第27話「順位戦最終日、無能王子は頂点へ立ち、王子は地へ落ちる」
王立アルディア学園・順位戦三日目。
朝から空気が違った。
校門前。
中庭。
廊下。
食堂。
どこへ行っても、生徒たちの話題は一つしかない。
「今日で決まるぞ」
「総合順位!」
「レイ・ノクト首位確定じゃないのか?」
「いや、最終日は実戦判断と特別試験らしい」
「殿下の逆転あるか?」
「……あるか?」
最後だけ全員自信がなかった。
現在総合暫定順位。
第一位 レイ・ノクト
第二位 エリシア・フォン・ローゼンベルク
第三位 リリアーナ・ヴァイス
第七位 アルベルト・フォン・アルディア
特に衝撃なのは最後だった。
第二王子が七位。
しかも二日連続で首席平民に完敗している。
王族絶対の価値観で育った者ほど、この現実は受け入れがたい。
東校舎へ続く石畳の道。
レオンはいつも通り静かに歩いていた。
隣にはリリアーナ。
今日は少しだけ顔が明るい。
「昨日、眠れました」
「そうか」
「ちゃんと寝たって意味です」
「聞いていない」
「……最近、少し意地悪ですよね」
「気のせいだ」
即答だった。
リリアーナは笑う。
出会った頃なら考えられない変化だった。
彼女は今、自然に笑えるようになっている。
「今日で順位戦終わりですね」
「そうだな」
「……少し寂しいです」
「何故」
「レイさんと一緒に頑張る感じ、嫌いじゃなかったので」
レオンは一瞬だけ黙る。
「また何かある」
「慰め下手ですね」
「事実だ」
それでも嬉しかった。
『夫婦漫才』
『進展してる』
『主、もう逃げられん』
『黙れ』
神霊たちは朝から元気だった。
訓練場中央特設会場。
最終日は学年全員参加ではなく、上位十名のみが呼ばれていた。
広大な模擬フィールド。
人工森林、瓦礫地帯、小川、丘陵。
複数環境を再現した実戦訓練場だ。
観客席には全学年が集まり、教師陣も多い。
カティアが高台へ立つ。
「静粛に」
一瞬で空気が締まる。
「本日の内容は、総合実戦判断試験」
魔導板へルールが映る。
【模擬魔獣討伐】
【要救助者保護】
【制限時間内帰還】
【単独評価+協調加点あり】
ざわめき。
「順位だけではなく、現場対応力を見る」
カティアは続ける。
「強いだけの者、賢いだけの者、早いだけの者は落ちます」
アルベルトが鼻を鳴らす。
「ようやくまともな試験だ」
エリシアは扇子越しに言う。
「昨日までまともでなかったと?」
「……そういう意味ではない」
最近、彼は彼女にも押され始めていた。
参加者十名が並ぶ。
レオン。
エリシア。
リリアーナ。
アルベルト。
その他上位生徒たち。
開始前、リリアーナが小声で話しかける。
「レイさん」
「何だ」
「もし危なくなったら、助けてください」
「断る」
「えっ」
「自分で何とかしろ」
「ひ、ひどい……!」
「その方が強くなる」
数秒置いて付け足す。
「本当に危険なら助ける」
「……最初からそう言ってください」
顔が赤い。
忙しい少女だった。
開始の鐘が鳴る。
全員が散る。
レオンは最短で森へ入った。
気配探知。
風。
土の振動。
水流音。
全てが情報になる。
『左奥に二体』
『丘側に罠』
『川辺に要救助者反応』
神霊たちが即座に補助する。
「了解」
模擬魔獣二体。
木狼型ゴーレム。
飛びかかってくる。
レオンは歩いたまま木剣を振る。
二体同時に核が砕け、停止。
足も止めない。
観客席がざわつく。
「早っ!?」
「今何した!?」
一方、アルベルトは正面突破していた。
「邪魔だぁぁ!!」
火力でゴーレムを粉砕。
派手だが周囲被害も大きい。
瓦礫が飛び、進路も塞がれる。
「くそっ!」
自分で自分の足を止めていた。
エリシアは冷静だった。
護衛系魔術で防ぎつつ進み、要救助者人形を二体保護。
「堅実ですわ」
さすが公爵令嬢。
完成度が高い。
リリアーナは小川付近で苦戦していた。
