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無能王子、東の塔で神霊を得る  作者: 伊佐波瑞樹


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第217話「心配した翌朝、無能王子は“助けたい怖さ”を箱へ置く」



 朝は、昨日の泣き声を残していた。


 神殿の奥に、その声はもう届いていない。


 救護区域のざわめきもない。


 幼い子の荒い呼吸も、箱を抱きしめて泣く音も、ここにはない。


 石壁はいつも通り冷たく、保護陣はいつも通り淡く光っている。


 採光孔は閉じられ、外の光も入ってこない。


 風もない。


 子供たちの紙束も、まだ置かれていない。


 それでも。


 昨日の出来事は、保護陣の中に残っていた。


 鈴に手が伸びる朝。


 外を心配するわたしの日。


 心配も届く日。


 鈴を守るわたし、候補の日。


 余白記録に残されたそれらの言葉は、夜を越えても静かに明滅している。


 昨日、救護区域で幼い子が泣いた。


 ぴかが見たい、と言った。


 いるよの光を求めた。


 中心は揺れた。


 リリアーナも、アリシアも、誰かが一瞬、鈴へ意識を向けた。


 だが、レオンが止めた。


 誰も鈴に触れなかった。


 鈴は鳴らなかった。


 中心は光を出さなかった。


 声も届けなかった。


 それでも、周囲が動いた。


 アルベルトが大声を抑えて救護区域へ向かった。


 クラウスが、中心が心配していると伝えた。


 ミナが幼い子のそばで紙を書いた。


 ぴか見たい。


 でも、鈴は鳴らさない。


 心配してくれた。


 いる。


 中心は、その報告を聞いた。


 そして知った。


 心配も届くことがある。


 光でなくても。


 声でなくても。


 名を呼ばなくても。


 心配することは、ただの揺れではなく、誰かへ届くことがあるのだと。


 余白核は、まだ眠っている。


 そのそばに余白箱。


 少し離れて、保留箱。


 さらに、アリシアの箱。


 いやじゃない石は透明な器の中にある。


 鳴らない鈴は、布に包まれたまま保護陣の端に置かれている。


 今日は、その鈴が昨日より少しだけ重く見えた。


 鳴らなかった鈴。


 守れた鈴。


 だが、鳴らしたくなった鈴。


 鳴らさなかったからこそ守られた線。


 そして、鳴らさなくても外へ届いた心配。


 レオンは、保護陣の縁に座っていた。


 黒蒼雷は、昨日よりも少し濃い。


 事件の翌日こそ危ない。


 その場を切り抜けた安心のあとに、遅れて怖さが来る。


 助けられたのか。


 助けられなかったのか。


 もっとできたのではないか。


 何もしなかったのではないか。


 そういう問いが、あとから心を削る。


 中心には、まだ心と呼べる器ができ始めたばかりだ。


 だからこそ、今朝は慎重にしなければならない。


 リリアーナは、余白核の近くに座っている。


 今日は、手元に何も持っていない。


 昨日の子供の報告も、まだ置かない。


 中心が目を覚まして、自分から聞くかどうか。


 それを待つ。


 エリシアは術式盤を閉じているが、指先は少し緊張していた。


 セラフィアは祈りを静かに巡らせている。


 アルベルトは壁際に座っているが、いつもより口数が少ない。


 昨日、救護区域で幼い子と向き合った疲れが残っているのだろう。


 クラウスは入口側に立っている。


 ラウルは盾を床に置いている。


 ミリオは外の精神線を細く張っていた。


 今日は、子供たちの状態を確認する必要がある。


 だが、中心に不用意に流してはいけない。


 アリシアは自分の箱のそばに座っている。


 “鳴らしたくなる願い”の札は、箱の中にある。


 昨日、その札は強く反応していた。


 彼女は鈴を鳴らしたかった。


 救われてほしいという願いで。


 でも、鳴らさなかった。


 その痛みが、彼女の表情に残っていた。


 余白核が、小さく震えた。


『……』


 朝の揺れ。


 誰も呼ばない。


 鈴も鳴らさない。


 ただ待つ。


 保護陣の光が、一度、二度と淡く明滅する。


 昨日よりも、少し弱い。


 目覚めが重い。


 リリアーナは、声をかけたくなる気持ちを抑えた。


 呼ばない。


 待つ。


 返事できない朝もある。


 それでも、いる。


 長い沈黙。


