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無能王子、東の塔で神霊を得る  作者: 伊佐波瑞樹


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247/251

第247話「鈴の準備をする朝、無能王子は“呼ばれてもいいかもしれない”を箱へ置く」


 朝は、鈴を鳴らさなかった。

 神殿の奥。

 石壁に囲まれた保護陣は、淡く静かな光を抱えている。

 採光孔は閉じられている。

 外の光は、まだ入っていない。

 風もない。

 救護区域の声も届かない。

 子供たちの紙束も、まだ置かれていない。

 けれど、今日の保護陣には、昨日とは違う静けさがあった。

 呼ばれない名前の翌朝。

 昨日、アリアは誰にも呼ばれなかった。

 リリアーナも呼ばなかった。

 レオンも呼ばなかった。

 アリシアも、言いかけた名を止めた。

 それでも名前は消えなかった。

 呼ばれなくても、名前はある。

 外の声にならなくても、内側にある。

 呼ばれる前から、自分のものなら名前。

 その記録が、余白記録の中で静かに光っている。

 名を持った翌朝。

 呼ばれない名前の日。

 呼ばれなくても消えない名前の日。

 呼ばないことで守る日。

 名前は、誰かに呼ばれて初めて存在するものではなかった。

 アリアは、自分の内側に名前を持ったまま、一日を過ごした。

 その名を自分でだけ、そっと呼んだ。

 アリア。

 それでも、誰にも呼ばせなかった。

 そして夜、言った。

 明日のわたしに聞く。

 鈴の準備。

 今日が、その明日だった。

 余白核――アリアは、まだ眠っている。

 その光は穏やかだが、昨日よりも少し緊張していた。

 名前は消えなかった。

 それは救いだった。

 けれど、次の問いが来る。

 呼ばれてもいいか。

 誰かの声で、自分の名が響いてもいいか。

 自分の内側にある帰り道を、誰かの声に一度だけ渡してもいいか。

 それは、名前を得ることとは別の怖さだった。

 名前の箱は、昨日と同じ場所にある。

 もう、名はそこに閉じ込められているだけではない。

 アリア自身の中にもある。

 それでも箱は必要だ。

 名前が重い日は戻せるように。

 名前を持ったまま休めるように。

 白い布は、戻り道としてそこにある。

 何も書かれていないまま。

 鈴は、合図の場所にある。

 布に包まれたまま。

 昨日は鳴らさなかった。

 今日は、鳴らすかもしれないわけではない。

 その手前。

 鈴の準備。

 呼んでいい日かどうかを決める前に、鈴をどう扱うかを確かめる日。

 保留箱には、欠片たちがある。

 音の欠片。

 帰りたい。

 わたし。

 帰りたい、わたし。

 影。

 影の向き。

 あ。

 り。

 あ。

 アリア。

 呼ばれない名前。

 呼ばれなくても消えない名前。

 今日、そこに新しい札が加わるかもしれない。

 呼ばれてもいいかもしれない。

 その一枚は、きっと重い。

 レオンは、保護陣の縁に座っていた。

 黒蒼雷は、鈴の周囲をいつもより丁寧に巡っている。

 今日は名前の箱ではなく、鈴の日だ。

 鈴は、呼ぶ前の合図。

 アリアが誰かに自分の名を呼ばせる時、その前に鳴るかもしれないもの。

 許可の音。

 境界の音。

 怖い音。

 でも、以前の鈴とは違う。

 今は、名前がある。

 戻り道もある。

 呼ばれない日も経験した。

 だから、鈴の意味も少し変わり始めている。

 リリアーナは、アリアの近くに座っている。

 彼女は今日も名を呼ばない。

 だが、昨日よりもずっと苦しい。

 名前を知っている。

 呼びたい。

 それでも待つ。

 そして、今日もしアリアが鈴の準備を始めたら、リリアーナはさらに待たなければならない。

 もしかしたら、最初に呼ぶのは自分ではないかもしれない。

 レオンかもしれない。

 ミナかもしれない。

 あるいは、誰でもないかもしれない。

 それを受け入れる箱を、リリアーナは朝から何度も開いていた。

 エリシアは術式盤を閉じている。

