第63話「動き出す王城、無能王子は“守るための力”を選び始める」
王城審問官クロード・ヴェルナーが去った後。
大会議室には、しばらく重い空気が残っていた。
「……終わった、のか?」
最初に口を開いたのはアルベルトだった。
椅子へ深く座り込み、完全に気が抜けている。
その姿に、エリシアが呆れたようにため息をつく。
「だらしありませんわね」
「いや疲れるだろあれ!」
「同感です」
カティアが珍しく即答した。
教師陣まで頷いている。
相当だった。
剣も魔法も使わない。
なのに、ずっと喉元へ刃を突きつけられているような感覚。
それが王城審問官だった。
リリアーナはまだ完全に緊張が抜けていないらしい。
小さく深呼吸を繰り返している。
「大丈夫か」
レオンが声をかける。
リリアーナがびくっと肩を揺らした。
「は、はい!」
「……硬いな」
「だ、だって……!」
顔が赤い。
審問中の“居場所”発言。
あれがまだ頭から離れていない。
レオン本人は完全に無自覚だが。
リリアーナはもうまともに目を合わせられなかった。
「レイさん、あの」
「何だ」
「……いえ」
「?」
エリシアが横で小さく笑う。
「完全に自爆していますわね」
「どういう意味だ」
「分からないならそのままで結構ですわ」
「意味が分からん」
アルベルトが天井を見上げながら呟く。
「ほんと天然だなこいつ……」
「聞こえてるぞ」
「聞かせてる」
少しだけ空気が軽くなる。
だが。
学園長だけは、まだ真剣な顔を崩していなかった。
「皆さん」
穏やかな声。
だが空気が締まる。
「クロード・ヴェルナーは、一度退いただけです」
会議室が静まる。
レオンも視線を向ける。
「今日の審問」
学園長が続ける。
「こちらが優勢だったのは事実です」
「証拠も押さえました」
「ですが」
一拍。
「王城は、“失敗したから終わる”組織ではありません」
重い言葉だった。
アルベルトが顔をしかめる。
「……次が来るってことか」
「ええ」
エリシアが頷く。
「しかも、恐らく今回は“正攻法”ではありませんわね」
「どういう意味だ」
「クロードは確認しに来たんですの」
エリシアの目が細くなる。
「レイ様が、本当に“危険”なのか」
「そして」
「学園が、どこまで本気で庇うのか」
カティアが資料を閉じる。
「結果として」
「学園はレイ・ノクトを守る姿勢を明確にしました」
「つまり王城側から見れば、“学園そのもの”が障害になった」
リリアーナが不安そうに呟く。
「そんな……」
「あり得ます」
カティアは即答した。
「今後、学園への圧力はさらに強くなるでしょう」
レオンが小さく息を吐く。
「面倒だな」
「代表が原因です」
「否定できませんわね」
「お前らな」
だが。
誰も本気で責めているわけではない。
それはレオンにも分かっていた。
その時だった。
コンコン、と扉が鳴る。
カティアが眉を寄せる。
「今は会議中ですが」
「俺です」
外から声。
低い男の声だった。
レオンの目が少し細くなる。
「……リヒトか」
カティアが警戒したまま扉を開ける。
そこに立っていたのは、拘束術式付きの腕輪を嵌められたリヒトだった。
監視役の教師も二人ついている。
「失礼します」
リヒトは苦笑気味だった。
「一応、重要証人扱いになりまして」
「複雑ですわね」
エリシアが呟く。
つい先日まで敵だった男だ。
だが今は、王城側の不正を証明する重要人物でもある。
リヒトは会議室へ入り、レオンを見る。
「……かなり派手にやりましたね」
「何がだ」
「クロード相手に、“居場所”発言ですよ」
「問題あるか」
「ありますよ」
リヒトは即答した。
「王城が一番嫌うタイプです」
会議室が静まる。
「孤立している相手は潰しやすい」
「でも、周囲に人が集まり始めると話が変わる」
