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無能王子、東の塔で神霊を得る  作者: 伊佐波瑞樹


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158/251

第158話「あなたという呼び声、無能王子は“存在を認める”雷を伸ばす」


 深部の闇は、息を潜めていた。


 いや。


 息を潜めているように見えただけかもしれない。


 実際には、虚ろの王の欠片はまだ暴れている。


 砕けかけた黒い王冠。


 崩れた玉座の残骸。


 名を喰らって作られた外殻。


 それらは今も軋み、震え、怒りのような黒い圧を吐き出していた。


 だが、その中心。


 何もない空洞。


 そこだけは、妙に静かだった。


 レオンは、その静けさから目を離せなかった。


 ほんの少し前。


 リリアーナが言った。


 あなた、そこにいますか。


 その言葉に、虚ろの核は確かに揺れた。


 名前ではない。


 真名でもない。


 王でも、虚ろでも、支配者でもない。


 ただ。


 そこにいるものへ向けた言葉。


 あなた。


 たったそれだけの呼びかけに、あの空洞は反応した。


 その事実が、深部の空気を変えていた。


 倒すべき敵。


 名を喰う怪物。


 王を騙る空白。


 それは間違いない。


 だが同時に。


 誰にも呼ばれたことがない存在。


 呼ばれたかったのかどうかすら知らないまま、他者の名を喰らい続けた空洞。


 その奥に触れなければ、この戦いは終わらない。


 レオンは、黒蒼雷を小さく灯した。


 右腕は重い。


 痛みもある。


 何度も雷を細く分け、名をほどき、仲間を守り、虚ろの圧に耐えてきた。


 身体は限界に近い。


 だが、今の黒蒼雷は暴れていない。


 静かだった。


 怒りで燃え上がる雷ではなく。


 問いかけるための、細い光。


 リリアーナが隣に立っている。


 手は繋いだまま。


 彼女の指も冷たい。


 震えている。


 それでも離さない。


「レイさん」


「何だ」


「次、どう呼びますか」


 その問いに、レオンはすぐ答えられなかった。


 どう呼ぶか。


 名前がない。


 王とは呼ばない。


 虚ろと呼べば、状態に閉じ込めることになる。


 支配者と呼べば、役割を与えてしまう。


 怪物と呼べば、そこで終わる。


 でも。


 あなた。


 その言葉だけは届いた。


 リリアーナは、空洞を見つめながら続ける。


「たぶん、あれは」


 一拍。


「自分が誰か分からないんじゃなくて」


「誰かとして見られること自体を知らないんだと思います」


 レオンは彼女を見る。


 リリアーナは震えながらも、目を逸らしていなかった。


「名前をもらったことがない」


「呼ばれたことがない」


「だから、王とか虚ろとか」


「そういう大きな言葉でしか、自分を形にできない」


「でも、本当は」


 言葉が少し詰まる。


 それでも、彼女は言った。


「ただ、自分へ向けて呼ばれることに反応したんだと思います」


 セラフィアが静かに頷いた。


「そうね」


 金色の光が、七つの名を包みながら揺れている。


「名を祝う以前の段階」


「存在を認める声」


「あなたは、そこにいる」


「まず、それを受け取れなければ、名には辿り着けない」


 アルベルトが眉を寄せる。


「でもよ」


「存在を認めるって言っても、あいつがやったことは消えねぇぞ」


 その声は低かった。


 怒りがある。


 当然だった。


 虚ろの王の欠片は、多くの名を喰らった。


 アリシアを赤い眼にした。


 子供たちを苦しめた。


 王都を歪めた。


 その相手に、ただ優しく呼びかけるだけでは済まない。


 レオンも、それは分かっている。


 セラフィアも否定しなかった。


「消えないわ」


「存在を認めることは、罪を許すことではない」


 彼女はガレスの光を見た。


 赤黒い木札のような光。


 罪を持った名。


「名を返すことも同じ」


「名前を呼ぶことは、全てを許すことではない」


「でも、空白へ逃がさないことでもある」


 クラウスが剣を握り直した。


