第57話「戦いの後に残るもの、無能王子は初めて“居場所”を知る」
北棟制圧から、一時間後。
学園はまだ騒がしかった。
負傷者の搬送。
崩落区域の封鎖。
教師たちの怒鳴り声。
警備班の巡回。
だが、それでも。
完全な混乱にはならなかった。
北棟は守られた。
結界炉も無事。
被害は大きい。
それでも、“壊滅”は避けられた。
その事実だけで、学園側は奇跡に近いと思っていた。
「代表」
北棟外周。
簡易休憩所として使われている中庭で、カティアが資料を片手に歩いてくる。
レオンは木陰のベンチに座っていた。
「何だ」
「その前に」
カティアがじっと見る。
「腕を出してください」
「嫌だ」
「却下です」
「最近そればかりだな」
「便利なので」
レオンの右腕には包帯が巻かれていた。
地下で暴走核を素手で抑えた時の火傷。
普通なら腕ごと消えていてもおかしくない。
だが、レオンは“少し焼けた”程度で済ませていた。
それが逆に異常だった。
「痛みは」
「ない」
「嘘ですね」
「なぜ分かる」
「顔です」
「お前までそれを言うのか」
後ろから声。
「だって本当ですし」
リリアーナだった。
両手に飲み物を持っている。
エリシアも一緒だ。
「貴方、本当に分かりやすいですわよ」
「どこがだ」
「全部ですわ」
「意味が分からん」
アルベルトが少し遅れてやってくる。
「俺でも分かるぞ」
「お前は黙れ」
「なんでだよ!?」
いつもの流れ。
だが、その空気は以前より自然だった。
レオンは少しだけ目を細める。
騒がしい。
面倒。
落ち着かない。
でも。
嫌ではない。
リリアーナが隣へ座る。
「はい、どうぞ」
渡されたのは温かい紅茶だった。
「……俺にか」
「他に誰がいます?」
「飲まないかもしれない」
「飲みます」
「決めつけるな」
「飲みます」
強い。
最近、少しずつ押しが強くなっていた。
レオンは諦めて受け取る。
「……熱いな」
「温かい方が落ち着くって、ミーアさんが」
レオンの手が止まる。
「ミーアと話したのか」
「はい」
リリアーナが少し嬉しそうに笑う。
「すごく綺麗な人でした」
「……そうか」
「あと、“レオン様は無理をするので気をつけてください”って」
「余計なことを」
だが否定はしない。
エリシアが扇子を揺らす。
「わたくしたち、かなり意気投合しましたわ」
「何を話した」
「主に“レオン様の扱い方”です」
「やめろ」
「ちなみに満場一致で、“放っておくと危険”でした」
「酷いな」
「事実ですわ」
アルベルトが笑う。
「そこは否定できねぇな」
「お前はまず自分をどうにかしろ」
「なんで俺だけ毎回刺されるんだ!?」
カティアが小さく息を吐く。
「……北棟崩落直後とは思えない空気ですね」
「悪いか」
「いえ」
少しだけ笑う。
「悪くありません」
その時。
中庭の入口から、ざわめきが広がった。
「……あれ」
「代表だ」
「本当にいた……」
生徒たちだった。
北棟から避難していた生徒たち。
視線が集まる。
レオンは面倒そうに眉を寄せた。
「……何だ」
「貴方ですよ」
カティアが即答する。
「何した」
「自覚がないんですの?」
エリシアが呆れる。
「北棟崩壊寸前で敵部隊を制圧、生徒多数救出、結界炉暴走停止」
一拍。
「むしろ何もないと思っていたんですの?」
「普通だ」
「普通ではありません」
リリアーナとエリシアが同時に言った。
アルベルトまで頷く。
「流石にあれは普通じゃねぇ」
「お前まで」
その時。
一人の男子生徒が、おずおずと近づいてきた。
「あ、あの……!」
レオンが見る。
怯えている。
だが逃げない。
「何だ」
「その……ありがとうございました!」
頭を下げた。
「俺、北棟三階にいて……!」
「結界がなかったら、多分……」
声が震えている。
怖かったのだろう。
当然だ。
死ぬかもしれなかった。
「だから、その……!」
「助けてくれて、本当にありがとうございました!」
沈黙。
レオンは少しだけ視線を逸らした。
こういうのは慣れていない。
東の塔では感謝なんてなかった。
あったのは侮蔑だけだ。
「……そうか」
短い返事。
だが、その男子生徒は嬉しそうだった。
「は、はい!」
そこからだった。
「あの! 俺も助けてもらいました!」
「私もです!」
「代表が来てくれなかったら……!」
次々に声が上がる。
レオンの眉間の皺が深くなる。
「……増えたな」
「人気者ですわね」
「違う」
「違いません」
リリアーナが小さく笑う。
レオンは落ち着かなさそうに紅茶を飲む。
熱い。
だが少しだけ、胸の奥が妙に温かかった。
その様子を、少し離れた場所から見ている者がいた。
リヒトだった。
拘束術式付きの椅子へ座らされ、監視付きで待機している。
その隣には学園警備兵。
完全に捕虜扱いだ。
「……驚きました」
ぽつりと呟く。
カティアが視線だけ向ける。
「何がです」
「本当に慕われている」
リヒトは中庭を見る。
囲まれるレオン。
感謝する生徒たち。
笑う仲間たち。
「王城の報告書では、“危険思想の不安定分子”だったんですが」
「王城の目は節穴です」
カティアが即答する。
リヒトは苦笑した。
「否定できないな……」
その時。
学園長が姿を現した。
中庭の空気が少し変わる。
「学園長」
教師たちが頭を下げる。
学園長は穏やかに頷き、そのままレオンたちの前へ来た。
「賑やかですね」
「面倒だ」
レオンが即答する。
学園長は笑った。
「そう言いながら、逃げていない」
「逃げる場所がない」
「本当にそうですか?」
レオンは答えなかった。
学園長は少しだけ目を細める。
「北棟の件、ご苦労様でした」
「別に」
「学園として正式に礼を言います」
「必要ない」
「必要です」
穏やかな声。
だが真剣だった。
「君が動かなければ、北棟は崩壊していました」
「……」
「生徒も、教師も、もっと傷ついていたでしょう」
学園長は静かに続ける。
「守ってくれて、ありがとうございました」
その言葉に。
レオンは少しだけ言葉を失った。
感謝。
真正面から。
王族時代ですら、こんな風に言われた記憶はほとんどない。
成果は当然。
失敗は責任。
そういう場所だった。
だから。
今の言葉が、妙に重かった。
「……別に」
結局、それしか返せない。
だが。
学園長は満足そうだった。
「十分ですよ」
その時。
学園上空に、大きな鳥型の魔導伝令が飛来した。
全員の視線が上を向く。
嫌な空気。
カティアの顔が険しくなる。
「……王城ですか」
学園長が静かに頷く。
伝令鳥が、中庭中央へ降り立つ。
そこから、機械的な声が響いた。
『王城より通達』
空気が張る。
『本日の学園襲撃事件に関し、重要参考人“レイ・ノクト”の王城出頭を要求する』
中庭が静まり返る。
リリアーナの顔色が変わる。
エリシアの目が鋭くなる。
アルベルトが舌打ちした。
「早ぇな……」
レオンは静かに伝令鳥を見る。
そして。
『拒否権は認められない』
その一言で。
中庭の空気が、完全に冷えた。
王城は。
まだ終わる気がない。
むしろ。
ここから、本格的に動き出そうとしていた。




