第168話「届かなかった助け、無能王子は“呼んでも来なかった夜”をほどく」
中心の空洞は、まだ震えていた。
第五領域の水面に、細い波が残っている。
怖い。
嫌だ。
助けて。
泣いて。
そのどれもが、まだ完全な言葉ではない。
かすれていて、途切れていて、息の形にすらなりきれていない。
それでも、それはもう無ではなかった。
虚ろの王の中心。
王冠と外殻に押し潰され、王という言葉に閉じ込められていた空白が、少しずつ感情を外へ流し始めている。
レオンは、それを見ていた。
黒蒼雷を右手に灯したまま。
痛む腕を下ろさずに。
足元が曖昧な深部の闇の中で、何度も呼吸を整えながら。
二本の拘束鎖を外した。
ゼクト。
閉じ込めた側の名。
助けてという声を聞きながら、扉を開けなかった看守。
ルカ。
泣くことを笑われ、感情を押し殺す鎖になっていた名。
どちらも簡単ではなかった。
どちらも、ただの被害者ではなかった。
痛みと罪と後悔が絡まっていた。
それでも、名前を呼んだ。
鎖ではなく、人として戻した。
そのたびに、中心を縛る外殻の力は少しずつ弱まっている。
エリシアの術式盤が示した。
主要拘束は、あと三本。
その三本をほどけば、中心と外殻を分離できる可能性がある。
だが。
残る鎖は、間違いなく深い。
外殻が最後まで手放さなかった鎖だ。
中心を王冠へ縛りつけ、怖いも、嫌だも、助けても、泣きたいも押し戻してきた鎖。
その奥には、おそらくもっと重い記憶がある。
リリアーナが、レオンの隣で喉を押さえていた。
声はもうかなり掠れている。
それでも、彼女はレオンの手を離さない。
「レイさん」
「何だ」
「次の鎖、怖いです」
「ああ」
「でも、さっきより少しだけ……」
彼女は第五領域を見た。
「中心が、こちらを見ている気がします」
レオンも頷く。
「俺もそう思う」
中心は、まだ名前を持たない。
言葉も不完全。
感情も断片。
だが、完全に背を向けてはいない。
こちらの呼びかけに震える。
第五領域に感情を流す。
それだけで十分とは言えない。
でも、最初の変化としては大きすぎるほどだった。
リリアーナは、少しだけ唇を噛む。
「助けてって、言いましたよね」
「ああ」
「わたし、あれを聞いたら……」
一拍。
「もう、ただ敵だからって切れません」
レオンは黙って彼女を見る。
リリアーナはすぐに続けた。
「もちろん、したことが消えるわけじゃないのは分かっています」
「喰われた名前も」
「苦しめられた子供たちも」
「全部なかったことにはできません」
「でも」
「助けてって言った声を聞いたら」
「そこから目を逸らしたくないです」
レオンは、静かに頷く。
「俺もだ」
「はい」
「でも、危なくなったら下がれ」
「嫌です」
即答だった。
レオンは少しだけ目を細める。
リリアーナは、真剣な顔で言った。
「一人で行かない約束です」
「下がる時は一緒です」
「進む時も一緒です」
レオンは、ほんの短く息を吐いた。
笑いかけたのかもしれない。
この深部で、こんな会話をしていることが不思議だった。
だが、その不思議さが、彼を繋ぎ止める。
「分かった」
「一緒だ」
「はい」
◇
セラフィアが、金色の祈りを整えた。
四枚の記録面。
中央の余白。
外周を流れる第五領域。
それらはすべて、細い光で繋がれている。
戻った名たちも、その近くで淡く揺れている。
ミオ、リセ、ノア、サナ、エルド、マリ、ガレス、カイル、ユーナ、リーネ、ゼクト、ルカ。
そして仮固定された数多くの名前。
セオ、ラナ、フィム、リオ、カナ、ベル、ノル、イサ、アノ、レム、シア、ゴウ、ネネ、ルド、ファナ、キリ、オズ、メイ、サク。
