第48話「決着の一手、無能王子は守る理由で敵を越える」
東校舎、二階中央廊下。
空気が、張り詰めていた。
砕けた窓から吹き込む風が、妙に冷たい。
床には倒れた侵入者。
壁際には結界の中で息を整える生徒たち。
そして中央――
レオンと、ヴァイスナーが向かい合っていた。
「次で終わらせる、か」
ヴァイスナーが低く笑う。
「いいだろう。こちらも同意だ」
剣を構える。
先ほどまでの軽さは消えていた。
姿勢が沈む。
重心が下がる。
空気が変わる。
“本気”だ。
『主』
イグニスの声がわずかに低くなる。
『来るぞ』
「ああ」
レオンは短く答える。
足は動かない。
視線だけが、相手を捉えている。
その静止の中で――
先に動いたのは、ヴァイスナーだった。
踏み込み。
音が遅れてくる。
一歩で間合いを詰める。
剣が振られる。
先ほどまでとは違う。
速さだけじゃない。
重さ。
圧。
“殺す意志”が乗っている。
だが。
レオンは動かない。
ギリギリまで引きつける。
剣が頬を掠める直前。
半歩だけ引く。
避ける。
最小限。
「……見切るか」
ヴァイスナーが低く呟く。
そのまま連撃。
斜め、横、下。
三連。
だがレオンは全てかわす。
後ろへ下がらない。
その場で、ほんの数センチの移動だけで避け続ける。
「どうした」
レオンが言う。
「それが全力か」
「……言ってくれる」
ヴァイスナーの目が細くなる。
次の瞬間。
空気が歪んだ。
剣が消える。
いや――
速すぎて見えない。
斬撃が“線”ではなく“面”で来る。
回避不能。
そう見える一撃。
『主』
ノワールが低く言う。
『左、来る』
レオンが踏み込む。
前へ。
あえて。
斬撃の中へ。
「っ!?」
ヴァイスナーの目が見開かれる。
普通は下がる。
避ける。
だがレオンは違う。
最短距離で懐へ。
拳。
腹へ。
鈍い音。
ヴァイスナーの身体が浮く。
だが――
倒れない。
空中で体勢を整え、着地と同時に距離を取る。
「……なるほど」
息が荒くなる。
「本当に厄介だな」
「そうか」
「だが」
剣を握り直す。
「これで終わりではない」
床に足を強く踏み込む。
魔力が膨れ上がる。
空気が震える。
今までとは違う。
周囲の空気が、重く沈む。
「来るぞ」
レオンが呟く。
次の瞬間。
ヴァイスナーの姿が“消えた”。
完全に。
気配も、音も、視界からも。
「消えた!?」
リリアーナが声を上げる。
「違う」
レオンが即答する。
「いる」
静かに目を閉じる。
見るのではなく、感じる。
空気の流れ。
床の振動。
微細な違和感。
『主』
セレネの声が柔らかく響く。
『後ろ、少し上』
レオンが動く。
振り向かない。
後ろへ拳を振る。
空間を殴る。
次の瞬間。
「ぐっ……!」
何もなかった場所から、ヴァイスナーが弾き出された。
姿が戻る。
血が飛ぶ。
「見えるのか……!」
「見えない」
「ならなぜ当てる!」
「そこにいるからだ」
意味が分からない理屈。
だがそれが事実。
ヴァイスナーが歯を食いしばる。
「……化け物め」
「違う」
レオンが言う。
「慣れているだけだ」
東の塔。
何もない場所。
誰もいない空間。
そこで鍛えたのは、“見る力”ではない。
“感じる力”。
それが、今ここで活きている。
ヴァイスナーが笑う。
血を吐きながら。
「いいな……それ」
「そうか」
「だがな」
剣を構え直す。
「ここからは、力比べだ」
魔力が一気に膨れ上がる。
床が軋む。
空気が押し潰される。
廊下の壁にヒビが入る。
「……まずい」
エリシアが呟く。
「このままだと校舎が持ちませんわ」
リリアーナが結界を強化する。
「でも、止められない……!」
アルベルトが前へ出る。
「レオン!」
「下がれ」
即答。
「邪魔だ」
「っ……!」
言い返せない。
だが悔しさが残る。
ヴァイスナーが踏み込む。
今度は真正面。
避ける気がない。
ぶつける気だ。
レオンも動く。
同時。
真正面から。
ぶつかる。
拳と剣。
衝撃。
空気が爆ぜる。
廊下の窓が一斉に割れる。
風が吹き荒れる。
だが。
レオンは押されない。
むしろ――
「……重いな」
ヴァイスナーが言う。
「それでも、届く」
レオンが踏み込む。
さらに一歩。
距離を潰す。
剣の長さを殺す。
完全に懐へ。
「終わりだ」
短く言う。
その瞬間。
イグニスの炎が拳に纏う。
だが、派手ではない。
収束。
一点。
圧縮された熱。
それを。
ヴァイスナーの胸へ叩き込む。
衝撃。
爆発ではない。
押し潰すような一撃。
「がっ……!」
ヴァイスナーの身体が壁まで吹き飛ぶ。
叩きつけられる。
壁が砕ける。
煙。
静寂。
数秒。
誰も動かない。
やがて。
煙が晴れる。
ヴァイスナーが、壁に寄りかかっていた。
立っている。
だが。
膝が震えている。
「……参った」
小さく笑う。
剣を落とす。
「捕獲は無理だな」
レオンは何も言わない。
ただ見ている。
「殺さないのか」
ヴァイスナーが問う。
「必要ない」
「甘いな」
「そうか」
「だが」
一拍。
「嫌いじゃない」
そのまま、ゆっくりと座り込む。
戦闘終了。
完全に。
空気が緩む。
リリアーナが息を吐く。
「……終わった」
エリシアが扇子を閉じる。
「本当に、無茶をなさる」
アルベルトが剣を下ろす。
「……強すぎるだろ」
レオンは振り返る。
視線を向ける。
リリアーナ。
エリシア。
アルベルト。
全員、無事。
それを確認してから。
「……終わりだ」
短く言う。
だが。
その一言には、確かな意味があった。
守り切った。
それが、すべてだった。