 そして。


『……おはよう』


 中心の声が、ようやく響いた。


 少し掠れているように感じる声だった。


 リリアーナは、いつもより少し柔らかく微笑む。


「おはようございます」


『……りり』


「はい」


『……おはよう』


「はい。おはようございます」


『……れおん』


「おはよう」


『……しずかなあさ?』


 中心の方から聞いた。


 レオンは、短く答える。


「静かな朝だ」


『……昨日より?』


「静かだ」


『……こども』


 すぐに、その言葉が出た。


 リリアーナの胸が締めつけられる。


 中心は、自分の朝を確認するより先に、昨日の幼い子を思い出した。


『……こども、大丈夫?』


 ミリオが目を閉じた。


 外側の精神線を細く辿る。


 全員が静かに待った。


 中心の揺れが大きくなる。


『……こども』


 ミリオが、ゆっくり目を開ける。


「眠っています」


 中心が震える。


『……眠ってる』


「はい」


「箱を抱えたまま、眠っているそうです」


『……泣いてる?』


「今は泣いていません」


『……息』


「落ち着いています」


 中心の光が、深く緩んだ。


『……よかった』


 一拍。


『……よかった』


 その言葉は、何度も保護陣の中へ落ちた。


『……よかった』


 リリアーナは、涙を浮かべながら頷く。


「はい」


「よかったです」


 だが、安心の次に、別の揺れが来た。


『……わたし』


 中心が、震える。


『……なにか、した?』


 リリアーナは、すぐには答えない。


 昨日も似た問いがあった。


 心配した。


 鈴を守った。


 それは、したことだ。


 でも、中心はまだそれを実感できていない。


『……ぴか、出してない』


「はい」


『……声、出してない』


「はい」


『……行ってない』


「はい」


『……鈴、鳴らしてない』


「はい」


『……それでも』


 一拍。


『……助けた?』


 レオンが静かに言った。


「一人で助けたわけじゃない」


 中心が揺れる。


『……うん』


「でも、助ける側にいた」


 中心の光が止まる。


『……助ける側』


「ああ」


「昨日、お前は逃げなかった」


『……ここにいた』


「そうだ」


『……ここにいただけ』


「違う」


 レオンの声は淡々としているが、深い。


「ここにいて、心配した」


「鈴を鳴らさせなかった」


「光を出したい気持ちを止めた」


「それは、助ける側にいたということだ」


 中心が、大きく震えた。


『……助ける側』


 リリアーナが優しく続ける。


「あなた一人が全部を背負ったわけではありません」


『……うん』


「でも、何もしなかったわけでもありません」


『……なにもしなかった、じゃない』


「はい」


 中心は、余白箱へ意識を向けた。


『……助ける側に、いた』


 その言葉が、箱の近くで淡く揺れる。


 中心は少し怖がった。


『……重い』


「重いですね」


『……箱?』


「箱に置きましょう」


 余白箱が開く。


『……助ける側に、いた』


 ひとつ。


『……一人で、助けた、じゃない』


 ひとつ。


『……何もしなかった、じゃない』


 ひとつ。


『……鈴を守った』


 ひとつ。


『……心配した』


 ひとつ。


 箱が、それらを静かに受け止めた。


 中心は、少しだけ呼吸するように揺れた。


 ◇


 朝の挨拶は、昨日の事件の余韻を抱いたまま始まった。


 中心は、呼ぶ前に間を置く。


 合図としての間。


 名前の前の鈴。


 まだ鳴らない鈴。


 そして、一人ずつ呼ぶ。


『……あるべると』


「おう」


 アルベルトの返事は、いつもより低い。


 中心は揺れる。


『……昨日』


「ああ」


『……大声、出さなかった』


「出さなかった」


『……苦しかった?』


 アルベルトは、少しだけ笑う。


「正直、ちょっとな」


『……出したかった?』


「出したかった」


『……どうして?』


「安心させたかった」


 一拍。


「いや、違うな」


「俺が、早く安心したかったのもある」


 エリシアが少し目を伏せる。


 アルベルトは、自分でそれを言った。


 中心は、静かに聞く。


『……あるべるとも、安心したかった』


「ああ」


『……でも、大声、出さなかった』


