第25話「学年順位戦、弟王子は罠を張り、無能王子は笑わない」
王立アルディア学園、一週間後。
春の空気は柔らかく、学園中庭の花壇には新しい花が咲き始めていた。
だが一年A組の教室には、穏やかとは程遠い熱気が渦巻いている。
「順位戦だってよ!」
「本当に今週やるのか!?」
「一年でこの時期は早すぎないか?」
「でもカティア先生ならやりそう……」
朝から生徒たちは落ち着きがない。
理由は一つ。
学年順位戦。
通常は学期中盤に行われる、学年全体の実力確認戦だ。
筆記、実技、応用判断、模擬戦評価。
総合成績で順位が決まり、次学期のクラス配置や奨励金にも影響する。
だが今年は異例だった。
入学からまだ間もない今、この時期に開催されると発表されたのだ。
誰もがざわつくのも当然である。
最後列窓際。
レオンはいつも通り窓の外を見ていた。
「……面倒だ」
「またそれですか」
二列前から振り返ったリリアーナが苦笑する。
以前より自然に話しかけるようになっていた。
表情も柔らかい。
少しずつ、自信が戻ってきているのがわかる。
「順位戦、楽しみじゃないですか?」
「何故」
「実力が正当に見られます」
「もう見られている」
「確かに首席ですけど……そういう意味ではなく」
「なら何だ」
「もっと皆がレイさんのすごさを知れます」
レオンは少しだけ沈黙した。
「……知られなくていい」
「無理だと思います」
正論だった。
『主、もう手遅れ』
『有名人です!』
『諦めろ』
『黙れ』
神霊たちも楽しそうだった。
前列中央ではアルベルトが不敵に笑っている。
先日の学費騒動で恥をかかされた怒りは、まだ消えていない。
むしろ煮えたぎっていた。
「ようやく来たな」
独り言のように呟く。
「この日を待っていた」
エリシアが隣席から扇子越しに見る。
「随分ご機嫌ですのね」
「当然だ」
アルベルトは笑みを深める。
「今度こそ、あの平民を地に落とす」
エリシアの眉がわずかに動いた。
「正面から勝てばよろしいのでは?」
「……正面からも勝つ」
少し間があった。
エリシアは扇子の内側で小さくため息をつく。
嫌な予感がした。
教室扉が開く。
カティア教師が入ってきた。
いつも通り無駄のない歩き方。
教壇へ立つと同時に、空気が締まる。
「着席」
すでに座っていても緊張した。
「本日より三日間、学年順位戦を行います」
ざわめき。
「形式は筆記、実技、模擬戦、総合評価」
黒板へ日程を書いていく。
「不正行為は即失格」
アルベルトが少しだけ視線を逸らした。
レオンはそれを見逃さなかった。
「……何かあるな」
小さく呟く。
「え?」
リリアーナが振り返る。
「何でもない」
「今の、絶対何か気づいてますよね」
「気のせいだ」
「気のせいじゃないです」
鋭くなっていた。
成長している。
カティアは続ける。
「初日は筆記と応用判断。午後に結果掲示」
「よし」
リリアーナが小さく拳を握る。
筆記は得意分野だ。
努力で積み上げてきたものがある。
「レイさん、勝負です」
「何のだ」
「筆記順位です」
「興味ない」
「わたしはあります」
珍しく強気だった。
レオンは少しだけ見直す。
「……なら来い」
「はい!」
嬉しそうに笑う。
それだけで周囲の男子生徒たちが何人か沈んだ。
「なんであんな自然なんだよ……」
「距離近くない?」
「首席ずるい」
授業開始前、試験会場へ移動する列の中。
アルベルトは取り巻きの一人へ小声で命じていた。
「準備は」
「できております」
「確実か」
「はい。レイ・ノクトの席だけ、特別仕様に」
薄く笑う。
「答案用紙に細工は難しいですが、机なら」
