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無能王子、東の塔で神霊を得る  作者: 伊佐波瑞樹


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第171話「王冠崩壊、無能王子は“名前の洪水”を受け止める」


 王冠が、崩れた。


 それは、音では表せない崩壊だった。


 金属が砕ける音ではない。


 石が割れる音でもない。


 無数の名前が、無理やり繋ぎ止められていた場所から一斉に解き放たれる音。


 誰かがいた証。


 誰かが呼ばれた声。


 誰かが残そうとした記録。


 誰かが流せなかった感情。


 それらが、黒い冠の内側から噴き出した。


 深部が、白くなった。


 いや、光の色は一つではない。


 白。


 青。


 薄い緑。


 橙。


 赤黒いもの。


 金に近いもの。


 水のようなもの。


 木片のようなもの。


 布のようなもの。


 紙片のようなもの。


 笛。


 鈴。


 鍵。


 花。


 旗。


 名簿。


 人形。


 それらの形を取りかけた名の残骸が、いっせいに溢れた。


 王冠の内側に押し込められていた名前たち。


 外殻が自分の形だと思い込んでいた他者の輝き。


 それが、支えを失ったことで洪水となった。


『名前』


『呼んで』


『ここ』


『いた』


『戻りたい』


『怖い』


『消えたくない』


『違う』


『混ぜないで』


『読んで』


『書いて』


『聞こえた』


『帰りたい』


 声が多すぎる。


 ひとつひとつは小さい。


 だが、数が多すぎる。


 波になる。


 圧になる。


 深部そのものを満たす。


 レオンは、その洪水の前に立っていた。


 黒蒼雷を広げる。


 右腕が悲鳴を上げる。


 指先はもう、ほとんど感覚がない。


 それでも雷を引けない。


 中心は分離した。


 王冠から引き離した。


 余白の中で、小さく震えている。


『……ある』


 その言葉を抱えたまま。


 まだ名前はない。


 まだ何者かも分からない。


 だが、もう外殻には縛られていない。


 だからこそ、今度はその中心と、溢れ出した名を同時に守らなければならない。


 外殻は残っている。


 王冠を失った、怒りだけの虚ろとして。


 そして王冠から溢れた名は、受け止めなければ再び混ざる。


 この瞬間に失敗すれば。


 ここまでのすべてが崩れる。


 リリアーナが、隣で息を呑んだ。


「……多い」


 声は掠れている。


 喉は限界だ。


 それでも彼女は、四枚の記録面を見た。


 一枚目。


 二枚目。


 三枚目。


 四枚目。


 その中央にある余白。


 外周を流れる第五領域。


 そして余白の中に保護された、中心の未定義反応。


 すべてを守りながら、名前の洪水を受け止める。


 無茶だ。


 あまりにも無茶だ。


 だが、やるしかない。


「レイさん」


「何だ」


「一人では、無理です」


「ああ」


「でも、みんななら」


「やる」


 レオンは即答した。


 リリアーナは、涙の跡が残る顔で頷いた。


「はい」


「やりましょう」


 ◇


 セラフィアが、金色の祈りを最大まで広げた。


 四枚の記録面が、深部に大きく展開される。


 紙のような光が、風に揺れる旗のように広がった。


 その中央の余白が、淡く光る。


 余白の中で、中心の空洞が小さく震えている。


『……ある』


 その反応を包むように、金色の輪が形成される。


 第五領域の水面は、記録面の外周を巡るように流れ始めた。


 感情の波を直接記録面へぶつけないために。


 怖い、助けて、帰りたいという感情を、まず第五領域へ流す。


 名前は記録面へ。


 感情は第五領域へ。


 返事にならないものは余白へ。


 その振り分けが、今の命綱だった。


 エリシアが術式盤を展開する。


「全員、聞いてください!」


 彼女の声も疲れている。


 しかし、指示は明瞭だった。


「名前として聞き取れるものは、記録面へ!」


「感情だけのものは第五領域へ!」


「中心に反応するものは余白へ近づけすぎないでください!」


「中心核がまだ弱いです!」


「名の洪水に直接触れれば、崩れます!」


 アルベルトが炎剣を握った。