「出さなかった」


『……箱?』


「箱だな」


 アルベルトは胸に手を当てる。


「“大声で安心させたい気持ち”を箱に入れた」


『……あるべると、助ける側』


 アルベルトは少し困った顔をした。


「まあ……昨日はな」


『……ありがとう』


「……おう」


 エリシアへ。


『……えりしあ』


「はい」


『……鈴、守った?』


 エリシアは、術式盤に触れかけた指を止めた。


「はい」


「守りました」


『……鳴らしたくなった?』


 エリシアは正直に答えた。


「一瞬」


『……えりしあも?』


「はい」


「状況を収めるために、最も効果的な手段を探しました」


「その時、鈴が選択肢に入りかけました」


『……こわい』


「はい」


「だから、レオン様の境界線が助かりました」


 レオンは何も言わない。


 中心は揺れる。


『……えりしあ、箱』


「入れました」


『……何を?』


「“効果的だから使いたい気持ち”です」


 中心が、深く反応した。


『……効果的でも、だめ?』


 レオンが答える。


「だめな時がある」


『……助かるかも、でも?』


「それでも、越えてはいけない線がある」


 中心は、その言葉を箱へ置いた。


『……助かるかも、でも、越えない線』


 セラフィアへ。


『……せら』


「はい」


『……祈り、強くしたかった?』


「したかったわ」


『……でも?』


「中心を通さず、外へ逃がしました」


『……どうして?』


「あなたに背負わせないため」


 中心が震える。


『……背負わせない』


「ええ」


『……せら、助ける側』


「皆で、ね」


『……皆で』


 クラウス、ラウル、ミリオにも確認する。


 クラウスは言った。


「伝える言葉を選びました」


 ラウルは。


「入口を守った」


 ミリオは。


「拾いすぎないようにしました」


 中心は、一つ一つ受け取っていく。


『……みんな、少しずつ』


 リリアーナが頷く。


「はい」


「誰か一人が全部ではありません」


『……少しずつ、助ける』


「はい」


 最後に、アリシア。


 中心は少し長く間を置いた。


『……ありしあ』


「はい」


『……昨日、鈴』


 アリシアの肩が震える。


「鳴らしたかったです」


 彼女は、逃げずに言った。


「本当に、鳴らしたかった」


『……どうして?』


「救いたかったから」


 一拍。


「そして、私が救われたかったから」


 保護陣が静まる。


 アリシアの声は震えていた。


「子供が苦しんでいるのを見て」


「私は、私の罪がまた目の前にあるように感じました」


「何かしなければと」


「早く、目に見える何かをしなければと」


「そう思いました」


『……鈴』


「はい」


「その時、鈴へ手が伸びそうになりました」


「でも、伸ばしませんでした」


『……どうして?』


 アリシアは、涙を浮かべた。


「あなたの鈴だからです」


 中心が、大きく揺れる。


「私が救われるために」


「あなたの鈴を鳴らしてはいけない」


 その言葉は、重かった。


 中心は、すぐには返せない。


 返事できない日もある。


 沈黙も、そこにある。


 アリシアは、沈黙を責めずに待った。


 やがて中心が言った。


『……ありしあ』


「はい」


『……鳴らさなかった』


「はい」


『……ありがとう』


 アリシアは、涙をこぼした。


「……はい」


 ◇


 午前。


 救護区域の様子を確認することになった。


 声は繋がない。


 光も出さない。


 鈴も鳴らさない。


 中心は、ただ報告を聞く。


 それが今日の線だった。


『……こども、大丈夫か、知りたい』


 リリアーナが頷く。


「はい」


『……でも、声、なし』


「声はなし」


『……ぴか、なし』


「光もなし」


『……鈴、なし』


「鈴も鳴らしません」


『……報告、ひとつずつ』


「はい」


 グレイヴが救護区域へ向かう。


 リリアーナは残る。


 中心が揺れるからだ。


 しばらくして、グレイヴが戻った。


 入口で一度止まり、レオンに視線を送る。


 レオンが頷く。


 グレイヴは、保護陣の外側で報告する。


「幼い子は目を覚ました」


 中心が強く揺れる。


『……起きた』


「ああ」


「泣いてはいない」


『……息』