他にも、記録面の端にはまだ読み上げきれていない小さな文字が震えている。
守るものは増え続けている。
重さも増え続けている。
だが、光も増えている。
深部の闇は、もう真っ黒ではなかった。
そのことが、虚ろの王の外殻を苛立たせている。
『消えろ』
『並ぶな』
『流れるな』
『呼び合うな』
『王冠へ戻れ』
外殻の声はまだ大きい。
だが、以前より揺れている。
中心の反応を否定するたび、その声に亀裂が入る。
セラフィアがレオンへ言う。
「次の主要鎖を探るわ」
「ただし、気をつけて」
「一本外すごとに、外殻の抵抗は激しくなる」
「中心が感情を流すほど、外殻はそれを押し戻そうとする」
レオンは頷いた。
「分かってる」
エリシアが術式盤を見つめる。
「三本のうち、最も表層に出ているのは左側の拘束鎖です」
「反応は……」
彼女の指が止まる。
表情が少し険しくなった。
「救助要求反応と拒絶反応が混在しています」
アルベルトが眉を寄せる。
「どういうことだ?」
エリシアは、少し言葉を選んだ。
「助けを求めた」
「でも、届かなかった」
「あるいは、助けを求めたこと自体を後悔している」
深部の空気が重くなる。
リリアーナの手が強くなる。
レオンも息を止めかけた。
助けて。
中心が、さっきようやく流した感情。
その感情を縛っている鎖が、助けを求めた記憶に関係している。
それは、あまりにも重い。
グレイヴが低く言う。
「だから、助けてと言うこと自体を押し潰していたのか」
クラウスが剣を握り直す。
「求めても来なかったなら、二度と求めたくなくなる」
ラウルが盾を握る。
「……きついな」
ミリオが精神線を震わせながら頷く。
「でも、それを外さないと」
セラフィアが静かに言った。
「中心は、助けてを言えないままになる」
リリアーナは、第五領域を見た。
水面に、まだかすかな『たすけ』の波が残っている。
「外しましょう」
彼女は言った。
声は掠れている。
でも、はっきりしていた。
「助けてって言えたのに」
「それを、また押し潰されたら」
「きっと、もっと深く沈んでしまいます」
レオンは、彼女の手を握り返す。
「行く」
◇
三本目の主要拘束鎖は、中心の左側に巻きついていた。
黒い。
しかし、ただ黒いだけではない。
ところどころに、青白い光が埋もれている。
まるで、夜に灯された小さな窓の明かりのようだった。
その光は、すぐに黒い鎖に飲まれ、消えかける。
レオンは、黒蒼雷を伸ばした。
触れる。
瞬間。
冷たい夜の感覚が流れ込んできた。
石の床。
薄い毛布。
小さな窓。
外は雨。
誰かが扉の向こうにいる。
いや。
来てほしくて、扉を見ている。
小さな手が、扉を叩く。
『助けて』
声。
幼い声。
『ここにいる』
『開けて』
『寒い』
『怖い』
レオンの胸が締めつけられる。
東の塔の記憶が重なる。
扉。
誰も来ない部屋。
声に出せなかった助け。
この鎖の中には、助けを求めた側の記憶がある。
しかし、それだけではない。
扉の向こうには、足音がある。
誰かが、確かに来た。
でも。
開かなかった。
足音は止まり、そして遠ざかる。
『待って』
『行かないで』
『開けて』
『助けて』
声は、扉の内側で消えていく。
レオンの呼吸が重くなる。
リリアーナがすぐに呼ぶ。
「レイさん!」
「……聞こえる」
「何が」
「扉」
「子供」
「助けてって」
リリアーナの瞳が揺れる。
「届かなかったんですね」
「ああ」
鎖が、ぎり、と締まる。
『求めるな』
『どうせ来ない』
『声を出すな』
『期待するな』
『助けてなど言うな』
レオンは、黒蒼雷を強く握る。
助けてと言えなかった自分。
