表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能王子、東の塔で神霊を得る  作者: 伊佐波瑞樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/55

第15話「初登校、銀髪令嬢は隣を歩く」



 王立アルディア学園、入学初日。


 王都の朝は早い。


 貴族街では馬車が行き交い、商人街では店が開き、中央通りには学園へ向かう若者たちの姿が増えていた。


 その喧騒から少し離れた東端。


 忘れられたように立つ一本の塔――東の塔。


 かつて王家が“不都合なもの”を閉じ込めるために使った場所。


 だが今は違う。


 ここはレオンの城であり、帰る場所であり、秘密拠点だった。


「レオン様、起きてください」


 朝食の香りと共に、ミーアの声が響く。


 寝台の上でレオンは毛布を被ったまま動かない。


「まだ眠い」


「駄目です」


「何故だ」


「学園初日です」


「休む」


「入学初日に?」


「問題ない」


「あります」


 ミーアは毛布の端を掴み、一気に引き剥がした。


「寒い」


「知りません」


「侍女が冷たい」


「主がだらしないだけです」


 ルミアがベッド上で跳ね回る。


『学園ですー! 青春ですー!』


「その単語をやめろ」


『恋ですー!』


「もっとやめろ」


 ヴァルガが腹を抱えて笑う。


『朝から元気だなぁ!』


『主は不機嫌』


 ノワールが淡々と告げる。


『でも少し楽しみ』


『違う』


『即否定』


 セレネが紅茶を揺らしながら微笑んだ。


『素直じゃない子ね』


 イグニスは窓辺から外を見ている。


『世界は待たない。行くなら今だ』


 レオンは深く息を吐き、起き上がった。


 学園制服へ着替える。


 濃紺の上着。


 銀縁の装飾。


 体格に合わせて仕立てられた細身のデザイン。


 立つだけで絵になる。


 ミーアは数秒見惚れていた。


「……やっぱり似合いすぎます」


「昨日も聞いた」


「今日も言います」


「やめろ」


「無理です」


 朝食は焼きたてのパン、卵料理、温かなスープ。


 レオンが席へ着くと同時に、ミーアが素早く皿を置く。


「食べてください」


「多い」


「育ち盛りです」


「十歳から幽閉されていた男に言う台詞か」


「今から取り戻してください」


 少しだけ、空気が止まる。


 ミーアはしまった、という顔をした。


 だがレオンは何も言わず、スープを口に運ぶ。


「……うまい」


「本当ですか!?」


「騒ぐな」


 ミーアはぱっと笑顔になった。


 その笑顔を見て、レオンは視線を逸らす。


 こういう温かさに、まだ慣れていない。


 だが嫌ではなかった。


 朝食後。


 転移陣が光り、ガルドンが現れる。


 今日も即土下座だった。


「お頭! 本日もご尊顔が神々しく――」


「やめろ」


「はい!」


「用件」


「暁の夜、昨夜の収益報告と本日の学園周辺警備体制です!」


「警備体制?」


「お頭の安全確保です!」


「いらん」


「ですが女性ファンによる包囲の危険が!」


「帰れ」


「失礼しました!」


 だがクロードも続いて現れた。


 静かに一礼し、書類を差し出す。


「学園内部の勢力図です」


「早いな」


「裏社会を舐めていただいては困ります」


 レオンは書類を見る。


 学園内派閥。


 貴族上位グループ。


 第二王子派。


 公爵令嬢派。


 中立層。


 平民派閥。


 そして問題人物一覧まである。


「……有能だな」


 クロードがわずかに口元を上げた。


「お褒めに預かり光栄です」


 ガルドンが叫ぶ。


「私も褒めてください!」


「うるさい」


「ありがとうございます!」


 何がありがとうなのか誰もわからなかった。


 レオンは学園鞄を持つ。


「行ってくる」


 その一言で、ミーアの動きが止まった。


「……はい」


 少しだけ寂しそうに笑う。


「いってらっしゃいませ、レオン様」


 レオンは返事をしなかった。


 だが扉の前で足を止める。


「……帰る」


 それだけ告げて、転移陣へ乗った。


 ミーアの瞳が潤む。


「はい……! お待ちしています!」


 東の塔は、もう牢獄ではない。


 帰る場所だった。


 王立アルディア学園・正門前。


 朝の登校時間で賑わっている。


 馬車で来る貴族。


 徒歩で来る平民。


 護衛付きの者。


