第42話「東の塔、無能王子は帰るべき場所で覚悟を固める」
その日の放課後。
学園の喧騒が少しずつ静まり始める時間。
レオンは一人、校舎裏を抜けていた。
誰にも告げず。
足音も立てず。
気配すら薄く。
『主、また来てる』
ノワールの声。
「分かっている」
監視。
王城の影。
昼間の男とは別の気配が、まだ学園に残っている。
『どうする?』
「無視だ」
『大胆だな』
「下手に消すと動きが早くなる」
今は“泳がせる”。
それが最適解だった。
学園の外へ出る。
人目を避けるように裏道を進み――
次の瞬間。
空間が歪む。
転移。
視界が切り替わる。
石の匂い。
冷たい空気。
静寂。
東の塔。
帰る場所。
「……久しぶりだな」
誰もいない空間に呟く。
塔は変わらない。
何も変わらない。
あの日と同じ。
だが――
違う。
今は孤独ではない。
「お帰りなさいませ」
足音。
振り返るまでもない。
ミーアだった。
深く頭を下げる。
「遅かったな」
「申し訳ありません。王城の動きが予想より早く……」
「問題ない」
短く言う。
「状況は」
「はい」
ミーアの目が鋭くなる。
「王城より正式に調査が入っています」
「早いな」
「レオン様の存在が予想以上に刺激になったようです」
当然だ。
死んだはずの王子。
それが生きている可能性。
放置するわけがない。
「塔は」
「外部からの侵入は不可能です。結界は完全です」
「内部からは」
「私とレオン様以外、不可能です」
問題なし。
だが――
「長くは持たん」
レオンが言う。
「時間の問題だ」
王城は執拗だ。
いずれ“確信”へ近づく。
ミーアが一歩近づく。
「……それでも」
少しだけ声が柔らかくなる。
「ここはレオン様の場所です」
静かな言葉。
だが強い。
レオンは少しだけ目を細めた。
「そうだな」
この塔は。
追放された場所。
すべてを奪われた場所。
だが同時に――
すべてを手に入れた場所でもある。
『主』
イグニスが言う。
『ここで決める時だ』
「何を」
『どうするかだ』
王家と戦うのか。
隠れ続けるのか。
奪い返すのか。
無視するのか。
すべての選択肢がある。
だが。
レオンは静かに言う。
「やることは変わらん」
ミーアが顔を上げる。
「レオン様……?」
「守るだけだ」
短い。
だがそれがすべてだった。
「学園も」
「王都も」
「ここも」
そして。
「……あいつらも」
リリアーナ。
エリシア。
アルベルト。
名前は出さない。
だが確かに含まれている。
ミーアの目が柔らかくなる。
「はい」
それで十分だった。
レオンは塔の奥へ歩く。
隠し部屋。
すべての始まりの場所。
扉を開ける。
淡い光。
静かな空間。
そして――
中心にあるもの。
神力の源。
それを見つめる。
『主』
セレネ。
『満ちてきてる』
「分かる」
力が増している。
塔にいると、明確に分かる。
「第二解放……」
まだ完全ではない。
だが近い。
レオンは手を伸ばす。
光がわずかに反応する。
その時。
ノワールが低く言った。
『来る』
「何が」
『外』
空気が変わる。
塔の外。
遠く。
だが確実に。
強い気配。
複数。
そして――
異質。
ミーアが顔を上げる。
「……敵?」
「違う」
レオンは目を細める。
「もっと厄介だ」
王城の兵ではない。
黒牙団でもない。
別の何か。
新しい敵。
それが、東の塔へ向かっている。
レオンはゆっくりと振り返る。
瞳が冷たく光る。
「……来るなら来い」
低い声。
静かだが、確実な威圧。
塔の中の空気が震える。
ここは。
東の塔は。
もはや“牢”ではない。
――要塞だ。
「叩き潰す」
無能王子は。
もう逃げない。
戦う場所を、自分で決めたからだ。




