだろう。
医療班が並び、担架が用意され、毛布と温かい飲み物も準備されていた。
馬車が止まった瞬間、教師たちが駆け寄ってくる。
「負傷者搬送!」
「子供たちを先に!」
「医務室第二病棟を開けて!」
慌ただしい声。
だが、そこに恐怖はない。
助けるための騒がしさだった。
子供たちは一人ずつ抱えられていく。
最初は怯えていた。
白衣の医務教師を見ただけで、サーシャが泣き出した。
「いやっ……!」
「大丈夫です!」
リリアーナがすぐ駆け寄る。
「この人たちは、痛いことしません」
「ほんと……?」
「本当です」
サーシャは震えながら、リリアーナの服を掴んだ。
医務教師はすぐに膝をつき、目線を合わせる。
「怖かったね」
優しい声だった。
「まずは温かいものを飲もう。嫌なことはしないよ」
サーシャはまだ怯えていた。
だが、リリアーナが隣にいることで、少しだけ頷いた。
その様子を見て、カティアは目を伏せる。
「……酷い状態ですね」
「ええ」
エリシアが静かに答える。
「心も身体も、かなり傷ついていますわ」
「すぐに学園内で保護体制を組みます」
カティアは短く言った。
迷いはない。
「この子たちは、王城には渡しません」
その言葉に、ルミアが顔を上げた。
「……王城に、戻らなくていいの?」
カティアは即答した。
「戻しません」
「でも……」
ルミアは不安そうに周囲を見る。
「わたしたち、器だから……」
「違います」
カティアの声が少し強くなる。
「あなたたちは生徒ではありませんが、今この学園で保護された子供です」
一拍。
「人間です」
ルミアの瞳が大きく揺れた。
人間。
その言葉が、彼女には信じられないくらい重かったのだろう。
ユノが小さく聞く。
「……ほんとに?」
カティアは膝をつき、ユノを見る。
「本当です」
「番号じゃない?」
「名前で呼びます」
ユノの目から涙が落ちた。
「……ユノ」
自分の名前を確かめるように呟く。
カティアは優しく頷いた。
「ユノ君ですね」
それだけで、ユノは泣いた。
声を出して泣いた。
ルミアが弟を抱きしめる。
リリアーナも涙を堪えきれず、目元を拭った。
エリシアは静かに扇子を持っていない手で口元を覆う。
アルベルトは顔を背けている。
だが、その肩には力が入っていた。
「……クソ」
小さく呟く。
「こんなの、許せるかよ」
レオンは黙っていた。
医務棟の入口で、救出された子供たちが一人ずつ名前を呼ばれている。
ミナ。
テオ。
サーシャ。
ニル。
ユノ。
ルミア。
名前を呼ばれるたび、彼らは少しずつ震えを止めていく。
その光景を見て、レオンは小さく息を吐いた。
「……帰ってきたな」
誰に向けた言葉でもなかった。
だがリリアーナが聞いていた。
「はい」
彼女は隣に立つ。
「帰ってきました」
「……そうか」
「そうです」
少しだけ沈黙。
リリアーナはレオンの右腕を見る。
包帯はもう赤くなっている。
「じゃあ次は医務室です」
「後で」
「今です」
「子供たちが先だ」
「子供たちはもう運ばれています」
「記録結晶を――」
「ミーアさんが持っています」
レオンは黙った。
リリアーナはじっと見る。
「逃げ道、ありません」
エリシアが後ろから笑う。
「完全に読まれていますわね」
アルベルトも言う。
「観念しろ」
ミーアが黒い記録結晶を大事に抱えながら近づく。
「レオン様、証拠は私が保管します」
「解析は」
「学園長、カティア先生、エリシア様と共同で行います」
「俺も――」
「医務室です」
ミーアの声が低い。
レオンは少しだけ眉を寄せる。
「お前、怒ってるのか」
「怒っています」
即答。
「なぜだ」
「分からないなら、なおさら医務室です」
アルベルトが笑う。
「理屈になってねぇけど、なんか強いな」
「強いです」
ミーアは静かに言う。