「つまり、中心には流すなってことだな!」


「はい!」


「名前は紙へ、感情は水へ、中心は余白へ!」


「その理解で合っています!」


「分かりやすい!」


 グレイヴが前へ出る。


「俺とクラウスで洪水の前面を割る」


「レオンとリリアーナへ直撃させるな」


 クラウスが頷く。


「名の塊を壊さず分ける」


「荒く斬るな」


 アルベルトが短く笑う。


「俺に言ってる?」


「主に言っている」


「了解だよ!」


 エリシアの風が炎の周囲を整える。


「アルベルト様は、虚ろの黒だけを焼いてください」


「名の光へ触れたら終わりです」


「何回目だ、その注意」


「必要な限り何度でも」


「分かった!」


 ラウルが盾を掲げる。


「余白と第五領域の境界は俺が守る」


 ミリオが精神線を必死に広げる。


「全員に線を繋ぎます!」


「戻った名たちにも、記録面にも!」


「ただ、数が多すぎます!」


 リーネの光が四枚の記録面の前で震える。


『聞き取ります』


『でも、全部は無理です』


 リリアーナが、掠れた声で答える。


「全部じゃなくていいです」


「一つずつ」


「聞こえたものから」


 セラフィアが続ける。


「そう」


「洪水を一度に止めようとしない」


「流れを分けて」


「受け止められる量へ」


 レオンは、黒蒼雷を広げた。


「俺が流れの境界を作る」


「名を虚ろへ戻さない」


「感情を記録面へぶつけない」


「中心へ流れ込ませない」


 リリアーナが手を握る。


「わたしが呼びます」


「声が出る限り」


 レオンは彼女を見る。


「無理はするな」


「します」


 即答。


 それから、彼女は少しだけ微笑んだ。


「でも、無茶しすぎたら言います」


「……分かった」


「レイさんもです」


「ああ」


 その約束と同時に。


 名前の洪水が、レオンたちへ押し寄せた。


 ◇


 最初の波が来た。


 名の光が、塊になって迫る。


 それは美しくすらあった。


 無数の光が絡まり、星屑のように輝いている。


 だが、その内側では悲鳴が上がっている。


『混ぜないで』


『私じゃない』


『呼んで』


『誰』


『名前』


『怖い』


 グレイヴが大剣を振るう。


「割るぞ!!」


 大剣が光の塊の前面を押し開く。


 砕かない。


 斬り捨てない。


 川の流れを分けるように、二つに割る。


 クラウスが白銀の剣で、絡み合った名の筋をほどく。


「左へ三つ!」


「右へ五つ!」


「中央に感情波!」


 エリシアの風が、その指示に合わせて流れを作る。


「左群、第一記録面へ!」


「右群、第二・第三へ分散!」


「感情波、第五領域へ流します!」


 アルベルトの炎が、名の群れの外側に絡む黒い虚ろだけを焼く。


「黒だけ燃えろ!」


「光は残れ!」


 レオンの黒蒼雷が、流れの境界を刻む。


 左の名の群れが、第一記録面へ向かう。


 リーネが必死に聞き取る。


『……アル』


 リリアーナが呼ぶ。


「アルさん!」


 第一記録面へ刻まれる。


『……ミーシャ』


「ミーシャさん!」


『……ロト』


「ロトさん!」


 右側。


 リーネが同時に聞き取れない。


 そこで、戻った名たちが動いた。


 ユーナの光が、旗のように揺れる。


『こっち……名前、迷わない』


 カイルが呼ぶ。


『ジン』


 リリアーナがすぐ繰り返す。


「ジンさん!」


 リーネが書く。


 マリが淡い布の光で揺れる。


『リタ』


「リタさん!」


 サナが。


『ノノ』


「ノノさん!」


 呼ばれた名が記録面へ刻まれていく。


 戻った名たちが、今度は聞き取りを助けている。


 完全ではない。


 危うい。


 でも、確実に支えになっている。


 第五領域へは感情の波が流れ込む。


『怖い』


『助けて』


『帰りたい』


『寒い』


 リリアーナはそちらへも声を向ける。


「流れていいです!」


「押し潰されなくていいです!」


「ここは、泣いても壊れません!」


 第五領域の水面が大きく揺れながらも、感情を受け入れる。


 中心の余白が揺れる。


『……ある』


 レオンがすぐに言う。


「ある」


「そこにいろ」


 ラウルの盾が、余白へ向かう黒い残滓を受け止める。


「中心に触らせるな!」


 ミリオが精神線を繋ぎ直す。


