第74話「赤眼崩壊、無能王子は“二度と奪わせない”と雷を振るう」
地下深層。
黒雷が暴れていた。
轟音。
崩壊。
赤い灯火が激しく揺れる。
地下空間そのものが悲鳴を上げているみたいだった。
「術式起動まで二十五秒」
無機質な声が響く。
天井を埋め尽くす赤杭が、脈打つように光っている。
地下全域崩落術式。
赤眼は最初から、この地下ごと処分するつもりだった。
失敗した実験。
末端。
証拠。
全部まとめて埋める。
王城らしいやり方だった。
だが。
その中心で。
レオンだけは止まらない。
黒雷を纏い、ゼルヴァへ踏み込む。
空気が裂ける。
石床が弾ける。
ゼルヴァは術式鎧を展開しながら笑った。
「良い」
「本当に良い」
「怒りは力になる」
「だが同時に、人を壊す」
レオンの拳が叩き込まれる。
ギィィィィン!!
術式鎧へ亀裂。
ゼルヴァの身体が後方へ滑る。
だが、倒れない。
「その顔だ」
「仲間を失うのが怖い顔」
「東の塔で一人だった頃より、今の方が壊れやすいぞ?」
「……」
「ようやく居場所を手に入れたからな」
「黙れ」
レオンの声が低い。
次の瞬間。
ノワールの影が空間を滑った。
『捕まえた』
影拘束。
ゼルヴァの足元へ黒い影が絡みつく。
だが。
ゼルヴァは即座に術式短剣を突き刺した。
影が裂ける。
『うわ』
『雑に切った』
ノワールが少し不機嫌そうに呟く。
ゼルヴァは初めて、神霊を真正面から見る。
「面白い」
「人格分離型か」
「しかも高度」
その目。
研究者の目だった。
人を見る目ではない。
観察対象を見る目。
レオンの空気がさらに冷える。
「お前」
一歩前へ出る。
「本当に気持ち悪いな」
ゼルヴァが笑う。
「褒め言葉として受け取っておこう」
次の瞬間。
地下空間の奥から、重い足音が響いた。
ズン。
ズン。
ズン。
レオンの目が細くなる。
赤い灯火の向こう。
巨大な影。
実験体。
先ほど現れた黒い怪物が、完全に起動していた。
無数の杭。
裂けた皮膚。
赤い瞳。
そして。
胸部へ埋め込まれた、巨大な赤い結晶。
『主』
ヴァルガの声が低くなる。
『あれ、生きてる』
「ああ」
『でも壊れてる』
レオンも理解していた。
あれは魔獣ではない。
人間でもない。
何かを無理やり繋ぎ合わせた存在。
神霊適合実験。
失敗作。
王城の闇。
全部が形になったような怪物だった。
「暴走体、起動確認」
ゼルヴァが静かに言う。
「さぁ、どうする?」
「術式を止めるか?」
「怪物を止めるか?」
「仲間を助けに行くか?」
「選べ」
その言葉。
だが。
レオンは動じなかった。
少し前なら揺れていた。
一人だった頃なら。
全部抱え込もうとしていた。
でも今は違う。
通信具の向こうから、声が聞こえる。
『レイさん!』
リリアーナ。
『こっちは大丈夫です!』
エリシア。
『こっちも死んでねぇ!』
アルベルト。
騒がしい。
でも。
ちゃんと生きている。
その声を聞いた瞬間。
レオンの中で、何かが変わった。
「……そうか」
小さく呟く。
ゼルヴァが目を細めた。
「何だ?」
レオンはゆっくり顔を上げる。
「一人じゃない」
空気が変わる。
ゼルヴァの笑みが少し止まる。
「だから」
レオンは静かに言う。
「全部やる」
次の瞬間。
黒雷が地下深層を駆け抜けた。
轟音。
ゼルヴァの視界からレオンが消える。
「っ――!?」
速い。
今までよりさらに。
黒雷だけじゃない。
影。
風。
複数の神霊力が、レオンの身体へ重なっている。
ゼルヴァが咄嗟に防御術式を展開。
だが。
レオンの蹴りが、その術式ごと叩き砕いた。
バキィィィン!!
