第51話「特別防衛班始動、無能王子は“守る形”を整える」
学園医務室。
空気は落ち着きを取り戻しつつあった。
だが、それは“平和”ではない。
嵐の前の整理に近い。
レオンはベッドの端に座ったまま、書類を突き返した。
「却下だ」
「却下は却下です」
カティアが即答する。
その横で学園長が穏やかに頷いた。
「形式は整えなければなりません」
「必要ない」
「必要です」
会話は、いつものように平行線。
だが今回は、逃げ道がなかった。
「……代表」
「何だ」
「特別防衛班の責任者は貴方です」
「断る」
「却下です」
「それはさっき聞いた」
「何度でも言います」
カティアは淡々と続ける。
「現状、王城の動きに最も対応できるのは貴方です」
「教師がいる」
「教師は“守る側”としての訓練は受けていますが、“狙われる側”としての経験はありません」
レオンは少しだけ黙る。
カティアは続けた。
「貴方は違う」
その一言は、軽くなかった。
「狙われる立場を理解している」
「……理解したくてしたわけじゃない」
「でしょうね」
即答だった。
だが否定はしない。
「それでも、今は必要です」
レオンはため息をつく。
「面倒だ」
「承知しています」
「断る」
「却下です」
同じやり取り。
だが、少しだけ温度が違う。
完全な拒絶ではなくなっていた。
その様子を見て、リリアーナが小さく口を開く。
「あの……」
全員が視線を向ける。
少しだけ緊張している。
だが、逃げない。
「責任者じゃなくても、いいんじゃないですか」
レオンが眉を寄せる。
「何?」
「形式的には先生でもいいと思います」
カティアが腕を組む。
「理由は」
「レイさんが動きやすいからです」
シンプルな答え。
だが的を射ている。
「責任者って、報告とか書類とか多いですよね」
「多いです」
「レイさん、絶対やらないですよね」
「やらない」
即答だった。
カティアが額を押さえる。
「正直でよろしいですが、困ります」
エリシアが扇子を開く。
「ではこうしましょう」
全員の視線が集まる。
「名目上の責任者はカティア先生」
「実働指揮はレイ様」
「書類は先生」
「現場判断はレイ様」
綺麗に分かれている。
カティアが一瞬考える。
「……合理的ですね」
「でしょう?」
「ただし条件があります」
「何ですの?」
「代表が逃げないこと」
「逃げるぞ」
レオンが即答する。
「逃がしません」
「……面倒だ」
「承知しています」
話がまとまっていく。
レオンはそれを見て、再びため息をついた。
「勝手に決めるな」
「決まったことを伝えています」
「いつ決まった」
「今です」
即興だった。
だが、誰も否定しない。
むしろ自然に受け入れている。
レオンは目を閉じた。
「……好きにしろ」
それが実質の了承だった。
リリアーナがほっと息を吐く。
「よかった……」
「何がだ」
「レイさんが逃げなかったので」
「逃げると言った」
「言いましたけど、逃げてません」
その言葉に、レオンは少しだけ言葉を詰まらせた。
事実だった。
面倒だと言いながら、結局ここにいる。
逃げていない。
それを、彼女はちゃんと見ている。
エリシアが小さく笑う。
「観察されていますわね」
「余計なことを言うな」
「事実ですもの」
アルベルトが腕を組んだまま口を開く。
「で、具体的に何をするんだ」
全員の意識が切り替わる。
カティアが書類を机に置く。
「まずは状況整理です」
「王城はレイ・ノクトを捕獲対象として認定」
「学園内部に複数の監視者を配置」
「さらに外部からの強襲も確認」
淡々と並べる。
「つまり」
エリシアが言う。
「内と外、両方から来る可能性がある」
「はい」
「厄介ですわね」
「非常に」
レオンが短く言う。
「分断している」
「え?」
リリアーナが聞き返す。
「狙いだ」
レオンは視線を上げる。
「学園内部で混乱を起こし、外から本命を通す」
「もしくはその逆」
アルベルトが頷く。
「陽動か」
「ああ」
カティアが続ける。
「つまり、こちらも分断対応が必要です」
「班を分けるか」
「はい」
リリアーナが少しだけ不安そうに言う。
「でも、分かれると危なくないですか」
「危ない」
レオンが即答する。
「なら――」
「だが、固まる方が危ない」
その一言で、リリアーナは言葉を止めた。
「一箇所に集まれば、そこを潰される」
「……はい」
理解はできる。
だが怖い。
その感情も消えない。
エリシアが言う。
「では役割分担ですわね」
カティアが頷く。
「案はありますか」
「ええ」
扇子を軽く振る。
「前線対応はレイ様」
「当然だ」
「陽動処理は殿下」
「俺かよ」
「不満ですの?」
「いや、やる」
迷いはなかった。
「後方支援と防衛はリリアーナ様」
「はい!」
「そして、全体統括と情報処理は先生」
「承知しました」
綺麗に分かれた。
レオンが言う。
「悪くない」
「でしょう?」
エリシアが微笑む。
だが、そこで終わらなかった。
レオンは一歩踏み出す。
「一つ追加だ」
「何ですの?」
「合流点を決める」
カティアが頷く。
「重要ですね」
「バラけたまま終わるな」
「はい」
リリアーナが小さく手を上げる。
「どこにしますか」
レオンは少し考えてから言った。
「中央塔」
「……一番目立つ場所ですわね」
「だからだ」
「なるほど」
隠れるのではなく、あえて見える場所。
そこに集まる。
「迷ったらそこへ行け」
短い指示。
だが明確だった。
アルベルトが頷く。
「分かりやすい」
「迷うなよ」
「迷わねぇよ!」
その時。
医務室の外で、慌ただしい足音が響いた。
全員の意識が一瞬で切り替わる。
扉が開く。
別の教師が息を切らして入ってきた。
「カティア先生!」
「何です」
「北棟で異常が!」
空気が変わる。
「詳細は」
「魔力反応が急上昇、生徒が数名巻き込まれています!」
リリアーナの顔色が変わる。
「……もう?」
「早いな」
レオンが呟く。
アルベルトが剣に手をかける。
「行くぞ」
「待て」
レオンが止める。
短く。
「役割通り動け」
アルベルトは一瞬だけ迷う。
だが、すぐに頷いた。
「……分かった」
エリシアが扇子を閉じる。
「では、始まりですわね」
リリアーナは深く息を吸う。
怖い。
でも、逃げない。
「行きます」
カティアが全員を見る。
「無理はしないこと」
「するなと言われてもするでしょうが」
「最低限に抑えなさい」
レオンは扉へ向かう。
立ち止まらない。
振り返らない。
ただ一言。
「行くぞ」
それだけ。
だが、全員が動くには十分だった。
特別防衛班。
即席。
不完全。
それでも――
確実に機能し始めていた。
学園は、まだ守れる。
無能王子は、もう一人ではないのだから。




