表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能王子、東の塔で神霊を得る  作者: 伊佐波瑞樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/138

第81話「帰還の夜、無能王子は救った命の重さを知る」



 学園へ戻った時、夜は深かった。


 王都東区画から学園までの道のりは、誰もほとんど喋らなかった。


 馬車の車輪が石畳を叩く音。


 負傷者の荒い呼吸。


 子供たちの小さな寝息。


 それだけが、暗い車内に響いていた。


 レオンは窓際に座っていた。


 右腕には応急処置の包帯が巻かれている。


 だが、血は滲んでいる。


 赤眼の刻印へ直接触れた傷。


 火傷だけではない。


 赤い術式が皮膚の奥まで食い込もうとした痕が、まだ熱を持っていた。


「……」


 レオンは黙って、その腕を見ていた。


 痛みはある。


 当然だ。


 だが、今はそれよりも別のものが重かった。


 膝の上には、黒い記録結晶。


 赤眼地下施設から持ち出した証拠。


 その中には、きっと王城が隠したかったものが詰まっている。


 神霊適合実験。


 器。


 失敗作。


 名前を奪われた子供たち。


 そして、王城の闇。


 これを持ち帰った。


 それは勝利だ。


 少なくとも、ただ潰されるだけでは終わらなかった。


 でも。


 車内の反対側で眠る子供たちを見ると、勝ったとは思えなかった。


 ミナ。


 テオ。


 サーシャ。


 ニル。


 ユノ。


 痩せて、傷だらけで、毛布に包まれて眠っている。


 眠っているはずなのに、時々小さく震える。


 悪夢を見ているのだろう。


 ルミアはユノを抱いたまま、うとうとしていた。


 彼女自身も限界のはずだ。


 それでも弟の手を離さない。


 もう二度と離れたくないと、手だけで言っているようだった。


 ルカは馬車の隅で壁にもたれていた。


 意識はある。


 だが顔色は悪い。


 胸元の赤眼刻印が砕けた影響で、魔力循環が乱れている。


 元監察官。


 敵だった男。


 人を壊してきた男。


 それでも今は、名前を取り戻した一人の人間として、そこに座っている。


「……見るな」


 ルカが目を閉じたまま言った。


 レオンは視線を戻さない。


「見てない」


「嘘だな」


「そうか」


「雑だな、会話が」


「疲れている」


「お前がそれを言うのか」


 ルカは薄く笑った。


 その笑みには、まだ棘がある。


 だが、赤眼の監察官だった頃のような歪んだものではなかった。


 もっと弱い。


 もっと人間らしい。


 アルベルトが向かいの席で腕を組みながら言う。


「お前ら、ほんと会話が噛み合ってんのか噛み合ってねぇのか分かんねぇな」


 ルカが目を開ける。


「第二王子殿下は騒がしいな」


「お前、助けられた立場で態度でかくねぇか?」


「監察官だったので」


「元、だろ」


 その言葉に、ルカは一瞬黙った。


 元。


 そうだ。


 もう赤眼の刻印はない。


 役割は砕かれた。


 第五監察官ではない。


 ルカ。


 名前だけが残った。


「……そうだな」


 小さく答える。


 アルベルトは言ってから少し気まずそうにした。


「あー……悪い」


「謝るな」


「いや、今のは俺がちょっと……」


「構わない」


 ルカは窓の外を見る。


「事実だ」


 その言い方が、レオンに似ていた。


 アルベルトは少しだけ顔をしかめる。


「なんか腹立つな」


「何がだ」


 レオンが聞く。


「お前に似てる」


「そうか」


「否定しろよ」


「面倒だ」


「ほらそこ!」


 リリアーナが小さく笑った。


 その笑いは疲れていた。


 けれど、確かに笑いだった。


 彼女も馬車の中で横になっていたが、完全には眠れていない。


 レオンの傷が気になるのだろう。


 ちらちらと右腕を見ている。


「レイさん」


「何だ」


「学園に着いたら、すぐ医務室です」


「後でいい」


「今です」


「まだ着いてない」


「着いたら今です」


