第67話「闇は学園へ侵食する、無能王子は“敵の本気”を知る」
旧訓練路地。
戦闘は終わっていた。
だが。
空気は最悪だった。
石畳には戦闘痕。
砕けた壁。
焼け焦げた地面。
そして。
倒れた黒装束たち。
そのうち三人は、すでに息をしていなかった。
自害。
口封じ。
完全に、“処理される側”の動きだった。
「……クソが」
アルベルトが低く吐き捨てる。
剣を握る手に力が入っていた。
「ここまでやるか普通」
「普通ではありませんわ」
エリシアが静かに言う。
だが、その顔色も良くない。
彼女も理解していた。
これはもう、単なる脅迫ではない。
“消しに来ている”。
王城の、それもかなり深い闇が動いている。
セルドはまだ震えていた。
「お、俺……」
顔が真っ青だ。
当然だった。
つい数分前まで、殺されかけていたのだから。
リリアーナがそっと肩へ手を置く。
「大丈夫です」
「でも……!」
「大丈夫です」
自分に言い聞かせるみたいに、もう一度言った。
リリアーナ自身も怖かった。
かなり。
だが。
今はセルドの方が危うい。
だから、自分が崩れるわけにはいかなかった。
レオンは倒れた黒装束を見下ろしていた。
静かだった。
だが。
怒っている。
皆、それが分かるくらいには。
「代表」
カティアが駆けつけてくる。
後方には学園警備隊。
結界術師。
医療班。
完全に緊急対応だ。
「状況は」
「襲撃」
レオンが短く答える。
「対象はセルド」
「実行犯は恐らく王城裏部隊」
カティアの目が鋭くなる。
「証拠は」
「自害した」
「……そうですか」
苦い顔。
予想はしていたのだろう。
こういう連中は、捕まっても喋らない。
それどころか、捕まる前に消える。
学園警備隊の一人が、倒れた黒装束を確認して顔をしかめる。
「毒です」
「かなり強力な即効性」
「搬送しても間に合いません」
重い沈黙。
セルドが青い顔で呟く。
「なんで……」
誰へ向けた言葉かも分からない。
「俺、ただ……」
「レイ代表を助けてくれてありがとうって言っただけなのに……」
その声が、やけに痛かった。
リリアーナが唇を噛む。
エリシアは目を伏せる。
アルベルトが拳を握る。
そして。
レオンだけが、静かにセルドを見る。
「……悪かった」
小さく言った。
セルドが顔を上げる。
「え……」
「俺のせいで狙われた」
「だから――」
「違います!」
リリアーナが強く遮った。
皆が見る。
彼女は震えていた。
怖い。
でも、それ以上に。
今の言葉を聞きたくなかった。
「違います!」
もう一度言う。
「悪いのは、襲った人たちです!」
「でも現実に――」
「違います!」
レオンの言葉を止める。
リリアーナは、真っ直ぐレオンを見る。
「レイさんが助けてくれたから、セルド君は今生きてます」
「それが全部です」
強い声だった。
以前の彼女なら、こんな風に割って入れなかった。
レオンは少しだけ黙る。
セルドも、震えながら口を開いた。
「……俺も」
小さい声。
でも、ちゃんと前を向いていた。
「俺も、代表は悪くないと思います」
「でも……怖かった」
正直な言葉。
「めちゃくちゃ怖かった」
その言葉に、レオンの目が少し伏せられる。
セルドは続ける。
「でも、それ以上に」
一拍。
「代表が来てくれた時、安心した」
路地が静まる。
「だから」
セルドは震えながらも笑った。
「俺、後悔してません」
レオンが動きを止める。
エリシアが小さく目を細めた。
アルベルトは、どこか眩しそうな顔をする。
カティアは静かに息を吐いた。
レオンは少しだけ視線を逸らす。
「……そうか」
それしか返せない。
だが。
その声は少しだけ柔らかかった。
その時だった。
「代表!!」
学園警備兵の一人が叫ぶ。
全員が反応する。
「何だ」
「これを!」
警備兵が、黒装束の懐から小さな金属板を取り出した。
黒い紋章。
そして。
中央に刻まれた、赤い目。
エリシアの顔色が変わる。
「……嘘」
「知ってるのか?」
アルベルトが問う。
エリシアはゆっくり頷いた。
「“赤眼”」
空気が冷える。
「王城非公式粛清機関ですわ」
セルドが息を呑む。
リリアーナの顔も青くなる。
「粛清……?」
「表には絶対出ない組織です」
エリシアの声は重かった。
「王城の汚点処理、反逆者処分、証拠隠滅」
「そして」
一拍。
「“存在してはいけない者”を消すための部隊」
アルベルトの顔が歪む。
「ふざけんな……」
「王族の俺ですら、存在を噂でしか聞いたことがない」
レオンは金属板を受け取る。
冷たい。
まるで死体みたいな感触だった。
「……赤眼」
『主』
ノワールの声が静かに響く。
『かなり深いところまで来てるね』
「ああ」
『どうする?』
レオンは答えない。
代わりに、金属板を強く握った。
ギシ、と嫌な音が鳴る。
その時。
ミーアが屋根上から降りてきた。
普段より表情が硬い。
「レオン様」
「何だ」
「撤退した者を追跡しました」
全員の空気が変わる。
「結果は」
ミーアが少しだけ目を伏せる。
「途中で消えました」
「消えた?」
「はい」
「痕跡も途中で切れています」
つまり。
迎えがいた。
回収班。
逃走経路。
全部準備済み。
「……徹底してますわね」
エリシアが呟く。
ミーアは頷く。
「しかも問題はそこだけではありません」
「まだあるのかよ……」
アルベルトが頭を抱える。
ミーアの目が鋭くなる。
「王都側で、“レオンハルト復活”の噂が広がり始めています」
沈黙。
リリアーナが顔を上げる。
「それって……」
「誰かが意図的に流しています」
ミーアは断言した。
「しかも、“危険な元王子が学園を掌握し始めている”という形で」
アルベルトが舌打ちする。
「クソが……!」
エリシアの目が冷える。
「完全に世論操作ですわね」
「はい」
ミーアは頷く。
「学園内部だけではなく、外側からも孤立させる気です」
レオンは静かに空を見る。
曇天。
重い雲。
嫌な空気だった。
東の塔。
あそこでは、何もなかった。
誰も来ない。
誰も期待しない。
だから失うものもなかった。
でも今は違う。
学園。
仲間。
居場所。
それを狙われている。
だから。
腹が立った。
「……面倒だな」
小さく呟く。
だが。
その目は、もう逃げていなかった。
エリシアがレオンを見る。
「レイ様」
「何だ」
「ここから先は、“戦うだけ”では終わりませんわ」
「分かってる」
「敵は王城です」
「知ってる」
「貴方を、“悪”に仕立てようとしてきます」
レオンは少しだけ黙った。
そして。
静かに答える。
「なら」
一拍。
「全部潰す」
空気が変わる。
リリアーナが息を呑む。
アルベルトが目を見開く。
エリシアですら、一瞬だけ止まった。
レオンの声は静かだった。
怒鳴っていない。
感情的でもない。
なのに。
その言葉には、はっきりと覚悟が宿っていた。
「俺の居場所を壊そうとするなら」
金の瞳が、静かに冷える。
「もう容赦しない」
その瞬間。
遠く王都の空で、雷が鳴った。
まるで。
王城との本当の戦いが、始まったと告げるみたいに。




