第66話「旧訓練路地の罠、無能王子は“守る覚悟”で闇を叩き潰す」
翌日。
放課後。
空は曇っていた。
昼間だというのに薄暗い。
風も冷たい。
まるで何かが起きるのを待っているみたいな空気だった。
旧訓練路地。
現在は半ば使われていない、学園東区画の古い訓練区域。
石畳はひび割れ、壁には古い剣痕が残っている。
人気も少ない。
だからこそ、“事故”には都合がいい場所だった。
「……本当に来るんだな」
アルベルトが低く呟く。
現在、四人は建物の影へ隠れていた。
レオン。
リリアーナ。
エリシア。
アルベルト。
少し離れた高所には、ミーアも潜んでいる。
「暁の夜の情報は確かです」
通信魔導具越しにミーアの声が響く。
「対象生徒、間もなく到着」
リリアーナが小さく息を呑む。
「その子、大丈夫なんですよね……?」
「今のところ単独です」
ミーアが答える。
「ですが、周囲に不自然な魔力反応があります」
「数は?」
レオンが問う。
「最低六」
一拍。
「恐らく八以上」
アルベルトが顔をしかめた。
「多いな……」
「本気ですわね」
エリシアの目も鋭い。
今回の狙いは単純だ。
レオン支持派の生徒を襲う。
それを“学園内の揉め事”に見せかける。
そして。
“レイ・ノクトに関わると危険”という空気を作る。
汚いやり方だ。
だが効果的でもある。
その時。
旧訓練路地へ、一人の男子生徒が入ってきた。
一年生。
北棟でレオンに助けられた生徒の一人だった。
名前はセルド。
最近、レオン支持派の中心に近い立場になっている。
本人にその自覚はない。
だが、だからこそ狙われた。
「……誰もいない?」
セルドが辺りを見回す。
少し不安そうだった。
恐らく、“話がある”とでも呼び出されたのだろう。
次の瞬間。
空気が変わった。
ザッ――。
影。
路地裏。
屋根の上。
複数の黒装束が現れる。
完全包囲。
セルドの顔から血の気が引いた。
「なっ……!?」
「動くな」
低い声。
黒装束の男の一人が前へ出る。
顔は隠されている。
だが空気が違う。
以前の特務局員とも違う。
もっと冷たい。
殺し慣れている空気。
「レイ・ノクト支持をやめろ」
男が淡々と言う。
「次は命がない」
セルドの足が震える。
「な、なんなんだよお前ら……!」
「質問するな」
「従え」
威圧。
恐怖。
完全に“見せしめ”だった。
セルドの顔が青ざめる。
だが。
「……嫌だ」
小さく呟いた。
男たちの空気が少し変わる。
「何?」
「レイ代表は……」
セルドは震えながらも顔を上げる。
「俺たちを助けてくれた」
「だから俺は……!」
最後まで言えなかった。
黒装束の男が一瞬で距離を詰めたからだ。
速い。
明らかに訓練されている。
セルドの顔が恐怖で固まる。
「っ――!!」
だが。
男の手が届く前に。
轟音が響いた。
バキィィンッ!!
石壁が砕ける。
雷。
青白い閃光。
黒装束の男が横へ吹き飛ばされた。
「なっ……!?」
全員が反応する。
路地入口。
そこにレオンが立っていた。
静かな金の瞳。
だが。
空気は冷たい。
「……やっぱり来たか」
低い声。
黒装束たちが一斉に構える。
「対象確認」
「レイ・ノクト」
「予定変更」
「優先排除へ移行」
声に感情がない。
機械みたいだった。
アルベルトが舌打ちする。
「うわ、ほんとに汚れ仕事専門って感じだな……」
「殿下、油断しないでくださいませ」
エリシアが風刃を展開する。
リリアーナも結界を張った。
セルドが呆然とレオンを見る。
「だ、代表……」
「下がってろ」
レオンは短く言った。
「死ぬぞ」
その瞬間。
黒装束たちが同時に動いた。
速い。
連携。
しかも殺意が薄い。
いや。
“処理”に近い。
感情を捨てた動き。
完全に訓練された暗殺者だった。
「散開」
「視界潰し」
「対象分断」
煙玉。
同時に複数の短刃が飛ぶ。
狙いはセルド。
レオンではない。
「っ!」
リリアーナが即座に結界を展開。
ガガガガッ!!
