第36話「夜の王と黒牙の王、無能王子は王都の闇で本気を見せる」
王都南区画。
暁の夜本部前。
昼だというのに、そこだけ夜のような緊張が満ちていた。
半壊した門。
砕けた石畳。
血の匂い。
負傷者たちのうめき声。
そして、互いに一歩も引かぬ二人の男。
黒牙団頭領ゼノン。
暁の夜の主、レオン。
片や王都の裏を力で奪い取ろうとする侵略者。
片や王都の夜を秩序で支配する守護者。
誰も口を開かない。
幹部たちですら、ただ息を潜めていた。
ゼノンが大剣を肩から下ろす。
黒鉄の刃は幅広く、普通の兵なら持ち上げるだけでも困難な代物だった。
だが男は片手で軽々と扱う。
「お前が主か」
低い声。
「随分若い」
「年齢でしか測れないなら、今すぐ帰れ」
レオンの返答は静かだった。
だが、その一言で黒牙団の部下たちの顔が引きつる。
ゼノンは笑った。
「口は立つ」
「事実だ」
「なら試してやる」
次の瞬間。
地面が爆ぜた。
ゼノンの踏み込み。
巨体とは思えぬ速度で距離を潰し、大剣が袈裟斬りに振り下ろされる。
轟音。
空気が裂け、石畳が砕け散る。
ミーアが息を呑む。
「レオン様!」
だが、斬れたのは残像だった。
レオンはすでにゼノンの横へいた。
黒い外套が遅れて揺れる。
「遅い」
短い一言と同時に、掌底がゼノンの脇腹へ突き込まれる。
鈍い衝撃音。
ゼノンの巨体が数歩滑った。
黒牙団側がざわめく。
「頭領が……押された!?」
「今の何だ!?」
ゼノンは止まり、脇腹を押さえる。
口端が吊り上がった。
「いい拳だ」
「拳ではない」
「何?」
「まだ触っただけだ」
空気が凍った。
クロードが苦笑する。
「相変わらず容赦がありませんね」
ガルドンは地面に座り込んだまま笑った。
「主、煽り性能まで高ぇ……」
ゼノンはゆっくりと肩を回す。
「面白ぇ」
殺気が膨れ上がる。
「なら、こっちも少し上げる」
全身の筋肉が膨張する。
身体強化。
だが副頭領ガラムの粗い強化とは違う。
洗練され、圧縮された力。
地面が沈み、周囲の瓦礫が震えた。
ミーアの顔色が変わる。
「……危険です」
イグニスが低く言う。
『人間としては上位だ』
ヴァルガが笑う。
『いいじゃねぇか! 潰し甲斐ある!』
レオンは一歩も動かない。
「終わりか」
「舐めるなァ!」
ゼノンが消えた。
次の瞬間、三連撃。
横薙ぎ。
返しの突き。
蹴り上げ。
どれも一撃必殺級。
だがレオンは、紙一重で全てを外す。
半歩。
首の傾き。
体の捻り。
必要最低限の動きだけで躱していく。
ゼノンの額に初めて汗が滲んだ。
「……見えてるのか?」
「見えすぎて退屈だ」
「ッ!」
怒りと共に大剣が振り下ろされる。
レオンは右手を上げた。
「ノワール」
影が立ち上がる。
黒い壁が大剣を受け止めた。
金属音と共に火花が散る。
ゼノンが目を見開く。
「何だこれは」
「知らなくていい」
次の瞬間、レオンの左手に光が集まる。
「ルミア」
白光が収束し、片手銃の形を取る。
光のマグナム。
第二解放の一端。
黒牙団側が息を呑む。
「武器が……現れた!?」
「魔導具か!?」
違う。
誰も理解できない力だった。
レオンは銃口をゼノンへ向ける。
「一発で終わらせる」
「やってみろ!」
発砲。
轟音ではない。
乾いた閃光。
ゼノンは咄嗟に大剣を盾にした。
だが光弾は剣を貫き、肩を掠める。
鮮血。
ゼノンが初めて膝をついた。
「……っ、はは」
笑っていた。
「最高だ」
狂気じみた笑み。
「王都に来て正解だった」
「残念だったな」
レオンの声は冷たい。
「ここがお前の終点だ」
ゼノンが立ち上がる。
肩から血を流しながらも、目は死んでいない。
「まだだ」
大剣を逆手に持つ。