「私はレオン様の侍女ですので」
「今は違うだろ」
「違いません」
その声には、譲らない強さがあった。
昔の身分としての侍女ではない。
今の彼女は、自分の意思でレオンの側にいる。
その意味で、彼女はまだ侍女なのだ。
レオンは少し黙る。
「……分かった」
全員がまた驚いた。
アルベルトが言う。
「今日二回目だぞ」
「何がだ」
「素直」
「うるさい」
リリアーナが嬉しそうに笑う。
「行きましょう」
レオンはしぶしぶ歩き出す。
だが、その足取りが少しふらついた。
「っ……」
リリアーナがすぐ支える。
「レイさん!」
「問題――」
「禁止です」
「……」
レオンは言葉を飲み込んだ。
エリシアが微笑む。
「学習していますわね」
「さすがに覚えたか」
アルベルトが言う。
レオンは低く返す。
「うるさい」
だが抵抗はしなかった。
そのままリリアーナに支えられ、医務室へ向かう。
◇
医務室。
レオンはベッドに座らされた。
今回ばかりは、医務教師の表情がかなり険しい。
「……これは酷いですね」
「そうか」
「そうか、ではありません」
包帯が切られ、右腕が露わになる。
リリアーナが息を呑んだ。
火傷。
裂傷。
そして赤い術式痕。
皮膚の一部に、まだ赤い線が残っている。
まるで赤眼の刻印が移ろうとしたようだった。
「……これ」
エリシアが顔を歪める。
「侵食痕ですわね」
医務教師が頷く。
「かなり深いです」
「普通なら腕を切断していてもおかしくありません」
リリアーナの顔が真っ青になる。
「切断……」
レオンは平然と言う。
「必要ない」
「当たり前です!」
リリアーナが怒鳴った。
医務室が一瞬静まる。
彼女は自分でも驚いたように口を押さえる。
だが、すぐに涙目でレオンを見る。
「なんでそんな普通に言うんですか……」
「事実だ」
「事実でも、言い方があります!」
レオンは少しだけ困った顔をした。
こういう時、どう答えればいいのか分からない。
医務教師が処置を始める。
消毒。
浄化術式。
侵食痕の中和。
痛みは強いはずだった。
だがレオンはほとんど表情を変えない。
それが余計に、周囲を不安にさせた。
「痛くないんですか」
リリアーナが聞く。
「痛い」
即答。
リリアーナが目を見開く。
「……言うんですね」
「言えと言われた」
「はい」
「だから言った」
「……」
リリアーナは泣きそうな顔で笑った。
「じゃあ、痛い時は痛いって言ってください」
「分かった」
「本当に?」
「たぶん」
「またたぶんですか」
エリシアが横で優しく言う。
「今は、それでも大きな進歩ですわ」
アルベルトが腕を組む。
「あいつが痛いって認めたの初めて見たかもな」
「珍獣みたいに言うな」
「実際珍しい」
医務教師が傷に浄化光を当てる。
レオンの眉がわずかに動く。
「痛みますか?」
「……痛い」
リリアーナがすぐ手を握った。
レオンが見る。
「何だ」
「痛いなら、握ってください」
「必要ない」
「必要です」
「なぜ」
「わたしがそうしたいからです」
その言葉に、レオンは返せなかった。
エリシアがほんの少しだけ目を細める。
胸の奥に、ちくりとした感情。
だが、それを押し込める。
今はそういう場ではない。
レオンは少しだけ迷った末、リリアーナの手を軽く握った。
リリアーナの顔が一気に赤くなる。
自分で言ったくせに、想像以上に動揺している。
「……お前が動揺するのか」
「しますよ!」
「なぜだ」
「なぜでもです!」
アルベルトが笑いをこらえる。
「お前らさぁ……」
「殿下、黙ってくださいませ」
エリシアが静かに刺す。
「なんで俺だけ!?」
「邪魔ですので」
「ひでぇ!」
医務室に、少しだけ日常が戻る。
だが、その日常のすぐそばに、救出された子供たちの寝息がある。
