第37話「再会の帰路、無能王子は守った少女に弱い」
王都南区画、暁の夜本部。
黒牙団との戦いが終わってから一時間後。
壊れた門の修繕。
負傷者の手当て。
拘束した敵兵の移送。
残党の捜索。
勝利の熱気が残る一方で、現場は慌ただしく動いていた。
その中心で、レオンは珍しく疲れた顔をしていた。
「……帰りたい」
椅子に座り、肘掛けへ頬杖をつく。
いつもの無表情に近いが、少しだけ目が死んでいる。
ミーアが即座に茶を差し出した。
「お疲れ様です」
「疲れていない」
「では顔色が悪いです」
「気のせいだ」
「本日三十七回目の気のせいです」
「数えるな」
クロードが書類を抱えながら笑う。
「主、書類確認を」
「捨てろ」
「却下します」
「……お前までそれを使うのか」
「便利ですので」
ガルドンは包帯だらけの姿で床へ正座していた。
「主! 黒牙団残党、十八名が降伏希望です!」
「働く気は」
「あります!」
「犯罪歴は」
「山ほど!」
「却下だ」
「ですよね!」
元気だった。
レオンはため息をつく。
勝ったあとほど面倒事が増える。
だから嫌なのだ。
ミーアが新しい報告書を置く。
「学園実習組、間もなく王都へ戻ります」
レオンの視線が一瞬だけ上がる。
「……そうか」
「気になりますか?」
「別に」
「では何故今、反応されたのでしょう」
「情報確認だ」
「そういうことにしておきます」
最近、誰も信じてくれない。
『主、顔がわかりやすい』
『心配してる』
『リリアーナさんですね!』
『黙れ』
神霊たちも敵だった。
ミーアが微笑む。
「迎えに行かれますか?」
「行かない」
「即答ですね」
「仕事がある」
「十分片付きました」
「まだある」
「私が片付けます」
「……」
「行ってらっしゃいませ」
「まだ行くとは言っていない」
「お弁当包みますね」
「何故だ」
「再会時に空腹だと印象が悪いので」
「誰との再会だ」
「さあ?」
ミーアは強かった。
十分後。
レオンは学園制服へ着替え直し、王都中央通りへ向かっていた。
「……何故こうなった」
『押し切られた』
『ミーア強い』
『主、素直じゃない』
「うるさい」
王都中央門前。
学園実習組が戻ってくる集合地点だ。
教師たちが点呼を取り、馬車の手配をしている。
負傷者はいるが、命に別状はない。
混乱は収まりつつあった。
その少し離れた場所で、レオンは壁にもたれて待つ。
目立つのでやめたかったが、もう来てしまった。
今さら帰るのも不自然だ。
「レイさん!」
真っ先に見つけたのはリリアーナだった。
銀髪が揺れる。
疲れているはずなのに、小走りで駆け寄ってくる。
「走るな」
「で、でも……!」
止まらない。
そのまま勢いよくレオンの前まで来て、ぴたりと止まる。
息が上がっていた。
「……無事で、よかったです」
それだけ言って、目に涙が浮かぶ。
レオンは少しだけ目を見開いた。
「泣くな」
「泣いてません」
「泣いている」
「これは汗です」
「顔から出るのか」
「出ます」
無理があった。
リリアーナは袖で目元を拭く。
「だって……戻るって言ったのに、遅いから……」
責める声ではない。
心配していた声だった。
レオンは少しだけ黙る。
王都で戦っていた。
連絡もできなかった。
それを説明するわけにもいかない。
「少し寄り道した」
「絶対嘘です」
「……そうか」
「最近わかるようになりました」
成長が怖い。
リリアーナは深呼吸して姿勢を正した。
「でも、本当に良かったです」
「お前も無事だな」
「はい!」
その返事は明るかった。
以前なら事件のあと数日は怯えていたかもしれない。
今は違う。
怖かった。
それでも乗り越えた顔をしている。
「……土壁、見事だった」
「えっ」
「皆を守った」
リリアーナの頬が一気に赤くなる。
「み、見てたんですか」
「見えていた」
「じゃ、じゃあ……」
声が小さくなる。
「少しは、頼れましたか?」
レオンは即答した。
「ああ」
リリアーナの思考が止まる。
数秒後、顔全体が真っ赤になった。
「……し、死にそうです」
「何故だ」
「レイさんのせいです!」
「意味がわからん」
後方でエリシアが扇子を閉じる音がした。
「随分と楽しそうですわね」
いつの間にか来ていた。
制服は乱れていない。
髪も整っている。
さすが公爵令嬢だった。
「エリシア」
「ご無事で何よりです、代表殿」
「お前も無事だな」
「当然ですわ」
胸を張る。
「誰かさんと違って、無茶な単独行動などしませんもの」
「耳が痛いです」
教師陣が少し離れた場所で咳払いした。
聞こえているらしい。
エリシアはレオンを見て、少しだけ目を細める。
「……怪我は?」
「ない」
「本当に?」
「本当だ」
「そう」
短い返事。
だが安堵は隠しきれていなかった。
リリアーナがじっと彼女を見る。
「エリシア様、心配してたんですね」
「しておりませんわ」
「今してました」
「しておりません」
「してました」
「貴女、最近強いですわね」
「少しだけです」
火花が散っていた。
そこへアルベルトが現れる。
「おい」
珍しく落ち着いた声だった。
レオンを見る。
「戻ったか」
「見ればわかる」
「……そうだな」
以前ならここで喧嘩になっていた。
だが今日は違う。
アルベルトは少し黙り、視線を逸らしたまま言う。
「助かった」
周囲が静まる。
リリアーナが目を丸くする。
エリシアの扇子が止まる。
レオンも少しだけ驚いた。
「何だ」
「礼だ!」
顔を赤くして怒鳴る。
「森で、あの場で……助かったと言っている!」
「そうか」
「それだけか!?」
「十分だろう」
「くそっ……!」
だが怒りきれない。
アルベルト自身もわかっていた。
今日、自分は守る側に立てた。
それはレオンの言葉があったからだ。
「あと」
さらに続ける。
「次は負けん」
「好きにしろ」
「その態度が腹立つ!」
少しだけ、いつもの調子に戻った。
だが誰も嫌な気分にはならない。
変化していると、全員が感じていたからだ。
その時、教師たちの奥からカティアが現れた。
全員の空気が締まる。
「代表」
「何だ」
「勝手な単独行動について話があります」
「……後日にできないか」
「今です」
「疲れている」
「私もです」
「……」
「来なさい」
絶対だった。
リリアーナが小声で呟く。
「天敵ですね」
「同意ですわ」
エリシアも珍しく頷く。
アルベルトが吹き出した。
「はは……っ」
自分でも驚くほど自然に笑っていた。
レオンは少しだけ空を見上げる。
「……面倒だ」
だが、その顔はどこか穏やかだった。
守れた。
皆が無事だった。
それだけで、今日は十分だった。
夕暮れの王都。
事件を越えた学園生たちは、少しだけ強くなって帰っていく。
そしてレオンの前には、また新しい面倒が待っていた。
「代表」
「……何だ」
「王城から呼び出しです」
伝令兵の言葉に、周囲が凍る。
王城。
つまり国王。
アルベルトの顔色が変わった。
エリシアが目を細める。
リリアーナは不安げにレオンを見る。
レオンだけが、無表情だった。
「そうか」
短く答える。
だが胸の奥で、古い塔の冷たさが蘇る。
追放された王子へ――
王家が、ついに手を伸ばしてきた。




