第156話「名を問われた王、無能王子は“空白の怒り”を受け止める」
虚ろの王の欠片が、叫んだ。
『問うなあああああ!!』
その叫びは、声ではなかった。
深部そのものが割れる音。
喰われた名の残骸が一斉に軋む音。
王冠の形をしていた黒い名の残骸が、互いにぶつかり、削れ、悲鳴を上げる音。
それら全てが混ざり合い、巨大な黒い嵐になって押し寄せてきた。
糸。
波。
針。
口。
これまで別々に形を持っていた虚ろの攻撃が、すべて一つに溶けた。
名を喰う嵐。
触れたものの名前を削り、理由を曖昧にし、帰る場所を遠ざける圧。
それが、レオンたちへ向かって雪崩れ込んでくる。
七つの光が、背後で震えた。
ミオ。
リセ。
ノア。
サナ。
エルド。
マリ。
ガレス。
戻ったばかりの名たちは、黒い嵐の前で小さく揺れている。
このまま飲まれれば、また虚ろへ戻される。
いや、今度はもっと深く喰われるかもしれない。
レオンは、右手を前に出した。
黒蒼雷が立ち上がる。
だが、全力で放てない。
嵐の中には、まだ喰われた名が混ざっている。
怒りに任せて雷を叩き込めば、虚ろだけではなく、名前の欠片まで砕いてしまう。
何度も学んだ。
この戦いは、壊せば終わる戦いではない。
返す戦い。
守る戦い。
問う戦い。
だから、レオンは黒蒼雷を壁にした。
斬る雷ではなく。
焼く雷ではなく。
境界を刻む雷。
「ここから先は喰わせない!!」
黒蒼雷が、深部の床へ走る。
レオンたちと七つの光の前に、黒と蒼の線が刻まれた。
その線へ、虚ろの嵐が激突する。
バチィィィィッ――!!
雷が鳴る。
闇が軋む。
レオンの腕に激痛が走った。
「っ……!」
膝が落ちそうになる。
だが、リリアーナが手を握っていた。
「レイさん!!」
「俺はここにいる!!」
叫ぶ。
叫ばなければ、名が揺れる。
この深部では、沈黙がそのまま隙になる。
リリアーナも声を張る。
「リリアーナ・ヴァイス!!」
「隣にいたいからここにいます!!」
「一緒に帰るために!!」
彼女の声が、黒蒼雷の線へ重なる。
ただの声ではない。
レオンを現実へ戻す声。
境界を保つ声。
その声があるから、黒蒼雷は虚ろへ呑まれずに形を保てていた。
だが、嵐は強すぎる。
レオン一人の雷では支えきれない。
「前へ出る!!」
グレイヴが大剣を構え、黒蒼雷の線の前へ踏み出した。
「グレイヴ・アルディオス!!」
「今度こそ守るために進む!!」
大剣が黒い嵐を受ける。
重い。
あまりにも重い。
嵐の中から無数の声が、グレイヴへ食らいつく。
『守れない』
『また遅れる』
『また見送る』
『剣を下ろせ』
グレイヴの腕に黒い筋が走る。
だが、彼は歯を食いしばった。
「遅れた過去は消えん」
「だから今、前に立つ!」
大剣が、わずかに嵐を押し返す。
その横へ、クラウスが入る。
「クラウス・ベルン!!」
「守るべきものを選ぶために進む!!」
白銀の剣が、嵐の流れを切り分ける。
切るのは名ではない。
虚ろが絡めた侵食の筋。
嵐の中でも、彼は見極めようとしている。
どこが虚ろか。
どこが名の残骸か。
何を弾くべきか。
何を残すべきか。
その判断が、一瞬でも遅れれば飲まれる。
それでも、クラウスは目を逸らさない。
「左から針状の侵食!」
「ラウル、背後の七名を守れ!」
「了解!」
ラウルが盾を構え、七つの光の前へ立った。
「ラウル・ゼクト!!」
「背後を閉ざさないために進む!!」
盾が黒い針を受ける。
盾の表面に、無数の口が浮かぶ。
『名を寄越せ』
『守る対象を増やすな』
『盾は砕ける』
ラウルの顔が歪む。
だが、ミリオの精神線が盾へ重なった。