短刃が結界へ突き刺さる。
「セルド君!」
「は、はい!」
「絶対動かないでください!」
「わ、分かった!」
エリシアが風を走らせる。
「散りなさい!」
暴風。
煙が吹き飛ぶ。
だが。
「――後ろですわ!」
アルベルトが叫ぶ。
屋根上。
二人。
レオンへ同時奇襲。
短剣。
首狙い。
だが。
「遅い」
レオンが振り向く。
雷が走る。
次の瞬間。
黒装束二人が空中で吹き飛んだ。
しかし。
別方向。
さらに三人。
狙いはリリアーナ。
「っ!?」
速い。
完全に役割分担されている。
レオンを止める役。
周囲を潰す役。
そして恐怖を植え付ける役。
「リリアーナ!」
アルベルトが踏み込む。
炎剣。
激突。
ギィィィン!!
火花が散る。
「ちっ……!」
重い。
相手はただの暗殺者じゃない。
軍人レベル。
しかも迷いがない。
「殿下、右!」
「分かってる!」
エリシアの風刃が飛ぶ。
だが。
黒装束たちは即座に散開。
無駄がない。
レオンの目が細くなる。
「……面倒だな」
『主』
ヴァルガが笑う。
『殺し慣れてる奴らだ』
「ああ」
『どうする?』
レオンは静かに前を見る。
セルドが震えていた。
リリアーナも息が乱れている。
アルベルトは押され始めている。
エリシアも守りへ回っている。
そして。
黒装束たちの狙いは、最初から一つ。
恐怖。
見せしめ。
レオンに関わると危険だと思わせること。
「……気に入らない」
空気が変わった。
静かだった。
でも。
路地全体の温度が下がった気がした。
黒装束たちも一瞬動きを止める。
「対象、魔力上昇」
「警戒――」
最後まで言えなかった。
レオンが消えたから。
速い。
いや、異常。
一人目。
腹へ拳。
鎧ごと吹き飛ぶ。
二人目。
足払い。
壁へ叩きつける。
三人目。
雷撃。
地面へ沈む。
圧倒的。
だが。
レオンは殺していない。
全部、“止めている”。
「なっ……!」
「速すぎ――」
黒装束たちの連携が崩れる。
その瞬間。
エリシアが笑った。
「隙だらけですわよ!」
風刃が走る。
二人沈む。
アルベルトも炎剣で押し返す。
「おらぁぁぁ!!」
轟音。
黒装束を壁へ叩きつける。
リリアーナは結界を維持したまま、セルドを守り続けていた。
その時。
最後尾にいた黒装束の一人が、小さく呟く。
「……失敗」
レオンの目が鋭くなる。
「待て」
だが遅かった。
男の口元から、黒い液体が零れる。
毒。
自害。
「っ……!」
アルベルトの顔が歪む。
「マジかよ……」
他の黒装束たちも、同時に動いた。
撤退。
いや。
口封じ。
逃げられない者は自害。
完全に“捨て駒”の動きだった。
「逃がすな!」
アルベルトが叫ぶ。
だが。
レオンは動かなかった。
ただ。
静かに、その場を見ていた。
逃げる黒装束。
倒れる暗殺者。
震えるセルド。
怯える空気。
そして。
王城の闇。
それら全部を見て。
レオンは小さく息を吐く。
「……やっぱり来たか」
その声には。
静かな怒りが滲んでいた。




