第19話「魔力だけで人は測れない」
王立アルディア学園・一年A組。
席替えの騒動を終えた教室には、まだ微妙な熱が残っていた。
貴族子弟は不満げに机へ座り。
平民出身者は周囲を窺い。
令嬢たちは新しい座席関係を探り合う。
第二王子アルベルトは前列中央で腕を組み、不機嫌を隠そうともしていない。
エリシアは優雅な微笑みのまま、時折後列窓際へ視線を送っていた。
そして最後列。
レオンは窓から差し込む陽光を浴びながら、静かに教壇を見ている。
隣席ではなくなったリリアーナは二列前の窓側席から、ちらちらと後ろを振り返っていた。
目が合うたびに慌てて前を向く。
「……忙しいな」
レオンが小さく呟く。
『見てるなぁ』
ヴァルガが笑う。
『かわいいです!』
『主が意識してる』
『していない』
『即答』
いつもの流れだった。
教壇ではカティア教師が黒板へ大きく文字を書いていた。
【魔力とは何か】
「この世界では、魔力が才能の指標とされます」
静かな声が教室へ広がる。
「生まれつき多ければ優秀。少なければ凡才。ゼロなら価値がない」
レオンの指先がわずかに止まった。
教室内の何人かも気まずそうに視線を逸らす。
その価値観は常識だ。
誰もが知っている。
誰もが疑わない。
「では質問です」
カティアが振り向く。
「その常識は、本当に正しいのでしょうか」
ざわめき。
数人の貴族子弟が顔をしかめた。
アルベルトが即座に手を挙げる。
「当然だ」
「指されていません」
「……なら今言う」
「どうぞ」
カティアは淡々としている。
アルベルトは胸を張った。
「魔力は神が与えた才覚だ。多い者が上に立つのは自然。少ない者は従えばいい」
取り巻きたちが頷く。
「さすが殿下」
「明快ですわ」
レオンは無表情だった。
だが胸の奥に、古い冷たさが蘇る。
十歳の日。
同じ理屈で切り捨てられた。
家族に。
王国に。
世界に。
カティアは一切表情を変えず、黒板へ丸印を書いた。
「典型例です」
「褒めたのか?」
「悪い見本としてです」
教室で笑いが漏れる。
アルベルトが机を叩いた。
「貴様!」
「減点一」
「またか!?」
もはや様式美だった。
カティアは続ける。
「魔力が多くても、愚かな者はいる。魔力が少なくても、有能な者はいる」
「そんな例外論を――」
「例外?」
カティアの声が少し鋭くなる。
「農地改良魔術の理論を作った学者は微量魔力者です」
黒板へ名前を書く。
「北部大飢饉で十万人を救った行政官は低魔力者」
もう一つ名前を書く。
「歴代最強の戦術家の一人は、魔法すら使えませんでした」
教室が静かになっていく。
誰も知らなかったわけではない。
だが、こうして並べられると常識が揺らぐ。
「力とは、総量だけでは測れない」
レオンはその言葉を静かに聞いていた。
少し遅い。
十年遅い。
だが、こういう言葉を教師が口にする場所へ、自分は今いる。
それが妙に不思議だった。
「では次の質問」
カティアが教室を見渡す。
「魔力がゼロなら、本当に価値はないのか」
空気が張り詰める。
この問いは重い。
教室中の視線が揺れた。
誰もが“ゼロ”を知っている。
無能。
欠陥。
終わった人間。
そう教えられてきた。
アルベルトが鼻で笑う。
「当然だろう」
レオンの瞳が冷えた。
だがカティアが先に言った。
「では殿下」
「何だ」
「魔力ゼロの人間が、貴方に剣で勝ったら?」
教室がざわつく。
アルベルトの顔が引きつる。
「そんなことあるわけ――」
「仮定の話です」
「……勝てるはずがない」
「昨日負けたばかりの方が言うと説得力に欠けます」
爆発した。
教室中で笑いを堪える声が漏れる。
アルベルトが真っ赤になる。
「き、昨日のあれは油断だ!」
「油断も実力のうちです」
「貴様ぁぁ!!」
「減点一」
「ふざけるなぁぁ!!」
リリアーナは前の席で肩を震わせていた。
笑っている。
エリシアは扇子で口元を隠しながら、目だけで笑っていた。
レオンは少しだけ思う。
――この教師、弟に恨みでもあるのか。
カティアは黒板へ新たな文字を書く。
【思考】【努力】【経験】【人格】【意志】
「人の価値を決める要素です」
「人格……」
誰かが呟く。
「魔力はその一部にすぎません」
教室が静かになる。
多くの者が初めて聞く価値観だった。
王都では、家格と魔力が全てに近い。
それを正面から否定する教師など珍しい。
カティアの視線が後列へ向く。
「レイ・ノクト」
「何だ」
「貴方はどう思いますか」
全員の視線が集まる。
首席。
謎の平民。
王子を倒した男。
その答えを皆が聞きたがった。
レオンは数秒黙った。
「……人を測ろうとする時点で間違っている」
静寂。
カティアが目を細める。
「続けて」
「数値で測れば、数値しか見なくなる」
淡々とした声。
「肩書きで測れば、肩書きしか見なくなる」
エリシアの胸がざわついた。
その言葉が妙に刺さる。
「結果、人を見る目が腐る」
アルベルトが舌打ちする。
「綺麗事だ」
「違う」
レオンは初めて弟を見る。
「現実だ」
その一瞬、教室の空気が変わった。
ただの生徒ではない。
もっと重い何かを知る者の声だった。
カティアは静かに頷く。
「良い答えです」
そして小さく付け足した。
「少し重すぎますが」
レオンは返事をしなかった。
授業終了の鐘が鳴る。
ざわめきが戻る。
「今の授業、面白かったな」
「先生すごい……」
「殿下また減点されてた」
「レイ・ノクトって何者なんだ」
生徒たちが立ち上がる中、リリアーナが恐る恐る後ろを振り返る。
「レイさん」
「何だ」
「……さっきの言葉、すごく格好良かったです」
「そうか」
「はい」
「なら忘れろ」
「え?」
「目立つ」
リリアーナは少し笑った。
「もう十分目立ってます」
正論だった。
その時、教室扉が開く。
高級な香水の匂い。
複数の令嬢たちを従え、エリシアがこちらへ歩いてきた。
一直線に。
最後列窓際へ。
「レイ・ノクト様」
教室が静まり返る。
リリアーナの背筋が伸びる。
アルベルトが前列で振り向く。
エリシアは完璧な笑みを浮かべていた。
「昼食、ご一緒していただけませんこと?」
教室が爆発した。
学園生活四日目。
今度は、元婚約者が動き始める。