 エリシアが隣で頷く。


「リリアーナ様に同意しますわ」


「お前もか」


「当然です」


 ミーアも御者席側から振り返る。


「私も同意します」


「お前まで」


「レオン様の右腕、明らかに術式侵食の残滓が残っています」


「問題ない」


「あります」


 三方向から即答された。


 レオンは少しだけ黙る。


 アルベルトが笑う。


「完全包囲だな」


「うるさい」


「いや、今回はお前が悪い」


「俺が何をした」


「何をしたじゃねぇよ。敵の自爆術式に素手で突っ込んだ奴が言う台詞か?」


 レオンは視線を逸らす。


「必要だった」


「それは分かる」


 アルベルトは少し声を落とす。


「でも、見てる側は心臓に悪いんだよ」


 その言葉に、レオンは少しだけ目を細めた。


 見てる側。


 守られる側。


 心配する側。


 何度も言われている。


 それでも、まだ慣れない。


 自分の怪我に、誰かが顔を曇らせること。


 自分の無茶に、誰かが怒ること。


 それを鬱陶しいと思う反面、どこかで温かいと思ってしまうこと。


 全部、まだ慣れない。


「……努力する」


 レオンがぽつりと言う。


 リリアーナが目を細める。


「何をですか?」


「無茶しないことを」


 馬車の中が止まった。


 エリシアが目を瞬かせる。


 アルベルトが口を半開きにする。


 ミーアまで驚いた顔をした。


 リリアーナはしばらく固まってから、ゆっくりと言った。


「……本当ですか?」


「たぶん」


「そこは絶対って言ってください」


「無理だ」


「正直すぎます!」


 アルベルトが吹き出した。


「でも前進だろ、これ」


 エリシアも微笑む。


「ええ。歴史的前進ですわ」


「大袈裟だ」


 レオンが言う。


 ミーアは静かに首を振った。


「いいえ。大きな前進です」


「お前まで」


「はい」


 少しだけ、馬車の中の空気が柔らかくなった。


 だが、その柔らかさはすぐに静かな重さへ戻る。


 子供の一人、ミナが寝ながら小さく呻いた。


「……やだ……」


 細い声。


「針、いや……」


 リリアーナの顔が痛みに歪む。


 エリシアが毛布をかけ直す。


「大丈夫ですわ」


 優しい声。


「もう、ありません」


 ミナは眠ったまま、小さく震えている。


 ルミアが目を覚ました。


 ぼんやりした目でミナを見て、それから自分の腕の中のユノを見た。


「……ごめんね」


 小さく呟く。


 レオンが見る。


「なぜ謝る」


 ルミアは顔を上げる。


「わたし、何もできなかったから」


「お前も捕まっていた」


「でも、お姉ちゃんなのに」


 その声は苦しかった。


「ユノを守れなかった」


「みんなを守れなかった」


「名前も、何度も忘れそうになった」


「だから……」


 レオンは短く言う。


「今呼べている」


 ルミアが止まる。


「え……?」


「名前を呼べているなら、十分だ」


 ルミアの瞳が揺れる。


 また泣きそうになる。


 だが、今度は泣き崩れなかった。


 ユノを抱く手に、少しだけ力が入る。


「……うん」


 小さく頷いた。


「ユノ」


 弟の名前を呼ぶ。


 ユノは眠ったまま、少しだけ安心したように身体を寄せた。


 その姿を見て、レオンは目を伏せる。


 名前を呼ぶだけで、人は少し戻れる。


 それを今日、何度も見た。


 ルミア。


 ユノ。


 エイル。


 トマ。


 セリカ。


 ノル。


 そして。


 ルカ。


 名前を奪われた者たち。


 名前を取り戻した者たち。


 それを王城は、番号と器に変えようとしていた。


 胸の奥で、また静かな怒りが燃える。


 馬車が学園の門をくぐったのは、それから少し後だった。


 ◇


 学園医務棟は、深夜にもかかわらず明るかった。


 カティアが事前に連絡していたのだろう。


 医療班が並び、担架が用意され、毛布と温かい飲み物も準備されていた。


 馬車が止まった瞬間、教師たちが駆け寄ってくる。


「負傷者搬送!」


「子供たちを先に!」


「医務室第二病棟を開けて!」


 慌ただしい声。


