↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能王子、東の塔で神霊を得る  作者: 伊佐波瑞樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
161/251

第161話「記録を守る戦い、無能王子は“書かれた名”を消させない」


 深部の闇に、文字が浮かんでいた。


 金色の祈りで作られた、薄い紙のような記録面。


 その上に、青黒い光で名前が刻まれている。


 ミナ。


 トル。


 エマ。


 ロウ。


 そして、まだ読まれきっていない小さな文字の欠片たち。


 それらは、完全に戻った名ではない。


 ミオやリセ、ノア、サナ、エルド、マリ、ガレス、カイル、ユーナ、リーネのように、光として立てるほど強くはない。


 けれど、虚ろの王の王冠からは、確かに少しだけ引き離された。


 消された名前が、もう一度読まれた。


 それだけで、深部の闇は変わった。


 黒一色だった場所に、文字の光が増えていく。


 小さく。


 頼りなく。


 いつ消えてもおかしくないほど不安定に。


 それでも、そこにある。


 レオンは、その記録面を見ていた。


 胸が重い。


 右腕が痛い。


 黒蒼雷を細く保ち続けるだけで、息が削られる。


 それでも、視線は逸らせなかった。


 リーネが、一つずつ名前を書き戻している。


 セラフィアが、祈りの紙を支えている。


 リリアーナが、読まれた名を呼んでいる。


 仲間たちが、その一つ一つを守っている。


 これは戦闘だった。


 剣と炎と風と盾が飛び交う、紛れもない戦場だった。


 だが同時に。


 静かな記録の場でもあった。


 誰かがいたことを、もう一度書く場所。


 誰かの名前を、消されたままにしない場所。


 その奇妙な両立が、この深部の戦いをさらに重くしていた。


『やめろ』


 虚ろの王の欠片が呻く。


『書くな』


『読むな』


『残すな』


『名を並べるな』


『王冠を欠くな』


 王冠は、さらにひび割れている。


 カイル。


 ユーナ。


 リーネ。


 三つの名が抜け、さらにリーネが記録していた名前が仮固定され始めたことで、虚ろの王の外殻は目に見えて歪んでいた。


 王冠の形が崩れる。


 飾りの一部が欠ける。


 黒い残骸が軋み、互いに噛み合わなくなる。


 虚ろの王は、それを必死に押さえ込んでいる。


 自分の名だと思い込んだ王冠を。


 自分の形だと思い込んだ外殻を。


 失うまいとしている。


 だが、失っているのは本来、彼のものではない。


 奪った名前だ。


 レオンは、黒蒼雷を王冠へ向けたまま言った。


「リーネ」


 青黒い光が震えた。


『……はい』


「無理はするな」


『でも……書かないと』


「一つずつだ」


 リーネの光が、少しだけ揺れる。


『一つずつ……』


「ああ」


「聞き間違えないように」


「消えないように」


「お前がしていたように」


 リーネの光が、静かに強まった。


『……はい』


 彼女は、次の名前を書き始めた。


 ゆっくり。


 本当にゆっくり。


 祈りの紙に、光の文字が浮かぶ。


『……ハル』


 リリアーナがすぐに呼ぶ。


「ハルさん」


 その名が読まれた瞬間、遠くで小さな光が震えた。


 完全には戻らない。


 まだ遠い。


 でも、反応はあった。


 リーネが続ける。


『……ニカ』


「ニカさん」


『……ソル』


「ソルさん」


 一つずつ。


 一人ずつ。


 深部に名前が戻っていく。


 虚ろの王の欠片が激しく震える。


『やめろ』


『その名は我の王冠』


『我の形』


『我の証』


 セラフィアが、金色の祈りを維持しながら静かに返した。


「違う」


「これは、あなたの形ではない」


「その人たちがいた証」


「あなたが隠れるための飾りではないわ」


 虚ろの王の欠片が、怒りで膨れ上がる。


『黙れ』


『祈り』


『祝福』


『記録』


『すべて不要』


『消えれば痛まぬ』


『書かなければ失わぬ』


『読まなければ泣かぬ』


