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無能王子、東の塔で神霊を得る  作者: 伊佐波瑞樹


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第77話「銀の灯火、無能王子は“壊された器”に名前を聞く」



 地下深層に、銀色の光が滲んだ。


 赤黒い翼。


 暴走する術式。


 崩れかけた石壁。


 血と鉄と腐臭が混ざった空気。


 その全ての中で。


 銀髪の少女だけが、淡い光を放っていた。


 弱々しい。


 今にも消えそうな光。


 けれど、確かにそこにある。


『……主』


 ノワールが影の中から顔を出す。


 紫銀の瞳が、少女をじっと見ていた。


『この子、ただの器じゃない』


「分かるのか」


『うん』


 ノワールは珍しく、少しだけ声を硬くした。


『奥に何かいる』


 ヴァルガが黒雷を纏いながら、暴走体の腕を弾き飛ばす。


『何かって何だよ!』


『知らない』


『はぁ!?』


『でも、赤眼が押し込んだものじゃない』


 ノワールの影が少女を包み込む。


 赤黒い翼の侵食を押さえながら、彼女は眉を寄せた。


『もっと古い』


『もっと静か』


『眠ってる』


 レオンは少女を見た。


 銀髪。


 細い身体。


 赤い術式線に侵されながら、それでも奥から漏れる銀色の魔力。


 その光は、赤眼の実験で作られたものとは違った。


 人工的な赤ではない。


 王城の臭いがしない。


 むしろ、どこか澄んでいる。


 夜明け前の月みたいな光だった。


「……お前」


 レオンは静かに声をかけた。


 少女の瞳が揺れる。


 赤く染まりかけた瞳の奥に、紫がかすかに残っている。


「名前は」


「……な、まえ……?」


 少女は掠れた声で繰り返した。


 まるで、その言葉を長い間聞いていなかったかのように。


 レオンの胸の奥が、少し冷たくなる。


 名前。


 呼ばれるもの。


 存在を確かめるもの。


 東の塔で、彼自身も奪われかけたもの。


「そうだ」


 レオンは短く言う。


「お前の名前だ」


 少女は唇を震わせる。


 何かを思い出そうとしている。


 だが、その瞬間。


 赤黒い翼が激しく脈打った。


「ぁ、ぐっ……!」


 少女の身体が跳ねる。


 背中から伸びた翼が暴れ、赤い術式線が再び彼女の肌へ食い込む。


 レオンの腕へも赤い鎖のような光が絡みついた。


 焼けるような痛み。


 だが離さない。


「レオン様!」


 ミーアの声が、通信具越しに響いた。


 雑音が混じっている。


 彼女もどこか別区画で動いているのだろう。


『その術式、魂に食い込んでいます! 無理に剥がせば少女が壊れます!』


「なら壊さず剥がす」


『簡単に仰らないでください!』


「簡単じゃないのは分かってる」


『……っ』


 ミーアが一瞬、言葉を詰まらせる。


 それから、深く息を吸う音がした。


『すみません。取り乱しました』


「お前でも取り乱すんだな」


『レオン様が無茶ばかりなさるからです』


「そうか」


『そうです』


 ほんの少しだけ、通信の向こうでミーアが怒っているのが分かった。


 だが、その怒りは温かい。


 昔なら、そんなものはなかった。


 怒られることすら、今のレオンには“戻る場所”の一部になりつつある。


 ゼルヴァが笑う。


「本当に騒がしいな」


 彼は血まみれのまま、赤い術式刃を構えていた。


 術式鎧には亀裂が入り、片腕はまともに動いていない。


 それでも笑っている。


 だが、その笑みは先ほどより歪んでいた。


「仲間」


「神霊」


「名前」


「救済」


「くだらない言葉ばかりだ」


 レオンは視線だけ向ける。


「羨ましいのか」


 空気が止まった。


 ヴァルガが思わず喉を鳴らす。


『主、また刺した』


 ノワールが影の中で小さく笑う。


『今のは深い』


 ゼルヴァの笑みが、完全に消えた。


「……羨ましい?」


「違うのか」


「違う」


「そうか」