ゼルヴァの身体が吹き飛ぶ。
石壁へ激突。
地下空間が揺れる。
「ごほっ……!」
初めて。
ゼルヴァの口から血が零れた。
レオンは止まらない。
さらに踏み込む。
黒雷が地面を裂く。
ゼルヴァは笑った。
血を吐きながら。
「そうだ……!」
「それだ!」
「怒り!」
「執着!」
「守りたい感情!」
「それが人を壊す!!」
「お前も、いつか壊れるぞ!」
レオンの拳が止まる。
一瞬。
ほんの一瞬。
ゼルヴァが笑う。
「ほら見ろ」
「怖いんだろ?」
「失うのが」
「……ああ」
レオンは静かに答えた。
ゼルヴァの笑みが深くなる。
「そうだ、それでいい――」
「怖い」
レオンの声は静かだった。
「でも」
一拍。
「だから守る」
ゼルヴァの目が止まる。
次の瞬間。
レオンの拳が、ゼルヴァの顔面へ叩き込まれた。
轟音。
石床崩壊。
ゼルヴァの身体が地面を滑る。
赤い血が散る。
「っ……!」
レオンは低く言う。
「失うのが怖いから、一人になる?」
「そんなの、もう嫌だ」
地下空間が静まり返る。
ゼルヴァの目が、初めて揺れた。
東の塔の少年なら。
孤独を選んでいた。
誰も近づけなかった。
失わないために。
期待しないために。
でも今のレオンは違う。
怖くても。
失うかもしれなくても。
それでも繋がる方を選んでいる。
『主』
ヴァルガが笑った。
『変わったな』
「うるさい」
『でも嫌いじゃねぇ』
その時だった。
暴走体が動いた。
巨大な腕が、地下空間ごと薙ぎ払う。
轟音。
石壁崩壊。
赤杭がさらに脈打つ。
「術式起動まで十五秒」
時間がない。
レオンの目が細くなる。
「ヴァルガ」
『おう』
「怪物を止める」
『任せろ』
「ノワール」
『ん』
「術式核を探せ」
『了解』
神霊たちが動く。
ヴァルガは雷を纏い暴走体へ突撃。
ノワールは影へ沈み、地下術式内部へ侵入する。
ゼルヴァは血を拭いながら笑った。
「……なるほど」
「そうやって戦うか」
「仲間と」
「神霊と」
「繋がりながら」
「それが、お前の答えか」
レオンは静かにゼルヴァを見る。
「お前とは違う」
その言葉。
ゼルヴァの笑みが、少しだけ歪んだ。
「……違う、か」
何か。
ほんの一瞬だけ。
その目に影が落ちた。
だが、すぐ笑う。
「だが現実は残酷だ」
「全部守れると思うなよ?」
ゼルヴァが術式を展開する。
赤い刃。
空間を裂く高位術式。
レオンは雷を纏って踏み込む。
衝突。
轟音。
地下深層が激しく揺れる。
その時。
通信具から、リリアーナの叫び声が響いた。
『レイさん!!』
同時に。
地下の別区画から、巨大な崩壊音。
エリシアの風。
アルベルトの炎。
複数の魔力が一気に乱れる。
レオンの顔が変わる。
「っ――!」
ゼルヴァが笑った。
「ほら来た」
「選択の時間だ」
「術式を止めるか?」
「仲間を助けるか?」
地下空間が軋む。
赤杭がさらに光る。
「術式起動まで十秒」
レオンの黒雷が激しく揺れた。
その瞬間。
ノワールの声が地下深層へ響く。
『主』
『見つけた』
地下深層の奥。
巨大な赤い結晶。
地下全域術式の核。
そこへ、無数の黒鎖が絡みついている。
そして。
その結晶の中心。
誰かが閉じ込められていた。
小さな人影。
少女。
銀色の髪。
目を閉じたまま、赤い結晶の中で眠っている。
レオンの目が細くなる。
「……誰だ」
ゼルヴァの笑みが、深くなった。
「見つけたか」
そして。
楽しそうに告げる。
「それが、“次の器”だ」