 リリアーナが、涙を浮かべながら言った。


「でも、読まれなかったら」


 一拍。


「誰も、帰れません」


 その言葉に、祈りの紙がかすかに揺れた。


 レオンはリリアーナを見る。


 彼女は怖がっている。


 深部の圧に震えている。


 それでも、呼び続けている。


 読むことは、責任だ。


 呼ぶことは、重い。


 呼んだ名を守らなければならないから。


 それでも彼女は、やめない。


 レオンは短く言った。


「続けよう」


 リリアーナは頷いた。


「はい」


 ◇


 当然、虚ろの王の欠片は黙っていなかった。


 王冠の内側から、黒い手が伸びた。


 今までの糸や刃とは違う。


 細い。


 長い。


 指の形をしている。


 その指先には、黒い爪のようなものがついていた。


 狙いは、レオンたちではない。


 祈りの記録面。


 リーネが書き戻している名前。


 黒い指が、紙へ向かって一直線に伸びる。


 エリシアが叫んだ。


「記録面へ直接干渉!」


「名前を削りに来ます!」


 ラウルが盾を構えた。


「させるか!」


 盾が黒い指を受ける。


 だが、指は盾を砕こうとはしない。


 盾の隙間からすり抜けようとする。


 まるでインクの染みのように、防護の境目を探ってくる。


「くそっ、こいつ……!」


 ラウルの盾の表面に黒い文字が浮かぶ。


『消せ』


『読めないようにしろ』


『記録を汚せ』


 ミリオが精神線をラウルへ繋ぐ。


「ラウル!」


「名前を!」


「ラウル・ゼクト!」


「背後を閉ざさないために進む!」


 盾の光が戻る。


 だが、黒い指は止まらない。


 クラウスが横から剣を入れた。


「すり抜けるなら、流れを切る」


 白銀の剣が黒い指の軌道を弾く。


 ただし、斬らない。


 指の中にも、名の残骸が混ざっている可能性がある。


 切り捨てるわけにはいかない。


「面倒だな」


 クラウスが低く呟く。


「だが、やる」


 アルベルトが炎を細く伸ばす。


「外側の虚ろだけ燃やす!」


「指ごと燃えんなよ!」


 エリシアの風が、黒い指の伸びる方向をずらす。


「記録面から逸らします!」


「ただし、数が増えています!」


 その言葉通り、王冠から次々と黒い指が伸び始めた。


 一本。


 二本。


 十本。


 二十本。


 細い黒の手が、深部の闇を這い、祈りの記録面を狙う。


 それは攻撃としては地味だった。


 派手な爆発もない。


 大きな衝撃もない。


 だが、恐ろしかった。


 書かれた名前を、静かに削ろうとしている。


 呼ばれたばかりの名を、もう一度消そうとしている。


 それが、虚ろの王の本質に近い行為だった。


 レオンの胸に、冷たい怒りが生まれる。


「消させない」


 黒蒼雷が、記録面の周囲に細い線を描く。


 雷の柵。


 だが、閉じ込めるためではない。


 文字が虚ろへ戻らないようにする境界。


 黒い指が触れた瞬間、ばちりと弾ける。


『邪魔をするな』


『記録など無駄』


『書いても消える』


 レオンは低く返す。


「消されても」


「また書く」


 リーネの光が震えた。


 その言葉に、彼女自身が一番反応した。


『また……書く』


「ああ」


「何度でも」


 リリアーナが続ける。


「何度でも呼びます」


「消されても」


「読めなくなっても」


「また探します」


 虚ろの王の欠片が、怒りに揺れる。


『しつこい』


『無意味』


『無駄』


 アルベルトが叫ぶ。


「無駄かどうかはこっちが決める!」


「消す側が言ってんじゃねぇよ!」


 紅炎が黒い指の外殻を焼く。


 エリシアの風が記録面を守る。


 グレイヴが巨大な黒い手を大剣で押し止める。


 クラウスが細い指を弾く。


 ラウルとミリオが背後を支える。


 セラフィアが祈りを保つ。


 その中で、リーネは震えながらも次の名前を書いた。


『……ユリ』


 リリアーナが呼ぶ。


「ユリさん」


 黒い指が、その名へ伸びる。


 レオンの黒蒼雷が弾く。


「触るな」


『……ダン』


「ダンさん」


 また指が伸びる。