 レオンは少女へ視線を戻す。


「なら黙ってろ」


 その一言で、ゼルヴァの目が冷えた。


「……お前は」


 一歩。


 ゼルヴァが踏み込む。


「本当に不愉快だ」


 赤い術式刃が走る。


 空間を切る一撃。


 レオンは少女を抱えたまま半歩引く。


 刃が頬を掠める。


 血が一筋落ちた。


 だが反撃はしない。


 今、最優先は少女の暴走を抑えること。


 ゼルヴァはそれを理解している。


 だからこそ、正確にそこを突いてくる。


「どうした?」


「攻めないのか?」


「その少女を抱えている限り、お前は鈍る」


「守るものが増えるほど、人は弱くなる」


 レオンは答えない。


 黒雷を細く少女の背中へ流し、侵食を焼き切る。


 少女が苦しそうに声を漏らす。


「……ぃ、たい……」


「少し耐えろ」


「ごめ……なさい……」


「謝るな」


「だって……わたし、また……」


 少女の瞳から涙が零れる。


「また、誰かを傷つける……」


 レオンの手が止まりかける。


 その言葉には、記憶があった。


 罪悪感があった。


 何かを覚えている。


 赤眼に作られた器。


 ただの被害者。


 それだけではない。


 彼女は、何かをさせられてきた。


 そしてそれを覚えている。


「何をした」


 レオンが問う。


 少女は首を横に振る。


「わ、からない……」


「でも」


「目が覚めると、誰かが倒れてて」


「赤いのが、いっぱいで」


「わたし、止めたいのに」


「身体が、勝手に……」


 声が震える。


「だから、もう嫌……」


「また壊すくらいなら……」


 彼女はレオンの服を弱く掴んだ。


「わたしを、止めて……」


 その言葉に、地下の空気が重くなった。


 止めて。


 それは助けてではない。


 殺してくれに近い願い。


 レオンは、静かに少女を見た。


 東の塔で、自分も似たことを考えたことがある。


 誰にも言わなかった。


 言える相手もいなかった。


 このまま何も感じなくなればいい。


 このまま消えれば楽になる。


 価値がないなら、存在しない方がいい。


 そう思った夜が、確かにあった。


 だから。


 分かる。


 けれど。


「嫌だ」


 レオンは短く言った。


 少女の瞳が揺れる。


「……え」


「止める」


 一拍。


「でも殺さない」


 少女は理解できない顔をした。


「なん、で……」


「死にたいわけじゃないだろ」


 その一言で。


 少女の表情が崩れた。


 涙が溢れる。


 声にならない声が、喉の奥で震える。


 死にたいわけじゃない。


 本当は、そうだった。


 壊したくないだけ。


 傷つけたくないだけ。


 自分が誰かを殺すくらいなら、自分が消えた方がいいと思っていただけ。


 レオンはそれを、短い言葉で見抜いた。


 ゼルヴァは、黙って見ていた。


 その目に、また理解できないものを見る色が浮かぶ。


「……なぜ分かる」


 ゼルヴァが低く呟く。


「なぜ、そんなものが分かる」


 レオンは答えない。


 答える必要もない。


 ただ少女を抱え、黒雷をさらに細く流し込む。


 赤黒い翼が暴れる。


 暴走体たちが咆哮し、一斉に襲いかかってくる。


『主!』


 ヴァルガが前へ出る。


『こっちは任せろ!』


「殺すな」


『だから難しいんだよ!』


 ヴァルガは吠えながら黒雷を放つ。


 暴走体の一体が突進してくる。


 巨大な腕。


 爪。


 赤い杭。


 その身体からは苦痛の声とも咆哮ともつかない音が漏れていた。


『……悪いな』


 ヴァルガが低く呟く。


 黒雷が弾ける。


 暴走体の足元だけを撃ち抜き、膝を崩す。


 巨体が倒れる。


 さらに影が伸び、ノワールが拘束する。


『暴れないで』


『痛いの終わらせるから』


 ノワールの声は、いつもより少しだけ優しかった。


 暴走体が苦しそうに呻く。


 それを見て、少女が震える。


「……あの子たち」


 レオンが問う。


「知っているのか」