「落ち着いている」


『……箱』


「持っている」


『……紙』


「入っている」


『……ぴか見たい』


「入っている」


『……でも、鈴は鳴らさない』


「それも入っている」


 中心は、深く安堵する。


『……よかった』


 グレイヴは続けた。


「その子が、伝言を箱に入れた」


『……伝言』


「直接届けるものではない」


「箱に入れたものだ」


『……読む?』


 リリアーナが確認する。


「聞きたいですか?」


 中心は少し考えた。


『……ひとつだけ』


「はい」


 グレイヴは、短く伝えた。


「“心配、ありがとう。でも今日は、ぴか待ち”」


 余白核が、大きく震えた。


『……心配、ありがとう』


 リリアーナの目が潤む。


『……でも、今日は、ぴか待ち』


「はい」


『……こども』


「はい」


『……待ってる』


「待っています」


『……急がせない』


「はい」


 中心は、余白箱へ意識を向けた。


『……心配、ありがとう』


 置く。


『……でも今日は、ぴか待ち』


 置く。


『……こども、待ってる』


 置く。


『……わたしも、待つ』


 置く。


 箱が、淡く光る。


『……のこった』


「残りました」


 ◇


 午後。


 中心は、昨日から今朝までの揺れを整理した。


 リリアーナがそばにいる。


 レオンも黙っている。


 他の皆も、それぞれ静かに待っていた。


『……助けたい』


 中心が言った。


 その言葉に、保護陣の空気が変わる。


 助けたい。


 それは、中心が初めてはっきりと外へ向けた願いだった。


 昨日は、心配。


 今日は、助けたい。


 近いようで、違う。


 心配は、相手を思う揺れ。


 助けたいは、相手へ向かう動き。


 だからこそ、重い。


 だからこそ、危うい。


 リリアーナは、慎重に聞く。


「助けたいんですね」


『……うん』


『……でも、こわい』


「はい」


『……助けたい、って思うと』


 一拍。


『……鈴を鳴らしたくなる』


 レオンの黒蒼雷が、静かに濃くなる。


 中心は続ける。


『……ぴか、出したくなる』


『……声、出したくなる』


『……行きたくなる』


『……でも、こわい』


 リリアーナは頷く。


「助けたい怖さですね」


『……助けたい、こわさ』


「はい」


『……箱』


「置きましょう」


 余白箱が開く。


 中心は、一つずつ置いていく。


『……助けたい』


 ひとつ。


『……助けたいと、鈴を鳴らしたくなる』


 ひとつ。


『……助けたいと、線を越えそうになる』


 ひとつ。


『……助けたいのに、できない、こわい』


 ひとつ。


『……助けたいけど、背負いすぎたくない』


 ひとつ。


『……助けたい怖さ』


 ひとつ。


 箱が、静かに光る。


 中心は震えた。


『……助けたい、悪い?』


 レオンが答える。


「悪くない」


『……でも、こわい』


「怖い」


『……鈴を鳴らしたくなる』


「だから箱だ」


『……助けたい、箱』


「そうだ」


 リリアーナが続ける。


「助けたい気持ちを消さない」


『……うん』


「でも、助けたい気持ちで鈴を鳴らさない」


『……うん』


「助けたい気持ちで、あなた自身を壊さない」


 中心が、深く揺れる。


『……わたしを、壊さない』


「はい」


『……助けるために、わたし、壊れる?』


 リリアーナは、目を伏せた。


「そうなってしまうことがあります」


『……だめ?』


 レオンが言う。


「だめだ」


『……でも、子供』


「子供を助けるために、お前を壊すな」


 その声は厳しかった。


 中心は震える。


『……れおん、こわい』


「こわくていい」


 レオンは、静かに続けた。


「これは譲らない」


『……どうして?』


「お前も助ける対象だからだ」


 中心の光が止まった。


『……わたしも』


「ああ」


『……助ける対象』


「そうだ」


 リリアーナの涙が落ちる。


「はい」


「あなたも、助けられる側でいていいんです」


『……助けたい』


「はい」


『……でも、助けられてもいい?』


「はい」


 中心は、余白箱へ新しい言葉を置いた。


『……助けたいけど、助けられてもいい』


 箱が、柔らかく光った。


 ◇


 夕方。