「余白、安定!」


「でも負荷が高いです!」


 セラフィアが祈る。


「中心を包む!」


「まだ洪水へ直接晒しては駄目!」


 第一波は、かろうじて流れた。


 だが、息をつく暇はない。


 第二波が来る。


 ◇


 第二波は、もっと重かった。


 名だけではなく、記憶の破片が混ざっていた。


 小さな家。


 焼けた屋根。


 割れた皿。


 泥だらけの靴。


 開かない門。


 赤い空。


 それらが、名と一緒に押し寄せる。


 エリシアが叫ぶ。


「記憶片混在!」


「記録面に直接入れると、名前が滲みます!」


 セラフィアが答える。


「記憶片は第五領域へ一度流して!」


「名前だけをリーネへ!」


 クラウスが剣を走らせる。


「分離する!」


 白銀の剣が、記憶片と名の芯を切り分ける。


 だが、記憶は名と強く絡んでいる。


 乱暴に切れば、名の意味ごと壊れる。


 クラウスの額に汗が浮く。


「細かすぎる……!」


 グレイヴが大剣で波を押さえながら叫ぶ。


「無理に一人で分けるな!」


「レオン!」


「補助しろ!」


 レオンは黒蒼雷を伸ばす。


 名の芯を傷つけないように、境界だけを照らす。


 記憶片は第五領域へ。


 名前は記録面へ。


 感情は水面へ。


 中心へは流さない。


 同時に何本もの線を引く。


 脳が焼けるようだった。


「っ……!」


 リリアーナがすぐ呼ぶ。


「レイさん!」


「俺はここにいる!」


「聞こえすぎてます!」


「分かってる!」


「でも、境界が要る!」


 リリアーナは唇を噛む。


 止めたい。


 でも、止められない。


 なら、呼ぶ。


「レオンハルト・フォン・アルディア!」


「レイさん!」


「あなたは、ここにいます!」


「全部を背負わなくていい!」


「境界だけでいいです!」


 その声が、レオンの意識を戻す。


 全部を受け止めるな。


 境界だけ。


 線を引け。


 流れを分けろ。


 レオンは、黒蒼雷を絞った。


「名前は、紙へ」


「感情は、水へ」


「まだ言葉にならないものは、余白へ」


 その言葉が、仲間たちの動きにも伝わる。


 エリシアが風を調整する。


「第一記録面、容量限界!」


「第二へ回します!」


 リーネが必死に聞き取る。


『……シド』


「シドさん!」


『……ルミ』


「ルミさん!」


『……エイン』


「エインさん!」


 リリアーナの声がどんどん掠れる。


 そこで、ミオたちがまた補助に入る。


『ハナ』


「ハナさん!」


『トト』


「トトさん!」


『レムナ』


「レムナさん!」


 名前が刻まれる。


 記憶片は第五領域へ流れる。


 焼けた屋根。


 割れた皿。


 泥だらけの靴。


 それらが水面に映り、すぐに沈まず流れていく。


 リリアーナは涙を浮かべながら言う。


「大丈夫です」


「流れていいです」


「ここに、消えずに流れます」


 第五領域が、悲しみを抱えながら揺れる。


 中心の余白が震える。


『……かなしい』


 レオンが息を呑む。


 中心から、新しい感情が流れた。


 悲しい。


 外殻が遠くで叫ぶ。


『違う!!』


 だが、もう遅い。


 第五領域に流れた。


 リリアーナが即座に応える。


「悲しいんですね」


「はい」


「悲しいも、ここにあります」


 中心が震える。


『……ある』


 その小さな反応が、余白を安定させる。


 悲しいを、何もないに戻さない。


 第二波も、かろうじて受け止めた。


 だが、全員の消耗はさらに大きい。


 ◇


 第三波の前に、外殻が動いた。


 王冠を失った外殻。


 名を奪われ続ける怒りだけが残った黒い影。


 それが、洪水の向こうから姿を現した。


 以前のような王冠はない。


 玉座もない。


 ただ、黒い外殻。


 輪郭の崩れた、巨大な影。


 だが、その圧はまだ強い。


『返せ』


 低い声が響く。


『名を返せ』


『王冠を返せ』


『形を返せ』


 レオンは、息を整えながら外殻を睨んだ。


「返すのは、お前じゃない」


 外殻が揺れる。


『我の名だ』


「違う」


『我の形だ』


「違う」


『我が喰らった』


「だから返す」


 外殻が怒りで膨れ上がる。


『ならば』


『すべて壊す』


