第28話「首席の夜、無能王子は裏社会へ帰る」
王立アルディア学園・順位戦終了から三日後。
学園内の空気は、完全に変わっていた。
廊下を歩けば視線が集まる。
食堂へ入ればざわめきが起こる。
訓練場では遠巻きに見られ。
教室では話しかけられる数が増えた。
その中心にいるのは、もちろん一人。
レイ・ノクト。
総合順位戦完全優勝者。
王子を何度も下し、筆記・実技・総合すべてで首位に立った謎の平民。
本人の意思とは無関係に、もはや学園の有名人だった。
「……面倒だ」
最後列窓際。
レオンはいつも通り窓の外を見ながら呟く。
「それ、最近一日十回は言ってます」
二列前から振り返ったリリアーナが苦笑する。
「数えていない」
「数えなくてもわかります」
「暇だな」
「レイさん相手だけです」
「意味がわからん」
「そのままでいてください」
「もっとわからん」
周囲の男子生徒たちが静かに沈んでいた。
「また自然に会話してる……」
「なんであの距離感なんだ」
「ヴァイス嬢、順位戦後さらに強くなってない?」
精神的に、である。
前列ではアルベルトが机へ肘をつき、不機嫌そうにしていた。
順位戦後、以前ほど喚かなくなった。
だが機嫌は悪い。
負けを飲み込めていないのだろう。
エリシアはそんな彼を見て、小さく肩をすくめる。
「少しは成長なさいな」
「うるさい」
「素直さも必要ですわよ」
「誰に言っている」
「もちろん殿下です」
完全に主導権を握られていた。
教室扉が開く。
カティア教師が入る。
「着席」
全員座っているのに背筋が伸びる。
「本日は通常授業後、校外実習説明があります」
ざわめき。
「来月より王都外縁地域での合同実習を行います」
さらにざわめく。
「魔獣討伐、治安補助、薬草採集、住民支援」
実践色が強い内容だった。
レオンは少しだけ目を細める。
「……外か」
王都外縁。
そこには学園の表だけではなく、裏もある。
暁の夜の縄張りも一部重なる。
面倒な予感しかしなかった。
『仕事ですね』
『久々に裏の時間』
『主、顔が少し締まった』
『気のせいだ』
神霊たちは鋭かった。
放課後。
説明会終了後、生徒たちが帰路につく中。
レオンは一人、人気のない旧校舎裏へ向かっていた。
そこには小柄な少女が待っている。
メイド服。
栗色の髪。
大きな瞳。
ミーアだった。
「お帰りなさいませ、レオン様」
深く一礼する。
学園では極力接触を避けているため、こうした人気のない場所でのみ会う。
「ただいま、でいいのか」
「わたくしにとっては帰還でございます」
「そうか」
少しだけ声が柔らかくなる。
ミーアはそれを聞き逃さない。
「本日もお疲れ様でした。順位戦、全て確認しております」
「確認するな」
「暁の夜情報網を甘く見てはいけません」
少し誇らしげだった。
「それで?」
レオンが本題を促す。
ミーアの表情が切り替わる。
「王都南区画、旧黒狼組跡地にて不穏な動きがあります」
「残党か」
「いいえ」
「外部勢力です」
レオンの瞳が冷える。
暁の夜が王都裏社会を統一してから、表立った争いは消えた。
だが外から入り込む者はいる。
金の匂いに釣られた愚か者たちだ。
「規模は」
「三十ほど。武装あり。魔術師も数名」
「目的」
「暁の夜幹部の拉致、拠点奪取、王都利権の再分配と推測されます」
「愚かだな」
「はい」
即答だった。
「どうされますか?」
レオンは少し考える。
学園生活は大切だ。
表の顔もある。
だが、自分が作った秩序を壊されるのは気に入らない。
「今夜行く」
ミーアの顔が少しだけ明るくなる。
