第33話「語られた黒幕、無能王子は王都の闇を嗅ぎ取る」
森外縁部の空気は、完全に支配されていた。
倒れ伏す賊たち。
震える学生たち。
拘束された教師。
散らばった薬草籠。
そして、その中心に立つレオン。
誰も声を出せない。
男たちは武器を落とし、膝をつき、呼吸すら乱していた。
目の前にいるのは、ただの学生ではない。
それだけは全員が理解していた。
リリアーナはまだ膝をついたまま、レオンの背中を見上げている。
さっきまで震えていた心が、不思議と静かになっていた。
この人が来た。
それだけで、恐怖が後ろへ下がっていく。
アルベルトは剣を握ったまま、無言だった。
悔しい。
認めたくない。
それでも、認めざるを得ない。
今この場で一番頼れるのは、自分ではない。
この男だ。
「答えろ」
レオンの声が落ちる。
「誰の命令だ」
膝をついた男の一人が、歯を鳴らしながら口を開いた。
「……く、黒牙団だ」
レオンの眉がわずかに動く。
知らない名ではない。
昨夜、暁の夜から上がっていた報告にも出ていた。
北区画を根城にする流れ者集団。
ただの荒くれ集団ではなく、近隣諸国の崩れ兵、賞金稼ぎ、犯罪者崩れを集めた半軍事組織。
最近急速に勢力を広げていた。
「黒牙団の誰だ」
「副頭領……ガラム」
「目的は」
「王都への足掛かりだ……!」
男は涙目で続ける。
「学園実習で学生を攫う……! 貴族子女を人質にすれば、金にもなる! 王都にも圧をかけられる!」
アルベルトの目が見開かれる。
「……学生を、人質だと」
「王子が混ざってるのは想定外だった……! だが捕らえられればもっと価値があるって……!」
その瞬間、アルベルトの顔が赤く染まる。
怒りだった。
「俺を値踏みしたのか」
「ち、違……」
「違わんだろうが!!」
炎が剣へ走る。
男たちが悲鳴を上げる。
レオンが一歩前へ出て、アルベルトの剣先を手で止めた。
「落ち着け」
「離せ!」
「今斬っても意味がない」
「こいつらは学生を狙った!」
「だからこそ、生きて吐かせる」
静かな声。
だが有無を言わせない。
アルベルトは息を荒げる。
レオンの手は熱に焼かれていない。
炎をまとった剣を素手で止めているのに、微動だにしない。
アルベルトは歯を食いしばり、やがて剣を下ろした。
「……っ、くそ」
「それでいい」
「褒めるな」
「褒めていない」
「なら言うな!」
少しだけ空気が戻る。
怯えていた学生たちも、ようやく呼吸を思い出したようだった。
リリアーナが立ち上がる。
足はまだ震えている。
それでも前へ出る。
「先生を……助けます」
拘束されている教師へ向かう。
レオンが一瞬見る。
「できるか」
「……やります」
短杖を握り、土魔術で魔封じ縄を固定。
その上から小さな石刃を形成し、慎重に切断していく。
手は震えている。
だが逃げない。
教師の女性が弱く笑った。
「……成長しましたね、ヴァイスさん」
「い、今は喋らないでください……!」
必死だった。
レオンは少しだけ口元を緩めた。
『主、嬉しそう』
『違う』
『今、少し笑った』
『気のせいだ』
『全員見てた』
『黙れ』
神霊たちは容赦がない。
その時、森のさらに奥から風が揺れた。
イグニスの声が低くなる。
『増援』
ノワールが続ける。
『数、二十以上』
ヴァルガが笑う。
『やっと本番か?』
レオンの視線が森奥へ向く。
賊たちの顔が青ざめた。
「き、来た……!」
「副頭領だ……!」
枝が折れる音。
重い足音。
そして現れたのは、大柄な男だった。
身長二メートル近い巨体。
片目に古傷。
黒鉄の大斧。
狼の牙を首飾りにした、獣のような男。
その背後に二十名以上の武装集団。
男は倒れた部下たちを見て、鼻を鳴らした。
「情けねぇ」
低く濁った声。
「学生相手にこのザマか」
部下たちは震える。
「が、ガラム様……こいつが……!」
副頭領ガラムの視線が、レオンへ止まる。
「……学生?」
「そう見えるか」
「見えるな」
ガラムは笑った。
獣が牙を見せるような笑みだった。
「だが、匂いが違う」
空気が変わる。
アルベルトが身構える。
教師も学生たちを下がらせる。
リリアーナは杖を握り直した。
ガラムはゆっくり歩きながら言う。
「人を斬ったことのある匂いだ」
森が静まり返る。
アルベルトがレオンを見る。
レオンは無表情だった。
「面白ぇ」
ガラムが斧を肩へ担ぐ。
「学生の皮かぶった狼か」
「失礼だな」
レオンが言う。
「狼より静かだ」
ヴァルガが腹を抱えて笑った。
『今のは上手い!』
『主、たまにセンスある』
『褒めてるのか?』
『半分』
ガラムは豪快に笑った。
「気に入った!」
次の瞬間、地面を砕いて踏み込む。
速い。
巨体に似合わぬ速度。
大斧がレオンの頭上へ落ちる。
轟音。
地面が割れる。
学生たちが悲鳴を上げる。
だが斧の先に、レオンはいない。
横へ一歩ずれていた。
木剣で柄を叩く。
角度が逸れ、斧が土へ深く刺さる。
ガラムの目が見開く。
「ほぉ!」
「遅いな」
「言うじゃねぇか!」
蹴り。
レオンは後方へ滑ってかわす。
その動きは静かで、最小限。
一方ガラムは荒々しい。
だが重く、強い。
アルベルトが息を呑む。
「……あれを一人で」
順位戦の自分など、話にならない。
相手の格が違う。
レオンは斧を見ていた。
武器の癖。
足運び。
肩の古傷による僅かな可動制限。
全てが見える。
「左肩、古傷か」
ガラムの笑みが消えた。
「よく見てる」
「隠し方が雑だ」
「……気に入らねぇな」
怒気が膨らむ。
背後の賊たちが一斉に動こうとした瞬間。
「動くな」
アルベルトが前へ出た。
炎剣を構える。
「こいつの相手はレイ・ノクトだ」
学生たちが驚く。
アルベルト本人も少し驚いていた。
今、自分は自然にそう言った。
ライバルを守るような言葉を。
「他は俺が止める!」
エリート王子の矜持が、ようやく正しい方向へ燃え始める。
教師も叫ぶ。
「全員、防御陣形! 学生を守ってください!」
リリアーナが前へ出る。
「土壁、展開します!」
杖を振る。
以前より大きく、厚い壁が三枚立ち上がる。
生徒たちを守るように。
教師が目を見開く。
「……素晴らしい」
リリアーナは息を切らしながらも言う。
「まだ、できます……!」
レオンは横目でそれを見た。
逃げていた少女は、もういない。
その事実が少しだけ嬉しい。
ガラムが斧を抜き、再び構える。
「面白ぇな、このガキども」
「そうか」
レオンは木剣を握り直した。
「なら、少し本気を見せてやる」
右手の奥で神力が脈打つ。
まだ誰にも見せない。
だが、この副頭領相手なら――少しだけ使う価値がある。
森の空気が震える。
ガラムが笑う。
レオンが一歩踏み込む。
校外実習は、完全な戦場へ変わった。
そして弟王子は初めて理解する。
自分が追っていた背中は――想像以上に遠かった。