 黒い外殻が、名前の洪水へ手を突っ込んだ。


 そして、まだ記録面へ届いていない名の群れを握り潰そうとする。


 セラフィアが叫ぶ。


「止めて!」


「外殻が名の洪水を破壊しようとしている!」


 アルベルトが炎剣を構える。


「させるかよ!!」


 紅炎が外殻の手へ走る。


 だが、外殻は名の光を盾にする。


 炎が強すぎれば、名を焼く。


 アルベルトは歯を食いしばって炎を絞る。


「くっそ……!」


 エリシアが風を重ねる。


「炎の通路を作ります!」


「名の光を避けて!」


「やってる!」


 クラウスが走る。


「外殻の指を切り分ける!」


 グレイヴが続く。


「名を握らせるな!」


 ラウルが盾で余白を守りながら叫ぶ。


「こっちは動けない!」


「そっちで止めてくれ!」


 ミリオの精神線が悲鳴を上げる。


「外殻の干渉で線が乱れます!」


 レオンは黒蒼雷を外殻の手へ伸ばす。


 名の光を傷つけず、外殻だけを弾く。


 難しい。


 だが、やる。


「離せ」


 黒蒼雷が外殻の指へ食い込む。


 外殻が呻く。


『返せ』


「離せ」


『返せ』


「それはお前のものじゃない!!」


 雷が弾ける。


 外殻の指が一瞬緩む。


 その隙に、グレイヴが大剣で手を押し上げ、クラウスが絡まっていた名の群れを解く。


 アルベルトの炎が外殻の黒だけを焼き、エリシアの風が名の群れを記録面へ流す。


 リーネが叫ぶ。


『来ます!』


 リリアーナが喉を震わせる。


「呼びます……!」


 名が流れ込む。


『……ナギ』


「ナギさん!」


『……オルハ』


「オルハさん!」


『……セナ』


「セナさん!」


『……リィ』


「リィさん!」


『……バルト』


「バルトさん!」


 呼ぶたびに、リリアーナの声が削れる。


 それでも、彼女は止まらない。


 戻った名たちも補助する。


 リーネが書き、セリアが聞こえた声を補足し、ユーナが迷わないように旗のような光で流れを分ける。


 ミオたちが呼ぶ。


 ガレスが逃げる名を押し留めるように声をかける。


 ゼクトが鎖ではなく笛の光で、散りそうな名前を集める。


 ルカが第五領域のそばで、泣きたい感情を押し潰さないよう見守る。


 ミルは、扉の内側から届いた光のように、小さく「聞こえる」と震える。


 ダリオは、その声から目を逸らさないように、少し離れている。


 誰も完璧ではない。


 許し合ったわけではない者もいる。


 並べない者もいる。


 それでも、同じ方向を向いている。


 名を虚ろへ戻さないために。


 外殻へ喰わせないために。


 ◇


 第三波が収まった時、四枚の記録面は文字で埋まりつつあった。


 まだ余白はある。


 だが、限界が近い。


 エリシアが術式盤を見る。


「記録面容量、危険域です!」


「これ以上の流入には、再配置が必要!」


 リーネの光が震える。


『整理します』


『同じ系統の名を近づけます』


『でも、混ぜません』


 セラフィアが頷く。


「お願い」


「混ぜず、並べる」


「あなたの得意なことよ」


 リーネの光が、わずかに強まる。


『はい』


 記録面の文字が、少しずつ動く。


 同じ痛みを持つ名。


 同じ場所から来た名。


 同じ記憶片を持つ名。


 それらが近くに配置される。


 だが、重ならない。


 混ざらない。


 一人一人として並ぶ。


 リーネの記録係としての力が、ここで大きく働いていた。


 セリアがその横で、聞こえた声を補助する。


『これは……救助要請の系統』


『これは、帰還希望』


『これは、記録消失』


 ユーナが旗の光で区分を示す。


『迷わないように』


 カイルが剣のような光で、前へ出すぎた名を押し戻す。


『並べ』


 サナが薬草の光で、痛みの強い感情を第五領域へ誘導する。


『ここに流して』


 エルドが鐘の光を鳴らす。


『来たよ』


『こっち』


 ノアの木の騎士が、小さな名の光の前へ立つ。


『守る』


 マリが布の光で、切れそうな名前の縁を繕う。


『ほどけないように』


 戻った名たちが、役割を持ち始めている。


 それを見た中心の余白が、大きく震えた。


『……すごい』


 小さな反応。


 レオンは息を呑む。


「今……」


 リリアーナが目を見開く。


「すごい、って……?」


 第五領域ではなく、余白に近い場所での反応だった。


