第12話「弟王子、兄を知らず」
王立アルディア学園・実技試験場。
石造りの円形闘技場を囲むように受験生たちが集まり、熱気が渦巻いていた。
「殿下の試合だ!」
「相手、さっき水晶を光らせたやつだろ?」
「でも平民だぞ?」
「終わりだな」
好き勝手な声が飛ぶ。
中央へ上がる二人。
第二王子アルベルト・フォン・アルディア。
黄金糸で縁取られた試験用制服。
腰には高級魔鋼剣。
姿勢も顔立ちも整っている。
だが目だけが濁っていた。
他者を見下し、自分が選ばれた存在だと信じて疑わぬ目。
その正面に立つのは、黒髪の少年。
レイ・ノクト。
外套を脱ぎ、簡素な受験服姿。
腰には木剣一本。
それでも空気は、アルベルトより重かった。
「名前」
試験官が確認する。
「アルベルト・フォン・アルディア」
「レイ・ノクト」
「ルール説明を行う。殺傷禁止、致命傷判定時は試験官が止める。降参宣言も有効。場外も敗北だ」
アルベルトが鼻で笑った。
「必要ない」
「何がだ」
試験官が眉をひそめる。
「降参の説明です。この平民に使う機会はありません」
周囲が笑う。
レオンは何も言わなかった。
ただ静かに弟を見ていた。
昔より背が伸びた。
魔力も増したのだろう。
だが中身は十歳の頃から変わっていない。
弱者を踏み、上から嗤う人間。
「開始!」
試験官の声と同時。
アルベルトが地面を蹴った。
速い。
王族教育を受けた足運び。
剣筋も綺麗だ。
無駄なく、鋭く、訓練された一撃。
「終わりだ!」
横薙ぎ。
だがレオンは半歩下がるだけでかわした。
風が頬を掠める。
「……遅い」
小さく呟く。
「なっ!?」
アルベルトが目を見開く。
再び連撃。
突き。
斬り上げ。
回転斬撃。
どれも速い。
普通の受験生なら三度は倒れている。
しかしレオンには当たらない。
最小限の動きで避ける。
紙一重。
髪一本分。
それで十分だった。
「す、すげぇ……」
「殿下の剣を全部避けてる……!」
「なんだあいつ……!」
ミーアは観客席の端、変装姿で口元を押さえていた。
「……レオン様」
その姿は昔、王城の庭で剣を振っていた少年と重なる。
誰より努力していた。
誰より真面目だった。
だが、誰も見なかった。
魔力がないという理由だけで。
アルベルトが苛立ち、叫ぶ。
「逃げてばかりか!」
「避けているだけだ」
「同じだ!」
「違う」
レオンは木剣を肩へ担いだ。
「お前の剣は、見えている」
空気が凍った。
アルベルトの顔が真っ赤になる。
「平民風情がぁぁ!!」
魔力が膨れ上がる。
剣へ炎が宿った。
受験生たちがどよめく。
「火属性付与!」
「さすが殿下!」
「終わった!」
アルベルトが突進する。
炎刃が唸る。
一直線の最大火力。
力任せだが、才能ある者の暴力だった。
レオンの瞳がわずかに細まる。
『どうする?』
イグニスが問う。
『少しだけ』
レオンは右手甲の紋章を意識する。
極小の熱。
誰にも気づかれぬ程度。
木剣へ流す。
次の瞬間。
炎刃と木剣がぶつかった。
轟音。
火花。
そして――
アルベルトの剣だけが弾き飛んだ。
「……は?」
間の抜けた声だった。
高級魔鋼剣が空中で回転し、地面へ突き刺さる。
アルベルトの手は痺れ、震えている。
レオンの木剣は、無傷のまま喉元へ添えられていた。
静寂。
誰も声を出せない。
試験官さえ固まっている。
「一本だ」
レオンが静かに告げる。
「お前の負けだ」
アルベルトの顔が引きつる。
「ふ、ふざけるな……!」
拳に魔力を込め、殴りかかろうとする。
その瞬間。
レオンの視線が刺さった。
冷たい。
深い。
王族だけが持つような、逆らうことを許さぬ威圧。
アルベルトの足が止まる。
息が詰まる。
身体が、動かない。
「……え」
十歳の頃、一度だけ感じたことがある。
兄が本気で怒った時の空気。
だが、そんなはずはない。
兄は塔にいる。
無能で、弱く、終わった存在のはずだ。
目の前の平民と重なるわけが――
「判定!」
試験官が慌てて叫ぶ。
「勝者、レイ・ノクト!」
歓声と悲鳴が同時に爆発した。
「うおおおお!?」
「殿下が負けた!?」
「平民が王子に!?」
「やばいぞこれ!」
アルベルトは歯を食いしばり、レオンを睨む。
「貴様……名前は何だ」
「言ったはずだ」
レオンは木剣を下ろす。
「レイ・ノクト」
「違う……」
アルベルトの声が震える。
「その目……その空気……」
レオンは一瞬だけ立ち止まり――
そして振り返らず去った。
「知らないな」
その一言だけ残して。
観客席でミーアは涙ぐんでいた。
「……かっこよすぎます」
『わかる!』
ルミアが同意する。
『主、盛れてます!』
『意味が違う』
ノワールが訂正した。
控室へ戻る通路。
レオンは静かに歩いていた。
胸の奥がざわついている。
勝ったからではない。
弟を倒したからでもない。
あの瞬間。
弟の目に浮かんだ恐れを見てしまったからだ。
昔、自分を見下していた者が。
今は自分を怖れている。
それが妙に空しかった。
『優しいな』
セレネが言う。
『別に』
『本当に憎いなら、もっと壊してる』
『試験だからだ』
『言い訳』
レオンは返さなかった。
その時、後方から女性たちの黄色い声が響く。
「レイ様ー!」
「すごかったです!」
「どこの家の方ですか!?」
「平民って本当ですの!?」
レオンの足が止まる。
「……面倒だ」
『青春来たぁぁ!』
ヴァルガが爆笑する。
『逃げろ主!』
レオンは即座に走った。
実技試験場に、新たな伝説が生まれる。
無能王子と捨てられた少年は。
弟王子を倒しながら、本人に気づかれなかった。




