第53話「地下結界炉攻防戦、無能王子は“守る力”を証明する」
北棟地下区画。
石造りの通路に、赤黒い魔力光が脈打っていた。
ドクン。
ドクン。
巨大な心臓みたいに、結界炉が不気味な鼓動を繰り返している。
空気が重い。
熱いのに寒い。
暴走寸前の魔力が、地下全体を歪ませていた。
「あと五分です」
教師姿の男――リヒトが穏やかに笑う。
「学園結界は崩壊。防衛術式は停止。混乱は全域へ拡大」
両手を軽く広げる。
「素晴らしいでしょう?」
「趣味が悪いな」
レオンが即答する。
リヒトは肩をすくめた。
「王城は結果を求めます」
「だから学園を壊すのか」
「必要なら」
迷いがない。
それが逆に気味が悪かった。
この男は、本気で“必要経費”だと思っている。
人も。
学園も。
全部。
「……嫌いだな」
レオンが小さく呟く。
「光栄です」
リヒトが笑う。
次の瞬間。
「捕縛」
短い命令。
黒衣の兵たちが同時に動いた。
速い。
統率されている。
地下通路を潰すように、一斉にレオンへ迫る。
前衛四。
後衛四。
拘束術式担当二。
さらに結界炉周辺警護二。
完全に役割分担されていた。
『主』
ノワールが低く笑う。
『多いね』
「問題ない」
レオンが踏み込む。
最前列。
真正面から。
兵の剣が振り下ろされる。
だがレオンは避けない。
半歩。
内側へ。
懐へ入り込む。
掌底。
胸。
鈍い音。
兵の身体が吹き飛び、後続を巻き込む。
「一人!」
次。
左から槍。
レオンが腕で弾く。
そのまま肘打ち。
顎。
骨が鳴る。
沈む。
「二人」
後衛が術式を展開。
青白い鎖が床を走る。
拘束術。
足止め目的。
『主、下』
「見えている」
レオンが床を蹴る。
跳ぶ。
鎖を越える。
空中で身体を捻り、そのまま後衛へ。
「っ!?」
術者が目を見開く。
速すぎる。
拳。
腹。
もう一人へ回し蹴り。
二人まとめて壁へ叩きつける。
「四」
リヒトが目を細める。
「本当に、人間ですか?」
「お前よりはな」
「辛辣ですね」
その間にも、結界炉は脈打ち続けている。
ドクン。
ドクン。
魔力濃度が上がっている。
時間がない。
レオンは一瞬だけ視線を向けた。
その隙を、兵たちは逃さない。
「今だ!」
三方向同時。
剣。
槍。
術式。
完全な連携。
普通なら避けられない。
だが。
『イグニス』
『任せろ』
レオンの足元から、熱が走る。
爆ぜるような炎ではない。
圧縮。
制御。
一点集中。
熱波が地下通路を駆け抜ける。
「ぐっ!?」
「熱っ……!」
一瞬だけ、兵たちの動きが止まる。
その隙。
レオンが消えた。
次の瞬間。
一人の背後。
首筋へ手刀。
崩れる。
さらに踏み込み。
膝。
鳩尾。
回転。
蹴り。
地下通路に鈍い衝撃音が連続する。
「七」
短く数える。
リヒトの笑みが少し薄れた。
「……随分余裕ですね」
「お前が弱い」
「それは傷つきます」
言葉とは裏腹に、目が笑っていない。
リヒトが指を鳴らす。
その瞬間。
地下空間全体へ術式が走った。
赤い紋様。
壁。
床。
天井。
全部が繋がる。
「術式展開――“閉鎖牢”」
空気が重くなる。
レオンの足が、わずかに沈む。
重力干渉。
動きを鈍らせる術式。
『主』
セレネが静かに言う。
『結界炉と繋げてる』
「ああ」
つまり。
結界炉を破壊できない。
下手に力をぶつければ、暴走が加速する。
完全に足場を取られていた。
「どうします?」
リヒトが笑う。
「この地下空間で大技は使えない」
「結界炉は不安定」
「兵はまだ残っている」
そして。
「時間は少ない」
ドクン。
結界炉の鼓動がさらに大きくなる。
地下の石壁にヒビが走る。
リヒトの言葉は事実だった。
普通なら詰み。
だが。
レオンは焦らない。
「……面倒だな」
小さく呟く。
リヒトが眉を上げる。
「その程度ですか?」
「違う」
レオンが前を見る。
「加減が必要で面倒だと言った」
空気が変わった。
リヒトの笑みが消える。
「……なるほど」
初めて理解した。
この男。
本気を出していない。
地下を壊さないために、抑えている。
「化け物ですね」
「よく言われる」
「褒めていません」
「興味ない」
次の瞬間。
レオンが床を蹴った。
重力術式の中。
それでも速い。
「なっ……!」
兵たちが反応できない。
拳。
一撃。
膝。
二撃。
裏拳。
三撃。
地下空間に衝撃が走る。
「十」
残り二人。
兵たちの顔に、明確な恐怖が浮かぶ。
「ば、化け――」
「黙れ」
低い声。
その瞬間、影が伸びた。
『ノワール』
『はいよ』
兵二人の足元から影が絡みつく。
「動けっ……!」
「終わりだ」
レオンが踏み込む。
同時に。
地下空間全体が揺れた。
ドクンッ!!
