第46話「交差する戦場、無能王子は守るために踏み込む」
東校舎、二階中央廊下。
そこはもう“学園”ではなかった。
砕けた窓。
倒れた机。
床に広がる血。
そして――
黒衣の男たち。
無駄のない立ち方。
視線の配り方。
息の揃い方。
ただの刺客ではない。
“訓練された部隊”だ。
「……遅かったか」
レオンが低く呟く。
倒れている生徒が数人。
動けないだけだ。
致命傷ではない。
だが。
時間の問題だった。
「侵入成功、対象未確認」
黒衣の一人が淡々と報告する。
「捕獲優先、障害排除」
別の声。
感情がない。
機械のような会話。
その中に――
「……いたぞ」
レオンを捉えた視線。
一斉に動く。
「対象確認」
「レイ・ノクト」
「捕獲する」
空気が張り詰める。
その瞬間。
「ちょっと待ちなさいよ!」
リリアーナが前に出た。
レオンより半歩前。
「ここは学園です!」
震えている。
だが声は出ている。
「何の権利があって――」
「排除対象追加」
即答。
冷たい。
言葉の意味を考えていない。
ただ処理している。
「っ……!」
リリアーナの呼吸が乱れる。
だが引かない。
「下がれ」
レオンの声。
低く。
短く。
「でも――」
「下がれ」
もう一度。
今度は少し強い。
リリアーナの足が止まる。
迷う。
悔しそうに歯を食いしばる。
だが――
「……分かりました」
一歩、下がる。
完全ではない。
だが“任せる”位置。
その判断に、レオンは何も言わない。
代わりに。
一歩前へ出た。
「……で」
黒衣の連中を見渡す。
「何人で来た」
余裕のある声。
挑発ではない。
事実確認。
「七名」
「少ないな」
空気が変わる。
一瞬だけ。
黒衣の一人が目を細めた。
「その発言は強がりか」
「違う」
即答。
「事実だ」
沈黙。
その沈黙が、逆に圧になる。
「……構えろ」
先頭の男が言う。
「近接三、後衛二、拘束二」
指示が飛ぶ。
完璧な布陣。
無駄がない。
レオンは動かない。
ただ立つ。
『主』
イグニス。
『連携がいい』
「ああ」
『正面突破は面倒だぞ』
「分かっている」
その時。
「だったら――」
エリシアが一歩前に出る。
扇子を開く。
「崩せばいいだけですわ」
レオンが横目で見る。
「下がれ」
「嫌ですわ」
即答。
「戦える者は使うべきです」
「死ぬぞ」
「死にません」
視線がぶつかる。
エリシアは一歩も引かない。
「……足手まといになるな」
「それはお互い様ですわね」
ほんの一瞬。
レオンの口元がわずかに動いた。
「……好きにしろ」
許可ではない。
だが拒否でもない。
それで十分だった。
「行きますわよ」
エリシアが魔力を展開する。
空気が揺れる。
「突撃!」
黒衣の男たちが同時に動く。
速い。
完全に訓練された連携。
だが。
「遅い」
レオンが消えた。
次の瞬間。
一人の懐に入り込んでいる。
「な――」
言葉が出る前に。
拳。
腹へ。
鈍い音。
吹き飛ぶ。
「散開!」
すぐに対応。
だが。
「遅い」
影が伸びる。
『ノワール』
『了解』
足元を拘束。
二人同時に動きを止める。
「っ……!」
その瞬間。
「そこですわ!」
エリシアの魔法。
圧縮された風が、拘束された二人を吹き飛ばす。
壁に叩きつける。
「ぐっ……!」
完全に連携が崩れる。
「ちっ……!」
先頭の男が舌打ちする。
「想定以上……!」
レオンは振り返る。
「まだ余裕あるか」
「ありますわよ」
即答。
息は乱れていない。
だが。
ほんの少しだけ、手が震えている。
恐怖。
それでも立っている。
「なら続けろ」
「命令ですの?」
「違う」
一拍。
「提案だ」
エリシアが笑う。
「乗りますわ」
その時。
背後から声。
「おい!」
アルベルトだった。
剣を構えている。
「俺もいるぞ!」
「好きにしろ」
「雑だな!」
だが。
その一歩は止まらない。
踏み込む。
黒衣の一人と剣を交える。
「くっ……!」
押されている。
だが。
下がらない。
レオンはそれを横目で見る。
ほんの一瞬。
そして。
「……悪くない」
小さく呟いた。
次の瞬間。
レオンが踏み込む。
中心へ。
残った敵の中へ。
「終わりだ」
低い声。
戦場の空気が、完全に変わる。
“狩る側”の空気へ。
だが。
その瞬間――
「――止まれ」
新しい声。
廊下の奥。
影から、一人の男が現れる。
今までとは“格”が違う。
静か。
だが重い。
空気が沈む。
「隊長格か」
レオンが言う。
男は小さく笑った。
「やっと会えたな」
一歩。
「レオンハルト・フォン・アルディア」
空気が凍る。
リリアーナが息を呑む。
エリシアの視線が鋭くなる。
アルベルトが動きを止める。
レオンは動かない。
ただ――
目だけが細くなった。
「……その名前で呼ぶな」
低い声。
だが明確な拒絶。
男は肩をすくめる。
「そうか」
「だが、どうでもいい」
剣を抜く。
「捕まえれば分かる」
空気が張り詰める。
ここからが本番。
学園襲撃は――
まだ終わらない。