助けてと言っても来なかった誰か。
その両方が、この鎖の中で重なる。
鎖の奥から、声が漏れた。
『言った』
『何度も言った』
『扉を叩いた』
『喉が痛くなるまで』
『でも』
『開かなかった』
リリアーナが、涙を浮かべる。
「……聞こえています」
『嘘』
「嘘じゃありません」
『どうせ、また来ない』
「来ました」
リリアーナは、震えながら言った。
「今、わたしたちは来ました」
鎖が激しく震える。
『遅い』
その言葉は、鋭かった。
『遅い』
『もう遅い』
『声は枯れた』
『寒かった』
『怖かった』
『誰も来なかった』
『今さら来ても』
『遅い』
リリアーナの顔が苦しげに歪む。
レオンも、何も言えなくなりかけた。
遅い。
それは、あまりにも正しい痛みだった。
助けが遅すぎることはある。
来たとしても、間に合わなかったことはある。
名前を返しても、過去が戻るわけではない。
扉が開かなかった夜が、なかったことになるわけではない。
グレイヴが遠くで、大剣を握る手に力を込めた。
クラウスも黙っていた。
誰も軽く否定できなかった。
沈黙が落ちる。
深部の闇が、その沈黙を広げようとする。
だが、レオンは逃げなかった。
「遅い」
彼は言った。
鎖が震える。
「ああ」
「遅い」
「助けは間に合わなかった」
「寒かったことも」
「怖かったことも」
「扉が開かなかったことも」
「消えない」
リリアーナがレオンを見る。
レオンは、鎖を見つめたまま続ける。
「でも」
「それで、助けてと言った声まで無意味にはならない」
鎖が強く締まる。
『無意味だ』
「違う」
『来なかった』
「それでも、言った」
『届かなかった』
「今、聞こえている」
『遅い!!』
「遅い」
レオンは、もう一度認めた。
「それでも、聞く」
一拍。
「遅くても、聞かなかったことにはしない」
リリアーナが、涙を拭かずに続ける。
「ごめんなさい」
その言葉に、鎖が止まった。
リリアーナは、震えながら言う。
「遅くて、ごめんなさい」
「その時、扉を開けられなくて、ごめんなさい」
「でも」
一拍。
「今、あなたの声を聞いています」
「遅くても」
「もう一度、助けてって言っていいです」
鎖の奥が、震えた。
そこには、子供の声だけではない。
別の声が混ざっている。
大人の声。
かつて扉の前を通り過ぎた誰か。
助けてを聞きながら、開けなかった誰か。
ゼクトとは違う。
もっと近い。
その子の家族か。
世話役か。
あるいは。
助けるはずだった人。
エリシアが術式盤を見て叫ぶ。
「この鎖、二重構造です!」
「助けを求めた側と、応えなかった側の記憶が絡んでいます!」
クラウスが歯を食いしばる。
「だから重いのか」
セラフィアが険しい顔で頷く。
「助けてを封じるには、求めた絶望と応えなかった罪の両方が使われている」
アルベルトが低く吐き捨てる。
「悪趣味すぎるだろ……」
レオンは、鎖の奥へさらに黒蒼雷を伸ばした。
そこに、もうひとつの記憶がある。
扉の外。
雨に濡れた廊下。
扉の内側から聞こえる声。
『助けて』
その声を聞いた大人が、拳を握っている。
開けたい。
でも、開けられない。
命令。
危険。
開ければ他が危ない。
その理屈が、大人を縛っている。
そして、彼は扉から離れた。
声を背中に受けながら。
『助けて』
その言葉を、聞かなかったことにして。
レオンは歯を食いしばる。
「……二人いる」
リリアーナが息を呑む。
「二人?」
「助けを求めた子供」
「それと、聞いて開けなかった人」
セラフィアが言う。
「どちらか一方だけを戻しても、鎖は解けない」
「両方の名を探す必要があるわ」
