表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能王子、東の塔で神霊を得る  作者: 伊佐波瑞樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/251

第15話「初登校、銀髪令嬢は隣を歩く」



 王立アルディア学園、入学初日。


 王都の朝は早い。


 貴族街では馬車が行き交い、商人街では店が開き、中央通りには学園へ向かう若者たちの姿が増えていた。


 その喧騒から少し離れた東端。


 忘れられたように立つ一本の塔――東の塔。


 かつて王家が“不都合なもの”を閉じ込めるために使った場所。


 だが今は違う。


 ここはレオンの城であり、帰る場所であり、秘密拠点だった。


「レオン様、起きてください」


 朝食の香りと共に、ミーアの声が響く。


 寝台の上でレオンは毛布を被ったまま動かない。


「まだ眠い」


「駄目です」


「何故だ」


「学園初日です」


「休む」


「入学初日に?」


「問題ない」


「あります」


 ミーアは毛布の端を掴み、一気に引き剥がした。


「寒い」


「知りません」


「侍女が冷たい」


「主がだらしないだけです」


 ルミアがベッド上で跳ね回る。


『学園ですー! 青春ですー!』


「その単語をやめろ」


『恋ですー!』


「もっとやめろ」


 ヴァルガが腹を抱えて笑う。


『朝から元気だなぁ!』


『主は不機嫌』


 ノワールが淡々と告げる。


『でも少し楽しみ』


『違う』


『即否定』


 セレネが紅茶を揺らしながら微笑んだ。


『素直じゃない子ね』


 イグニスは窓辺から外を見ている。


『世界は待たない。行くなら今だ』


 レオンは深く息を吐き、起き上がった。


 学園制服へ着替える。


 濃紺の上着。


 銀縁の装飾。


 体格に合わせて仕立てられた細身のデザイン。


 立つだけで絵になる。


 ミーアは数秒見惚れていた。


「……やっぱり似合いすぎます」


「昨日も聞いた」


「今日も言います」


「やめろ」


「無理です」


 朝食は焼きたてのパン、卵料理、温かなスープ。


 レオンが席へ着くと同時に、ミーアが素早く皿を置く。


「食べてください」


「多い」


「育ち盛りです」


「十歳から幽閉されていた男に言う台詞か」


「今から取り戻してください」


 少しだけ、空気が止まる。


 ミーアはしまった、という顔をした。


 だがレオンは何も言わず、スープを口に運ぶ。


「……うまい」


「本当ですか!?」


「騒ぐな」


 ミーアはぱっと笑顔になった。


 その笑顔を見て、レオンは視線を逸らす。


 こういう温かさに、まだ慣れていない。


 だが嫌ではなかった。


 朝食後。


 転移陣が光り、ガルドンが現れる。


 今日も即土下座だった。


「お頭! 本日もご尊顔が神々しく――」


「やめろ」


「はい!」


「用件」


「暁の夜、昨夜の収益報告と本日の学園周辺警備体制です!」


「警備体制?」


「お頭の安全確保です!」


「いらん」


「ですが女性ファンによる包囲の危険が!」


「帰れ」


「失礼しました!」


 だがクロードも続いて現れた。


 静かに一礼し、書類を差し出す。


「学園内部の勢力図です」


「早いな」


「裏社会を舐めていただいては困ります」


 レオンは書類を見る。


 学園内派閥。


 貴族上位グループ。


 第二王子派。


 公爵令嬢派。


 中立層。


 平民派閥。


 そして問題人物一覧まである。


「……有能だな」


 クロードがわずかに口元を上げた。


「お褒めに預かり光栄です」


 ガルドンが叫ぶ。


「私も褒めてください!」


「うるさい」


「ありがとうございます!」


 何がありがとうなのか誰もわからなかった。


 レオンは学園鞄を持つ。


「行ってくる」


 その一言で、ミーアの動きが止まった。


「……はい」


 少しだけ寂しそうに笑う。


「いってらっしゃいませ、レオン様」


 レオンは返事をしなかった。


 だが扉の前で足を止める。


「……帰る」


 それだけ告げて、転移陣へ乗った。


 ミーアの瞳が潤む。


「はい……! お待ちしています!」


 東の塔は、もう牢獄ではない。


 帰る場所だった。


 王立アルディア学園・正門前。


 朝の登校時間で賑わっている。


 馬車で来る貴族。


 徒歩で来る平民。


 護衛付きの者。