「俺には背負ってるもんがある」
「興味ない」
「聞けよ!」
ゼノンが吠える。
「黒牙団三百人。食えねぇ連中を抱えてんだよ。戦場帰り、国に捨てられた兵士、行き場のねぇ孤児、腐った街で生きるしかなかった奴らだ!」
暁の夜側が静まる。
ゼノンの声には本物があった。
「奪わなきゃ食えねぇ! だから奪う!」
「それで学生を攫うのか」
レオンの一言で空気が変わる。
ゼノンが黙る。
「弱い者を売り、脅し、踏みつけて食わせる?」
「……綺麗事で腹は膨れねぇ」
「そうだな」
レオンは認めた。
「だが方法は選べる」
一歩前へ出る。
「お前は簡単な道を選んだだけだ」
ゼノンの瞳が揺れる。
「黙れ……!」
「苦しい者を集めたなら、なおさら道を誤るな」
レオンの声は怒鳴りではない。
静かで、重い。
「王とは、そういう時に道を選ばせる者だ」
ミーアが息を止めた。
その言葉は、レイ・ノクトのものではない。
レオンハルト・フォン・アルディアの声だった。
ゼノンが吠える。
「知るかァァ!!」
最後の突撃。
全力。
命を賭けた一撃。
大剣が振り下ろされる。
レオンは右手に闇銃、左手に光銃を構えた。
「終わりだ」
二丁の引き金が引かれる。
光と闇が交差する。
轟音。
閃光。
衝撃波で周囲の瓦礫が吹き飛ぶ。
ゼノンの大剣が真っ二つに砕けた。
そのまま男の胸当てが裂け、巨体が宙を舞う。
十数メートル先の石壁へ激突。
壁が崩れ落ちる。
静寂。
誰も動けない。
黒牙団頭領ゼノンは、瓦礫の中で意識を失っていた。
完全決着だった。
数秒後。
暁の夜側から歓声が爆発する。
「主ぃぃぃ!!」
「勝った!!」
「王都の夜は我らのものだ!」
ガルドンが泣きながら土下座した。
「一生ついていきやす!!」
「やめろ、血がつく」
「はいぃ!!」
クロードが肩をすくめる。
「毎回派手ですね」
「片付けが面倒だ」
「そこなんですね」
ミーアが駆け寄る。
「お怪我は!?」
「ない」
「本当に?」
「かすり傷もない」
ミーアはほっと息をついた。
「……よかった」
レオンは周囲を見渡す。
黒牙団は壊滅。
だがゼノンの言葉は残った。
三百人。
行き場のない者たち。
頭領だけ倒して終わりではない。
「クロード」
「はい」
「残党を選別しろ」
「選別、ですか?」
「学生拉致に関わった者は牢。そうでない者は働かせる」
暁の夜幹部たちが目を見開く。
「吸収するんですか?」
「使えるなら使う」
レオンは淡々と言う。
「腹が減れば人は腐る。なら仕事を与える」
ゼノンが言っていたことは一部正しい。
飢えは人を狂わせる。
なら狂う前に道を作ればいい。
ミーアの目が潤んだ。
「……本当に、お優しい」
「違う」
「効率です」
「照れ隠しですね」
「違う」
神霊たちが笑う。
『主、バレてる』
『優しい王様だな』
『照れてます』
『黙れ』
その時。
遠くから伝令が駆け込んできた。
「報告!」
息を切らしながら叫ぶ。
「学園実習組、無事帰還準備中! 森側の敵勢力も制圧されたとのことです!」
レオンが少しだけ目を細める。
アルベルトとリリアーナが守り切ったのだろう。
「そうか」
短い一言。
だが安堵が滲んでいた。
ミーアはそれを見逃さない。
「迎えに行かれますか?」
「……何故だ」
「気になるのでしょう?」
「別に」
「では私が行って、リリアーナ様に“主は心配していました”と伝えてきます」
「やめろ」
「即答ですね」
周囲に笑いが起こる。
王都の夜は守られた。
黒牙団は崩れた。
だが、無能王子と呼ばれた少年の戦いは終わらない。
表では学園首席。
裏では夜の王。
そして次に待つのは――
守った者たちとの再会だった。