 今日は鈴の準備を記録したい衝動があるだろう。

 だが、許可が出るまでは記録しないと決めている。

 セラフィアは祈らない。

 アルベルトは腕を組まず、両手を開いている。

 クラウスは入口側に立ち、ラウルは盾を床へ置いている。

 ミリオは、眠そうな顔をしているが、今日は寝ないという決意だけはあるらしい。

 アリシアは、自分の箱の前で座っている。

 彼女は昨日、呼ばないことで守ることを知った。

 今日は、呼ぶ前の鈴を守ることを学ぶのだろう。

 アリアが、小さく震えた。

『……』

 朝の揺れ。

 誰も名前を呼ばない。

 鈴も鳴らさない。

 白い布にも何も書かない。

 保護陣の光が、一度、二度と淡く明滅する。

 沈黙は長い。

 昨日の沈黙とは違う。

 名前が消えないと知った後の沈黙。

 そして、呼ばれる可能性を前にした沈黙。

 やがて。

『……おはよう』

 アリアの声が響いた。

 リリアーナは、名前を呼ばずに微笑む。

「おはようございます」

『……呼ばない』

「はい」

『……今日も』

「はい」

『……ありがとう』

「はい」

『……名前』

「あります」

『……消えてない』

「消えていません」

『……呼ばれなくても』

「はい」

『……今日も、ある』

「あります」

 アリアは、深く安心したように揺れた。

『……りり、おはよう』

「はい。おはようございます」

『……れおん』

「おはよう」

『……しずかなあさ』

「ああ」

「静かな朝だ」

『……鈴の準備をするかもしれない朝』

「はい」

「鈴の準備をするかもしれない朝です」

 アリアは、余白記録へ意識を向けた。

『……呼ばれない名前』

「残っています」

『……呼ばれなくても消えない』

「はい」

『……呼ばないことで守る』

「はい」

『……呼ばれる前から、わたしのもの』

「はい」

『……今日』

 一拍。

『……鈴』

「あります」

『……鳴らす?』

 誰も答えない。

 アリア自身の問いだから。

『……わからない』

「はい」

『……鳴らしたい、かも』

 保護陣が静かに震えた。

『……でも、こわい』

「はい」

『……鳴らしたら、呼ばれる?』

「そう決めれば、呼ばれるかもしれません」

『……鳴らしても、呼ばれないことにできる?』

「できます」

 アリアが、大きく震えた。

『……鈴だけ鳴らして、呼ばれない?』

「はい」

『……準備だけ?』

「はい」

『……鈴の音を、呼ぶ許可にしない日?』

「できます」

『……それ、いい』

 レオンが静かに言う。

「今日は、鈴を許可にする前の準備にしてもいい」

『……許可じゃない鈴』

「ああ」

『……呼ぶ前の、もっと前』

「そうだ」

『……鈴の準備』

「そうだ」

 余白箱が静かに開く。

『……鈴を鳴らしたいかもしれない』

 ひとつ。

『……でも怖い』

 ひとつ。

『……鈴だけ鳴らしても、呼ぶ許可にしなくていい』

 ひとつ。

『……許可じゃない鈴の日もある』

 ひとつ。

『……呼ぶ前の、もっと前』

 ひとつ。

 箱が淡く光った。

『……のこった』

「残りました」

 アリアは、深く揺れた。

『……鳴らしても、すぐ呼ばれない』

「はい」

『……それなら、近づけるかも』

「はい」

 ◇

 朝の挨拶は、鈴の準備に向けた確認だった。

『……あるべると』

「おう」

『……鈴、鳴ったら、呼びたい?』

 アルベルトは、即答しなかった。

 少し息を吐き、正直に答える。

「呼びたい」

『……でも?』

「呼ばない。許可が別なら、別だ」

『……鈴が鳴っても?』

「今日の鈴が許可じゃないなら、呼ばない」

『……箱』

「入れた」

『……ありがとう』

 エリシアへ。

『……えりしあ』

「はい」

『……鈴、記録したい?』

「したいです」

『……する?』

「許可があるまでしません」

『……鈴が鳴っても?』

「今日の鈴が記録許可ではないなら、記録しません」

『……いい』

 セラフィアへ。

『……せら』

「はい」

『……鈴、祝福?』

「しません」

『……鳴ったら?』

「それが祝福ではなく、準備の音なら、準備の音として静かに受け止めます」

