第34話「副頭領ガラム戦、無能王子は静かに格の違いを教える」
森外縁部。
薬草採集地は、もはや学園実習の場ではなかった。
倒れた賊。
怯える学生たち。
土壁の裏で呼吸を整える教師。
その前方では、二つの勢力が睨み合っている。
黒牙団副頭領ガラム率いる武装集団。
そして、学園生徒たちを守るレオンたち。
朝の森に満ちていた穏やかな空気は消え失せ、代わりに血と鉄と緊張の匂いが漂っていた。
ガラムは大斧を肩へ担ぎ、獣のような笑みを浮かべる。
「少し本気を見せる、だったか」
低い声が木々へ反響する。
「学生風情が大口叩くじゃねぇか」
レオンは木剣を構えたまま答えた。
「お前が弱いだけだ」
場が静まる。
黒牙団の部下たちが顔を引きつらせる。
副頭領へ向かって真正面からそう言える者など、今までいなかったのだろう。
ガラムの笑みが消えた。
「……いい度胸だ」
大斧を地面へ叩きつける。
衝撃で土が跳ね、近くの木々が揺れた。
学生たちが悲鳴を呑み込む。
アルベルトが剣を握り直す。
「……化け物か」
「見たままだ」
レオンは短く返す。
「怯えたか」
「誰がだ!」
強がりだった。
だが逃げてはいない。
その点だけは認められる。
リリアーナは土壁の陰から様子を見ていた。
胸が苦しい。
怖い。
けれど、目を逸らしたくない。
この人が戦う姿を、見届けたい。
ガラムが地を蹴った。
巨体が弾丸のように突進する。
先ほどより速い。
地面が抉れ、一直線にレオンへ迫る。
「死ねぇ!!」
大斧が横薙ぎに振り抜かれた。
空気が裂ける音。
もし直撃すれば、人間など上半身ごと消し飛ぶ。
だが。
レオンは半歩下がっただけだった。
斧刃が鼻先を通過する。
風圧で前髪が揺れる。
それだけ。
次の瞬間、木剣がガラムの脇腹へ叩き込まれた。
鈍い音。
巨体が横へ滑る。
「がっ……!?」
五歩。
十歩。
ようやく止まる。
ガラムは口端から血を垂らし、目を見開いた。
「……木剣、だと?」
「武器の問題ではない」
レオンが歩く。
「使い手の問題だ」
学生たちの間にざわめきが走る。
「副頭領を……吹き飛ばした?」
「木剣で?」
「何なんだ、あの人……」
アルベルトは無言だった。
何度も負けた。
順位戦で負けた。
実技で負けた。
だが、今ようやく理解した。
あれは手加減だったのだ。
学園試験用の強さ。
今目の前にいるレオンは、全く別物だった。
ガラムが低く笑う。
「……面白ぇ」
肩を回す。
脇腹が軋む。
だが戦意は衰えない。
「俺を本気で殴ったのは久しぶりだ」
「まだ本気ではない」
「そうかよ!」
再び突進。
今度は連撃だった。
斧を振る。
蹴る。
肘を打つ。
巨体とは思えぬ連続攻撃。
レオンは全てを紙一重で外し、最小限の動きでかわしていく。
一歩。
半身。
首の傾き。
手首の返し。
無駄が一つもない。
「ちょこまかと!」
「荒いな」
「黙れ!」
振り下ろし。
レオンは木剣で柄を叩き、軌道を逸らす。
返す刀で手首を打つ。
ガラムの握力が乱れた。
そこへ膝蹴り。
腹へ入る。
「ぐっ……!」
巨体が揺れる。
それでも倒れない。
さすが副頭領だった。
アルベルトが叫ぶ。
「今だ、押し切れ!」
「うるさい」
「応援してやってるんだ!」
「不要だ」
「可愛げがない!」
だが、その口調には以前ほど刺がない。
レオンは気づいていた。
弟は変わり始めている。
遅いが、悪くない。
その時、背後の黒牙団員たちが一斉に動いた。
「副頭領を援護しろ!」
「学生どもを盾にしろ!」
教師が叫ぶ。
「皆さん下がって!」
リリアーナが前へ出た。
「土よ……!」
杖を突き出す。
地面が盛り上がり、二重三重の土壁が立ち上がる。
以前より速い。
以前より厚い。
賊たちが舌打ちする。
「この女、邪魔だ!」
「壊せ!」
火球が飛ぶ。
土壁が焼ける。
亀裂が走る。
リリアーナの顔が青ざめた。
「……まだ、です!」
再び魔力を込める。
壁が再生する。
額に汗が滲む。
限界は近い。
それでも彼女は踏みとどまった。
レオンは横目でそれを見る。
守られるだけだった少女が、今は皆を守っている。
胸の奥に小さな熱が灯る。
「アルベルト」
「何だ!」