 少女は震えながら頷いた。


「となりに、いた……」


「ずっと……」


「泣いてた……」


 彼女の声が壊れかける。


「みんな、名前、忘れたって」


「でも」


「でも、誰かに呼ばれたかったって……」


 レオンの目が、静かに冷えた。


 名前を奪う。


 人間を器にする。


 壊れたら処分する。


 王城の闇は、想像よりもずっと深かった。


「……ゼルヴァ」


 レオンが低く呼ぶ。


「何だ」


「こいつらの名前は」


 ゼルヴァは一瞬黙る。


 そして笑った。


「ない」


 その瞬間。


 地下深層の空気が凍った。


「実験体に名前は不要だ」


「番号ならある」


「知りたいか?」


 次の瞬間。


 レオンが消えた。


 少女をノワールの影へ預け、黒雷を纏って一気に踏み込む。


「っ――!」


 ゼルヴァは術式鎧を展開する。


 だが遅い。


 レオンの拳が、鎧ごとゼルヴァの腹へ叩き込まれた。


 轟音。


 ゼルヴァの身体が折れ曲がり、後方へ吹き飛ぶ。


 石壁に叩きつけられる。


「がっ……!」


 血を吐く。


 レオンは止まらない。


 一歩。


 また一歩。


 ゼルヴァへ近づく。


「お前たちは」


 低い声。


「何度同じことを言えば気が済む」


 ゼルヴァが苦しそうに笑う。


「……何のことだ」


「人を道具にするな」


 黒雷が足元を走る。


「名前を奪うな」


「生きてる奴を、番号で呼ぶな」


 ゼルヴァは笑う。


 だが、笑みが引き攣っている。


「綺麗事だ……」


「ああ」


 レオンは否定しない。


「綺麗事でいい」


「……何?」


「汚い理屈で人を壊すよりはマシだ」


 ゼルヴァの目が見開かれる。


 レオンの拳が再び迫る。


 ゼルヴァは咄嗟に横へ逃れる。


 しかし、その先にはノワールの影。


『逃げ道、ないよ』


 影が足首を掴む。


 ゼルヴァが舌打ちし、術式刃で影を切る。


 その瞬間、ヴァルガの雷が横から走った。


『よそ見すんな』


 直撃。


 ゼルヴァの身体が弾き飛ばされる。


 地面を転がり、赤い血を吐く。


「……神霊が、人間に肩入れするか」


 ゼルヴァが掠れた声で呟く。


「奇妙だな」


『お前には分かんねぇだろうな』


 ヴァルガが低く言う。


『主は面倒くせぇけど、退屈しねぇ』


『すぐ無茶するけど、嫌いじゃねぇ』


 ノワールも影から顔を出す。


『主は壊れてるものを見ると放っておけない』


『たぶん、自分を見てるから』


「余計なことを言うな」


 レオンが低く言う。


『事実』


「うるさい」


 ゼルヴァは笑った。


 だが、その笑みはもう余裕ではなかった。


「……羨ましいな」


 小さな声だった。


 レオンの足が止まる。


 ゼルヴァ自身も、自分がそれを言ったことに驚いたようだった。


 沈黙。


 地下の崩れる音だけが響く。


「今、何て言った」


 レオンが問う。


 ゼルヴァはしばらく黙る。


 そして、口元を歪めた。


「忘れろ」


「嫌だ」


「……本当に不愉快だな、お前は」


 ゼルヴァは立ち上がる。


 足元はふらついている。


 だが、まだ戦意は消えていない。


「赤眼に入った者は、名前を捨てる」


 一拍。


「私はゼルヴァ・クローディアではない」


「第五監察官だ」


「役割だけが残る」


「そこに羨望などない」


「孤独などない」


「痛みなどない」


 言葉を重ねるほど、逆に空虚だった。


 レオンは静かに見る。


「自分に言ってるのか」


 ゼルヴァの顔が歪む。


「黙れ」


「壊れてるな」


「黙れ!」


 初めて。


 ゼルヴァが声を荒げた。


 赤い術式が暴走気味に広がる。


 地下深層の壁がさらに崩れる。


 暴走体たちが反応し、苦しそうに呻く。


 少女がノワールの影の中で震える。


「やめて……」


 小さな声。


「みんな、痛がってる……」


 レオンは少女を見る。


「名前」


 少女が顔を上げる。


「思い出したか」


 少女は震えながら頷く。


「……ルミア」


