第62話「無能王子の反撃、学園は“レオンハルト”を否定しない」
大会議室。
重い沈黙が落ちていた。
「昔は痛かった」
レオンの声だけが、静かに響いている。
「でも今は違う」
クロード・ヴェルナーは、その言葉をじっと見ていた。
笑みは消えていない。
だが、先ほどまでの“余裕”とは少し違う。
「俺には、もう関係ない」
レオンは真っ直ぐ前を見る。
「無能王子でもいい」
「追放された元王子でもいい」
「好きに呼べ」
一拍。
「でも」
静かな金の瞳が細くなる。
「今の俺を決めるのは、お前たちじゃない」
会議室の空気が変わった。
リリアーナの胸が熱くなる。
エリシアは静かに目を細めた。
アルベルトは、どこか悔しそうに笑う。
クロードだけが、静かに指を組み直した。
「……なるほど」
小さく呟く。
「随分と変わられた」
「そうか」
「ええ」
クロードは視線を落とし、資料を一枚めくる。
「ですが、感情論だけでは終わりません」
「本件の問題は、貴方が“危険な力”を保有している点です」
空気が再び張る。
「北棟地下において確認された異常魔力」
「暴走核の制御」
「王城特務局員複数の制圧」
クロードが顔を上げる。
「魔力ゼロだったはずの元第一王子が、突如として国家級戦力へ変貌している」
「王城が警戒する理由としては十分では?」
教師陣の空気が少し重くなる。
それは事実だった。
レオンの力は異常だ。
北棟の件で、それは完全に明らかになった。
クロードはそこを突いている。
「つまり」
クロードが続ける。
「王城としては、“制御不能な危険存在”を確認しに来たわけです」
リリアーナが反射的に立ち上がる。
「違います!」
「ほう?」
「レイさんは危険じゃありません!」
「根拠を」
「っ……!」
クロードの返しは速い。
そして冷たい。
「力を持つ者が危険ではないと、どう証明します?」
「それは……!」
言葉が詰まる。
クロードは逃さない。
「実際、北棟は半壊しました」
「多数負傷者も出ています」
「違いますわね」
エリシアが割って入った。
クロードが視線を向ける。
「何がです」
「“レイ様が壊した”ような言い方をしていることですわ」
エリシアの声は冷静だった。
「北棟を破壊したのは、侵入した王城側戦力」
「レイ様は、その被害を抑えています」
「結果論です」
クロードが即座に返す。
「もし彼が暴走していれば、被害はさらに拡大した可能性がある」
「ですが暴走していませんわ」
「今回は」
空気が冷える。
クロードは微笑んだまま続けた。
「力とは、制御できる間だけ安全なのです」
「そして人間は、いつか必ず壊れる」
その言葉。
リリアーナの顔色が変わる。
クロードは、レオンを見ていた。
「東の塔で長年幽閉された少年」
「王族から切り捨てられた存在」
「その精神状態が、常に安定している保証は?」
「てめぇ……!」
アルベルトが机を叩きそうになる。
だが。
「落ち着きなさい」
エリシアが止めた。
「でも!」
「相手はそれを待っていますわ」
アルベルトが歯を食いしばる。
クロードは静かに笑った。
「流石、公爵令嬢」
「理解が早い」
「貴方のやり方が嫌いなだけですわ」
「光栄です」
クロードは平然としている。
感情で揺れない。
完全に“仕事”として動いている。
その時だった。
「……保証ならある」
低い声。
レオンだった。
クロードが目を向ける。
「ほう?」
「俺が壊れない保証ならある」
「聞きましょう」
レオンは少しだけ黙った。
視線が横へ動く。
リリアーナ。
エリシア。
アルベルト。
カティア。
学園長。
そして、会議室の後方で静かに控えているミーア。
「今は、一人じゃない」
短い言葉。
だが。
会議室の空気が揺れた。
リリアーナの目が見開く。
エリシアが静かに息を止める。
アルベルトは完全に固まっていた。
クロードですら、一瞬だけ沈黙した。
レオンは続ける。
「昔は違った」
「東の塔では、何もなかった」
