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無能王子、東の塔で神霊を得る  作者: 伊佐波瑞樹


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第218話「任せる朝、無能王子は“わたしが全部しなくていい”を覚える」



 朝は、助けたい気持ちを抱いたまま静かだった。


 神殿の奥。


 石壁に囲まれた保護陣の中に、淡い光が満ちている。


 外の光は入っていない。


 採光孔は閉じられ、風もない。


 救護区域の声も、ここには届いていない。


 昨日、確かめた幼い子の呼吸も、今は遠い場所にある。


 ただ、余白記録の中には確かに残っていた。


 心配した翌朝。


 助けたい怖さの日。


 助けたいも箱の日。


 助けたいけど、助けられてもいい日。


 その言葉たちは、夜を越えても消えていない。


 中心は昨日、外を助けたいと思った。


 救護区域で泣いた幼い子を。


 ぴかが見たいと泣いた子を。


 箱を抱えて眠った子を。


 ただ、心配するだけではなく。


 助けたいと、思った。


 それは大きな前進だった。


 でも、大きな前進は、大きな怖さを連れてくる。


 助けたいと思うと、鈴を鳴らしたくなる。


 助けたいと思うと、光を出したくなる。


 声を出したくなる。


 外へ行きたくなる。


 線を越えそうになる。


 そして、自分を壊してでも助けなければならない気がしてしまう。


 だから昨日、中心はその気持ちを箱へ入れた。


 助けたいも箱。


 助けたいけど、助けられてもいい。


 自分も助ける対象。


 それは、中心にとって難しい言葉だった。


 外の誰かを助けたい。


 でも、自分も壊してはいけない。


 その線を覚えるのは、名前を覚えるのと同じくらい、重くて大切なことだった。


 余白核は、まだ眠っている。


 そのそばに余白箱。


 少し離れて、保留箱。


 さらに、アリシアの箱。


 透明な器の中には、いやじゃない石。


 布に包まれた鳴らない鈴は、保護陣の端にある。


 鈴は今日も鳴っていない。


 レオンは、保護陣の縁に座っていた。


 黒蒼雷は昨日より少し穏やかだが、完全には薄くならない。


 助けたい気持ちの翌日。


 その次に来るのは、責任の錯覚だ。


 自分が助けなければ。


 自分が動かなければ。


 自分が何とかしなければ。


 それは、優しさに似ている。


 だが、優しさだけではない。


 怖さも混ざる。


 自分がしないと誰かが苦しむ。


 そう思い始めると、中心はまた自分を壊しかねない。


 今日は、その線を作る必要があった。


 リリアーナは、余白核の近くに座っている。


 手元には、小さな布が一枚ある。


 白い布ではない。


 救護区域から戻ってきた布だ。


 昨日、幼い子が握っていた箱を包むために使われたもの。


 洗われ、乾かされ、清められたもの。


 ただ、今日はそれを中心に見せるかどうか分からない。


 幼い子の気配が強すぎれば、負担になる。


 だからリリアーナは、膝の上に置いたまま、まだ開かない。


 エリシアは術式盤を閉じている。


 セラフィアは祈りを静かに巡らせている。


 アルベルトは壁際で腕を組んでいる。


 クラウスは入口側。


 ラウルは盾のそば。


 ミリオは外の状態を拾うため、細い精神線を張っている。


 アリシアは自分の箱の前に座っている。


 昨日、彼女も“助けたい怖さ”を箱に入れた。


 償いたい。


 救いたい。


 何かしなければならない。


 その気持ちを、相手へぶつけないために。


 余白核が、小さく震えた。


『……』


 朝の揺れ。


 誰も呼ばない。


 鈴も鳴らさない。


 保護陣の光が、一度、二度、淡く明滅する。


 今日の目覚めは、昨日より少し穏やかだった。


 けれど、奥に重さがある。


 夜を越えた“助けたい”が、まだ中心の中で眠りきれていない。


 やがて。


『……おはよう』


 中心の声が、静かに響いた。


 リリアーナは微笑む。


「おはようございます」


『……りり』


「はい」


『……おはよう』