 だが、そこに恐怖はない。


 助けるための騒がしさだった。


 子供たちは一人ずつ抱えられていく。


 最初は怯えていた。


 白衣の医務教師を見ただけで、サーシャが泣き出した。


「いやっ……!」


「大丈夫です!」


 リリアーナがすぐ駆け寄る。


「この人たちは、痛いことしません」


「ほんと……?」


「本当です」


 サーシャは震えながら、リリアーナの服を掴んだ。


 医務教師はすぐに膝をつき、目線を合わせる。


「怖かったね」


 優しい声だった。


「まずは温かいものを飲もう。嫌なことはしないよ」


 サーシャはまだ怯えていた。


 だが、リリアーナが隣にいることで、少しだけ頷いた。


 その様子を見て、カティアは目を伏せる。


「……酷い状態ですね」


「ええ」


 エリシアが静かに答える。


「心も身体も、かなり傷ついていますわ」


「すぐに学園内で保護体制を組みます」


 カティアは短く言った。


 迷いはない。


「この子たちは、王城には渡しません」


 その言葉に、ルミアが顔を上げた。


「……王城に、戻らなくていいの?」


 カティアは即答した。


「戻しません」


「でも……」


 ルミアは不安そうに周囲を見る。


「わたしたち、器だから……」


「違います」


 カティアの声が少し強くなる。


「あなたたちは生徒ではありませんが、今この学園で保護された子供です」


 一拍。


「人間です」


 ルミアの瞳が大きく揺れた。


 人間。


 その言葉が、彼女には信じられないくらい重かったのだろう。


 ユノが小さく聞く。


「……ほんとに?」


 カティアは膝をつき、ユノを見る。


「本当です」


「番号じゃない?」


「名前で呼びます」


 ユノの目から涙が落ちた。


「……ユノ」


 自分の名前を確かめるように呟く。


 カティアは優しく頷いた。


「ユノ君ですね」


 それだけで、ユノは泣いた。


 声を出して泣いた。


 ルミアが弟を抱きしめる。


 リリアーナも涙を堪えきれず、目元を拭った。


 エリシアは静かに扇子を持っていない手で口元を覆う。


 アルベルトは顔を背けている。


 だが、その肩には力が入っていた。


「……クソ」


 小さく呟く。


「こんなの、許せるかよ」


 レオンは黙っていた。


 医務棟の入口で、救出された子供たちが一人ずつ名前を呼ばれている。


 ミナ。


 テオ。


 サーシャ。


 ニル。


 ユノ。


 ルミア。


 名前を呼ばれるたび、彼らは少しずつ震えを止めていく。


 その光景を見て、レオンは小さく息を吐いた。


「……帰ってきたな」


 誰に向けた言葉でもなかった。


 だがリリアーナが聞いていた。


「はい」


 彼女は隣に立つ。


「帰ってきました」


「……そうか」


「そうです」


 少しだけ沈黙。


 リリアーナはレオンの右腕を見る。


 包帯はもう赤くなっている。


「じゃあ次は医務室です」


「後で」


「今です」


「子供たちが先だ」


「子供たちはもう運ばれています」


「記録結晶を――」


「ミーアさんが持っています」


 レオンは黙った。


 リリアーナはじっと見る。


「逃げ道、ありません」


 エリシアが後ろから笑う。


「完全に読まれていますわね」


 アルベルトも言う。


「観念しろ」


 ミーアが黒い記録結晶を大事に抱えながら近づく。


「レオン様、証拠は私が保管します」


「解析は」


「学園長、カティア先生、エリシア様と共同で行います」


「俺も――」


「医務室です」


 ミーアの声が低い。


 レオンは少しだけ眉を寄せる。


「お前、怒ってるのか」


「怒っています」


 即答。


「なぜだ」


「分からないなら、なおさら医務室です」


 アルベルトが笑う。


「理屈になってねぇけど、なんか強いな」


「強いです」


 ミーアは静かに言う。


「私はレオン様の侍女ですので」


「今は違うだろ」


「違いません」


 その声には、譲らない強さがあった。


 昔の身分としての侍女ではない。


 今の彼女は、自分の意思でレオンの側にいる。