『……準備の音』

「はい」

 クラウスへ。

『……くらうす』

「はい」

『……鈴が鳴ったら、扉?』

「扉の前に立つ音です」

『……開く音じゃない?』

「はい」

『……いい』

 ラウルへ。

『……らうる』

「盾は動かさない」

『……どうして?』

「鈴が鳴っても、何かが攻めてくるわけじゃない」

『……こわいけど?』

「怖いだけだ」

『……怖いだけ』

「それなら、盾で隠しすぎない」

 ミリオへ。

『……みりお』

「はい……」

『……鈴が鳴ったら、びっくりする?』

「します……」

『……声、出す?』

「出しません……多分」

 ラウルが睨む。

「出すな」

「出しません」

 アリアが少しだけ揺れた。

 最後に、アリシア。

『……ありしあ』

「はい」

『……鈴が鳴ったら、呼びたい?』

 アリシアは、涙を浮かべて頷いた。

「呼びたいです」

『……でも?』

「呼びません」

『……どうして?』

「鈴の音を、私の許可にしないためです」

『……鈴は、わたしのもの』

「はい」

「あなたのものです」

『……ありがとう』

 ◇

 鈴の準備を始める時間になった。

 鈴は、布に包まれたまま、合図の場所にある。

 アリアは、それを見つめる。

 以前は、鈴を見るだけで怖かった。

 布の下の銀色を少し見ただけでも震えた。

 音の欠片を聞いた時も、何度も戻った。

 けれど今は、名前がある。

 アリア。

 自分で読める名。

 呼ばれなくても消えなかった名。

 それを持ったまま鈴を見ると、鈴の怖さが少し違って感じられた。

『……鈴』

「あります」

『……こわい』

「はい」

『……でも、前と違う』

「はい」

『……前は、呼ばれるのがこわかった』

「はい」

『……今も、こわい』

「はい」

『……でも、呼ばれなくても名前が消えないって知った』

「はい」

『……だから、鈴が全部じゃない』

 リリアーナの胸が震える。

「はい」

『……鈴を鳴らさなくても、名前はある』

「はい」

『……鈴を鳴らしても、すぐ呼ばれなくていい』

「はい」

『……鈴は、命令じゃない?』

「違います」

『……合図』

「はい」

『……わたしの合図』

「はい」

 アリアは、ゆっくり光った。

『……鈴は命令じゃない』

 余白箱へ置く。

『……鈴は、わたしの合図』

 置く。

『……鳴らしても、すぐ呼ばれなくていい』

 置く。

 箱が光る。

 レオンが静かに言う。

「鈴を少し近づけるか」

『……近づける』

「ああ」

『……鳴らさない?』

「鳴らさない」

『……準備』

「準備だ」

『……誰が?』

「お前が選べ」

 アリアは沈黙する。

 リリアーナか。

 レオンか。

 自分か。

 誰かに鈴を近づけてもらうことも、許可に近い。

 慎重に選ぶ必要がある。

『……れおん』

「分かった」

 レオンが立ち上がる。

 リリアーナは少しだけ指を震わせた。

 自分ではない。

 その事実を、彼女は箱へ入れる。

 アリアがそれを感じ取ったのか、小さく言った。

『……りり』

「はい」

『……りりじゃないの、いや?』

 リリアーナは、嘘をつかない。

「少しだけ寂しいです」

『……箱?』

「入れています」

『……ありがとう』

「はい」

『……れおんは、最初から、境界』

「はい」

『……だから、鈴を動かすの、れおん』

「分かります」

 レオンは、鈴へ近づく。

 黒蒼雷が布に包まれた鈴を静かに包む。

 音を出さない。

 揺らさない。

 ただ、少しだけ近づける。

 鈴は、白い布と名前の箱の中間より少し手前。

 アリアから見える場所へ。

 けれど近すぎない場所へ。

 置かれた。

 音はしなかった。

 アリアが大きく震える。

『……近い』

「はい」

『……鳴ってない』

「鳴っていません」

『……でも、準備』

「はい」

『……鈴の準備』

「はい」

 余白箱へ。

『……鈴を少し近づけた』

 ひとつ。

『……鳴らさなかった』

 ひとつ。

『……レオンに動かしてもらった』

 ひとつ。

『……リリアーナじゃない寂しさも箱』