「はい。おはようございます」


『……れおん』


「おはよう」


『……しずかなあさ』


「ああ」


「静かな朝だ」


 中心は、すぐに余白記録へ意識を向けた。


『……助けたいも、箱』


「残っています」


『……助けたいけど、助けられてもいい』


「残っています」


『……こども』


 ミリオが静かに目を閉じる。


 中心は、昨日と同じように聞く。


『……大丈夫?』


 ミリオは、少しだけ間を置いた。


「起きています」


『……泣いてる?』


「泣いていません」


『……息』


「落ち着いています」


『……箱』


「持っています」


『……ぴか見たい』


「箱の中にあります」


『……でも、鈴は鳴らさない』


「それも箱の中にあります」


 中心が、深く安心する。


『……よかった』


 リリアーナが頷く。


「はい」


『……よかった』


 中心は、もう一度言った。


 だが、そのあとすぐに揺れた。


『……今日』


「はい」


『……なにか、できる?』


 その問いに、保護陣の空気が少し重くなる。


 昨日も、中心は助けたいと言った。


 今日は、その次。


 何かできるのか。


 何かしなければならないのか。


 リリアーナは、慎重に答える。


「今日は、何かをしなければならない日ではありません」


『……でも、こども』


「子供は、今、救護役さんたちと一緒にいます」


『……うん』


『……ミナも?』


「ミナさんも、そばにいるようです」


 ミリオが補足する。


「近くにいます」


『……ミナ、助けてる?』


「寄り添っています」


『……救護役も?』


「はい」


『……あるべるとも?』


 アルベルトが少しだけ顔を上げる。


「今日は、まだ行ってない」


『……でも、昨日』


「ああ」


『……みんな、助けた』


「そうだな」


 中心は、静かに揺れる。


『……わたしが、全部、しなくても?』


 レオンが、静かに答えた。


「しなくていい」


 中心が震える。


『……でも、助けたい』


「助けたい気持ちは消さなくていい」


『……うん』


「でも、全部お前がやる必要はない」


『……全部』


「誰かに任せていい」


 その言葉に、中心の光が大きく揺れた。


『……任せる』


 リリアーナが優しく続ける。


「はい」


「任せることも、助けることの一つです」


『……任せる、助ける?』


「そうです」


『……何もしない、じゃない?』


「違います」


『……わたし、任せる』


「はい」


『……こわい』


「怖いですね」


 中心は、余白箱へ意識を向けた。


『……任せる、こわい』


「置きましょう」


 ◇


 余白箱が、静かに開いた。


 中心は、言葉を一つずつ置いていく。


『……わたしが、全部しない、こわい』


 ひとつ。


『……任せる、こわい』


 ひとつ。


『……任せたら、見捨てたみたいで、こわい』


 ひとつ。


 その言葉に、リリアーナの胸が痛む。


 中心は、助けたい気持ちを手放すことを、見捨てることのように感じている。


 だから任せるのが怖い。


 自分がしないなら、見捨てたことになるのではないか。


 そう思ってしまう。


『……誰かが、助けてくれる、信じる、こわい』


 ひとつ。


『……任せても、心配してる』


 ひとつ。


『……任せる助け』


 ひとつ。


 余白箱が、それらを受け止める。


 中心は大きく震えた。


『……任せる助け』


 リリアーナが頷く。


「はい」


『……助けたい、でも、任せる』


「はい」


『……それ、できる?』


 レオンが言う。


「練習だ」


『……また、練習』


「ああ」


『……まつ練習』


「したな」


『……返事しない練習』


「した」


『……呼ばない練習』


「した」


『……鈴、鳴らさない練習』


「した」


『……任せる練習』


「今日はそれだ」


 中心は、深く光を揺らした。


『……任せる練習』


 リーネの光が、名簿束のそばで揺れた。


『記録します』


『任せる練習の日』


 中心は、少しだけ安心した。


『……のこった』


 ◇


