第18話「席替え戦争、無能王子は窓際を死守する」
王立アルディア学園・一年A組。
カティア教師の口から放たれた一言は、教室内へ衝撃波のように広がっていた。
「席替えをします」
静寂は一秒。
次の瞬間、教室は爆発した。
「待ってください先生!」
「初日で席替えですか!?」
「今の席気に入ってます!」
「私はむしろ賛成ですわ!」
「殿下の近くがいい!」
「窓際狙いです!」
貴族も平民も関係なく騒然としている。
たった一つの机の位置で、ここまで本気になれるのかとレオンは呆れていた。
「……くだらん」
「わ、わたしは困ります……!」
隣でリリアーナが青ざめていた。
「何がだ」
「せ、せっかく隣なのに……!」
言った瞬間、顔が真っ赤になる。
「ち、違います! その、安心するので……!」
「意味は同じでは?」
「ち、違います!」
『隣がいいって言ったー!』
ルミアがきゃあきゃあ騒ぐ。
『進展』
『誤差だな』
『主、責任取れ』
「何のだ」
レオンは深く息を吐いた。
教壇ではカティアが黒板を軽く叩く。
コン、と乾いた音だけで教室が静まった。
「騒がしい」
一言で再び沈黙。
この教師、支配力が高い。
「理由を説明します」
カティアは淡々と続ける。
「今の席は適当に座らせただけです。正式な席順は成績、相性、観察対象、問題児管理を加味して決めます」
アルベルトが眉をひそめた。
「問題児とは誰のことだ」
「心当たりがあるのですね」
「……っ!」
「減点一」
「またか!?」
教室の何人かが吹き出した。
レオンも少しだけ思う。
――この教師、本当に遠慮がない。
カティアは名簿を手に取り、告げる。
「では順に呼びます」
皆が息を呑む。
「前列中央。アルベルト・フォン・アルディア」
当然の配置に取り巻きたちが安堵する。
「その右、エリシア・フォン・ローゼンベルク」
令嬢たちがざわつく。
「その左、ラルフ・グレーデン」
ラルフ本人が嬉しそうに立ち上がる。
完全に上位貴族固めだった。
「……露骨ですね」
リリアーナが小声で言う。
「違う」
「え?」
「管理しやすい場所へ集めただけだ」
レオンの視線は教壇に向いている。
教師から最も近い場所。
問題を起こせば即座に潰せる席だ。
カティアは思った以上に合理的だった。
中列が呼ばれ、平民と中級貴族が混ざる。
教室内の緊張が少しずつ変わっていく。
露骨な身分分けではなく、能力と相性で散らしているのが見えた。
そして、後列。
「リリアーナ・ヴァイス」
「は、はい!」
勢いよく立ち上がる。
「後列窓側、二列目」
「……え」
少し離れた場所だった。
今の最後列ではない。
だが悪い席でもない。
リリアーナはちらりとレオンを見る。
少しだけ寂しそうだった。
レオンは何も言わない。
「次。レイ・ノクト」
教室全員の視線が集まる。
誰もが気にしていた。
首席はどこへ置かれるのか。
エリシアの隣か。
前列か。
教師の目の前か。
アルベルトは露骨に嫌そうな顔をしている。
カティアは一拍置いて言った。
「最後列窓際」
ざわめきが走る。
「えっ!?」
「そのまま!?」
「首席なのに!?」
レオンは一瞬だけ教師を見る。
カティアは無表情だった。
「不満でも?」
「ない」
「なら座ってください」
レオンは再び最後列窓際へ座った。
日当たり良好。
逃走経路確保。
背後確認容易。
最高だった。
『勝ったな』
『勝利です!』
『窓際死守!』
『主、嬉しそう』
『違う』
少しだけ嬉しかった。
その時だった。
「先生」
エリシアが優雅に立ち上がる。
「一つ質問しても?」
「内容によります」
「なぜ首席を最後列へ?」
教室中が注目する。
もっともな疑問だった。
カティアは即答する。
「前列に置くと面倒事が増えるからです」
レオンは少し感心した。
正解だった。
エリシアは笑顔のまま続ける。
「具体的には?」
「主に貴方と殿下です」
教室が凍る。
アルベルトが机を叩いた。
「俺か!?」
「自覚があるのですね」
「貴様ァ!」
「減点一」
「ふざけるな!!」
今日だけで何点引かれているのか誰も知らない。
席移動が始まる。
机を持って動き回る生徒たち。
貴族同士で不満を言い合い。
平民が恐縮し。
令嬢たちが視線を飛ばす。
その中で、リリアーナは自分の机を一人で運ぼうとしていた。
細い腕で持ち上げるが、重い。
「……っ」
少しよろける。
その瞬間、机がふっと軽くなった。
「え?」
反対側をレオンが持っていた。
「運ぶぞ」
「れ、レイさん!?」
「遅い」
「で、でも……!」
「落とす方が面倒だ」
それだけ言って歩き出す。
リリアーナは慌ててついていく。
教室がざわついた。
「首席が机運んでる……」
「ヴァイスのために?」
「やさし……」
エリシアの笑顔が少し硬くなる。
アルベルトは机を蹴った。
「何なんだあいつは!!」
カティアが即座に言う。
「器物損壊未遂。減点一」
「もう嫌だこの教室!!」
リリアーナの席へ机を置く。
「……ありがとうございました」
「礼はいい」
「でも……嬉しいです」
小さな声だった。
レオンは返事をしない。
だが視線だけ少し逸らした。
その仕草にリリアーナは少し笑う。
やっぱりこの人は不器用だ。
全員の席移動が終わる。
カティアは教壇へ戻った。
「では授業を始めます」
誰も文句を言えない空気だった。
「最初の授業は魔力量測定の基礎理論」
レオンの眉がわずかに動く。
嫌な単語だった。
魔力量測定。
十歳の日、自分の人生を壊した言葉。
カティアは黒板へ文字を書く。
「この世界は魔力で人を測ります」
教室が静かになる。
「だが、それは正しいのか」
誰も答えない。
アルベルトすら黙った。
カティアの視線が教室を巡る。
「今日の授業はそこから始めます」
レオンは初めて、教師へ真っ直ぐ視線を向けた。
この女は。
少しだけ、面白いかもしれない。
学園生活三日目。
席は決まり、序列は揺れ始める。
そしてレオンにとって、初めて“学ぶ価値のある授業”が始まろうとしていた。