 ラウルが盾で防ぐ。


「させない!」


『……メル』


「メルさん」


 クラウスが指を逸らす。


「次!」


『……オル』


「オルさん」


 アルベルトが炎で黒い膜を焼く。


「まだいける!」


 名前が増える。


 守るものが増える。


 同時に、負荷も増える。


 ミリオの精神線は細かく震え、額には汗が浮かんでいる。


 ラウルの盾には黒い爪痕が増えている。


 グレイヴの腕にも黒い筋が走っている。


 クラウスの剣先は乱れていないが、呼吸は明らかに荒い。


 アルベルトの炎も、細かい制御でかなり消耗している。


 エリシアの術式盤には警告が止まらない。


 リリアーナの声も、少しずつ掠れてきている。


 レオンの黒蒼雷も、何度も揺らぐ。


 それでも。


 止まらない。


 一つずつ。


 一人ずつ。


 書いて。


 呼んで。


 守る。


 その繰り返しが、王冠へ確実にひびを入れていた。


 ◇


 中心の空洞は、ずっと揺れていた。


 リーネが名前を書くたび。


 リリアーナが読むたび。


 誰かの名が記録面に刻まれるたび。


 空洞は小さく震える。


 虚ろの外殻は、それを隠そうとする。


 王だ。


 名は王冠だ。


 記録など不要だ。


 そう叫び続ける。


 だが、中心の反応は消えない。


 レオンは、黒い指を弾きながら中心へ声を投げた。


「見えているか」


 空洞が揺れる。


「これは、お前の王冠じゃない」


「誰かの記録だ」


 リリアーナも呼ぶ。


「あなた」


「名前は、奪って飾るものじゃありません」


「誰かが迷わないように、残すものでもあるんです」


 空洞がさらに震える。


 外殻が叫ぶ。


『違う!!』


『名は王冠!!』


『記録は支配!!』


『書く者は管理する者!!』


 リーネの光が、静かに震えた。


『違う』


 その声は小さかった。


 だが、はっきりしていた。


『私は、管理したかったんじゃない』


『忘れられないようにしたかった』


『誰かが、自分の名前を探せるように』


『書いた』


 その言葉に、祈りの記録面が強く光った。


 リーネ自身の理解が、記録面を安定させたのだ。


 エリシアが術式盤を見て声を上げる。


「記録面、安定率上昇!」


「リーネさんの自己認識が定着しています!」


 セラフィアが微笑む。


「良いわ」


「名は、持ち主だけではなく」


「その名を大切に扱った人の手でも守られる」


 虚ろの王の欠片が、さらに激しく震える。


『やめろ』


『記録するな』


『探せるようにするな』


『迷わせろ』


『混ぜろ』


『消せ』


 リリアーナが、涙を浮かべながら首を横に振った。


「消しません」


「混ぜません」


「迷っても、探せるようにします」


 レオンも言う。


「帰るための印を消させない」


 黒蒼雷が、記録面の境界をさらに強くした。


 その瞬間。


 祈りの紙に刻まれた名前たちが、淡く光った。


 ミナ。


 トル。


 エマ。


 ロウ。


 ハル。


 ニカ。


 ソル。


 ユリ。


 ダン。


 メル。


 オル。


 他にも、まだ薄い文字がいくつか浮かんでいる。


 完全な復活ではない。


 でも、消えない。


 その光が、九つの名とリーネの光へ繋がり、さらに小さな輪を作った。


 深部の闇に、光の輪が広がっていく。


 虚ろの王の王冠は、その光を嫌がるように軋んだ。


 ◇


 しかし、虚ろの王の欠片は次の手を打った。


 黒い指が突然引いた。


 攻撃が止まる。


 一瞬、深部に静けさが戻った。


 だが、それは休息ではなかった。


 レオンはすぐに違和感を覚えた。


 リリアーナも手を強く握る。


「……何か来ます」


「ああ」


 グレイヴが大剣を構え直す。


「全員、警戒」


 エリシアが術式盤を見る。


「王冠内側で反応収束」


「これは……」


 セラフィアの顔色が変わった。


「記録そのものを喰う気よ」


 次の瞬間。


 王冠の奥から、巨大な黒い舌のようなものが伸びた。


 指ではない。


 刃でもない。


 それは、祈りの記録面へ向かって一直線に伸びてくる。