リリアーナは、喉を押さえる。
「二人……呼ぶんですね」
「ああ」
「呼びます」
◇
まず、扉の内側。
助けを求めた子供の記憶へ、レオンは黒蒼雷を添えた。
「聞こえるか」
『……』
「今、聞いてる」
『遅い』
「ああ」
『寒かった』
「ああ」
『怖かった』
「ああ」
『泣いた』
「ああ」
『誰も来なかった』
「……ああ」
否定しない。
慰めすぎない。
過去を軽くしない。
ただ、聞く。
リリアーナも、震えながら言う。
「寒かったんですね」
『うん』
「怖かったんですね」
『うん』
「助けてって言ったんですね」
『……うん』
「あなたの声、今ここに届いています」
鎖の内側で、青白い光が少し揺れる。
『今さら』
「はい」
「今さらです」
リリアーナは、涙を流しながら言う。
「でも、今さらでも、聞かせてください」
長い沈黙。
その沈黙のあと、子供の声が少しだけ柔らかくなる。
『……名前』
レオンが集中する。
「思い出せるか」
『扉に……書いてた』
「扉に?」
『内側に』
『爪で』
『忘れないように』
胸が痛む。
扉の内側に、爪で名前を刻んだ子供。
誰にも聞いてもらえなかったから。
自分がここにいると残すために。
リーネの光が震える。
『書いた……』
リリアーナが優しく聞く。
「その名前、何ですか」
『……ミ』
レオンが息を止める。
『ミル』
リリアーナが呼ぶ。
「ミルちゃん」
鎖が震えた。
『ミル……』
『わたし、ミル……』
セラフィアが金色の祈りを向ける。
「ミル」
「あなたの名を祝うわ」
「遅れても、今ここで聞いている」
レオンが呼ぶ。
「ミル」
リリアーナがもう一度呼ぶ。
「ミルちゃん」
青白い光が、鎖の内側に浮かぶ。
だが、鎖はまだ解けない。
扉の外側の記憶が残っている。
今度は、開けなかった者。
その声へ、レオンは黒蒼雷を伸ばす。
重い。
罪の重さ。
後悔の重さ。
ゼクトやガレスとも違う。
これは、聞こえていたのに背を向けた罪。
男の声が漏れる。
『呼ぶな』
「名前を聞かせろ」
『呼ぶな』
「ミルの声を聞いていたな」
『黙れ』
「開けなかった」
『黙れ』
「それを覚えている」
『黙れ!!』
黒い鎖が暴れる。
グレイヴが大剣で押さえる。
「逃がすな!」
クラウスが剣を添える。
「鎖を固定する!」
リリアーナが震えながら言う。
「あなたも、苦しかったんですね」
『苦しいなど言う資格はない』
「それでも、苦しかったんですね」
『黙れ』
「開けたかったんですか」
沈黙。
男の声が、低く震える。
『……開けたかった』
その一言で、鎖が大きく揺れた。
『でも』
『開けられなかった』
『命令だった』
『危険だと』
『外へ出すなと』
『俺は』
『扉の前にいたのに』
『背を向けた』
レオンは、ゆっくり問う。
「名前は」
『捨てた』
「捨てても残ってる」
『要らない』
「要る」
『罪人に名など』
「罪人だから名が要る」
ガレスの光が、強く震えた。
『……逃げるな』
男の声が止まる。
ガレスが続ける。
『俺も……逃げたかった』
『でも、名に戻った』
『逃げるな』
ゼクトの光も震える。
『聞いて……開けなかった』
『俺もだ』
『鎖でいるな』
二つの罪を持つ名が、男へ声をかける。
それは重い。
綺麗な救いではない。
だが、だからこそ届く。
男の声が、震えた。
『……俺は』
記憶が浮かぶ。
扉の鍵。
腰に下げた小さな銀の鍵。
その鍵には、名前の刻印があった。
任務に就いた日に渡されたもの。
誇りだった。
守るための鍵だと思っていた。
だが、最後には閉じ込める鍵になった。
男の声が漏れる。
『……ダ』
リリアーナが耳を澄ます。
『ダリオ』