 その意味で、彼女はまだ侍女なのだ。


 レオンは少し黙る。


「……分かった」


 全員がまた驚いた。


 アルベルトが言う。


「今日二回目だぞ」


「何がだ」


「素直」


「うるさい」


 リリアーナが嬉しそうに笑う。


「行きましょう」


 レオンはしぶしぶ歩き出す。


 だが、その足取りが少しふらついた。


「っ……」


 リリアーナがすぐ支える。


「レイさん!」


「問題――」


「禁止です」


「……」


 レオンは言葉を飲み込んだ。


 エリシアが微笑む。


「学習していますわね」


「さすがに覚えたか」


 アルベルトが言う。


 レオンは低く返す。


「うるさい」


 だが抵抗はしなかった。


 そのままリリアーナに支えられ、医務室へ向かう。


 ◇


 医務室。


 レオンはベッドに座らされた。


 今回ばかりは、医務教師の表情がかなり険しい。


「……これは酷いですね」


「そうか」


「そうか、ではありません」


 包帯が切られ、右腕が露わになる。


 リリアーナが息を呑んだ。


 火傷。


 裂傷。


 そして赤い術式痕。


 皮膚の一部に、まだ赤い線が残っている。


 まるで赤眼の刻印が移ろうとしたようだった。


「……これ」


 エリシアが顔を歪める。


「侵食痕ですわね」


 医務教師が頷く。


「かなり深いです」


「普通なら腕を切断していてもおかしくありません」


 リリアーナの顔が真っ青になる。


「切断……」


 レオンは平然と言う。


「必要ない」


「当たり前です!」


 リリアーナが怒鳴った。


 医務室が一瞬静まる。


 彼女は自分でも驚いたように口を押さえる。


 だが、すぐに涙目でレオンを見る。


「なんでそんな普通に言うんですか……」


「事実だ」


「事実でも、言い方があります!」


 レオンは少しだけ困った顔をした。


 こういう時、どう答えればいいのか分からない。


 医務教師が処置を始める。


 消毒。


 浄化術式。


 侵食痕の中和。


 痛みは強いはずだった。


 だがレオンはほとんど表情を変えない。


 それが余計に、周囲を不安にさせた。


「痛くないんですか」


 リリアーナが聞く。


「痛い」


 即答。


 リリアーナが目を見開く。


「……言うんですね」


「言えと言われた」


「はい」


「だから言った」


「……」


 リリアーナは泣きそうな顔で笑った。


「じゃあ、痛い時は痛いって言ってください」


「分かった」


「本当に?」


「たぶん」


「またたぶんですか」


 エリシアが横で優しく言う。


「今は、それでも大きな進歩ですわ」


 アルベルトが腕を組む。


「あいつが痛いって認めたの初めて見たかもな」


「珍獣みたいに言うな」


「実際珍しい」


 医務教師が傷に浄化光を当てる。


 レオンの眉がわずかに動く。


「痛みますか?」


「……痛い」


 リリアーナがすぐ手を握った。


 レオンが見る。


「何だ」


「痛いなら、握ってください」


「必要ない」


「必要です」


「なぜ」


「わたしがそうしたいからです」


 その言葉に、レオンは返せなかった。


 エリシアがほんの少しだけ目を細める。


 胸の奥に、ちくりとした感情。


 だが、それを押し込める。


 今はそういう場ではない。


 レオンは少しだけ迷った末、リリアーナの手を軽く握った。


 リリアーナの顔が一気に赤くなる。


 自分で言ったくせに、想像以上に動揺している。


「……お前が動揺するのか」


「しますよ!」


「なぜだ」


「なぜでもです!」


 アルベルトが笑いをこらえる。


「お前らさぁ……」


「殿下、黙ってくださいませ」


 エリシアが静かに刺す。


「なんで俺だけ!?」


「邪魔ですので」


「ひでぇ!」


 医務室に、少しだけ日常が戻る。


 だが、その日常のすぐそばに、救出された子供たちの寝息がある。


 別室では、ルミアとユノが隣同士のベッドで休んでいる。


 ミナたちも、ようやく眠った。


 ルカは拘束付きのベッドにいる。


 自由にはできない。


 当然だ。