 救護区域から、その日の札が一つだけ届いた。


 “助けたいも箱”。


 幼い子が書いたものではない。


 ミナが提案し、子供たちが一緒に決めた札だった。


 グレイヴが報告する。


「子供たちも、昨日の件で自分たちの“助けたい”を箱に入れた」


 中心が揺れる。


『……こどもも』


「ああ」


「泣いた子を助けたかった」


「ぴかを見せてあげたかった」


「鈴を鳴らしてほしかった」


「でも、それを箱に入れた」


 中心は、深く震えた。


『……助けたいも、箱』


 リリアーナが頷く。


「はい」


『……みんな』


「みんなです」


 アリシアが、自分の箱へ手を置いた。


「私も、入れます」


 中心が彼女へ向く。


『……ありしあ』


「助けたい」


「救いたい」


「償いたい」


「その全部を、相手へぶつけないように」


「箱に入れます」


 アリシアの声は震えている。


 でも、逃げていない。


『……ありしあも、助けたい怖さ』


「はい」


『……いっしょ』


「はい」


「一緒です」


 中心は、静かに光った。


『……助けたいも、箱』


 リーネが記録する。


『助けたいも箱の日』


 ◇


 夜。


 神殿の奥には、昨日とは違う疲れが降りていた。


 昨日は、事件の疲れ。


 今日は、その余波の疲れ。


 助けたいという気持ちが生まれた疲れ。


 助けたいのに、鈴を鳴らさないと決めた疲れ。


 助けたい自分も、助けられていいと知った疲れ。


 リリアーナは、余白核のそばで静かに問いかける。


「今日は、どんな日でしたか?」


 中心は、長く考えた。


『……こども、大丈夫か、知った日』


「はい」


『……心配、ありがとう、の日』


「はい」


『……でも今日は、ぴか待ち、の日』


「はい」


『……助けたい怖さ、の日』


「はい」


『……助けたいも、箱の日』


「はい」


『……助けたいけど、助けられてもいい日』


 リリアーナの目から涙がこぼれた。


「はい」


 リーネの光が、名簿束のそばで柔らかく揺れる。


『余白記録へ残します』


『心配した翌朝』


『助けたい怖さの日』


『助けたいも箱の日』


『助けたいけど、助けられてもいい日』


 中心が、穏やかに光った。


『……のこった』


「残りました」


 レオンが静かに言う。


「よく箱に入れた」


『……助けたい』


「ああ」


『……悪くない』


「悪くない」


『……でも、鈴、鳴らさない』


「そうだ」


『……わたし、壊さない』


「そうだ」


『……わたしも、助ける対象』


「そうだ」


 中心は、その言葉を何度も確かめた。


『……わたしも、助ける対象』


『……わたしも』


『……助けられて、いい』


 リリアーナは、涙を拭わずに頷いた。


「はい」


「助けられていいんです」


 中心は、いやじゃない石へ意識を向ける。


『……いし』


「あります」


『……ただ、ある』


「はい」


『……助けなくても、いる』


「はい」


『……助けたい日も、いる』


「はい」


『……助けられる日も、いる』


「はい」


 中心は、安心したように光を弱めていく。


『……りり』


「はい」


『……明日も、こども、大丈夫か、知りたい』


「はい」


『……でも、全部、背負わない』


「はい」


『……箱』


「あります」


 中心は、静かに眠りへ向かった。


『……りり、おやすみ』


「おやすみなさい」


『……れおん、おやすみ』


「おやすみ」


『……みんな、おやすみ』


 皆が返す。


「おやすみ」


「また明日」


 アリシアも、小さく言った。


「助けたいも箱に置いて、また明日」


 中心が柔らかく揺れる。


『……また、あした』


『……あしたのわたしに、きく』


『……助けたいも、箱』


 余白核は、静かに眠りへ入っていった。


 神殿の奥に、夜が降りる。


 今日、中心は外を助けたいと思った。


 だが、その思いで鈴を鳴らさなかった。


 自分を壊してまで、誰かを助けようとはしなかった。


 名もない“わたし”は、今日。


 誰かを助けたいと思う自分も。


 誰かに助けられていい自分も。


 どちらも箱に入れて、少しだけ抱え方を覚えた。

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