リヒトの顔から笑みが少し消える。
「特に王族は」
「人望を持ち始めた瞬間、一気に危険視される」
アルベルトが舌打ちした。
「クソみてぇな話だな」
「実際クソですよ」
リヒトは苦笑した。
「王城は、“制御できない人気”を嫌いますから」
レオンが目を細める。
「俺は人気者じゃない」
「自覚ないんですね」
リヒトですら呆れていた。
「北棟以降、生徒たちの空気かなり変わってますよ」
「代表」
「無能王子」
「追放された元王子」
リヒトは肩をすくめる。
「普通なら侮蔑混じりになる単語なのに、今は逆です」
「完全に“物語化”してる」
リリアーナが少し嬉しそうな顔をした。
だが。
リヒトは続ける。
「だから危険なんです」
空気が重くなる。
「王城は、“象徴”を恐れる」
「特に」
レオンを見る。
「王族なのに、王城に従わない存在を」
沈黙。
リヒトは一度目を伏せた。
「……正直、俺も最初は信じてませんでした」
「何を」
「貴方が、“誰かを守るために動く人間”だってことです」
レオンは答えない。
リヒトは苦笑する。
「東の塔の話、少し聞いてましたから」
リリアーナが顔を上げる。
「東の塔……」
「ええ」
リヒトは静かに言った。
「王城内じゃ、有名でしたよ」
「“壊れた王子”って」
空気が凍る。
リヒト自身、言った直後に苦い顔をした。
「……すみません」
「別に」
レオンは静かだった。
「事実だ」
「違います」
リリアーナが即座に否定する。
会議室全員が見る。
リリアーナは真っ直ぐリヒトを見る。
「レイさんは壊れてません」
「……」
「苦しかっただけです」
その言葉に。
レオンの目が少しだけ揺れた。
ほんの一瞬。
でも確かに。
リヒトは小さく息を吐く。
「……そういうところですよ」
「何がだ」
「人が集まる理由です」
レオンは理解できていない顔だった。
だが。
リリアーナも、エリシアも、アルベルトも。
なんとなく分かっていた。
この人は。
本当に、自分の価値を知らない。
だから余計に放っておけないのだと。
その時。
会議室の外で、慌ただしい足音が響いた。
教師の一人が勢いよく飛び込んでくる。
「学園長!」
全員の空気が変わる。
「どうしました」
「西門付近で騒ぎが!」
カティアが眉を寄せる。
「騒ぎ?」
「生徒同士の衝突です!」
エリシアが目を細める。
「……早いですわね」
「何がだ」
アルベルトが問う。
エリシアは静かに答えた。
「始まったんですわ」
一拍。
「レイ様を巡る“派閥”が」
空気が変わる。
教師が続ける。
「現在、“レイ・ノクト支持派”と、“危険視派”で対立が拡大しています!」
「既に一部貴族生徒も介入!」
アルベルトが舌打ちした。
「チッ……!」
リリアーナの顔が曇る。
「そんな……」
レオンだけが静かだった。
だが、その目は少し冷えている。
リヒトが苦笑した。
「ほら、言ったでしょう」
「人気者は面倒なんですよ」
「嬉しくないな」
「でしょうね」
学園長が静かに立ち上がる。
「カティア先生、鎮静を」
「承知しました」
「エリシアさん、貴族側抑制をお願いします」
「任せてくださいませ」
「殿下」
「分かってる!」
アルベルトも立ち上がる。
空気が一気に動き始める。
その中で。
リリアーナだけがレオンを見る。
「……大丈夫です」
「何がだ」
「わたしたち、ちゃんと止めます」
小さく笑う。
「だから、レイさんは一人で抱え込まないでください」
レオンは少しだけ黙った。
そして。
小さく息を吐く。
「……努力する」
またそれだった。
でも今度は。
リリアーナがちゃんと笑った。
「はい」
その時。
会議室の窓の外。
学園中央塔の上空で、黒い鳥が旋回していた。
誰にも気づかれない位置。
影の中。
そして、その鳥の目は。
真っ直ぐレオンを見ていた。