結界炉が大きく脈打つ。
魔力暴走。
限界が近い。
リヒトが笑った。
「間に合いませんよ」
「……」
「あと二分」
赤い魔力が吹き出す。
地下の温度が急上昇する。
このままでは本当に爆発する。
レオンは結界炉を見る。
巨大な魔力塊。
制御術式は完全に書き換えられていた。
「……なるほど」
レオンが呟く。
「壊す気じゃないな」
リヒトが目を細める。
「ほう?」
「暴走寸前で維持している」
「気づきましたか」
「目的は脅迫だ」
一歩。
結界炉へ近づく。
「学園を人質にして、俺を捕らえる」
リヒトが笑う。
「正解です」
拍手。
「だから嫌いなんだよ」
レオンの目が冷える。
「そういうやり方は」
その瞬間。
地下空間の空気が変わった。
神霊たちの気配が濃くなる。
『主』
イグニス。
『やるか?』
『全部吹き飛ばす?』
「却下だ」
『えー』
『地下ごと消えるよ?』
「学園が残らない」
ノワールが笑う。
『じゃあ、器用にやるしかないね』
「……ああ」
レオンが結界炉へ手を伸ばす。
リヒトが眉を寄せた。
「何をする気です?」
「戻す」
「無理ですよ」
「そうか」
「暴走術式は王城特務局製です。簡単には――」
最後まで言えなかった。
レオンの手から、淡い光が流れ込んだから。
優しい光。
暖かい。
破壊じゃない。
鎮める力。
『セレネ』
『うん』
水のような魔力が結界炉へ浸透していく。
荒れ狂う魔力を包み込む。
熱を冷ます。
乱れた流れを整える。
リヒトの目が見開かれる。
「馬鹿な……!」
「術式を……上書きしている……!?」
普通なら不可能。
暴走した魔力炉は止められない。
だから破壊するしかない。
だがレオンは違う。
壊さず。
暴れさせず。
制御している。
「あり得ない……!」
「お前たちが知らないだけだ」
レオンの声は静かだった。
「力は、壊すためだけにあるわけじゃない」
ドクン。
結界炉の鼓動が弱まる。
赤い光が薄れる。
地下空間の振動も止まっていく。
リヒトの顔色が変わる。
「止まる……?」
「止まるな……!」
焦り。
初めてだった。
今まで余裕を崩さなかった男が、明確に動揺している。
レオンは手を離す。
結界炉は、静かになっていた。
暴走停止。
地下空間の重圧が消える。
「……終わりだ」
短く言う。
リヒトが後退る。
「まさか、本当に止めるとは……」
「次はお前だ」
レオンが歩く。
一歩。
一歩。
静かな足音。
だが、その圧は重かった。
リヒトが歯を食いしばる。
「化け物……!」
「違う」
レオンが答える。
「守ってるだけだ」
その瞬間。
リヒトが懐から黒い結晶を取り出した。
嫌な気配。
『主!』
ノワールの声が鋭くなる。
『それ、まずい!』
レオンの目が細くなる。
「自爆か」
リヒトが笑った。
壊れた笑み。
「捕まるくらいなら、学園ごと道連れです」
結晶が赤く染まる。
暴走。
最後の切り札。
地下空間の空気が再び震え始めた。
だが。
レオンは動じない。
ただ。
一歩、踏み込む。
「やらせない」
無能王子は。
もう、奪わせないために戦っているのだから。