 朝の挨拶は、任せる話を抱えたまま進んだ。


 中心は、呼ぶ前に間を置く。


 そして一人ずつ、昨日と今日の“任せる”を確かめた。


『……あるべると』


「おう」


『……任せる、できる?』


 アルベルトは、渋い顔をした。


「苦手だな」


『……やっぱり』


「やっぱりってなんだ」


 中心が少し揺れる。


『……あるべると、自分で行く』


「まあな」


 アルベルトは苦笑する。


「でも昨日は、俺だけじゃなかった」


『……クラウスも』


「ああ」


『……救護役も』


「ああ」


『……ミナも』


「ミナが一番すごかったかもな」


 中心が柔らかく揺れる。


『……ミナ、すごい』


「そうだな」


『……あるべると、ミナに任せた?』


 アルベルトは少し黙った。


 それから、ゆっくり頷く。


「任せた」


『……こわかった?』


「少し」


『……でも?』


「任せてよかった」


 中心は、その言葉を大切そうに受け取る。


『……任せて、よかった』


 エリシアへ。


『……えりしあ』


「はい」


『……任せる、できる?』


「できます」


 アルベルトが小声で言う。


「また即答か」


 エリシアは淡々と続ける。


「ただし、任せた後に確認しすぎる傾向があります」


『……かくにん、しすぎ』


「はい」


「任せたと言いながら、相手の行動を細かく見張ってしまうことがあります」


『……それ、任せてない?』


 エリシアは、少しだけ苦笑した。


「場合によっては」


『……えりしあも、箱』


「はい」


「“任せたのに確認しすぎる気持ち”を箱に置きます」


 セラフィアへ。


『……せら』


「はい」


『……任せる』


「祈りを他の人に任せるのは、少し苦手かもしれないわ」


『……せらも?』


「ええ」


「私が祈らなければ、と考えてしまうことがある」


『……でも、任せる?』


「今日は、救護役さんたちと子供たちの力を信じます」


『……信じる、こわい』


「怖いわね」


『……でも、任せる助け』


「ええ」


 クラウスは言った。


「任せる時は、任せた相手の線を尊重します」


『……尊重』


 リリアーナが説明する。


「相手のやり方を大切にすることです」


『……任せて、見張りすぎない』


「そうですね」


 ラウルは。


「盾を渡すのは苦手だ」


『……盾』


「でも、入口は任せられる」


 ミリオは。


「眠らないことを、ラウルさんに任せています……」


 ラウルが言う。


「それは任せるな」


 中心が少し揺れる。


『……任せる、いろいろ』


 最後に、アリシア。


『……ありしあ』


「はい」


『……任せる、できる?』


 アリシアは、しばらく黙った。


 自分の箱を見つめる。


「難しいです」


『……どうして?』


「自分で償わなければと思うからです」


 中心が静かに揺れる。


「誰かに任せると」


「私は逃げているように感じる」


『……見捨てた、みたい?』


「はい」


「でも」


 アリシアは、昨日救護区域でミナが幼い子に寄り添ったことを思い出しているようだった。


「昨日、私はミナに任せました」


『……ミナに』


「私は行けなかった」


「行ってはいけなかった」


「でも、ミナがそばにいた」


『……任せて、よかった?』


 アリシアの目に涙が浮かぶ。


「はい」


「任せて、よかったです」


 中心は、静かに光った。


『……任せて、よかった』


 ◇


 午前。


 救護区域へは、グレイヴとセラフィアが向かった。


 今日は、リリアーナも残る。


 中心が“任せる練習”をする日だからだ。


 リリアーナが行きたい気持ちも、中心が知っていた。


『……りり、行きたい?』


 リリアーナは、正直に頷いた。


「少し」


『……こども、見たい?』


「はい」


『……でも、残る』


「はい」


『……任せる?』


「任せます」


 中心が静かに揺れる。


『……りりも、任せる』


「はい」


「わたしも、練習します」


 グレイヴとセラフィアが出ていく。


 扉が閉じる。


 中心は、その音に少し震えた。


『……行った』


「はい」