「だから壊れても、誰も困らなかった」
一拍。
「でも今は違う」
静かな声。
「止める奴がいる」
「怒る奴がいる」
「無茶するなって言う奴がいる」
リリアーナの目に涙が浮かぶ。
ミーアが小さく目を伏せた。
エリシアは扇子で口元を隠す。
だが耳が少し赤い。
アルベルトは何とも言えない顔になっていた。
「……つまり」
クロードが静かに言う。
「周囲の人間が、貴方の枷になると?」
「違う」
レオンは即答した。
「居場所だ」
その瞬間。
リリアーナの涙が、一筋だけ落ちた。
クロードはそれを見ていた。
そして。
初めて。
少しだけ笑みを消した。
「……厄介ですね」
小さな呟き。
「何がだ」
「人は、“守る理由”を持つと強くなる」
クロードは書類を閉じる。
「王城は、貴方を孤立した存在だと認識していた」
「ですが今は違う」
視線が会議室全体を見渡す。
教師。
生徒。
王子。
公爵令嬢。
侍女。
皆が、レオン側へ立っている。
クロードは静かに息を吐いた。
「……なるほど」
初めてだった。
王城審問官が、“想定外”を認めたのは。
その時。
学園長が静かに口を開く。
「では、こちらからも確認を」
クロードが視線を向ける。
「何でしょう」
「王城特務局員リヒト・ヴァルディア」
「彼は現在、本学園で拘束中です」
クロードの目が少し細くなる。
「存じています」
「彼は既に、“王城命令による学園潜入”を認めています」
空気が止まる。
リリアーナが目を見開く。
アルベルトが「は?」と声を漏らす。
クロードだけが静かだった。
だが。
ほんの僅か。
指先が止まる。
学園長は続ける。
「さらに、地下結界炉妨害命令、レイ君捕獲命令についても証言済みです」
「……証言内容の信憑性確認は?」
クロードの返しは冷静だった。
「取れています」
カティアが資料を机へ置く。
「記録魔導具による音声保全済み」
「侵入兵装との照合も完了」
クロードが黙る。
今度は完全に。
エリシアが小さく笑った。
「随分静かですわね」
「……準備が良い」
クロードが呟く。
「当然です」
学園長が穏やかに言う。
「こちらも、生徒を守る義務がありますので」
重い沈黙。
クロードは数秒間、完全に思考していた。
そして。
ゆっくりと立ち上がる。
「本日の審問は、ここまでとします」
会議室がざわつく。
アルベルトが眉を上げる。
「逃げんのか?」
「誤解です」
クロードは穏やかに笑う。
「“持ち帰る”だけですよ」
その言葉が、不気味だった。
クロードはレオンを見る。
「レオンハルト殿下」
「何だ」
「王城は、貴方を諦めていません」
「興味ない」
「でしょうね」
クロードは小さく笑った。
「ですが」
一拍。
「次は、もっと面倒になりますよ」
静かな警告。
それを残し。
クロードは王城側護衛と共に会議室を出ていく。
重い扉が閉まる。
その瞬間。
会議室全体から、張り詰めていた空気が一気に抜けた。
「はぁぁぁぁ……!」
アルベルトが机へ突っ伏す。
「疲れた!!」
「うるさいですわ」
だがエリシア自身も深く息を吐いていた。
リリアーナはまだ涙を拭っている。
レオンが見る。
「……泣くな」
「だ、だって……!」
「なんでそんな普通に言えるんですか……!」
「何がだ」
「居場所、とか……!」
レオンは少しだけ黙る。
自分でも、自然に出た言葉だった。
東の塔では、絶対に出なかった言葉。
「……事実だからな」
小さく呟く。
その瞬間。
リリアーナの顔がまた赤くなった。
エリシアが扇子で顔を隠す。
アルベルトが天井を見上げた。
「お前さぁ……」
「何だ」
「天然でそれ言うの反則だろ……」
「意味が分からん」
カティアが額を押さえる。
「代表」
「何だ」
「本当に自覚がないんですね」
「だから何の話だ」
学園長だけが、静かに笑っていた。
王城は、まだ終わらない。
だが。
今日、はっきりしたことがある。
無能王子レオンハルト。
その居場所を。
もう、誰も否定できない。