 感情ではある。


 だが、外への評価に近い。


 中心が、周囲を見て、そう感じた。


 それはまた、新しい一歩だった。


 リリアーナが、涙を浮かべながら笑う。


「はい」


「すごいんです」


「みんな、すごいんです」


『……すごい』


 中心が、もう一度震える。


 外殻が、怒りで身をよじる。


『見るな!!』


『感心するな!!』


『声を持つな!!』


 だが、中心はもう完全には隠れない。


 余白が、小さく光る。


 レオンは、中心へ言った。


「お前も見ている」


「それも、ある」


 中心が震える。


『……ある』


 その反応が、余白をさらに安定させる。


 ◇


 だが、安堵は長く続かない。


 王冠崩壊の最後の大波が、深部の奥で膨れ上がっていた。


 今までの比ではない。


 外殻が名を握り潰そうとしたことで、流れが乱れた。


 その乱れが、奥に残っていた名を一気に押し出そうとしている。


 エリシアが顔を青ざめさせる。


「大波、来ます!」


「記録面四枚では足りません!」


 アルベルトが叫ぶ。


「また増やすのか!?」


 セラフィアが首を横に振る。


「今から新しい面を作る時間はない」


 グレイヴが大剣を構える。


「なら、どうする」


 セラフィアは、余白と第五領域を見る。


「記録面だけで受け止めない」


「戻った名たちにも、一時的に保持してもらう」


 リリアーナが息を呑む。


「それって……危なくないですか」


「危険よ」


 セラフィアは正直に言った。


「戻ったばかりの名に負荷がかかる」


「でも、彼らはもうただ守られるだけではない」


「呼ぶ側に回り始めている」


 リーネが震えながら言う。


『一時保持なら……』


『私が配置を指示します』


 セリアが頷くように揺れる。


『聞こえた声を、分けます』


 ガレスが低く言う。


『逃がさない』


 ルカが震える。


『泣きたいものは、水へ』


 ミルが。


『聞こえる……名前は、紙へ』


 ユーナが。


『迷わない旗、立てる』


 カイルが。


『前に出すぎたら、戻す』


 ノアが。


『守る』


 エルドが。


『鐘……鳴らす』


 マリが。


『ほどけたら、繕う』


 サナが。


『痛いもの、流す』


 ミオが。


『いるって、呼ぶ』


 リセが。


『名前、花みたいに……』


 それぞれが、不完全ながら役割を言う。


 レオンは、その光景を見て胸が熱くなる。


 戻した名たちが、自分の痛みを抱えたまま、次を助けようとしている。


 それは、救済ではなく連鎖だった。


 虚ろの王の外殻が、最も理解できないもの。


 呼ばれた者が、次を呼ぶ。


 守られた者が、次を支える。


 名前が、王冠ではなく輪になる。


 レオンは、黒蒼雷を構えた。


「やるぞ」


 リリアーナも喉を押さえながら頷く。


「はい」


「全員で」


 外殻が低く唸る。


『無駄だ』


『大波で、すべて混ざる』


『記録も』


『余白も』


『感情も』


『名も』


『すべて、また虚ろへ戻る』


 レオンは、外殻を見た。


「戻さない」


 リリアーナが続ける。


「混ぜません」


 セラフィアが祈る。


「祝福を保つ」


 エリシアが術式盤を構える。


「流れを分けます」


 アルベルトが炎を灯す。


「黒だけ焼く」


 クラウスが剣を構える。


「絡みをほどく」


 グレイヴが大剣を構える。


「受ける」


 ラウルが盾を構える。


「背後は閉ざさない」


 ミリオが精神線を広げる。


「繋ぎます」


 リーネが光る。


『記録します』


 戻った名たちが、揺れる。


『呼ぶ』


『守る』


『流す』


『残す』


 余白の中心が、小さく震えた。


『……すごい』


 リリアーナが笑う。


「はい」


「みんなで、受け止めます」


 その瞬間。


 王冠崩壊の最後の大波が、深部を埋め尽くすように押し寄せた。


 光と声と感情と記憶が、津波のように迫る。


 レオンは、黒蒼雷を最大まで広げた。


「来い!!」


 声が深部に響く。


「名前は、虚ろへ戻さない!!」


 大波が、彼らへ激突した。


 戦いは、王冠崩壊の最終局面へ入った。

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