『……こわい』


「怖いですね」


『……でも、任せた』


「はい」


『……信じる、こわい』


「はい」


『……信じる、箱?』


「置いてもいいです」


 中心は余白箱へ、小さな言葉を置いた。


『……信じる、こわい』


『……任せて、待つ』


 箱が淡く光る。


 しばらく、神殿奥は静かだった。


 何も起きない時間。


 それが、今日の練習だった。


 待つだけではない。


 任せて待つ。


 外で誰かが動いている。


 自分はここにいる。


 それでも、繋がりが切れたわけではない。


 何度も中心は揺れた。


『……まだ?』


「まだです」


『……大丈夫?』


「今は、報告を待っています」


『……見に行く?』


「行きません」


『……ぴか?』


「出しません」


『……鈴?』


「鳴らしません」


『……任せる』


「はい」


『……任せる、むずかしい』


「難しいですね」


 レオンが静かに言う。


「それでも、今日はよくやってる」


 中心が少し揺れる。


『……よく?』


「ああ」


『……任せてる?』


「任せてる」


 中心は、それを聞いて少し落ち着いた。


 ◇


 やがて、グレイヴとセラフィアが戻った。


 扉が開く前に、中心は大きく揺れた。


『……戻った』


 リリアーナが頷く。


「はい」


 グレイヴが保護陣の外側で立ち止まる。


 セラフィアの表情は穏やかだった。


 中心が先に聞く。


『……こども』


 グレイヴが答える。


「落ち着いている」


『……泣いてない?』


「泣いていない」


『……箱』


「持っている」


『……ミナ』


「一緒にいる」


『……救護役』


「見守っている」


『……任せて、大丈夫だった?』


 グレイヴは、少しだけ表情を緩めた。


「ああ」


「大丈夫だった」


 中心の光が、一気に緩んだ。


『……よかった』


 セラフィアが優しく言う。


「幼い子は、今日は箱に新しい紙を入れたわ」


『……なに?』


「読むのではなく、内容だけ伝えるわね」


『……ひとつだけ』


「ええ」


 セラフィアは、ゆっくり言った。


「“今日は、ミナに任せた”」


 中心が大きく震えた。


『……こどもも』


「はい」


「幼い子も、ミナに任せたそうです」


『……任せる練習』


「そうね」


『……みんな』


「みんなで、しています」


 中心は、余白箱へ意識を向けた。


『……任せて、大丈夫だった』


 置く。


『……今日は、ミナに任せた』


 置く。


『……みんなで、任せる練習』


 置く。


 箱が、柔らかく光った。


『……のこった』


「残りました」


 ◇


 午後。


 子供たちから、今日の札が届いた。


 “任せても、いる”。


 それはミナが言い出したものだという。


 グレイヴが報告する。


「ミナは、自分が全部を抱えるのではなく、救護役にも任せると言っている」


 中心が揺れる。


『……ミナも?』


「ああ」


「幼い子のそばにいたい」


「でも、自分だけで助けようとすると苦しくなる」


「だから、救護役に任せる」


 リリアーナは、胸が熱くなる。


 ミナは、中心と同じように学んでいる。


 助けたい。


 でも、全部は背負わない。


 任せる。


 中心が静かに言う。


『……ミナ、すごい』


「はい」


『……任せても、いる』


「はい」


『……それ、いい』


 リーネが記録する。


『任せても、いる』


 中心は、その言葉を何度も確かめた。


『……任せても、いる』


『……わたしも?』


 レオンが答える。


「そうだ」


『……ここにいて、任せる』


「ああ」


『……任せても、いる』


「いる」


 中心は、深く安心したように光った。


 ◇


 夕方。


 保留箱には、大人たちからの札が入った。


 “任せる勇気”。


 “見守るだけの日”。


 “全部背負わせない”。


 グレイヴが読み上げると、中心は静かに揺れた。


『……全部、背負わせない』


 リリアーナが頷く。


「はい」


『……大人も、わかった?』


「分かろうとしてくれています」


