第26話「順位戦二日目、弟王子は吠え、無能王子は一歩で終わらせる」
王立アルディア学園・順位戦二日目。
朝から学園全体が妙な熱気に包まれていた。
昨日の筆記結果が原因である。
第一位、レイ・ノクト。
第二位、リリアーナ・ヴァイス。
第三位、エリシア・フォン・ローゼンベルク。
そして第二王子アルベルトは第六位。
王族にしてエリート教育を受けてきた男が、平民と没落伯爵家令嬢の後塵を拝した。
この事実は、想像以上に衝撃だった。
「今日は実技だろ?」
「殿下、絶対巻き返すぞ」
「でもレイ・ノクトも強いし……」
「昨日の木剣戦、見たか?」
「一瞬だった……」
訓練場へ向かう生徒たちの会話は、その二人の名前ばかりだった。
石畳の通路。
レオンはいつも通り無表情で歩く。
隣にはリリアーナ。
今日はどこか緊張していた。
「……大丈夫か」
「えっ?」
「歩幅が狭い」
「ま、また見てるところ細かいです……」
「答えろ」
「……少しだけ緊張してます」
正直に言った。
「実技、苦手ではないんです。でも、皆の前で順位が出ると思うと……」
「見るな」
「え?」
「周りを」
レオンは前を向いたまま言う。
「相手を見る。自分を見る。余計な視線は切れ」
リリアーナは目を瞬かせた。
「……それ、レイさんはいつもやってるんですか?」
「自然にそうなった」
東の塔で学んだことだった。
誰も助けてくれない場所で、他人の評価など意味はなかった。
必要なのは現実だけ。
できるか、できないか。
生きるか、死ぬか。
その感覚が今も残っている。
「……かっこいいです」
「違う」
「何がです?」
「大した話ではない」
「あります」
きっぱり言われた。
少しだけ黙る。
この少女は最近、遠慮が減ってきた。
悪くない変化だった。
『主、押されてる』
『尻に敷かれる未来』
『楽しみです!』
『黙れ』
神霊たちは朝から騒がしい。
第一訓練場。
今日は昨日以上の人だかりだった。
他学年まで見に来ている。
「一年でここまで盛り上がるの珍しいな」
「王子と首席平民いるしな」
「あと銀髪の子かわいい」
リリアーナがその言葉にびくっとした。
レオンは少しだけ周囲を見た。
「……面倒だな」
「そこなんですね」
教壇代わりの高台へカティア教師が立つ。
「静粛に」
一言でかなり静かになった。
「本日は実技総合評価。武器術、魔術制御、模擬戦を行います」
黒板代わりの魔導板へ組み合わせが表示されていく。
「なお、過度な私怨は減点対象」
アルベルトが露骨に目を逸らした。
もう名指しに近かった。
最初は武器術評価。
決められた型、反応速度、踏み込み、制御。
数名が順にこなしていく。
アルベルトは見事だった。
剣筋は鋭く、魔力強化も高水準。
観客席から歓声が上がる。
「さすが殿下!」
「速い!」
アルベルトは得意げにレオンを見る。
「見たか」
「見た」
「感想は」
「力みすぎだ」
ざわめき。
アルベルトの顔が引きつる。
「なっ……!」
カティアが淡々と口を開く。
「その通りです。肩に力が入りすぎ。長期戦で崩れます」
追撃だった。
「……先生、俺に厳しくないか?」
「事実です」
終わりである。
次にレオン。
木剣を受け取る。
構える。
ただそれだけで空気が変わった。
力みがない。
隙もない。
静かすぎて、逆に目が離せない。
「開始」
一歩踏み込む。
斬る。
止まる。
それだけ。
なのに的標が綺麗に二つへ割れ、数秒遅れて後方の第二標的まで斜めに裂けた。
訓練場が静まり返る。
「……は?」
「今、何した?」
「一振り……だよな?」
カティアがわずかに目を細める。
「良い」
それだけだった。
だが最大級の評価だった。
アルベルトが歯ぎしりする。
「大道芸だ!」
「悔しそうです」
リリアーナがぽつりと呟いた。
「……最近お前、言うな」
「少しだけ強くなりました」
胸を張る。
その姿にレオンは少しだけ感心した。
続いて魔術制御。
火球形成、水流固定、風圧操作など基礎課題。
リリアーナは土属性補助魔術で安定した高評価を出した。
地面に綺麗な防壁を築き、形状維持も長い。
「すごい……!」
「ヴァイス嬢、堅実だな」
本人は顔を赤くしていた。
「れ、レイさん……どうでした?」
「良い」
「……それだけですか?」
「かなり良い」
「……っ」
それだけで嬉しそうだった。
そしてレオンの番。
「属性申告を」
補助教師が言う。
「なし」
「……は?」
「なしだ」
ざわめく。
魔力属性なし。
平民ゆえの低魔力と誤解される。
レオンは指先を上げた。
次の瞬間、空中へ小さな光粒が五つ浮かぶ。
火、水、風、土、雷。
それぞれが完璧な球体を保ち、互いに干渉せず回転する。
さらに融合し、一本の光線となって的中央だけを焼いた。
訓練場が沈黙した。
「……属性なし?」
「今の何だよ」
「全部使った……?」
カティアが即座に言う。
「高評価」
説明すら不要だった。
アルベルトの拳が震える。
そして最後。
模擬戦。
組み合わせが発表される。
第一試合――アルベルト・フォン・アルディア 対 レイ・ノクト。
会場が爆発した。
「きたぁぁ!!」
「本命!」
「三度目の正直だ!」
アルベルトは笑う。
「逃げ場はないぞ」
「元からない」
「今日こそ叩き潰す」
「無理だ」
即答だった。
舞台へ上がる二人。
結界展開。
緊張が走る。
リリアーナは祈るように手を握っていた。
「……怪我、しませんように」
『主より弟の心配した方がいい』
『それな』
『主は加減が雑です』
開始の合図。
アルベルトが全力で踏み込む。
初手から本気。
魔力を脚へ集中し、爆発的速度で距離を詰める。
「終われぇぇ!!」
渾身の斬撃。
だが。
レオンは半歩横へずれた。
それだけで剣は空を切る。
「なっ!?」
次の瞬間、レオンの木剣がアルベルトの胸当てへ軽く触れる。
乾いた音。
アルベルトの体が数歩吹き飛び、尻餅をついた。
静寂。
一歩。
たった一歩で決着していた。
「……勝者、レイ・ノクト」
カティアの宣言と同時に、会場が揺れた。
「うおおおお!?」
「また一瞬!」
「今のどうなってんだ!」
アルベルトは呆然と座り込んでいる。
「……何故だ」
自分は努力した。
鍛えた。
才能もある。
なのに届かない。
何故だ。
レオンは少しだけ見下ろした。
「見えていないからだ」
「何を……!」
「相手も、自分も」
それだけ言って背を向ける。
アルベルトは言葉を失った。
観客席。
リリアーナは胸を押さえていた。
「……すごい」
エリシアは扇子越しに呟く。
「本当に、あなたは誰なんですの」
順位戦二日目終了。
総合暫定順位。
第一位 レイ・ノクト
第二位 エリシア・フォン・ローゼンベルク
第三位 リリアーナ・ヴァイス
第七位 アルベルト・フォン・アルディア
弟王子の怒りは限界へ近づき。
無能王子と呼ばれた少年は、誰より静かに頂点を歩いていた。