レオンが呼ぶ。
「ダリオ」
リリアーナも。
「ダリオさん」
セラフィアが祈る。
「ダリオ」
「あなたの名を祝ぐわ」
「そして、あなたが聞いた声から逃げないように」
グレイヴも低く呼ぶ。
「ダリオ」
クラウスが。
「ダリオ」
ガレスが。
『ダリオ』
ゼクトが。
『ダリオ』
鎖が、悲鳴のように震えた。
内側のミルの光。
外側のダリオの光。
二つが、同じ鎖の中で並ぶ。
ミルの声が、小さく言った。
『遅い』
ダリオの光が震える。
『……ああ』
『遅い』
『すまない』
『開けなかった』
ミルは、すぐには何も言わない。
許しではない。
和解でもない。
ただ、同じ鎖から二つの名が分かれた。
それだけで十分だった。
鎖がほどける。
中心を縛っていた三本目の拘束が外れた。
第五領域に、大きな波が流れる。
『……たすけ』
『……きこえた』
リリアーナが息を呑む。
「聞こえた……?」
中心の空洞が震える。
今までよりも、明らかに強く。
『……きこえた』
レオンは、空洞を見る。
「そうだ」
「聞こえた」
「助けては、聞こえた」
「遅くても」
「今、聞こえた」
第五領域の水面が、静かに波打つ。
外殻が、弱々しくも激しく叫ぶ。
『違う!!』
『届かぬ!!』
『助けは来ぬ!!』
『呼ぶだけ無駄!!』
リリアーナが、掠れた声で言う。
「無駄じゃありません」
「ミルちゃんの声は、今届きました」
「ダリオさんも、聞かなかったことにはできませんでした」
「あなたも」
一拍。
「助けてって、聞こえました」
中心の空洞が震える。
余白が光る。
第五領域に、また感情が流れる。
『……たすけ』
『……きこえた』
それは、ほんの少しだけ、返事に近づいていた。
◇
エリシアが術式盤を見て叫んだ。
「主要拘束、三本目解除!」
「中心と外殻の結合率、さらに低下!」
「残る主要拘束は二本!」
アルベルトが肩で息をしながら笑う。
「あと二本か……」
「長ぇけど、減ったな」
グレイヴが大剣を構え直す。
「油断するな」
「外殻が黙っているはずがない」
その言葉通り、王冠が激しく歪んだ。
三本目の拘束が外れたことで、中心と外殻の間に大きな隙間が生まれている。
虚ろの王の外殻は、それを埋めようと、残る鎖を太くし始めた。
王冠の中層がさらに崩れ、四枚の記録面へ新たな名が流れ込もうとする。
リーネが叫ぶ。
『また来ます!』
セラフィアが祈りを広げる。
「受け止める準備を!」
レオンは、ミルとダリオの光を見る。
二つは離れている。
まだ近づけない。
それでいい。
無理に許しを作らない。
無理に同じ場所へ並べない。
ただ、どちらも鎖ではなく名に戻った。
それだけで、中心は少し自由になった。
リリアーナが、中心へ声をかける。
「あなた」
「聞こえていますね」
空洞が震える。
「助けてって声は」
「届かないこともあります」
「遅すぎることもあります」
「それでも」
「聞こえたなら、なかったことにはしません」
第五領域が静かに波打つ。
『……きこえた』
その声は、まだ中心のものか、ミルの残響か、分からない。
でも、確かに深部に残った。
レオンは黒蒼雷を握る。
残る鎖は二本。
外殻は追い詰められている。
だからこそ、次はさらに深い。
それでも、もう退けない。
助けては聞こえた。
聞こえた以上、進むしかない。
「次だ」
レオンが言う。
リリアーナが頷く。
「はい」
仲間たちも、疲れきった身体で構え直す。
深部の闇はさらに重くなる。
しかし、中心の空洞はもう完全な沈黙ではない。
怖い。
嫌だ。
助けて。
泣きたい。
聞こえた。
少しずつ。
ほんの少しずつ。
空白は、声に近づいていた。