「ミリオ・ハーグ!!」
「皆の声を繋ぐために進みます!!」
細い線が七つの光へも届く。
「ミオ!」
「リセ!」
「ノア!」
「サナ!」
「エルド!」
「マリ!」
「ガレス!」
「返事を!」
光たちが、震えながら答える。
『ミオ……!』
『リセ……!』
『ノア……!』
『サナ……!』
『エルド……!』
『マリ……!』
『ガレス……!』
返事が盾を強くする。
ラウルは、歯を食いしばりながら笑った。
「聞こえたぞ」
「なら、まだ守れる!」
◇
左側では、アルベルトの紅炎が嵐へぶつかっていた。
ただし、燃やし尽くす炎ではない。
嵐の表層にある虚ろの口だけを焼き、名の残骸を燃やさないように制御する。
それは、炎使いとしては拷問に近い繊細さだった。
「くっそ……!」
アルベルトの額から汗が落ちる。
「面倒くせぇ!」
「燃やしちゃ駄目です!」
エリシアが右側から風を流しながら叫ぶ。
「分かってる!」
「だから文句言ってんだよ!」
「文句を言う余裕があるなら、出力を安定させてください!」
「文句言ってるから安定してんだよ!」
アルベルトは叫びながら炎を細く保つ。
「アルベルト・フォン・アルディア!!」
「悔しいから進む!!」
「この炎は、虚ろだけを焼く!」
「名は焼かねぇ!」
紅炎が意図を取り戻す。
エリシアの風が、それを支える。
「エリシア・フォン・ローゼンベルク!!」
「目を逸らさないために進みます!!」
「流す風!」
「守る風!」
「炎を暴走させず、名を傷つけないための風!」
風が紅炎の輪郭を整える。
炎と風が交わり、黒い嵐の左側を少しだけ抑え込む。
だが、虚ろの王の欠片は止まらない。
『燃やすな』
『流すな』
『分けるな』
『問うな』
『我を問うな』
嵐の中心で、巨大な影が膨れ上がる。
王冠が軋む。
そこに絡まっている名の残骸が、無理やり引き絞られていた。
まるで、虚ろの王自身が自分の王冠を潰しながら攻撃へ変えているようだった。
セラフィアの顔色が変わる。
「……まずいわ」
レオンが聞く。
「何だ」
「虚ろの王の欠片が、王冠にしていた名まで崩し始めている」
「自分の形を保つための名の残骸を、攻撃に回しているの」
エリシアが術式盤を見て声を上げる。
「中心部、構造不安定!」
「このまま暴走すれば、深部そのものが崩れます!」
アルベルトが叫ぶ。
「崩れたらどうなる!」
セラフィアが険しい顔で答える。
「喰われた名ごと潰れる」
沈黙。
一瞬だけ、全員の呼吸が止まった。
つまり。
虚ろの王の欠片は、自分が問われるくらいなら、深部ごと壊そうとしている。
名を返されるくらいなら。
自分の空白を見られるくらいなら。
喰った名ごと、全てを潰そうとしている。
リリアーナが震える。
「そんな……」
レオンの胸に、怒りが生まれる。
だが、その怒りだけでは駄目だ。
怒りに任せれば、雷が暴れる。
名を傷つける。
レオンは、奥歯を噛みしめた。
「止める」
「でも壊さない」
「どうやってですか!」
リリアーナが叫ぶ。
彼女の声は悲鳴に近い。
レオンは、すぐには答えられなかった。
どうやって。
黒蒼雷は返す力だ。
壊す力ではない。
だが、今は虚ろの王の欠片自身が崩れようとしている。
中心に触れなければ止まらない。
しかし近づけば、名を喰われる危険がある。
リリアーナは、レオンの表情を見てすぐに分かった。
また、一人で行こうとしている。
「駄目です」
彼女は言った。
レオンが振り向く。
「まだ何も言ってない」
「顔に出ています」
「一人で中心へ行こうとしました」
「……」
「駄目です」
リリアーナは、震えながらも言い切った。