「罪があるなら、名を持たせなければ裁くこともできない」


 グレイヴが低く続ける。


「存在を認めるのは、責任を曖昧にしないためでもある」


 アルベルトは、しばらく黙った。


 炎剣の柄を握る手に力が入る。


 それから、短く息を吐いた。


「……分かった」


「甘やかすんじゃねぇならいい」


 エリシアが横から静かに言う。


「アルベルト様」


「何だよ」


「今の確認は必要でした」


「誰かが言うべきことです」


 アルベルトは少しだけ目を丸くし、それからそっぽを向いた。


「……そっかよ」


「ええ」


 そのやり取りに、ほんの少しだけ空気が整った。


 優しさだけではない。


 怒りもある。


 警戒もある。


 許せなさもある。


 その全てを持ったまま、呼びかける。


 それが今必要なことだった。


 ◇


 七つの光は、静かに揺れていた。


 ミオの光は、まだ雨の冷たさを帯びている。


 リセの光には、白い花の柔らかさがある。


 ノアの光には、小さな木の騎士の輪郭が残っている。


 サナの光は、薬草の匂いのような緑を帯びていた。


 エルドの光は、焼き菓子の温かさを思わせる橙。


 マリの光は、何度も縫い直された布の淡い白。


 ガレスの光は、赤黒い痛みを抱えながらも、木札のような茶色を奥に残している。


 それぞれ違う。


 混ざらない。


 でも、孤立していない。


 七つの光は、小さな円を作っている。


 その円が、深部の中で唯一、穏やかな場所だった。


 リリアーナがその光たちへ声をかける。


「みんな」


 七つの光が、わずかに揺れる。


「次も、わたしたちは呼びます」


「でも、今度は名前じゃないかもしれません」


「だから」


 一拍。


「一緒に、そこにいるよって伝えてくれますか」


 少し沈黙があった。


 最初に返ったのは、ミオだった。


『そこ……いる』


 リセが続く。


『聞こえる……』


 ノアが。


『一人じゃ……ない』


 サナが。


『声……ある』


 エルドが。


『来たよって……』


 マリが。


『ほどけても……ここ』


 ガレスが、最後に低く言う。


『逃げるな……そこにいろ』


 不器用な言葉たち。


 けれど、それらは確かに力を持っていた。


 戻った名たちが、今度は名のない空洞へ声を届けようとしている。


 レオンの胸が、静かに熱くなる。


 救った相手に支えられる。


 それは重い。


 でも、悪くない重さだった。


「ありがとう」


 レオンが言う。


 七つの光が、小さく震えた。


 虚ろの王の欠片が、それを見ていた。


 外殻はなお王を装っている。


 砕けかけの王冠を押さえつけるように、黒い影が何度も形を取り直す。


『やめろ』


 声が響いた。


『名を並べるな』


『声を重ねるな』


『空白へ声を投げるな』


『そこには何もない』


 リリアーナが、ゆっくり息を吸った。


「何もないなら」


 一拍。


「どうして嫌がるんですか」


 虚ろの王の欠片が止まった。


 レオンも一瞬、リリアーナを見る。


 彼女は怖がっている。


 でも、引いていない。


「何もないなら、届かないはずです」


「聞こえないはずです」


「でも、嫌がっています」


「それは」


 声が震える。


「聞こえているからじゃないんですか」


 深部が沈黙する。


 虚ろの王の欠片の外殻が、ぎしりと軋んだ。


『違う』


 低い声。


『違う』


『違う』


『聞こえぬ』


『聞こえぬ』


『我には届かぬ』


 エリシアが術式盤を見た。


「中心核、微振動」


「リリアーナ様の声に反応しています」


 アルベルトが小声で言う。


「やっぱ聞こえてんじゃねぇか」


 クラウスが剣を構えたまま言う。


「否定が強いほど、反応がある」


 グレイヴが低く言う。


「なら、次も届く」


 レオンは頷いた。


「行く」


 リリアーナがすぐに手を握り直す。


「一緒に」


「ああ」


 ◇


 今度は、先ほどのように長く道を開くのではなく、全員で少しずつ前線を押し上げることになった。


 虚ろの核へ近づきすぎれば危険だ。


 だが、遠すぎれば声が届かない。