 その名が落ちた瞬間。


 地下深層に、銀色の光が広がった。


 ノワールの目が見開かれる。


『主』


「何だ」


『出てきた』


 ルミアの胸元から、淡い銀の光が浮かび上がる。


 それは小さな羽根のような形をしていた。


 赤黒い翼とは違う。


 澄んでいる。


 優しい。


 でも、強い。


 ゼルヴァの顔色が変わった。


「……まさか」


 初めて、明確な焦り。


「適合している?」


「いや、違う」


「これは……!」


 ルミアは涙を流しながら、胸を押さえる。


「……ずっと」


 小さな声。


「ずっと、ここにいた」


「暗いところで」


「みんなが泣いてて」


「でも、声が聞こえた」


 彼女はレオンを見る。


「あなたの声」


「助けに来たって」


 レオンは何も言わない。


 ルミアの銀色の光が、少しずつ広がる。


 赤黒い翼の侵食を押し返していく。


 ノワールが小さく笑う。


『これ、神霊じゃない』


「何だ」


『祈りに近い』


 ヴァルガが眉を寄せる。


『祈り?』


『名前を忘れた子たちの残り火』


 ノワールは静かに言う。


『この子、全部抱えてた』


 地下深層に、銀の灯火が増えていく。


 ひとつ。


 またひとつ。


 暴走体たちの周囲にも、淡い銀の光が灯る。


 苦しそうだった咆哮が、少しずつ弱まる。


 レオンはそれを見た。


 壊された者たち。


 名前を奪われた者たち。


 器にされ、失敗作として捨てられた者たち。


 その最後の灯火を、ルミアは抱えていた。


「……そうか」


 レオンは小さく呟く。


「お前、一人で抱えてたのか」


 ルミアは涙を流しながら首を横に振る。


「抱えられてない……」


「みんな、痛いままで……」


「わたし、何も……」


「それでも残ってる」


 レオンは短く言った。


「なら、十分だ」


 ルミアの顔が歪む。


 泣きそうで。


 でも、少しだけ救われたような顔だった。


 ゼルヴァは、その光景を見ていた。


 笑っていない。


 怒ってもいない。


 ただ。


 呆然としていた。


「……名前」


 小さく呟く。


「残り火」


「祈り」


「馬鹿馬鹿しい」


 そう言いながら。


 ゼルヴァの手が震えていた。


 レオンはその震えを見た。


 そして、静かに言う。


「お前にも名前はあるだろ」


 ゼルヴァの目が見開かれる。


「黙れ」


「捨てたのか」


「黙れ」


「奪われたのか」


「黙れ!!」


 ゼルヴァが術式刃を振り上げる。


 だが、その刃は不安定だった。


 怒り。


 焦り。


 何かが崩れ始めている。


「私は第五監察官だ!」


「役割だ!」


「それでいい!」


 レオンは前へ出る。


「よくないから怒ってるんだろ」


 ゼルヴァの動きが止まる。


 ほんの一瞬。


 その一瞬で十分だった。


「ヴァルガ」


『おう』


「ノワール」


『ん』


「ルミアを守れ」


『了解』


『任せろ』


 レオンが踏み込む。


 黒雷が集中する。


 破壊ではない。


 殺意でもない。


 ただ、止めるための一撃。


 ゼルヴァが叫ぶ。


「来るな!!」


「嫌だ」


 レオンの拳が、ゼルヴァの胸へ入った。


 轟音。


 黒雷が弾ける。


 術式鎧が完全に砕けた。


 ゼルヴァの身体が宙へ浮き、地面へ叩きつけられる。


 赤い術式が一斉に消えかける。


 地下深層が揺れる。


 暴走体たちの動きも止まる。


 ゼルヴァは倒れたまま、天井を見ていた。


 血だらけで。


 笑えなくなっていた。


「……なぜ」


 掠れた声。


「なぜ、お前は……」


 レオンは見下ろす。


「知らない」


「……は?」


「ただ、気に入らないだけだ」


 短い。


 でも、それがレオンらしかった。


 ゼルヴァは数秒黙り。


 そして、乾いた笑いを漏らした。


「……本当に」


「最悪だな」


 その時。


 地下深層の奥から、さらに大きな崩壊音が響いた。


 ゴゴゴゴゴゴ――!!