「行くなら、一緒です」
「危険だ」
「知ってます」
「今までで一番危険かもしれない」
「分かってます」
「名を喰われるかもしれない」
「だから、一人で行かせません」
彼女の手が強くなる。
「レイさんが中心を問うなら」
「わたしは隣で呼びます」
「レイさんの名前も」
「虚ろの奥にあるものも」
「聞こえるまで呼びます」
レオンは、言葉を失った。
リリアーナの顔は青い。
怖いのだ。
間違いなく怖い。
それでも、彼女は立っている。
役目だからではない。
隣にいたいから。
そう言った自分の理由で。
レオンは、ゆっくり息を吐く。
「……分かった」
リリアーナの瞳が揺れる。
「本当に?」
「ああ」
「一人で行かない」
「約束です」
「約束だ」
その言葉に、リリアーナは小さく頷いた。
◇
だが、中心へ近づくには道を開けなければならない。
黒い嵐が厚すぎる。
レオンとリリアーナだけでは、たどり着く前に呑まれる。
グレイヴが大剣を構え直した。
「道を作る」
クラウスが隣へ並ぶ。
「俺が流れを読む」
アルベルトが炎剣を握る。
「俺が左を焼く」
エリシアが風を広げる。
「わたくしが炎と雷の通り道を整えます」
セラフィアが金色の光を強める。
「私は七つの名を守りながら、レオンたちへ祈りを繋ぐ」
ミリオが叫ぶ。
「精神線、中心まで伸ばします!」
「切れたら即座に呼び戻します!」
ラウルが盾を構える。
「背後は任せろ!」
七つの光も、震えながら声を上げる。
『ミオ……呼ぶ』
『リセ……いる』
『ノア……守る』
『サナ……声』
『エルド……来た』
『マリ……直す』
『ガレス……逃げない』
まだ拙い。
まだ途切れ途切れ。
それでも、その声は深部に響いた。
レオンは、七つの光を見る。
戻した名たちが、今度は自分たちを支えようとしている。
それが胸にくる。
重い。
でも、温かい。
「頼む」
レオンが言う。
七つの光が、小さく震えた。
グレイヴが叫ぶ。
「行くぞ!!」
大剣が振り下ろされる。
黒い嵐の正面に、重い裂け目ができた。
壊すためではない。
押し開くため。
クラウスの剣が、その裂け目へ白銀の線を走らせる。
「侵食の流れ、右へ逸らす!」
アルベルトの紅炎が左側を焼く。
「道を照らす!」
「邪魔な口だけ燃えろ!」
エリシアの風が、炎と剣の間を繋ぐ。
「流路形成!」
「レオン様、リリアーナ様、今です!」
セラフィアの祈りが、二人の背中へ届く。
「名を保って」
「自分を忘れないで」
ミリオの精神線が伸びる。
ラウルの盾が背後で黒い針を受け止める。
七つの光が、二人の名を呼ぶ。
『レオン……』
『レイ……』
『リリアーナ……』
リリアーナが、レオンの手を握ったまま走り出す。
足元の感覚は曖昧だ。
床なのか。
闇なのか。
波なのか。
分からない。
ただ、仲間が開けた道がある。
その道を進む。
黒い嵐の中へ。
虚ろの王の欠片の中心へ。
『問うな』という叫びが、何度も叩きつけられる。
『問うな』
『見るな』
『来るな』
『名を呼ぶな』
リリアーナが叫ぶ。
「レイさん!」
「俺はここにいる!」
「リリアーナ・ヴァイス!」
「わたしもここにいます!」
互いに名を確認しながら進む。
黒い針がレオンへ伸びる。
クラウスが遠くから剣を振り、軌道を逸らす。
黒い口がリリアーナへ迫る。
アルベルトの炎がそれを焼く。
足元が沈む。
エリシアの風が二人を持ち上げる。
背後の七つの光が揺れる。
セラフィアの祈りがそれを包む。
全員が、二人を中心へ送り出している。
これは、一人の突撃ではない。
全員で進む一歩だ。
◇
虚ろの王の欠片の中心へ近づくほど、声は少なくなった。