 だから、グレイヴとクラウスが前へ出て、黒い圧を受けながら少しずつ道を確保する。


 アルベルトとエリシアが左右の侵食を削り、流す。


 ラウルとミリオが七つの光を守りつつ、精神線を伸ばす。


 セラフィアが金色の祈りをレオンとリリアーナへ繋ぐ。


 全員で、少しずつ。


 無理に突撃しない。


 急がない。


 だが、止まらない。


 深部の闇は、その歩みを嫌がるように震えた。


『来るな』


『来るな』


『来るな』


 黒い針が飛ぶ。


 クラウスが弾く。


「焦っているな」


「なら、効いている」


 黒い口が現れる。


 アルベルトが燃やす。


「口だけ燃えろ!」


「名前は焼かねぇ!」


 黒い波が押し寄せる。


 グレイヴが受ける。


「押せ!」


「ここで止まるな!」


 エリシアの風が、圧を分散させる。


「流路安定!」


「レオン様、リリアーナ様、声を!」


 レオンは空洞へ向かって言った。


「聞こえるか」


 空洞は震えない。


 リリアーナが続ける。


「あなた、そこにいますか」


 ほんの小さく。


 空洞が揺れた。


 エリシアが叫ぶ。


「反応あり!」


 虚ろの外殻が激しく暴れる。


『違う!!』


『違う!!』


『それは我ではない!!』


 レオンは目を細めた。


「それは、って言ったな」


 リリアーナも気づく。


「はい」


 セラフィアが息を呑む。


「外殻と核の間に、ズレがある」


「王を名乗る外殻は、中心の反応を否定している」


 エリシアが術式盤を操作する。


「中心核と外殻の波形が一致していません」


「これまで一体化していた反応が、分離し始めています」


 アルベルトが炎剣を握る。


「つまり、王ぶってる外側と、空っぽの中身が別れかけてるってことか」


 クラウスが頷く。


「なら、外殻に騙されるな」


「呼ぶべきは中心だ」


 レオンは、空洞を見た。


 外側は叫んでいる。


 王だ。


 問うな。


 見るな。


 呼ぶな。


 だが、中心は小さく揺れている。


 あなたという言葉に。


 そこにいますかという問いに。


 それなら、続ける。


 レオンは黒蒼雷を細く伸ばした。


 攻撃ではない。


 空洞へ向かう、一本の線。


「俺は、レオンハルト・フォン・アルディア」


 一拍。


「レイでもいい」


「お前を王とは呼ばない」


「虚ろとも、まだ呼ばない」


「でも」


 黒蒼雷が、静かに空洞の手前で止まる。


「そこにいるなら、聞いてくれ」


 リリアーナが、レオンの隣で言った。


「わたしは、リリアーナ・ヴァイスです」


「あなたに名前を押しつけに来たわけじゃありません」


「でも」


 一拍。


「そこにいるなら、いないことにしたくありません」


 空洞が、わずかに震えた。


 今度は、先ほどよりはっきりと。


 虚ろの外殻が叫ぶ。


『やめろ』


『やめろ』


『いない』


『そこにはいない』


『何もいない』


 レオンは、外殻を見ない。


 中心を見る。


「いないなら、どうして震える」


 沈黙。


「いないなら、どうして嫌がる」


 さらに沈黙。


 リリアーナが続ける。


「怖いんですか」


 空洞が、強く震えた。


 虚ろの外殻が爆発するように膨れ上がる。


『怖くない!!』


『我は王!!』


『王は恐れぬ!!』


 アルベルトが低く言う。


「めちゃくちゃ怖がってんじゃねぇか」


 エリシアが小さく頷く。


「恐怖反応、明確です」


 グレイヴが大剣を構え直す。


「来るぞ」


 外殻から黒い刃が無数に生まれた。


 怒り任せの攻撃。


 中心へ近づく声を断つための刃。


 グレイヴとクラウスが前へ出る。


 アルベルトの炎が刃を焼き、エリシアの風が逸らす。


 ラウルが背後を守り、ミリオが線を繋ぐ。


 セラフィアが金色の光を広げる。


「続けて!」


「今、中心が聞いている!」


 レオンは頷く。


 刃が飛ぶ中で、声を届ける。


「怖いなら、怖いと言え」


 リリアーナが少しだけ驚いてレオンを見る。


 それは、彼がこれまで仲間から何度も言われた言葉だった。


 そして、自分でも少しずつ言えるようになった言葉。


 レオンは、空洞を見つめて言った。


