第43話「塔を侵す影、無能王子は自分の領域を一歩も渡さない」
東の塔。
夜。
風は弱い。
空は静かだ。
だが――
塔の外側だけ、空気が歪んでいた。
「……来たか」
レオンは窓の外を見たまま呟く。
遠く。
だが確実にこちらへ向かってくる気配。
複数。
統制されている。
そして何より――
“質が違う”。
『主』
イグニスの声が低くなる。
『ただの兵じゃない』
「ああ」
『強いな』
『面白そう!』
ヴァルガは楽しそうだった。
対照的に、ノワールは冷静だ。
『数、六……いや、七』
「一人隠してるな」
『うん、うまい』
気配を完全に消している。
だがレオンには見える。
感じる。
東の塔という“自分の領域”に入ってきた時点で、隠しきれるものではない。
「……ミーア」
「はい」
すぐ横に立っていた。
気配すら読まれていない。
それが彼女の強さでもある。
「内部封鎖」
「了解」
即答。
迷いなし。
「塔内、完全隔離状態へ移行します」
足音も立てずに動く。
塔の結界が一段階強化される。
外からの侵入難度が跳ね上がる。
だが――
「それでも来る」
レオンは断言する。
あの連中は引かない。
それだけの覚悟と任務を背負っている。
数分後。
塔の正面入口。
石の階段。
そこに、影が現れた。
黒い外套。
無駄のない動き。
整った呼吸。
兵士ではない。
訓練された“殺し”の気配。
「……ここか」
先頭の男が呟く。
低い声。
年齢は三十前後。
目が鋭い。
その背後に六人。
全員が同じ空気を持っている。
「東の塔」
別の男が言う。
「魔力ゼロの王子が幽閉されていた場所」
「過去形ではない可能性がある」
淡々とした会話。
感情が薄い。
だが油断はない。
「命令は?」
「調査。抵抗があれば排除」
「排除か」
短く頷く。
「なら、入る」
男が一歩踏み出した瞬間。
空気が変わった。
「それ以上、進むな」
声。
上から。
全員が同時に視線を上げる。
塔の入口。
その上の石壁。
そこに、立っていた。
レオン。
黒い外套。
風に揺れる。
夜の中で、金の瞳だけがはっきりと光っていた。
「……出てきたか」
先頭の男が言う。
「レイ・ノクト」
「その名前で呼ぶな」
即答。
男の目が細まる。
「やはり、そうか」
確信。
「第一王子」
「違う」
レオンは一歩も動かない。
「ここにいるのは、東の塔の管理者だ」
その言葉。
空気が重くなる。
“管理者”。
それは、ただの居住者ではない。
この場所の主という意味。
男たちは理解した。
「……なるほど」
少しだけ笑う。
「厄介だな」
「帰れ」
短い命令。
「ここは立ち入り禁止だ」
「王命だ」
「関係ない」
即答。
沈黙。
男たちの空気が変わる。
戦闘態勢。
「排除対象と判断」
先頭の男が告げる。
「構えろ」
六人が同時に動く。
剣。
短剣。
魔導具。
全員が一流。
普通の騎士団では相手にならない。
『主』
イグニスが静かに言う。
『いいのか?』
「何が」
『殺すかどうかだ』
レオンは一瞬だけ考える。
王城の兵。
ここで殺せば、事態は一気に加速する。
だが――
「半殺しでいい」
『了解』
空気が変わる。
次の瞬間。
男たちが同時に踏み込んだ。
速い。
音が遅れてくる。
だが。
「遅い」
レオンは消えた。
次の瞬間、先頭の男の懐にいた。
「なっ――」
言葉が出る前に。
拳。
腹に入る。
鈍い音。
男の身体が浮く。
そのまま後方へ吹き飛ぶ。
「隊長!?」
残りの六人が動揺する。
だが止まらない。
横から二人。
背後から一人。
同時攻撃。
だが。
レオンは振り返らない。
「ノワール」
『はい』
影が伸びる。
足元から絡みつく。
「っ!?」
三人同時に拘束。
「動けない!?」
そこへ。
「ヴァルガ」
『おうよ!』
雷。
一瞬の閃光。
武器だけを焼き切る。
精密な制御。
「武器が!?」
混乱。
そこへ。
残り三人が距離を取る。
「魔導士か!?」
「違う」
レオンは言う。
「ただの学生だ」
その瞬間。
踏み込む。
一人。
顎へ掌底。
沈む。
二人目。
膝を砕くように打撃。
崩れる。
三人目。
首筋へ一撃。
意識を刈り取る。
数秒。
それだけで終わった。
静寂。
残っているのは、最初に吹き飛ばされた男だけ。
ゆっくりと立ち上がる。
血を吐く。
「……化け物か」
「違う」
レオンは冷たく言う。
「お前が弱いだけだ」
男が笑う。
「報告が正しかったわけだ」
「何の」
「魔力ゼロの王子が、別の力を得た」
レオンの目が細くなる。
「余計な詮索だ」
「王は興味を持っている」
男は言う。
「お前を」
沈黙。
風が吹く。
「なら伝えろ」
レオンは言う。
「興味があるなら、直接来いと」
圧。
空気が震える。
男は一瞬だけ息を呑む。
「……いいだろう」
ゆっくりと後退する。
倒れた部下たちを見て、苦笑する。
「全員連れて帰る」
「好きにしろ」
「次はもっと来るぞ」
「来ればいい」
即答。
男はそれ以上何も言わず、撤退した。
気配が消える。
完全に。
静寂が戻る。
レオンはゆっくりと息を吐く。
『主』
セレネ。
『大丈夫?』
「問題ない」
『嘘じゃないね』
「今回はな」
ミーアが近づく。
「全員無力化済みです」
「殺していない」
「承知しています」
少しだけ微笑む。
「優しいですね」
「効率だ」
「そういうことにしておきます」
レオンは塔を見上げる。
東の塔。
かつての牢。
今は違う。
ここは。
「……守る場所だ」
静かに呟く。
王は動いた。
敵も動いた。
もう隠れる時間は終わりだ。
なら――
迎え撃つだけだ。
無能王子は。
自分の領域に踏み込む者を。
一人も許さない。