 彼は多くの罪を知っているし、関わってきた。


 だが、治療はされている。


 処分ではなく、保護と監視。


 それだけでも、赤眼とは違う。


 レオンの処置が終わる頃、学園長が医務室へ入ってきた。


 表情は穏やかではなかった。


「レイ君」


「何だ」


「記録結晶の解析を始めました」


 空気が変わる。


 レオンは手を握られたまま、学園長を見る。


 リリアーナも、エリシアも、アルベルトも表情を引き締めた。


「中身は」


 レオンが問う。


 学園長は少しだけ沈黙する。


 そして、低く言った。


「神霊適合実験の記録」


「被験者名簿」


「赤眼の運用記録」


「そして」


 一拍。


「王城上層部の承認印」


 医務室が静まり返った。


 アルベルトの顔から血の気が引く。


「……上層部って」


 学園長は彼を見る。


「王族直属評議会」


「宰相府」


「そして、王印に準ずる認証もあります」


 アルベルトが椅子を蹴るように立ち上がった。


「ふざけんな……!」


 声が震えている。


「じゃあ、父上は……」


 言い切れない。


 国王が知っていたのか。


 命じていたのか。


 黙認していたのか。


 どれであっても、逃げ場はない。


 エリシアの顔も硬い。


「これは、国を揺るがしますわ」


 学園長は頷く。


「ええ」


「だからこそ、扱いを誤ればこちらが潰されます」


 リリアーナが不安そうにレオンを見る。


 レオンは静かだった。


 怒っている。


 だが、暴れていない。


 ただ、深く冷えている。


「……公開するのか」


 レオンが問う。


 学園長は答える。


「今すぐにはできません」


 アルベルトが叫びかける。


 だが、エリシアが手で制した。


 学園長は続ける。


「証拠の複製」


「安全な保管」


「外部協力者の確保」


「そして、王城側の先手への対策」


「それらが必要です」


 レオンは短く頷く。


「分かった」


 リリアーナが驚く。


「……レイさん」


「何だ」


「怒って、すぐ行くかと思いました」


「行きたい」


 即答だった。


 空気が止まる。


 レオンは続ける。


「でも、今行けば証拠を潰される」


「子供たちも危ない」


「学園も巻き込まれる」


 一拍。


「だから行かない」


 エリシアが静かに微笑んだ。


「……本当に変わりましたわね」


「そうか」


「ええ」


 アルベルトも悔しそうに息を吐く。


「俺より冷静じゃねぇか」


「お前が熱すぎる」


「うるせぇ」


 だが反論は弱かった。


 学園長がレオンを見る。


「明日、緊急会議を開きます」


「学園として、正式にこの件を扱う」


「レイ君」


「何だ」


「君にも出席してもらいます」


「面倒だ」


「でしょうね」


 学園長は少しだけ笑った。


「ですが必要です」


 レオンは小さく息を吐く。


「分かった」


 また素直に答えた。


 リリアーナが手を握ったまま、少しだけ笑う。


 レオンはそれに気づいて眉を寄せる。


「何だ」


「いえ」


「何か言いたそうだ」


「本当に、ちゃんと戻ってきてくれてよかったなって」


 その言葉に、レオンは黙った。


 医務室の窓の外。


 夜はまだ深い。


 けれど、遠く空の端がほんの少しだけ薄くなり始めていた。


 夜明け前。


 最も暗い時間。


 王城の闇は、まだ消えていない。


 むしろ、ここからが本当の戦いだ。


 けれど。


 レオンは一人ではない。


 握られた手がある。


 怒ってくれる声がある。


 待っている子供たちがいる。


 帰る場所がある。


 だから。


 もう、東の塔の孤独には戻らない。


 レオンは静かに目を伏せた。


「……帰ってきたな」


 小さな呟き。


 リリアーナが優しく答える。


「はい」


 そして、ほんの少しだけ力を込めて手を握った。


「おかえりなさい」


 その言葉に。


 レオンは何も返せなかった。


 ただ、ほんの僅かに。


 握り返した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