第54話「自爆結晶、無能王子は“奪わせない怒り”で踏み砕く」
北棟地下区画。
赤黒い光が、地下空間を染め上げていた。
リヒトの手に握られた黒結晶。
そこから漏れ出す魔力は、先ほどの結界炉暴走とは比べものにならないほど危険だった。
濃い。
重い。
そして不安定。
地下の石壁が軋む。
空気が震える。
魔力そのものが悲鳴を上げているみたいだった。
『主』
ノワールの声が鋭い。
『あれ、本当にまずい』
「ああ」
『地下ごと吹き飛ぶよ』
「だろうな」
レオンは静かに答える。
だが足は止まらない。
一歩。
また一歩。
リヒトへ向かって歩く。
その姿に、リヒトの顔が引き攣った。
「来るな」
結晶を握る手が震えている。
「止まれ!」
「嫌だ」
即答だった。
リヒトの呼吸が乱れる。
「理解しているのか!? これは暴走核だ!」
「見れば分かる」
「起爆すれば半径一帯が消し飛ぶ!」
「そうか」
「だったら――」
「だから止める」
リヒトの声が止まる。
レオンの目は冷えていた。
静かで。
低くて。
だが、確実に怒っている。
「……お前たちは」
一歩。
「何でも壊していいと思っている」
また一歩。
「人も」
「場所も」
「学園も」
「全部、“使えるかどうか”でしか見ていない」
地下空間の空気が沈む。
リヒトが後退る。
恐怖。
それが顔に出ていた。
「違うのか!?」
叫ぶ。
「王国のためだ!」
「必要な犠牲だ!」
「お前一人を捕らえれば、もっと多くを守れる!」
「だから――」
「黙れ」
低い声。
それだけで地下の空気が凍った。
リヒトの喉が止まる。
レオンは止まらない。
「その言葉が嫌いなんだ」
静かな声だった。
「“仕方ない”で踏み潰す考え方が」
東の塔。
閉じ込められた日々。
魔力ゼロ。
無能。
不要。
価値なし。
全部、“仕方ない”で処理された。
だから。
だからこそ。
「俺は認めない」
リヒトが歯を食いしばる。
「……綺麗事だ!」
「そうか」
「お前一人で何ができる!」
「守る」
「全部は守れない!」
「ああ」
レオンは否定しない。
「だから、今守れるものを守る」
一歩。
踏み込む。
その瞬間。
「っ!!」
リヒトが結晶へ魔力を流し込んだ。
暴走。
赤黒い亀裂が結晶全体へ走る。
『主!!』
イグニスの声。
『来るぞ!!』
爆発。
直前。
だが。
レオンは前へ出た。
「なっ……!?」
リヒトの目が見開かれる。
避けない。
逃げない。
真正面。
結晶へ手を伸ばす。
「馬鹿か!? 死ぬぞ!!」
「死なない」
レオンの手が、結晶を掴んだ。
瞬間。
地下空間が赤く染まる。
暴走魔力が、レオンの腕へ食らいつく。
皮膚が裂ける。
熱が焼く。
普通なら腕ごと消し飛ぶ。
だが。
『イグニス』
『了解』
炎。
ただの熱ではない。
“制御された熱”。
暴走魔力を包み込む。
『セレネ』
『うん』
水。
荒れ狂う流れを冷やす。
『ノワール』
『抑えるよ』
影。
魔力の拡散を拘束する。
『ルミア』
『優しくね!』
光。
暴走そのものを浄化する。
神霊たちの力が重なる。
レオンの周囲へ、四色の光が淡く浮かぶ。
地下空間が震える。
結晶が悲鳴みたいな音を立てる。
「あり得ない……!」
リヒトが後退る。
「暴走核を、素手で制御している……!?」
レオンは答えない。
額から汗が落ちる。
腕は焼けるように痛い。
だが離さない。
ここで離せば、地下ごと吹き飛ぶ。
学園が終わる。
だから。
「……黙れ」
小さく呟く。
その瞬間。
レオンの手の中で、暴走結晶へ亀裂が走った。
赤黒い光が、少しずつ弱くなる。
「馬鹿な……」
リヒトの顔から血の気が引く。
「止めるのか……!?」
レオンが力を込める。
バキッ――!!
結晶が砕けた。
同時に。
地下空間へ吹き荒れていた暴走魔力が、一気に霧散する。
静寂。
完全な。
リヒトが呆然と立ち尽くす。
「……止まった」
信じられないものを見る目だった。
レオンは砕けた結晶を床へ捨てる。
その腕から、血が落ちた。
『主』
セレネの声が少し心配そうだった。
『腕』
「問題ない」
『問題あるでしょ』
「後だ」
リヒトが震える声で言う。
「お前は……本当に何なんだ」
「レイ・ノクトだ」
「違う!」
叫ぶ。
「そんなものじゃ説明できるか!」
レオンは静かに近づく。
もう、逃げ場はない。
兵は全滅。
結界炉は停止。
切り札も砕かれた。
リヒトは後退り、壁へぶつかる。
「来るな……!」
「嫌だ」
「化け物……!」
「それしか言えないのか」
「お前みたいな存在、王城が放置するわけないだろうが!!」
地下空間へ声が響く。
「捕獲される前に逃げればいい!」
「なぜ学園へ戻った!?」
「なぜそこまでして守る!?」
レオンは少しだけ目を伏せた。
そして。
小さく息を吐く。
「……待ってる奴がいるからだ」
リヒトが止まる。
「何……?」
「戻る場所がある」
短い言葉。
だが。
その意味は重かった。
東の塔には、何もなかった。
一人だった。
誰も来なかった。
でも今は違う。
リリアーナがいる。
エリシアがいる。
アルベルトがいる。
ミーアがいる。
学園がある。
待っている場所がある。
だから。
「もう、奪わせない」
静かな怒り。
それが地下空間を満たしていた。
リヒトは完全に気圧されていた。
理解したのだ。
この男は、ただ強いんじゃない。
“折れない”。
だから厄介なのだと。
「……はは」
乾いた笑いが漏れる。
「王城が嫌うわけだ」
レオンが立つ。
リヒトを見下ろす。
「終わりだ」
リヒトはしばらく黙っていた。
やがて。
力なく両手を上げる。
「降参です」
その瞬間。
地下空間全体の緊張が、ようやく解けた。
『主』
ノワールが笑う。
『終わったね』
「ああ」
『……でも』
「分かっている」
レオンは天井を見る。
上。
北棟。
まだ終わっていない。
陽動側が残っている。
その時。
地下通路の上から、轟音が響いた。
爆発。
続けて、悲鳴。
レオンの目が変わる。
「っ……!」
リリアーナたちだ。
レオンは即座に振り返る。
地下を抜ける階段へ。
だが。
その瞬間。
地下全体が大きく揺れた。
ゴゴゴゴッ――!!
石壁が崩れ始める。
『主!』
イグニスが叫ぶ。
『上が崩れてる!!』
レオンの目が細くなる。
地下通路封鎖。
まだ終わっていない。
王城は。
最後まで、学園を潰す気だった。