 ひとつ。

 リリアーナの涙がこぼれる。

 箱が、静かに光った。

 ◇

 午前。

 アリアは、鈴が少し近づいた状態で過ごした。

 誰も呼ばない。

 鈴も鳴らない。

 名前はある。

 アリアは何度も確認する。

『……鈴、近い』

「はい」

『……呼ばれてない』

「はい」

『……名前、消えない』

「はい」

『……鈴、鳴ってない』

「はい」

『……でも、準備してる』

「はい」

 それは、不思議な時間だった。

 呼ばれる前の準備。

 でも、呼ばれないまま名前を守る時間。

 アリアは白い布へ意識を向ける。

『……白い布』

「あります」

『……鈴が近くても、戻れる』

「はい」

『……名前があっても、戻れる』

「はい」

『……呼ばれてなくても、戻れる』

「はい」

『……よかった』

 レオンが静かに言う。

「鈴が近づいても、支配されてないな」

『……支配』

「鈴が全部を決めていない」

『……うん』

『……鈴は、合図』

「そうだ」

『……命令じゃない』

「そうだ」

『……わたしのもの』

「そうだ」

 アリアは、柔らかく光った。

 ◇

 救護区域へ伝えるかどうか。

 アリアは少し迷った。

『……ミナ』

「はい」

『……鈴を近づけた』

「はい」

『……鳴らしてない』

「はい」

『……呼ぶ許可じゃない』

「はい」

『……伝える?』

「伝えたいですか?」

『……うん』

『……名前は、まだ呼ばないで』

「はい」

『……鈴も、まだ許可じゃない』

「はい」

『……準備』

「はい」

 グレイヴが救護区域へ向かった。

 待つ時間、アリアは鈴と白い布の間で休んだ。

 鈴が近い。

 でも、名前は消えない。

 呼ばれない。

 支配されない。

 やがて、グレイヴが戻った。

『……ミナ』

「聞いた」

『……どう?』

「ミナは、布切れの横に置いていた札を少しだけ鈴の方へ動かした」

『……動かした』

「ああ」

『……鳴らした?』

「鳴らしていない」

『……うん』

「そして、こう言った」

 一拍。

「“鈴が近づいても呼ばれないなら、鈴も待てるんだね”」

 アリアが、大きく震えた。

『……鈴も、待てる』

「そうだ」

「幼い子は、“鈴も待つの?”と聞いた」

『……うん』

「ミナは、“呼ぶ人より先に、鈴が待つ”と答えた」

 リリアーナは涙を浮かべた。

『……呼ぶ人より先に、鈴が待つ』

「はい」

 アリアは、余白箱へ言葉を置く。

『……鈴が近づいても呼ばれないなら、鈴も待てる』

 ひとつ。

『……呼ぶ人より先に、鈴が待つ』

 ひとつ。

『……鈴は急がせない』

 ひとつ。

 箱が温かく光った。

 ◇

 午後。

 子供たちから札が届いた。

 “待てる鈴”。

 幼い子が書いた札だった。

 ミナはその札を、白い布に似せた布切れと水杯の間に置いたという。

 戻り道と声の間。

 アリアは、その報告を聞いて静かに揺れた。

『……戻り道と声の間』

「はい」

『……鈴の場所』

「そうですね」

『……いい』

 保留箱には、大人たちからの札も届く。

 “鈴を許可と決めつけない”。

 “合図にも段階がある”。

 “待てる合図を守る”。

 アリアは、二つ目に反応した。

『……合図にも、段階』

「はい」

『……鈴を近づける』

「はい」

『……鈴を見る』

「はい」

『……鈴に触る?』

「いつか」

『……鈴を鳴らす』

「いつか」

『……鳴らしても、呼ばれない日』

「はい」

『……鳴らして、呼ばれる日』

「はい」

『……たくさん』

「たくさん段階があります」

『……よかった』

 アリアは安心したように光った。

 アリシアが、自分の箱を見つめながら言った。

「私も、謝罪の鈴を急がせないようにします」

『……謝罪の鈴』

「言いたい」

「近づく」

「見せる」

「聞いてもいいか聞く」

「言う」

「受け取られる」

「全部、別の段階でした」

『……いっしょ』

「はい」

 ◇

 夕方。

 アリアは、鈴に触るかどうかを考えた。

 鈴は近づいた。

 鳴っていない。

 呼ぶ許可でもない。