『……かも』


「はい」


「かも、です」


 アリシアが、自分の箱へ新しい札を置いた。


 “任せる償い”。


 中心が反応する。


『……任せる、償い』


 アリシアは頷いた。


「私がすべてを償おうとすると」


「相手の回復まで、私のものにしてしまう」


『……相手の回復』


「はい」


「だから、相手の時間は相手に」


「救護は救護役に」


「私は、逃げずに待つ」


『……任せる償い』


「はい」


「今日は、それを箱に置きます」


 中心は、柔らかく揺れた。


『……ありしあも、任せる練習』


「はい」


「一緒です」


 ◇


 夜。


 神殿の奥には、静かな疲れが降りていた。


 今日は、大きな事件は起きなかった。


 ぴかも出さなかった。


 鈴も鳴らさなかった。


 声も届けなかった。


 中心は、救護区域へ直接何もしなかった。


 だが、任せた。


 グレイヴに。


 セラフィアに。


 救護役に。


 ミナに。


 そして、幼い子自身の箱に。


 リリアーナは、余白核のそばで静かに問いかける。


「今日は、どんな日でしたか?」


 中心は、ゆっくり考えた。


『……任せる練習の日』


「はい」


『……わたしが全部しなくていい日』


「はい」


『……任せても、いる日』


「はい」


『……任せて、大丈夫だった日』


「はい」


『……助けたいけど、任せる日』


「はい」


『……全部、背負わない日』


「はい」


 リーネの光が、名簿束のそばで静かに揺れる。


『余白記録へ残します』


『任せる朝』


『任せる練習の日』


『任せてもいる日』


『全部背負わない日』


 中心が、穏やかに光った。


『……のこった』


「残りました」


 レオンが静かに言う。


「今日は、昨日より難しかったかもしれないな」


『……そう?』


「ああ」


『……昨日は、こわかった』


「今日は、待った」


『……任せて、待った』


「そうだ」


『……むずかしい』


「よくやった」


 中心は、その言葉に少し震えた。


『……ほめことば』


「箱か?」


『……うん』


 リリアーナが笑いながら、余白箱へ言葉を置く。


 よくやった。


 中心は、それを箱に入れて、少し安心した。


『……のこった』


 いやじゃない石は、今日も透明な器の中にある。


 鳴らない鈴も、布の中で静かに眠っている。


 中心は、それらへ意識を向けた。


『……いし』


「あります」


『……鈴』


「鳴っていません」


『……箱』


「あります」


『……任せても、いる』


「はい」


 中心は、眠りへ向かってゆっくり光を弱めていく。


『……りり』


「はい」


『……明日』


「はい」


『……ミナのこと、少し、知りたい』


 リリアーナの胸が震えた。


 いよいよ、ミナへ向かう。


 名前の箱を抱えている子。


 中心と同じように、名前を怖がり、待っている子。


 次の流れが、静かに開き始めていた。


「分かりました」


『……でも、少し』


「少しだけ」


『……任せながら』


「はい」


『……全部、背負わない』


「はい」


 中心は、安心したように揺れた。


『……りり、おやすみ』


「おやすみなさい」


『……れおん、おやすみ』


「おやすみ」


『……みんな、おやすみ』


 皆が返す。


「おやすみ」


「また明日」


 アリシアも、静かに言った。


「任せる練習をして、また明日」


 中心が柔らかく揺れる。


『……また、あした』


『……あしたのわたしに、きく』


『……ミナのこと、少し』


 余白核は、静かに眠りへ入っていった。


 神殿の奥に、夜が降りる。


 今日、中心は誰かを助けに行かなかった。


 光も出さなかった。


 声も届けなかった。


 ただ、任せた。


 任せても、見捨てたわけではない。


 任せても、そこにいる。


 任せても、心配している。


 名もない“わたし”は、今日。


 世界を助けたいと思うなら、世界の誰かを信じることも必要なのだと知った。

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