足場が悪い。
要救助者人形を見つけたが、模擬魔獣に囲まれる。
「……っ!」
土壁で防ぐ。
だが押される。
「まだ……!」
観客席から応援が飛ぶ。
「ヴァイス嬢頑張れ!」
「いける!」
彼女は歯を食いしばった。
守られるだけは嫌だ。
レオンの背中ばかり見ていたくない。
「――立って」
土が盛り上がる。
三本の土槍が形成され、魔獣の足元を穿つ。
動きが止まった隙に要救助者を抱え、退避成功。
観客席が沸いた。
「すげぇ!」
「成長してる!」
リリアーナは肩で息をしながら笑う。
「……できた」
その様子を、遠くの丘からレオンが一瞬だけ見ていた。
「悪くない」
すぐ視線を切る。
過保護は成長を止める。
必要なら助ける。
だが今は不要だった。
制限時間終盤。
最後の課題が出現する。
【大型模擬魔獣 出現】
中央広場へ巨体ゴーレムが現れた。
全長五メートル超。
鋼鉄熊型。
生徒たちがざわつく。
「でかっ!?」
「これ倒すのか!?」
アルベルトが笑う。
「俺の見せ場だ!」
全力で突撃。
剣撃を叩き込む。
確かに強い。
だが装甲が厚く、浅い。
反撃の腕薙ぎで吹き飛ばされる。
「がっ!?」
地面を転がった。
エリシアが即座に防壁展開し、追撃を止める。
「無茶ですわね」
「うるさい……!」
リリアーナも土拘束を試みるが、出力不足で数秒しか持たない。
会場が緊張に包まれる。
その時。
レオンが中央へ歩いてきた。
木剣を肩に担いだまま。
「遅いぞ平民!」
アルベルトが叫ぶ。
「黙って見ていろ」
レオンは短く返す。
鋼鉄熊が咆哮し、突進する。
大地が揺れる。
誰もが息を呑む。
レオンは一歩踏み込んだ。
木剣を振る。
音もなく。
巨体が停止した。
数秒後、胸部核から一直線に亀裂が走り、全身が崩れ落ちる。
完全停止。
静寂。
誰も声を出せなかった。
「……勝負になってませんわね」
エリシアが呆れたように呟く。
リリアーナは目を輝かせていた。
「……すごい」
アルベルトは座り込んだまま拳を握る。
「なんでだ……」
努力した。
血も汗も流した。
なのに届かない。
レオンは振り返らず言った。
「比べる相手が違う」
「何……?」
「昨日のお前より、今日のお前を見ろ」
その言葉に、アルベルトは息を呑んだ。
初めてだった。
真正面から見下されず、叩き潰されず、ただ言葉だけを渡されたのは。
試験終了。
結果発表。
魔導板へ文字が浮かぶ。
【総合順位戦・最終結果】
第一位 レイ・ノクト
第二位 エリシア・フォン・ローゼンベルク
第三位 リリアーナ・ヴァイス
第四位 クラウス・ベルハルト
第五位 ミレーユ・ドラン
第六位 アルベルト・フォン・アルディア
会場が揺れた。
「うおおおお!!」
「首席完全優勝!」
「ヴァイス嬢三位だ!」
「殿下六位固定かよ!」
リリアーナは涙ぐんでいた。
「……三位」
自分でも信じられない。
努力が報われた。
家族へ胸を張って帰れる。
「レイさん!」
駆け寄る。
「やりました……!」
「そうだな」
「もっと褒めてください!」
「うるさい」
「ひどい!」
だが声は笑っていた。
エリシアも近づく。
「おめでとうございます、首席様」
「そうか」
「少しは喜びなさいな」
「面倒だ」
「本当に損な性格ですわね」
扇子越しに笑う。
そして小さく続けた。
「でも……嫌いではありません」
聞こえるか聞こえないかの声だった。
アルベルトは遠くからその光景を見ていた。
拳を握る。
屈辱。
怒り。
焦燥。
だが、その奥に別の感情が生まれていた。
――追いつきたい。
認めさせたい。
初めて抱く、歪ではない欲だった。
順位戦は終わった。
だが学園生活は、ここから加速する。
首席平民。
銀髪令嬢。
元婚約者。
敗れた弟王子。
そして――王都裏社会“暁の夜”。
レオンの静かな日常は、まだ始まったばかりだった。