 カティアの通信が割り込む。


『代表! 地下構造が限界です! 今すぐ脱出を!』


 エリシアの声。


『こちら、リリアーナ様と合流しました! 殿下も無事です!』


 アルベルトの怒鳴り声。


『勝手に無事扱いするな! いや無事だけどな!』


 リリアーナの声が震える。


『レイさん! 聞こえますか!?』


 レオンは通信具へ触れる。


「ああ」


『よかった……!』


「そっちは」


『大丈夫です!』


 一拍。


『待ってます!』


 レオンは短く答えた。


「すぐ行く」


 そして、ルミアを見る。


「歩けるか」


 ルミアは震えながら立とうとする。


 だが膝が崩れた。


「……ごめん、なさい」


「謝るな」


 レオンは彼女を抱き上げる。


 軽い。


 本当に軽い。


 ルミアは驚いたようにレオンを見る。


「……どうして」


「置いていかない」


 短い言葉。


 ルミアの瞳が揺れる。


 銀色の光が、少し強くなる。


 ノワールが影を伸ばす。


『暴走体たちは?』


 レオンは暴走体を見る。


 銀の灯火に包まれ、動きを止めている。


 まだ生きている。


 だが、連れていける状態ではない。


 ヴァルガが低く言う。


『主』


「分かってる」


 レオンはルミアへ視線を落とす。


「こいつらを止める方法は」


 ルミアは震えながら、銀の光を見つめる。


「……名前」


「名前?」


「思い出せたら」


「少しだけ、眠れるかも」


 レオンは短く頷く。


「なら聞く」


 そして暴走体たちを見る。


「お前たちの名前を教えろ」


 地下深層が静まり返った。


 暴走体たちは言葉を発しない。


 だが、銀色の灯火が震えた。


 ひとつずつ。


 かすかな声が、ルミアを通して聞こえる。


「……エイル」


「……トマ」


「……セリカ」


「……ノル」


 名前。


 失われた名前。


 忘れられた名前。


 誰にも呼ばれなくなった名前。


 レオンは一つずつ聞いた。


 そして。


 短く繰り返した。


「エイル」


「トマ」


「セリカ」


「ノル」


 そのたびに、暴走体たちの赤い瞳から光が消えていく。


 銀の灯火に包まれながら、ゆっくりと膝をつく。


 眠るように。


 ようやく、痛みから離れるように。


 ルミアは泣いていた。


 声を殺して。


 レオンは何も言わない。


 ただ、彼女を抱えたまま立っていた。


 ゼルヴァはその光景を見ていた。


 血だらけのまま。


 何かを言おうとして。


 言えなかった。


 その時。


 地下深層の天井が大きく崩れた。


 巨大な岩塊が落ちてくる。


 ヴァルガが吠える。


『主、脱出だ!』


「ああ」


 レオンは走り出す。


 ルミアを抱え、ノワールの影を足場にし、ヴァルガの雷で瓦礫を弾きながら。


 だが。


 背後でゼルヴァが笑った。


 弱々しい笑い。


「……行けると思うか」


 レオンは振り返らない。


 ゼルヴァは血に濡れた手で、胸元の赤い刻印へ触れた。


「赤眼は」


「失敗を許さない」


「監察官も例外ではない」


 その瞬間。


 ゼルヴァの身体に赤い亀裂が走った。


 自爆術式。


 レオンの目が変わる。


「お前――」


「逃げろよ」


 ゼルヴァは笑う。


 今度は、少しだけ人間らしい笑いだった。


「名前を呼ぶなら」


 一拍。


「私の分も、いつか思い出せ」


 赤い光が膨れ上がる。


 地下深層が、最後の爆発に飲み込まれようとしていた。

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