別室では、ルミアとユノが隣同士のベッドで休んでいる。
ミナたちも、ようやく眠った。
ルカは拘束付きのベッドにいる。
自由にはできない。
当然だ。
彼は多くの罪を知っているし、関わってきた。
だが、治療はされている。
処分ではなく、保護と監視。
それだけでも、赤眼とは違う。
レオンの処置が終わる頃、学園長が医務室へ入ってきた。
表情は穏やかではなかった。
「レイ君」
「何だ」
「記録結晶の解析を始めました」
空気が変わる。
レオンは手を握られたまま、学園長を見る。
リリアーナも、エリシアも、アルベルトも表情を引き締めた。
「中身は」
レオンが問う。
学園長は少しだけ沈黙する。
そして、低く言った。
「神霊適合実験の記録」
「被験者名簿」
「赤眼の運用記録」
「そして」
一拍。
「王城上層部の承認印」
医務室が静まり返った。
アルベルトの顔から血の気が引く。
「……上層部って」
学園長は彼を見る。
「王族直属評議会」
「宰相府」
「そして、王印に準ずる認証もあります」
アルベルトが椅子を蹴るように立ち上がった。
「ふざけんな……!」
声が震えている。
「じゃあ、父上は……」
言い切れない。
国王が知っていたのか。
命じていたのか。
黙認していたのか。
どれであっても、逃げ場はない。
エリシアの顔も硬い。
「これは、国を揺るがしますわ」
学園長は頷く。
「ええ」
「だからこそ、扱いを誤ればこちらが潰されます」
リリアーナが不安そうにレオンを見る。
レオンは静かだった。
怒っている。
だが、暴れていない。
ただ、深く冷えている。
「……公開するのか」
レオンが問う。
学園長は答える。
「今すぐにはできません」
アルベルトが叫びかける。
だが、エリシアが手で制した。
学園長は続ける。
「証拠の複製」
「安全な保管」
「外部協力者の確保」
「そして、王城側の先手への対策」
「それらが必要です」
レオンは短く頷く。
「分かった」
リリアーナが驚く。
「……レイさん」
「何だ」
「怒って、すぐ行くかと思いました」
「行きたい」
即答だった。
空気が止まる。
レオンは続ける。
「でも、今行けば証拠を潰される」
「子供たちも危ない」
「学園も巻き込まれる」
一拍。
「だから行かない」
エリシアが静かに微笑んだ。
「……本当に変わりましたわね」
「そうか」
「ええ」
アルベルトも悔しそうに息を吐く。
「俺より冷静じゃねぇか」
「お前が熱すぎる」
「うるせぇ」
だが反論は弱かった。
学園長がレオンを見る。
「明日、緊急会議を開きます」
「学園として、正式にこの件を扱う」
「レイ君」
「何だ」
「君にも出席してもらいます」
「面倒だ」
「でしょうね」
学園長は少しだけ笑った。
「ですが必要です」
レオンは小さく息を吐く。
「分かった」
また素直に答えた。
リリアーナが手を握ったまま、少しだけ笑う。
レオンはそれに気づいて眉を寄せる。
「何だ」
「いえ」
「何か言いたそうだ」
「本当に、ちゃんと戻ってきてくれてよかったなって」
その言葉に、レオンは黙った。
医務室の窓の外。
夜はまだ深い。
けれど、遠く空の端がほんの少しだけ薄くなり始めていた。
夜明け前。
最も暗い時間。
王城の闇は、まだ消えていない。
むしろ、ここからが本当の戦いだ。
けれど。
レオンは一人ではない。
握られた手がある。
怒ってくれる声がある。
待っている子供たちがいる。
帰る場所がある。
だから。
もう、東の塔の孤独には戻らない。
レオンは静かに目を伏せた。
「……帰ってきたな」
小さな呟き。
リリアーナが優しく答える。
「はい」
そして、ほんの少しだけ力を込めて手を握った。
「おかえりなさい」
その言葉に。
レオンは何も返せなかった。
ただ、ほんの僅かに。
握り返した。