「承知いたしました」
「お前は塔へ戻れ」
「護衛を」
「不要」
「では給仕を」
「戦場だ」
「夜食を」
「……持ってこい」
「かしこまりました」
そこは譲らなかった。
夜。
東の塔。
月明かりが古い石壁を照らしている。
レオンは塔最上階の隠し部屋で、黒衣へ着替えていた。
学園制服ではない。
闇へ溶ける戦装束。
腰には神具の短剣。
背には漆黒の外套。
鏡へ映る姿は、昼の学生とは別人だった。
「久しぶりです、主」
ノワールが肩へ降り立つ。
「夜の顔ですね」
「言い方が気に入らん」
「事実です!」
ルミアが反対側へ乗る。
セレネは水鏡から現れ、微笑んだ。
「少し嬉しそうですよ」
「違う」
ヴァルガが豪快に笑う。
『暴れられるからだろ!』
『違う』
半分は正解だった。
塔の転移陣が淡く光る。
次の瞬間、レオンは王都南区画の地下倉庫へ移動していた。
そこは暁の夜本部の一つ。
幹部たちが整列して待っている。
元闇ギルド長たちだ。
「主!」
「お待ちしておりました!」
「敵は旧黒狼組跡地へ集結中!」
皆、以前の荒々しさは残しつつも統率されている。
レオンが視線を巡らせるだけで空気が締まった。
「被害は」
「軽傷二名」
「相手は調子に乗っております」
「そうか」
短く頷く。
「行くぞ」
旧黒狼組跡地。
崩れた倉庫街の一角。
三十名ほどの武装集団が酒を飲みながら騒いでいた。
「暁の夜も大したことねぇな!」
「王都は今日から俺たちの庭だ!」
「幹部捕まえりゃ金になる!」
下品な笑い声。
その中央へ、一人の男が歩いてくる。
黒衣。
外套。
顔は影に隠れている。
「誰だてめぇ」
武装集団の一人が立ち上がる。
レオンは止まらない。
「質問する立場か?」
静かな声だった。
だがその瞬間、場の温度が落ちた。
「……何者だ」
リーダー格が剣を抜く。
レオンは答える。
「ここを治める者だ」
次の瞬間、男たちが一斉に襲いかかった。
短剣が飛ぶ。
火球が走る。
怒号が響く。
レオンは一歩踏み込んだ。
「ヴァルガ」
『おう!』
紫電が走る。
突撃した五人がまとめて吹き飛ぶ。
「セレネ」
足元から水が噴き上がり、魔術師三人を氷漬けにする。
「ルミア、ノワール」
『はい!』
『了解』
光と闇が交差し、倉庫内の照明が反転した。
敵だけが視界を失う。
「う、うわああ!」
「何も見えねぇ!」
「化け物か!?」
レオンはその間を歩く。
一人ずつ、的確に沈める。
殴る。
蹴る。
急所を外し、戦意だけ折る。
数十秒後。
立っているのはレオンだけだった。
リーダー格が這いながら見上げる。
「な、何なんだ……」
レオンは足を止める。
「忠告してやる」
見下ろす瞳は、昼の学生のものではない。
「王都の夜へ手を出すな」
「……っ」
「次は立てなくする」
男は失禁しながら気絶した。
静寂。
暁の夜幹部たちが遅れて到着し、全員膝をつく。
「主、圧勝……!」
「さすがでございます!」
ミーアが夜食の包みを持って現れた。
「お疲れ様です」
「……いたのか」
「当然です」
渡された包みを開く。
中には小さなおにぎりと温かいスープ。
レオンは少しだけ目を細めた。
「うまい」
「光栄です」
夜の王都。
表では首席学生。
裏では秩序の支配者。
二つの顔を持つ無能王子の夜は、まだ終わらない。
そしてその頃、学園女子寮では。
リリアーナが窓の外を見ながら、何故か少し落ち着かない胸を押さえていた。
「……レイさん、今なにしてるんだろう」
知らない。
彼が今、王都の夜を制していることなど。