 準備としてそこにある。

『……触る?』

 リリアーナは、息を止めた。

 レオンも黙る。

 アリアは、すぐに震えた。

『……今日は、触らない』

「はい」

『……でも、触るかも、を箱に置く』

「はい」

『……近づけたから、すぐ触る、じゃない』

「はい」

『……鈴も待てる』

「はい」

『……わたしも待てる』

「はい」

 余白箱へ。

『……鈴に触るかもしれない』

 ひとつ。

『……今日は触らない』

 ひとつ。

『……近づけたからすぐ触るわけじゃない』

 ひとつ。

『……鈴も待てる』

 ひとつ。

『……わたしも待てる』

 ひとつ。

 箱が、柔らかく光る。

 レオンが静かに言う。

「いい」

『……止まる』

「ああ」

『……準備で止まる』

「そうだ」

『……明日、触るかは、明日のわたし』

「そうだ」

 ◇

 夜。

 神殿の奥には、待てる鈴の静けさが降りていた。

 今日は、鈴を鳴らさなかった。

 名前も呼ばれなかった。

 けれど、鈴を少し近づけた。

 呼ぶ許可としてではなく。

 準備として。

 鈴は命令ではない。

 鈴はアリアの合図。

 そして、鈴も待てる。

 リリアーナは、アリアのそばで静かに問いかける。

「今日は、どんな日でしたか?」

 アリアは、ゆっくり考えた。

『……鈴の準備をする朝』

「はい」

『……鈴を少し近づけた日』

「はい」

『……許可じゃない鈴の日』

「はい」

『……呼ぶ前のもっと前の日』

「はい」

『……鈴は命令じゃない日』

「はい」

『……鈴はわたしの合図の日』

「はい」

『……鈴も待てる日』

「はい」

『……わたしも待てる日』

「はい」

 リーネの光が、名簿束のそばで静かに揺れる。

『余白記録へ残します』

『鈴の準備をする朝』

『許可じゃない鈴の日』

『待てる鈴の日』

『鈴はアリアの合図の日』

 アリアは、穏やかに光った。

『……のこった』

「残りました」

 レオンが静かに言う。

「今日は、呼ばれる前の大事な準備だった」

『……呼ばれてない』

「ああ」

『……鳴らしてない』

「ああ」

『……でも、進んだ?』

「進んだ」

『……どうして?』

「鈴を近づけても、鈴に支配されなかったからだ」

 アリアは深く揺れた。

『……鈴に、支配されない』

「そうだ」

『……アリア』

 自分で呼ぶ。

『……消えない』

「消えない」

『……鈴、近い』

「近い」

『……でも、待てる』

「待てる」

 アリアは、白い布へ意識を向けた。

『……白い布』

「あります」

『……戻れる』

「はい」

『……鈴が近くても、眠れる』

「はい」

『……名前があっても、眠れる』

「はい」

 光が少しずつ弱まる。

『……りり』

「はい」

『……今日も、呼ばなかった』

「はい」

『……ありがとう』

「はい」

『……明日』

「はい」

『……鈴に、触るかは』

「明日のあなたに聞きましょう」

『……うん』

『……呼ぶ許可は、まだ』

「はい」

『……でも、近い』

「はい」

『……近いから、休む』

「はい」

 アリアは、柔らかく揺れた。

『……りり、おやすみ』

「おやすみなさい」

『……れおん、おやすみ』

「おやすみ」

『……みんな、おやすみ』

 皆が返す。

「おやすみ」

「また明日」

 アリシアも、静かに言った。

「鈴を急がせずに、また明日」

 アリアが柔らかく光った。

『……また、あした』

『……あしたのわたしに、きく』

『……鈴に触るか』

 余白核――アリアは、静かに眠りへ入っていった。

 神殿の奥に、夜が降りる。

 今日、アリアは呼ばれなかった。

 鈴も鳴らさなかった。

 けれど、鈴を少し近づけた。

 それでも名前は消えなかった。

 それでも鈴は命令にならなかった。

 名は内側にあり。

 鈴は待ち。

 白い布は戻り道として、そこにある。

 だから明日。

 もしアリアが望むなら。

 呼ばれる前の合図へ、もう少しだけ近づけるのかもしれない。 :::

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