「俺も怖かった」


「置いていかれるのが」


「誰も来ない場所へ戻るのが」


「守るものが増えて、失うのが」


 一拍。


「でも、怖いと言えば、誰かが聞いてくれた」


 リリアーナの瞳が揺れる。


 彼女も続ける。


「わたしも怖かったです」


「呼ぶ側じゃなくて、呼ばれる側になるのが」


「役目がなくなったら、ここにいていいのか分からなくなるのが」


「でも、聞いてもらえました」


 七つの光が、背後で揺れた。


 ミオが言う。


『ミオ……怖かった』


 リセが。


『リセ……痛かった』


 ノアが。


『ノア……渡せなかった』


 サナが。


『サナ……助けたかった』


 エルドが。


『エルド……待ってた』


 マリが。


『マリ……直せなかった』


 ガレスが、低く。


『ガレス……戻りたくなかった』


 それぞれの声。


 それぞれの怖さ。


 それぞれの痛み。


 混ざらないまま、並んで届く。


 空洞が、大きく震えた。


 深部の闇が、一瞬だけ薄くなる。


 虚ろの外殻が叫ぶ。


『やめろ』


『やめろ』


『やめろ』


『別々の声を聞かせるな』


『痛みを分けるな』


『怖いなど』


『怖いなど』


『怖いなど――』


 そこで、声が詰まった。


 外殻ではない。


 中心から。


 小さな声が漏れた。


『……こわい』


 深部が、完全に止まった。


 レオンは息を呑んだ。


 リリアーナの手が震える。


 セラフィアの金色の瞳が大きく見開かれる。


 アルベルトも、エリシアも、クラウスも、グレイヴも。


 誰も動かなかった。


 今の声は、王ではない。


 虚ろでもない。


 支配者でもない。


 ただ。


 怖いと初めて言った空白の声だった。


 リリアーナの目に涙が浮かぶ。


「……聞こえました」


 レオンは頷く。


「ああ」


 外殻が震える。


『違う』


『違う』


『今のは我ではない』


『我は王』


『王は恐れぬ』


『王は――』


 レオンが遮った。


「今の声を聞いた」


 外殻が止まる。


「怖いんだな」


 空洞が震える。


 リリアーナが優しく言う。


「怖いなら、怖いでいいです」


「名前がなくても」


「返事の仕方が分からなくても」


「今、聞こえました」


 一拍。


「あなたは、怖いって言えました」


 その瞬間、空洞の周囲に細いひびが入った。


 黒い外殻ではない。


 空白そのものに、わずかな輪郭が生まれたようだった。


 セラフィアが息を震わせる。


「……存在反応が生まれている」


 エリシアが術式盤を見る。


「中心核、無反応領域から微弱な個別波形へ変化」


「これは……名前ではありません」


「でも、完全な空白ではなくなっています」


 クラウスが低く言う。


「怖いと言ったことで、自己が生まれたのか」


 セラフィアが頷く。


「まだ自己とは呼べない」


「でも、最初の輪郭よ」


 アルベルトが小さく呟いた。


「マジかよ……」


 グレイヴが大剣を構えたまま言う。


「油断するな」


「外殻はまだ残っている」


 その通りだった。


 虚ろの王を名乗る外殻は、激しく震えている。


 中心が怖いと言った。


 それを認められない。


 だから、さらに暴れる。


『違う!!』


『違う!!』


『我は王!!』


『恐れなどない!!』


『空白などない!!』


『名など不要!!』


 黒い外殻が、中心を覆い隠そうとした。


 レオンは動く。


 黒蒼雷を細く伸ばし、覆いかぶさる外殻と中心の間に差し込んだ。


「隠すな」


 外殻が唸る。


『邪魔をするな』


「怖いと言った声を、なかったことにするな」


 リリアーナも叫ぶ。


「その声は、聞こえました!」


「あなたが否定しても、わたしたちは聞きました!」


 七つの光も震える。


『聞いた……』


『こわい……聞こえた』


『いた……』


 セラフィアの祈りが広がる。


「怖いという声を、祝福はしない」


「でも、否定もしない」


「それは、最初の輪郭」


 外殻が、狂ったように暴れる。


 黒い刃。


 針。


 口。


 糸。


 全てが再び生まれ、レオンたちへ襲いかかる。


