第30話「校外実習前夜、無能王子へ忍び寄る二つの影」
王立アルディア学園。
校外実習を翌日に控えた学園内は、普段以上の熱気に包まれていた。
廊下では生徒たちが地図を広げ。
食堂では必要物資の話で盛り上がり。
訓練場では最後の調整とばかりに模擬戦が繰り返されている。
「外縁区域って魔獣出るんだろ?」
「治安悪い地区もあるらしいぞ」
「A組は指揮補助つきって聞いた」
「レイ・ノクト代表だっけ?」
「頼もしすぎる」
本人の意思とは無関係に期待値だけが上がっていた。
最後列窓際。
レオンはいつも通り外を見ながら呟く。
「……帰りたい」
「珍しく素直ですね」
リリアーナが前席から振り返って笑う。
「いつも素直だ」
「それは違います」
「何故」
「本音を半分しか言わないからです」
妙に鋭かった。
最近の彼女は、本当に遠慮が減っている。
「実習、楽しみじゃないんですか?」
「面倒だ」
「ほら、出ました」
「事実だ」
「でも皆、少し安心してますよ」
「何故」
「レイさんが代表だからです」
教室内でも何人かが頷いていた。
「まあ、それはある」
「首席だしな」
「冷静だし」
「殿下より安心感ある」
前列中央でアルベルトが机を叩いた。
「聞こえているぞ!」
「うるさいですわよ」
エリシアが即座に刺す。
「静かにできないなら実習で口封じされますわ」
「誰にだ!」
「現実に、です」
最近、彼女も容赦がなかった。
教室扉が開く。
カティア教師が入る。
「着席」
もう誰も逆らわない。
「本日は実習最終確認です」
黒板へ予定が書かれていく。
【集合 午前七時】
【王都外縁南区画】
【薬草採集班】
【治安補助班】
【巡回班】
「一年A組は三班に分かれます」
ざわめき。
「班長は代表、副代表、補佐役」
全員の視線が自然と三人へ集まる。
レオン。
エリシア。
リリアーナ。
リリアーナが小さく縮こまる。
「……やっぱり無理です」
「却下します」
カティアの反応が早い。
「最近先生、それ好きですよね?」
「事実です」
会話になっていない。
「レイ・ノクト」
「何だ」
「貴方は巡回班長」
「変更を要求する」
「却下します」
「早いな」
「慣れました」
教師側も進化していた。
「エリシアは治安補助班」
「承知しましたわ」
「リリアーナは薬草採集班」
「……あ、はい!」
少し安心した顔になる。
危険度が低いと感じたのだろう。
だがカティアは続けた。
「なお薬草採集班は森外縁部まで入ります」
「……はい?」
「魔獣注意区域です」
「……はい!?」
安心が一秒で消えた。
教室が笑いに包まれる。
放課後。
教室を出たところで、リリアーナがレオンを追いかけてきた。
「レイさん!」
「何だ」
「森外縁部って危ないですよね!?」
「多少は」
「多少ってどれくらいですか!」
「油断すると怪我をする程度だ」
「かなり危ないです!」
「そうか」
「そうかじゃありません……」
彼女は本気で不安そうだった。
「……一つ聞いていいですか」
「内容による」
「もし、わたしの班が危なくなったら」
少しだけ俯く。
「助けに来てくれますか」
まっすぐな願いだった。
レオンは数秒黙る。
「当然だ」
「……え?」
「聞くまでもない」
リリアーナの頬が赤くなる。
「そ、そういうの……ずるいです」
「意味がわからん」
「レイさんはそればっかりです」
だが嬉しそうだった。
そのやり取りを、柱の陰からエリシアが見ていた。
「……自然すぎますわね」
胸の奥が少しざわつく。
別に恋ではない。
まだ、そう言い切れる。
ただ、気に入らないだけだ。
たぶん。
夕暮れ。
東の塔。
レオンは帰還すると同時に外套を脱ぎ、椅子へ座った。
ミーアが温かい茶を差し出す。
「お疲れ様です」
「学園の方が疲れる」
「珍しいお言葉です」
「本音だ」
ミーアは小さく笑った。
「本日の報告を」
「言え」
「北区画、外部勢力の動き確定。人数は五十前後」
「増えたな」
「はい。さらに――」
ミーアの表情が引き締まる。
「王都外縁南区画へ、明日移動予定との情報」
レオンの視線が変わる。
「……実習場所か」
「はい」
偶然とは思えない。
暁の夜の縄張りを探りつつ、学園実習と重なる区域へ入る。
誰かが裏で情報を流した可能性すらある。
「狙いは」
「不明です。ただし、学生を巻き込めば学園の信用失墜。暁の夜も動きづらくなります」
「面倒だな」
「かなり」
レオンは立ち上がる。
瞳が静かに冷えていた。
「明日は学園優先だ」
「承知しました」
「だが裏も放置しない」
「……やはりそうなりますよね」
ミーアは少し誇らしげだった。
夜。
王都北区画、廃倉庫。
外部勢力の男たちが集まっている。
「明日は南区画だ」
「学生どもも来るらしいな」
「混乱に紛れて拠点奪うぞ」
「王都の裏は俺たちのものだ」
薄汚れた笑い声。
その屋根の上。
黒い鴉が二羽、じっと見下ろしていた。
『馬鹿ばっかり』
『主に報告』
ルミアとノワールだった。
同時刻、王城。
アルベルトが父王の前へ呼び出されていた。
「明日の実習で恥を晒すな」
王の声は冷たい。
「……はい」
「順位戦の失態はまだ消えておらぬ」
「……はい」
「王族として結果を出せ」
アルベルトは拳を握る。
悔しい。
苦しい。
だが、以前とは少し違った。
ただ怒るだけでは終われない。
「……見ていろ、レイ・ノクト」
初めて、勝ちたいと本気で思った。
翌朝。
実習の日は、確実に荒れる。
表では学園生徒たちの初任務。
裏では王都裏社会の火種。
そしてその中心には――
二つの顔を持つ無能王子がいた。