 使用人を連れた者。


 身分差が、そのまま風景になっていた。


 そこへ現れたレイ・ノクトに、周囲の空気がざわめく。


「あれ、首席の……」


「昨日の!」


「殿下倒した人!」


「かっこよ……」


 レオンは即座に踵を返そうとした。


「……帰るか」


『早いです!』


『逃げるな』


『もう遅い』


 神霊たちが総ツッコミする。


 その時。


「レイさん!」


 鈴のような声が響いた。


 人混みの向こうから、小走りで駆けてくる銀髪の少女。


 リリアーナ・ヴァイスだった。


 学園制服姿の彼女は、昨日よりずっと映えていた。


 古びた制服ではなく、新しく支給された正規のもの。


 それでも装飾は最小限だが、彼女の美しさがそれを補って余りある。


 銀髪が朝日に輝く。


 サファイアブルーの瞳が嬉しそうに細められていた。


「お、おはようございます!」


「……朝から元気だな」


「ね、眠れませんでした」


「何故」


「学園初日なので……!」


「そうか」


 少し沈黙。


 リリアーナがもじもじと指を絡める。


「あ、あの……もしよろしければ」


「何だ」


「い、一緒に教室まで……」


 周囲の女子たちがざわついた。


「えっ」


「リリアーナ様!?」


「第五席の……」


「首席と一緒!?」


 リリアーナは顔を真っ赤にして俯く。


「ご、ご迷惑なら……」


「別に」


 レオンは歩き出した。


「行くぞ」


「……はい!」


 リリアーナの顔がぱっと明るくなる。


 そのまま隣へ並んだ。


 周囲の視線が痛いほど刺さる。


 だがレオンは気にしない。


 リリアーナは緊張しながらも、必死についていく。


「……昨日、家族が泣いて喜んでくれました」


「そうか」


「学費免除も決まって……妹もすごく喜んで……」


「良かったな」


「……はい」


 短いやり取り。


 だがリリアーナにとっては十分だった。


 この人は、ちゃんと聞いてくれる。


 否定しない。


 見下さない。


 それだけで胸が温かい。


 中庭を通る。


 貴族生徒たちがひそひそと囁く。


「没落伯爵家のくせに」


「首席に取り入ったのかしら」


「いやらしい」


 リリアーナの肩が震える。


 歩幅が少し狭くなる。


 その瞬間、レオンが止まった。


 周囲の視線が集まる。


「何だ」


 レオンは囁いていた令嬢たちを見る。


「続けろ」


「え……?」


「陰でしか言えないのか」


 声は静かだった。


 だが空気が凍る。


 令嬢たちの顔が青ざめる。


「も、申し訳ありません……!」


「謝罪先が違う」


 レオンはリリアーナを見る。


 令嬢たちは慌てて頭を下げた。


「リリアーナ様、失礼いたしました!」


 周囲が静まり返る。


 リリアーナは目を丸くした。


「れ、レイさん……」


「歩くぞ」


 それだけ言って進む。


 リリアーナは慌てて追いかけた。


 胸の奥が熱い。


 嬉しい。


 泣きそうになる。


 でも今は泣かない。


 少しだけ、強くなれた気がした。


 校舎入口へ到着した時。


「レイ・ノクト」


 冷たい声が響いた。


 階段上。


 第二王子アルベルト・フォン・アルディアが立っていた。


 取り巻きを従え、不機嫌そうにこちらを見下ろしている。


「朝から目障りだな」


 周囲がざわつく。


 初日から、首席と王子の対面。


 空気が張り詰めた。


 レオンは静かに見上げる。


「そうか」


「……何?」


「俺は今、気分がいい」


 一歩前へ出る。


「だから一度だけ忠告してやる」


 アルベルトの眉が吊り上がる。


「平民風情が――」


「吠える前に、昨日の敗北を思い出せ」


 絶対零度の声だった。


 広場が静まり返る。


 アルベルトの顔が一瞬で赤く染まる。


「き、貴様ぁぁ!!」


 取り巻きが慌てて止める。


「殿下! ここは校舎前です!」


「教師も来ます!」


 レオンはそのまま通り過ぎた。


 リリアーナは震えながらも、その背中を追う。


『主、煽り性能高い』


『最低です! 最高です!』


『性格悪い』


『少しだけな』


 神霊たちが騒ぐ。


 レオンは心の中でため息をついた。


 学園生活初日。


 どうやら平穏とは程遠いらしい。


 だが――


 悪くない。


 そう思ってしまった自分に、少しだけ驚いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