表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能王子、東の塔で神霊を得る  作者: 伊佐波瑞樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/251

第41話「揺れる日常、無能王子は嵐の前で静かに牙を研ぐ」


 翌朝。


 学園は、いつも通りの顔をしていた。


 石畳を歩く生徒たち。


 教室へ急ぐ足音。


 談笑。


 欠伸。


 昨日の騒動など、まるでなかったかのような光景。


 だが――


 違う。


 見えないだけで、確実に何かが変わっていた。


「ねえ、聞いた?」


「黒牙団が壊滅したって」


「え、それって本当なの?」


「王都南区画で戦闘があったらしいよ」


 噂が流れている。


 だが断片的だ。


 真実は隠されている。


 王都の混乱を避けるため。


 そして――


 “ある人物”を隠すため。


「おはようございます、レイさん」


 教室へ入ると、リリアーナがすぐに立ち上がった。


 少しだけ緊張している。


 だが笑顔だった。


「おはよう」


 レオンは短く返す。


 そのまま席へ向かう。


 視線が集まる。


 いつもより多い。


 理由は分かっている。


 実習での活躍。


 そして――


 “何かあった”という空気。


 エリシアが椅子に座ったまま言う。


「人気者ですわね」


「面倒だ」


「羨ましい限りですわ」


「そうか」


「全く思っていませんね」


 軽口。


 だがそのやり取りに、周囲の空気が少し緩む。


 アルベルトは腕を組んだまま、レオンを見ていた。


「……」


 言葉はない。


 だが目は変わっている。


 以前の見下しではない。


 何かを測るような視線。


 レオンは無視した。


 気にする必要はない。


 授業が始まる。


 教師の声。


 黒板に書かれる魔法理論。


 普通の時間。


 だが。


『主』


 ノワールの声が割り込む。


『来てる』


「何が」


『視線』


 レオンはペンを動かしながら、意識だけを外へ向ける。


 いる。


 学園の中に。


 違和感。


 学生でも教師でもない気配。


「……王城か」


『たぶん』


『動き早ぇな』


 イグニスが低く言う。


 昨日の今日。


 調査が入るのは当然だ。


「好きにさせろ」


『いいのか?』


「今はな」


 下手に動けば怪しまれる。


 ここは“普通の学生”でいるべきだ。


 授業が終わる。


 休み時間。


 リリアーナが近づいてくる。


「レイさん」


「何だ」


「昨日のこと……」


 少しだけ声を落とす。


「大丈夫ですか」


「問題ない」


「……本当に?」


「本当だ」


 短い。


 だがリリアーナはそれ以上追及しなかった。


 代わりに、少しだけ距離を詰める。


「何かあったら、言ってくださいね」


「なぜだ」


「その方が安心するからです」


 レオンは少しだけ目を細める。


 理由としては弱い。


 だが。


 拒む理由もない。


「……覚えておく」


 それだけで、リリアーナの顔が少し明るくなった。


 エリシアが横から言う。


「わたくしにも報告なさい」


「なぜだ」


「監督です」


「いつからだ」


「今からです」


「却下だ」


「却下は却下します」


「意味が分からない」


 軽い口論。


 だがその空気は、昨日までとは違う。


 どこか柔らかい。


 アルベルトが立ち上がる。


「レイ・ノクト」


「何だ」


「昼、付き合え」


「断る」


「断るな!」


「面倒だ」


「鍛錬だ!」


「一人でやれ」


「逃げるのか!」


「違う」


 少しだけ間を置く。


「お前の鍛錬は、俺の時間を使う価値がない」


「くそっ……!」


 悔しそうに歯を食いしばる。


 だが引かない。


「なら価値を示す!」


「好きにしろ」


 完全に変わり始めていた。


 その様子を見て、エリシアが小さく笑う。


「いい傾向ですわね」


「そうか」


「ええ、ようやく王子らしくなってきました」


「以前は違ったのか」


「ただの厄介な子供でしたわ」


「今も変わらん」


「否定できませんわね」


 昼休み。


 中庭。


 パンと軽食を持って座る。


 リリアーナが隣に座る。


 自然だった。


 もう遠慮がない。


「これ、どうぞ」


 差し出されたのは手作りの軽食。


「……作ったのか」


「はい」


「なぜだ」


「お礼です」


 昨日の続き。


 レオンは少しだけ見てから受け取る。


「毒は入っていないな」


「入れません!」


 即答。


 少し怒っている。


 一口食べる。


「……普通だ」


「普通って何ですか!?」


「悪くないという意味だ」


「それなら最初からそう言ってください!」


 声が少し大きくなる。


 周囲が笑う。


 レオンは無視して食べ続ける。


 エリシアが反対側に座る。


「わたくしの分は?」


「ありません」


「差別ですわ」


「当然です」


「いい度胸ですわね」


 だが本気ではない。


 その時。


 空気が、変わった。


『主』


 ノワール。


『増えた』


「……ああ」


 視線。


 複数。


 さっきより明確。


 そして――敵意ではない。


 監視。


 王城の者。


「面倒だな」


 呟く。


 リリアーナが首を傾げる。


「どうかしましたか」


「何でもない」


 だが。


 もう“日常”ではない。


 王は動いた。


 東の塔。


 暁の夜。


 学園。


 すべてに手が伸びる。


 レオンはパンを食べ終え、立ち上がる。


「どこ行くんですか?」


 リリアーナ。


「散歩だ」


「授業ありますよ?」


「少しだけだ」


 そのまま歩き出す。


 人気の少ない校舎裏へ。


 そして。


 止まる。


「出てこい」


 静かな声。


 数秒の沈黙。


 やがて、影から一人の男が現れる。


 黒い服。


 無駄のない動き。


 明らかに学生ではない。


「……気づいていたか」


「気配が甘い」


「ほう」


 男は少しだけ笑う。


「さすが、第一王子」


 レオンの目が細くなる。


「その呼び方はやめろ」


「命令か」


「忠告だ」


 男は肩をすくめる。


「王命で動いている」


「だろうな」


「東の塔について、話を聞きたい」


「知らないな」


「嘘をつくな」


「事実だ」


 沈黙。


 風が吹く。


 木の葉が揺れる。


 男は一歩近づく。


「なら――」


 その瞬間。


 影が動いた。


 ノワール。


 男の足元を絡め取る。


「なっ……!」


「次はない」


 レオンの声が落ちる。


「学園で騒ぐな」


 圧。


 殺気ではない。


 だが明確な“格”の差。


 男は歯を食いしばる。


「……報告する」


「好きにしろ」


 影が解ける。


 男はすぐに離脱した。


 レオンは空を見上げる。


「……始まったな」


 王の監視。


 王家の干渉。


 もう隠れられない。


 だが――


「関係ない」


 短く呟く。


 守るものは決まっている。


 帰る場所もある。


 なら。


 やることは一つ。


 牙を研ぐだけだ。


 嵐はまだ、始まったばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