 だが、攻撃は乱れていた。


 先ほどまでのような統制がない。


 中心と外殻が分かれ始めている。


 虚ろの王の欠片は、崩れかけている。


 だからこそ危険だった。


 エリシアが叫ぶ。


「外殻、暴走!」


「攻撃パターン不規則!」


 クラウスが剣を構える。


「読みにくいな」


 アルベルトが炎を燃やす。


「読めなくても燃やすとこは燃やす!」


「外だけな!」


 グレイヴが大剣を上げる。


「耐えろ!」


「今、中心へ声が届いている!」


 ラウルとミリオが七つの光を守る。


 セラフィアが中心への祈りを維持する。


 レオンとリリアーナは、空洞から目を逸らさなかった。


 そこには、まだ名前はない。


 だが。


 怖いと言った。


 それは、大きすぎる一歩だった。


 ◇


 レオンは、息を整えた。


 次の言葉を選ぶ。


 名前ではない。


 まだ早い。


 怖いと言ったばかりの空白へ、いきなり名を求めれば壊れる。


 だから、次に必要なのは。


「怖いなら」


 レオンは言った。


「逃げるなとは言わない」


 ガレスの光が少し揺れる。


 レオンは続ける。


「でも、隠すな」


「王の外側に」


「虚ろの中に」


「喰った名の陰に」


「隠すな」


 リリアーナがそっと続ける。


「怖いなら、怖いまま」


「そこにいてください」


「わたしたちは、また呼びます」


 空洞が、小さく震える。


 外殻が叫ぶ。


『呼ぶな』


『呼ぶな』


『呼ぶな』


 しかし、中心はもう完全には隠れない。


 エリシアの術式盤に、細い光点が浮かんでいた。


 それは名前ではない。


 まだ色も薄い。


 でも、反応だった。


 存在の点。


 虚ろではなく、王でもなく、ただ“そこにいるもの”としての微かな反応。


 エリシアは、声を震わせる。


「中心核、固定できそうです」


「ただし、外殻の攻撃が続く限り不安定です」


 セラフィアが頷く。


「次は、外殻を剥がす必要がある」


 アルベルトが反応する。


「剥がす?」


「壊すんじゃなくてか」


「ええ」


 セラフィアは虚ろの王の欠片を見る。


「王を名乗る外殻は、喰われた名の残骸で作られている」


「ただ砕けば、中の名も傷つく」


「でも、中心から分離し始めた今なら」


 一拍。


「外殻に縛られている名を、さらに返せる可能性がある」


 レオンは、虚ろの外殻を見る。


 王冠。


 玉座。


 黒い影。


 それらはまだ無数の名の残骸でできている。


 つまり。


 中心へ届くためには、外殻を剥がしながら、そこに縛られた名を返していく必要がある。


 やることは増えた。


 難易度は上がった。


 でも、道は見えた。


 レオンは、黒蒼雷を握る。


「外側の名を返す」


「中心は、呼び続ける」


 リリアーナが頷く。


「はい」


「“あなた”を見失わないように」


 グレイヴが大剣を構える。


「なら、次は王冠だな」


 クラウスが頷く。


「王冠に縛られた名をほどく」


 アルベルトが炎剣を肩に担ぐ。


「いよいよ王様のメッキ剥がしってわけだ」


 エリシアが術式盤を構える。


「表現は雑ですが、方針は合っています」


 セラフィアが金色の光を広げる。


「王冠にされた名を、ひとつずつ返す」


「そして中心へ、“あなた”という呼びかけを届かせ続ける」


 七つの光が、小さく揺れる。


『呼ぶ……』


『返す……』


『そこにいる……』


 虚ろの王の欠片が、怒りに震えた。


『やめろ』


『王冠に触れるな』


『我の名を奪うな』


 レオンは、静かに返した。


「それは、お前の名じゃない」


 一拍。


「奪った名だ」


 黒蒼雷が、王冠へ向かって細く伸びる。


 中心の空洞は、まだ小さく震えていた。


 怖い。


 そう言った声が、確かにそこに残っている。


 レオンたちは、次の段階へ進む。


 王を名乗る外殻を剥がし。


 奪われた名をさらに返し。


 そして、名もない中心へ呼びかけ続けるために。


 深部の戦いは、ようやく“王冠”へ届こうとしていた。

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