意外だった。
外側には、あれほど無数の声があった。
名を返すな。
痛い。
助けて。
消えたい。
消えたくない。
その声が渦巻いていた。
だが中心へ近づくほど、静かになる。
まるで、何もない場所へ入っていくように。
レオンは、寒気を覚えた。
ここには、喰われた名すらない。
王冠として飾られた名の残骸も、糸になった記憶も、痛みの声もない。
ただ、空白。
深部の中の、さらに空白。
虚ろの王の欠片の核。
そこにあるのは、何も持たない穴だった。
リリアーナが震える。
「……寒い」
「ああ」
「声が、ないです」
「ああ」
レオンは黒蒼雷を細く灯す。
その光の中で、ようやく見えた。
巨大な影の胸の奥。
そこに、小さな空洞がある。
黒い。
だが、周囲の黒とは違う。
完全な無。
名も。
記憶も。
痛みも。
怒りも。
何もない場所。
虚ろの王の欠片は、その空洞を隠すために名を喰っていたのかもしれない。
王冠を被り。
玉座を作り。
王を名乗り。
支配者を装い。
それでも、中心には何もない。
リリアーナが、小さく呟く。
「……からっぽ」
その瞬間。
虚ろの王の欠片が激しく震えた。
『見るな!!』
黒い圧が爆発する。
レオンとリリアーナが吹き飛ばされそうになる。
だが、レオンは黒蒼雷を地面へ打ち込み、リリアーナを支えた。
「リリアーナ!」
「います!」
「ここにいます!」
二人は踏み止まる。
虚ろの王の声が、怒りと恐怖で歪む。
『見るな』
『我を見るな』
『空白を見るな』
『王だ』
『我は王だ』
『名を持つ者どもが求める王だ』
『支配者だ』
『頂点だ』
レオンは、息を整える。
右腕が痛い。
胸が重い。
それでも、言う。
「それは名前じゃない」
虚ろが震える。
「王は役割だ」
「支配者も役割だ」
「頂点も、誰かとの位置関係だ」
一拍。
「お前自身の名前じゃない」
『黙れ』
「お前は何て呼ばれたかった」
リリアーナが息を呑む。
虚ろの王の欠片が、完全に止まった。
レオンは続ける。
「名前がないなら」
「誰かに、何て呼ばれたかった」
沈黙。
長い沈黙。
深部の嵐すら、一瞬だけ遠のいた。
虚ろの王の欠片の中心にある空洞が、かすかに震える。
『……呼ばれ』
声が変わった。
ほんの一瞬。
低く重い王の声ではなく。
もっと小さい。
遠い。
誰かの声。
『呼ばれたことなど』
すぐに声は戻る。
『ない』
リリアーナの目が揺れた。
レオンも、胸が重くなる。
呼ばれたことがない。
名を持たない。
呼ばれなかった空白。
それが、虚ろの王の核。
レオンは、東の塔を思い出した。
誰も名前を呼ばない部屋。
返事のない日々。
もし、あのまま誰にも呼ばれなかったら。
もし、リリアーナがいなかったら。
もし、仲間がいなかったら。
自分も、こうなっていたのかもしれない。
その考えが、背筋を冷やした。
リリアーナが、レオンの手を強く握る。
彼女も同じことを感じたのかもしれない。
「レイさん」
「大丈夫だ」
レオンは答える。
「俺はここにいる」
「はい」
虚ろの王の欠片が、再び震え始める。
『違う』
『我は王』
『呼ばれぬものではない』
『我は呼ばせる』
『名を喰えば』
『すべての名を喰えば』
『我は満たされる』
レオンは首を横に振る。
「満たされない」
『黙れ』
「いくら喰っても、お前の名にはならない」
『黙れ!!』
黒い圧が増す。
中心の空洞が膨れ、レオンたちを呑み込もうとする。
その時。
背後から声が届いた。
「レオン!!」
アルベルトの声。
「一人で抱えんな!!」
エリシアの声。
「こちらと繋がっています!!」
クラウスの声。