「いい」
アルベルトの瞳が歪む。
「せいぜい焦ればいい」
その会話を、少し離れた位置からエリシアが聞いていた。
表情は変えない。
だが心中は冷えていく。
「……最低ですわね」
彼女は誰にも聞こえないように呟いた。
試験会場。
広い講堂に一年生全員が集められている。
席順は抽選ではなく指定。
レオンの席は中央列後方だった。
座る。
机へ手を置く。
違和感。
天板の裏側に、薄い魔力塗料の痕跡。
微弱な幻惑系。
集中を乱し、視界へノイズを走らせる程度の低級細工だ。
幼稚。
だが一般生徒には十分効く。
「……なるほど」
レオンは指先で軽く叩いた。
神力の微粒子が走り、塗料だけを焼き切る。
外見はそのまま。
中身だけ消えた。
『地味に器用』
『こういうの得意そうです!』
『塔で暇だったからな』
『言うな』
試験開始の鐘が鳴る。
問題用紙が配られた。
魔力理論、歴史、王国法、数理計算、戦術基礎。
難度は高い。
だがレオンにとっては既知の範囲だった。
東の塔で読み尽くした。
読むしかなかった。
考えるしかなかった。
その積み重ねが今ここにある。
ペンが走る。
止まらない。
前方のアルベルトは時折後ろを振り返っていた。
焦っている様子はない。
むしろ静かだ。
「……何故だ」
細工は効いていないのか。
それとも気づいていないだけか。
苛立つ。
一方、リリアーナも必死に答案へ向き合っていた。
(落ち着いて……大丈夫……)
深呼吸。
問題を読む。
解く。
積み上げてきた努力を信じる。
そしてふと、斜め後ろを見る。
レオンのペン先は一切迷いがない。
(すごい……)
その姿に、不思議と心が落ち着いた。
試験終了。
講堂外へ出ると、すぐにざわめきが起きる。
「今年むずかった!」
「戦術問題やばい!」
「終わった……」
リリアーナが駆け寄ってくる。
「レイさん!」
「何だ」
「最後の戦術問題、補給線切りでしたよね!?」
「そうだ」
「やっぱり!」
「迷ったのか」
「二択で……!」
「なら外したな」
「えっ!?」
「冗談だ」
「……い、今のずるいです」
初めて少しだけ拗ねた顔をした。
レオンは少しだけ口元を緩める。
その瞬間、エリシアが近づいてきた。
「レイ・ノクト様」
「何だ」
「少しお話が」
「ここでいい」
「……相変わらずですのね」
彼女はリリアーナを見る。
「少しだけ、二人で」
リリアーナは戸惑う。
「わ、わたし離れますね……」
「必要ない」
レオンが即答した。
エリシアの眉がぴくりと動く。
「彼女がいて困る話なら、最初から聞かない」
数秒の沈黙。
やがてエリシアは小さく笑った。
「……そういうところ、本当に嫌いではありませんわ」
「質問か?」
「忠告です」
声が低くなる。
「殿下を警戒なさい」
「している」
「もっとです」
それだけ言い残し、彼女は去っていった。
リリアーナが目を丸くする。
「え、エリシア様……味方なんでしょうか」
「違う」
「じゃあ何ですか?」
「面倒な人間だ」
レオンは即答した。
だが内心では少しだけ修正する。
面倒だが、腐ってはいない。
放課後、筆記順位が掲示された。
第一位 レイ・ノクト
第二位 リリアーナ・ヴァイス
第三位 エリシア・フォン・ローゼンベルク
第六位 アルベルト・フォン・アルディア
広場が揺れる。
「また首席か!」
「ヴァイス嬢すげぇ!」
「殿下六位!?」
「筆記弱っ!」
アルベルトの怒号が校舎へ響いた。
「ふざけるなぁぁぁ!!」
順位戦一日目。
弟王子の罠は失敗し。
無能王子と呼ばれた少年は、また静かに頂点へ立っていた。