 使用人を連れた者。


 身分差が、そのまま風景になっていた。


 そこへ現れたレイ・ノクトに、周囲の空気がざわめく。


「あれ、首席の……」


「昨日の!」


「殿下倒した人!」


「かっこよ……」


 レオンは即座に踵を返そうとした。


「……帰るか」


『早いです!』


『逃げるな』


『もう遅い』


 神霊たちが総ツッコミする。


 その時。


「レイさん!」


 鈴のような声が響いた。


 人混みの向こうから、小走りで駆けてくる銀髪の少女。


 リリアーナ・ヴァイスだった。


 学園制服姿の彼女は、昨日よりずっと映えていた。


 古びた制服ではなく、新しく支給された正規のもの。


 それでも装飾は最小限だが、彼女の美しさがそれを補って余りある。


 銀髪が朝日に輝く。


 サファイアブルーの瞳が嬉しそうに細められていた。


「お、おはようございます!」


「……朝から元気だな」


「ね、眠れませんでした」


「何故」


「学園初日なので……!」


「そうか」


 少し沈黙。


 リリアーナがもじもじと指を絡める。


「あ、あの……もしよろしければ」


「何だ」


「い、一緒に教室まで……」


 周囲の女子たちがざわついた。


「えっ」


「リリアーナ様!?」


「第五席の……」


「首席と一緒!?」


 リリアーナは顔を真っ赤にして俯く。


「ご、ご迷惑なら……」


「別に」


 レオンは歩き出した。


「行くぞ」


「……はい!」


 リリアーナの顔がぱっと明るくなる。


 そのまま隣へ並んだ。


 周囲の視線が痛いほど刺さる。


 だがレオンは気にしない。


 リリアーナは緊張しながらも、必死についていく。


「……昨日、家族が泣いて喜んでくれました」


「そうか」


「学費免除も決まって……妹もすごく喜んで……」


「良かったな」


「……はい」


 短いやり取り。


 だがリリアーナにとっては十分だった。


 この人は、ちゃんと聞いてくれる。


 否定しない。


 見下さない。


 それだけで胸が温かい。


 中庭を通る。


 貴族生徒たちがひそひそと囁く。


「没落伯爵家のくせに」


「首席に取り入ったのかしら」


「いやらしい」


 リリアーナの肩が震える。


 歩幅が少し狭くなる。


 その瞬間、レオンが止まった。


 周囲の視線が集まる。


「何だ」


 レオンは囁いていた令嬢たちを見る。


「続けろ」


「え……?」


「陰でしか言えないのか」


 声は静かだった。


 だが空気が凍る。


 令嬢たちの顔が青ざめる。


「も、申し訳ありません……!」


「謝罪先が違う」


 レオンはリリアーナを見る。


 令嬢たちは慌てて頭を下げた。


「リリアーナ様、失礼いたしました!」


 周囲が静まり返る。


 リリアーナは目を丸くした。


「れ、レイさん……」


「歩くぞ」


 それだけ言って進む。


 リリアーナは慌てて追いかけた。


 胸の奥が熱い。


 嬉しい。


 泣きそうになる。


 でも今は泣かない。


 少しだけ、強くなれた気がした。


 校舎入口へ到着した時。


「レイ・ノクト」


 冷たい声が響いた。


 階段上。


 第二王子アルベルト・フォン・アルディアが立っていた。


 取り巻きを従え、不機嫌そうにこちらを見下ろしている。


「朝から目障りだな」


 周囲がざわつく。


 初日から、首席と王子の対面。


 空気が張り詰めた。


 レオンは静かに見上げる。


「そうか」


「……何?」


「俺は今、気分がいい」


 一歩前へ出る。


「だから一度だけ忠告してやる」


 アルベルトの眉が吊り上がる。


「平民風情が――」


「吠える前に、昨日の敗北を思い出せ」


 絶対零度の声だった。


 広場が静まり返る。


 アルベルトの顔が一瞬で赤く染まる。


「き、貴様ぁぁ!!」


 取り巻きが慌てて止める。


「殿下! ここは校舎前です!」


「教師も来ます!」


 レオンはそのまま通り過ぎた。


 リリアーナは震えながらも、その背中を追う。


『主、煽り性能高い』


『最低です! 最高です!』


『性格悪い』


『少しだけな』


 神霊たちが騒ぐ。


 レオンは心の中でため息をついた。


 学園生活初日。


 どうやら平穏とは程遠いらしい。


 だが――


 悪くない。


 そう思ってしまった自分に、少しだけ驚いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