「賊どもを抑えろ」
「命令口調が気に入らん!」
「できるか」
「……できる!」
アルベルトが前へ出た。
炎を剣へ纏わせる。
「俺を誰だと思っている!」
突撃。
一閃。
先頭の賊の武器を焼き切る。
二人目の腹へ蹴り。
三人目へ火花混じりの体当たり。
荒い。
だが勢いがある。
そして何より、今は味方を守る方向へその力が向いていた。
教師が驚く。
「殿下……!」
「俺は王族だ!」
アルベルトが吠える。
「民を守るくらいできなくてどうする!」
自分でも驚く言葉だった。
だが言った瞬間、胸のつかえが少し落ちた。
レオンは小さく言う。
「やればできるじゃないか」
「褒めるな!」
「褒めていない」
「だから言うな!」
少しだけ笑いが起きる。
恐怖一色だった空気が、ほんの少し和らいだ。
ガラムが血を吐きながら笑う。
「ガキどもが……!」
両手で斧を握る。
全身の筋肉が膨れ上がる。
魔力強化。
周囲の木々が軋み、地面が沈んだ。
「ここで終わらせてやる!」
大技。
誰もが悟った。
教師が叫ぶ。
「全員伏せて!」
ガラムが斧を振り上げる。
その刃へ黒い魔力が渦巻いた。
「砕斬波ァァァ!!」
叩き下ろし。
地面を裂きながら、黒い衝撃波が一直線に走る。
土壁ごと学生たちを飲み込む軌道。
リリアーナの顔が凍る。
間に合わない。
その時。
レオンが前へ出た。
右手を上げる。
「セレネ」
静かな声。
次の瞬間、空中に巨大な水膜が現れた。
衝撃波と激突する。
轟音。
蒸気が爆ぜる。
森が白く染まった。
賊たちが目を見開く。
「なっ……!?」
ガラムすら言葉を失う。
白い蒸気の中から、レオンの声だけが響く。
「派手だな」
姿が現れる。
無傷。
制服すら乱れていない。
右手には、水氷で形成された青い杖。
セレネの第二解放。
誰にも見せていなかった神具の一つ。
リリアーナが息を呑む。
「……綺麗」
蒼く透き通る杖。
まるで湖を削って作ったような神秘の武具だった。
アルベルトも絶句する。
「何だ……それは」
「お前には関係ない」
「説明しろ!」
「今は戦闘中だ」
「ぐっ……!」
ガラムが吠える。
「舐めるなァァ!!」
突撃。
だが遅い。
レオンは杖を軽く横へ払った。
足元から氷柱が連続で突き上がる。
ガラムの進路を塞ぎ、腕を止め、脚を絡め取る。
「何っ!?」
「終わりだ」
レオンが一歩踏み込む。
杖の石突きをガラムの胸へ突き込んだ。
鈍い音。
巨体が宙へ浮き、そのまま十数メートル吹き飛ぶ。
木へ激突。
幹が折れた。
ガラムは崩れ落ち、完全に沈黙した。
静寂。
森全体が止まったようだった。
副頭領ガラム。
黒牙団の幹部が、たった数分で敗北した。
賊たちが武器を落とす。
「む、無理だ……」
「化け物だ……!」
「逃げろ!」
だがノワールの影が地面を這い、全員の足を絡め取る。
ルミアの光が視界を奪う。
ヴァルガの雷が武器だけを焼き飛ばす。
逃げ場はなかった。
レオンは杖を消し、再び木剣へ戻る。
「教師」
「は、はい!」
「拘束と引き渡しを」
「……了解しました」
教師ですら背筋を伸ばしていた。
リリアーナがふらつく。
魔力切れだ。
レオンが自然に支えた。
「っ……」
肩へ触れられ、リリアーナの顔が真っ赤になる。
「よくやった」
「え……」
「皆を守った」
その一言で、目尻に涙が浮かんだ。
「……はい」
アルベルトが横で腕を組む。
「俺には?」
「まあまあだった」
「雑だな!?」
「事実だ」
「くそっ……!」
だが悔しさの中に、少しだけ笑みが混じっていた。
その時。
拘束された賊の一人が震えながら呟く。
「終わりじゃねぇぞ……」
全員の視線が向く。
「黒牙団の頭領は、もう王都に入ってる……」
空気が変わる。
レオンの瞳が細くなる。
「……何だと」
「今頃、王都の中で……もっとデカい獲物を狙ってる……!」
王都。
学園生徒たちが外へ出ている今日。
守りの薄くなった王都で。
頭領が狙う“大きな獲物”。
レオンの脳裏に、いくつもの可能性が走った。
暁の夜。
王城。
学園。
あるいは――
東の塔。
静かだった無能王子の目に、冷たい怒りが灯る。
校外実習事件は、まだ序章に過ぎなかった。