 触れたものを削るのではなく。


 丸ごと舐め取るような、気味の悪い黒。


 レオンの背筋が冷えた。


 あれに触れられたら。


 記録面ごと、書かれた名前が喰われる。


「止めろ!!」


 グレイヴが叫ぶ。


 全員が動いた。


 ラウルが盾を前へ。


 クラウスが剣を構える。


 アルベルトの炎が燃える。


 エリシアの風が渦を作る。


 だが、黒い舌は速い。


 しかも、重い。


 まっすぐ記録面へ伸びる。


 ラウルの盾に触れた瞬間、盾の光を舐め取るように削った。


「ぐあっ……!」


「ラウル!」


 ミリオが精神線で支える。


 クラウスが横から斬り込むが、剣が滑る。


「実体がない……!」


 アルベルトの炎が黒い舌を焼こうとする。


 だが、炎が表面を滑る。


「燃えねぇ!?」


 エリシアが叫ぶ。


「これは攻撃ではなく、吸収行為です!」


「炎や剣の意味が通りづらい!」


 セラフィアが金色の光を強める。


「祈りで押し返す!」


 だが、記録面を維持しながらでは出力が足りない。


 黒い舌は迫る。


 リーネの光が震えた。


『私の……記録……』


 リリアーナが叫ぶ。


「リーネさん!」


 レオンは、黒蒼雷を握った。


 どうする。


 焼けない。


 斬れない。


 押し返せない。


 これは、記録を喰う動き。


 なら。


 喰われる前に、記録へ意味を固定するしかない。


 レオンは叫んだ。


「リリアーナ!」


「はい!」


「名前を読め!」


「全部じゃなくていい!」


「今書かれている名前を、続けて読め!」


 リリアーナは一瞬で理解した。


 記録は、書かれただけでは不安定だ。


 読まれることで、呼ばれることで、強くなる。


 彼女は記録面へ向き直った。


 喉は掠れている。


 それでも、声を出す。


「ミナさん!」


「トルさん!」


「エマさん!」


「ロウさん!」


「ハルさん!」


「ニカさん!」


「ソルさん!」


「ユリさん!」


「ダンさん!」


「メルさん!」


「オルさん!」


 名前が、次々と深部に響く。


 レオンも黒蒼雷を記録面へ重ねる。


「ここに書かれている」


「ここに呼ばれている」


「ここにいた証だ」


 セラフィアが祈りを重ねる。


「名よ、留まりなさい」


「奪われた記録よ、消えないで」


 リーネの光が震えながら言う。


『私は、書いた』


『聞いて、書いた』


『一つずつ』


 九つの光も呼び始める。


『ミナ……』


『トル……』


『エマ……』


『ロウ……』


 全員が、名前を重ねた。


 グレイヴが大剣で黒い舌を押さえつける。


「今だ!」


 クラウスが叫ぶ。


「意味が固定された!」


「吸収の流れが鈍った!」


 アルベルトが炎を放つ。


「なら燃えろ!」


「記録を喰う黒だけ燃えろ!!」


 今度は炎が通った。


 エリシアの風が炎を押し込み、黒い舌の表面を削る。


 ラウルが盾で押し返す。


 ミリオの精神線が記録面と全員を繋ぐ。


 レオンの黒蒼雷が境界を刻む。


 黒い舌が、悲鳴のように震えた。


『読むな』


『読むな』


『読むな』


 リリアーナは止まらなかった。


「ミナさん!」


「トルさん!」


「エマさん!」


「ロウさん!」


「ハルさん!」


「ニカさん!」


「ソルさん!」


「ユリさん!」


「ダンさん!」


「メルさん!」


「オルさん!」


 声が掠れる。


 それでも読む。


 読み続ける。


 その声に、黒い舌がついに弾けた。


 虚ろの膜が燃え、風に流され、雷に弾かれ、祈りに溶けていく。


 記録面は、消えなかった。


 刻まれた名も、消えなかった。


 リリアーナは、その場で膝をつきかけた。


 レオンが支える。


「リリアーナ!」


「……大丈夫、じゃないです」


 彼女は息を切らしながら言う。


「喉、痛いです」


 レオンは、胸が締めつけられる。


「悪い」


「でも、読めました」


 リリアーナは、涙目で笑った。


「消されませんでした」


 レオンは頷く。