「戻る道はある!!」
グレイヴの声。
「踏み止まれ!!」
セラフィアの声。
「名を問うなら、祈りを忘れないで!!」
ミリオとラウルの声。
「線はまだあります!」
「背後は守っている!」
七つの光。
『レオン……』
『リリアーナ……』
声が届く。
レオンは、それを背中で受けた。
リリアーナも、涙を浮かべながら頷く。
「一人じゃありません」
「ああ」
レオンは虚ろの王の欠片へ向き直る。
「お前も」
一拍。
「本当は、呼ばれたかったんじゃないのか」
虚ろの王の中心が、激しく震えた。
『違う』
「なら、なぜ名を喰う」
『王になるため』
「違う」
『満たすため』
「違う」
『支配するため』
「違う」
『黙れ』
声が崩れていく。
王の声が保てなくなる。
何かが剥がれかけている。
レオンは、黒蒼雷を前へ伸ばした。
攻撃ではない。
空洞へ触れるための、細い雷。
リリアーナが隣で声を添える。
「聞かせてください」
「あなたが、何て呼ばれたかったのか」
虚ろの王の欠片が叫ぶ。
『ない!!』
『名などない!!』
『呼ばれたことなどない!!』
『ならば』
『すべて喰えばいい!!』
空洞が爆発した。
黒い衝撃が、レオンとリリアーナを吹き飛ばす。
「っ……!」
「きゃっ!」
二人の手が離れそうになる。
だが、レオンは必死に握り直した。
「離すな!」
「離しません!!」
背後でグレイヴが大剣を構え、衝撃を受け止める。
クラウスが二人の足元へ剣の光を走らせ、流れを止める。
アルベルトの炎が、黒い圧を焼く。
エリシアの風が二人を支える。
セラフィアの金色の祈りが、空洞の爆発を包み込む。
七つの光が震えながら名前を呼ぶ。
『レオン!』
『リリアーナ!』
衝撃が収まった時。
レオンとリリアーナは、まだ立っていた。
虚ろの王の欠片の中心。
空洞の前で。
しかし、虚ろの王はさらに変化していた。
王冠が割れている。
玉座の影が崩れかけている。
だが、中心の空洞は大きくなっていた。
まるで、傷口が開いたように。
セラフィアが遠くから叫ぶ。
「レオン!」
「今ので核が露出したわ!」
「でも、同時に不安定になっている!」
「次に暴走したら、深部ごと崩れる可能性がある!」
レオンは、荒く息を吐く。
リリアーナも肩で息をしている。
虚ろの王の欠片は、空洞を晒した。
呼ばれたことのない核。
名を持たない空白。
そこへ触れなければ終わらない。
だが、どう触れる。
名がないものへ、どう呼びかける。
レオンは、まだ答えを持っていなかった。
リリアーナが、震えながら言う。
「レイさん」
「何だ」
「あれは……たぶん」
一拍。
「名前を返すんじゃなくて」
「最初に、呼び方を探すんだと思います」
レオンは、彼女を見る。
「呼び方」
「はい」
「本当の名前がないなら」
「いきなり名前を返せないなら」
「まず、呼びかけるための言葉が必要です」
レオンは、虚ろの空洞を見た。
呼び方。
名前ではない。
でも、声を届けるための最初の糸。
東の塔で。
誰か。
そう呟いた幼い自分。
名前より前に、誰かに来てほしかったあの感覚。
虚ろの王の欠片も、そこにいるのかもしれない。
名前を持つ前。
呼ばれる前。
ただ、誰かに見てほしかった空白。
レオンは、黒蒼雷を握り直した。
「……次で、そこを探る」
リリアーナが頷く。
「はい」
「一緒に」
「ああ」
背後から仲間たちが近づいてくる。
七つの光も、少しずつ安定を取り戻していた。
虚ろの王の欠片は、空洞を抱えたまま震えている。
怒りと恐怖と飢え。
そして、呼ばれたことのない痛み。
深部の戦いは、ついに虚ろの核へ触れ始めていた。