「ああ」


「消されなかった」


 ◇


 虚ろの王の欠片は、激しく震えていた。


 記録を喰うことに失敗した。


 王冠はさらに大きくひび割れている。


 中心の空洞も、強く揺れていた。


 レオンは、その空洞へ声をかける。


「見ただろ」


 外殻が唸る。


『見るな』


 だが、レオンは続けた。


「書かれた名は、読まれると強くなる」


「呼ばれると、消えにくくなる」


 リリアーナも、掠れた声で言う。


「あなた」


「聞こえていますか」


「名前は、喰うものじゃありません」


「消すものでもありません」


「誰かが、誰かを忘れないために」


「残すものでもあるんです」


 空洞が、ゆっくり震えた。


 先ほどよりも深く。


 まるで、言葉を受け取ろうとしているように。


 虚ろの外殻が叫ぶ。


『違う』


『違う』


『違う』


 だが、その声は弱くなっていた。


 王冠のひびから、光が漏れている。


 奪われた名の光。


 記録された名前たちの光。


 それが、虚ろの外殻を内側から押し返している。


 セラフィアが静かに言った。


「王冠は、もう保たない」


 アルベルトが息を吐く。


「じゃあ、あと一押しか?」


 エリシアが首を横に振る。


「いいえ」


「ここからが危険です」


「王冠が崩れれば、内部に縛られた名が一気に溢れる可能性があります」


 クラウスが低く言う。


「つまり、崩す準備が必要だ」


 グレイヴが頷く。


「受け止める器がいる」


 セラフィアは、祈りの記録面を見た。


「リーネの記録面を広げる必要がある」


「でも、彼女一人では負荷が大きすぎる」


 リーネの光が、静かに震える。


『……私だけでは、書ききれない』


 その声は弱い。


 だが、絶望ではなかった。


 レオンは、記録面を見る。


 名前を一つずつ戻す。


 だが、王冠が崩れれば、一気に名が溢れる。


 それをどう受け止めるか。


 リリアーナの声だけでは足りない。


 リーネの記録だけでも足りない。


 セラフィアの祈りだけでも、レオンの黒蒼雷だけでも足りない。


 なら。


 全員でやるしかない。


「次は」


 レオンが言う。


「記録面を増やす」


 エリシアが顔を上げる。


「複数の記録面を?」


「ああ」


「リーネだけに書かせない」


「リーネが読み上げる」


「セラフィアが祈りの紙を作る」


「俺が境界を張る」


「リリアーナが呼ぶ」


 一拍。


「そして、皆で名前を支える」


 クラウスが頷く。


「役割を分ける」


 グレイヴが大剣を構える。


「守る範囲は広がるな」


 アルベルトが炎を小さく灯す。


「なら、こっちも気合い入れ直しだ」


 エリシアが術式盤を操作する。


「術式補助で記録面を分割安定させます」


「ミリオ様、精神線の分岐をお願いします」


「やります!」


 ミリオが即答する。


 ラウルも盾を構える。


「広がった分、守る場所も増える」


「俺が穴を塞ぐ」


 リリアーナは、喉を押さえながらも頷いた。


「呼びます」


「声が枯れても、呼びます」


 レオンは彼女を見る。


「無理はするな」


「します」


 即答だった。


 それから、少しだけ笑う。


「でも、無茶はしません」


「きつい時は、きついって言います」


 レオンは、短く息を吐いた。


「分かった」


 深部の闇に、名前の光が増えている。


 王冠は割れかけている。


 中心の“あなた”は、まだ震えている。


 次に必要なのは、王冠崩壊に備える器。


 消された名を受け止める、複数の記録面。


 虚ろの王の欠片が、低く呻いた。


『やめろ』


『書くな』


『増やすな』


『我の王冠を、崩すな』


 レオンは、静かに答えた。


「崩す」


 一拍。


「でも、壊して終わらせない」


「中の名前を、受け止める」


 黒蒼雷が、深部に新しい線を描き始めた。


 次の戦いは、王冠を砕くためではなく。


 王冠から溢れる名を、誰一人として虚ろへ戻さないための戦いになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。