表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能王子、東の塔で神霊を得る  作者: 伊佐波瑞樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/251

第12話「弟王子、兄を知らず」



 王立アルディア学園・実技試験場。


 石造りの円形闘技場を囲むように受験生たちが集まり、熱気が渦巻いていた。


「殿下の試合だ!」


「相手、さっき水晶を光らせたやつだろ?」


「でも平民だぞ?」


「終わりだな」


 好き勝手な声が飛ぶ。


 中央へ上がる二人。


 第二王子アルベルト・フォン・アルディア。


 黄金糸で縁取られた試験用制服。


 腰には高級魔鋼剣。


 姿勢も顔立ちも整っている。


 だが目だけが濁っていた。


 他者を見下し、自分が選ばれた存在だと信じて疑わぬ目。


 その正面に立つのは、黒髪の少年。


 レイ・ノクト。


 外套を脱ぎ、簡素な受験服姿。


 腰には木剣一本。


 それでも空気は、アルベルトより重かった。


「名前」


 試験官が確認する。


「アルベルト・フォン・アルディア」


「レイ・ノクト」


「ルール説明を行う。殺傷禁止、致命傷判定時は試験官が止める。降参宣言も有効。場外も敗北だ」


 アルベルトが鼻で笑った。


「必要ない」


「何がだ」


 試験官が眉をひそめる。


「降参の説明です。この平民に使う機会はありません」


 周囲が笑う。


 レオンは何も言わなかった。


 ただ静かに弟を見ていた。


 昔より背が伸びた。


 魔力も増したのだろう。


 だが中身は十歳の頃から変わっていない。


 弱者を踏み、上から嗤う人間。


「開始!」


 試験官の声と同時。


 アルベルトが地面を蹴った。


 速い。


 王族教育を受けた足運び。


 剣筋も綺麗だ。


 無駄なく、鋭く、訓練された一撃。


「終わりだ!」


 横薙ぎ。


 だがレオンは半歩下がるだけでかわした。


 風が頬を掠める。


「……遅い」


 小さく呟く。


「なっ!?」


 アルベルトが目を見開く。


 再び連撃。


 突き。


 斬り上げ。


 回転斬撃。


 どれも速い。


 普通の受験生なら三度は倒れている。


 しかしレオンには当たらない。


 最小限の動きで避ける。


 紙一重。


 髪一本分。


 それで十分だった。


「す、すげぇ……」


「殿下の剣を全部避けてる……!」


「なんだあいつ……!」


 ミーアは観客席の端、変装姿で口元を押さえていた。


「……レオン様」


 その姿は昔、王城の庭で剣を振っていた少年と重なる。


 誰より努力していた。


 誰より真面目だった。


 だが、誰も見なかった。


 魔力がないという理由だけで。


 アルベルトが苛立ち、叫ぶ。


「逃げてばかりか!」


「避けているだけだ」


「同じだ!」


「違う」


 レオンは木剣を肩へ担いだ。


「お前の剣は、見えている」


 空気が凍った。


 アルベルトの顔が真っ赤になる。


「平民風情がぁぁ!!」


 魔力が膨れ上がる。


 剣へ炎が宿った。


 受験生たちがどよめく。


「火属性付与!」


「さすが殿下!」


「終わった!」


 アルベルトが突進する。


 炎刃が唸る。


 一直線の最大火力。


 力任せだが、才能ある者の暴力だった。


 レオンの瞳がわずかに細まる。


『どうする?』


 イグニスが問う。


『少しだけ』


 レオンは右手甲の紋章を意識する。


 極小の熱。


 誰にも気づかれぬ程度。


 木剣へ流す。


 次の瞬間。


 炎刃と木剣がぶつかった。


 轟音。


 火花。


 そして――


 アルベルトの剣だけが弾き飛んだ。


「……は?」


 間の抜けた声だった。


 高級魔鋼剣が空中で回転し、地面へ突き刺さる。


 アルベルトの手は痺れ、震えている。


 レオンの木剣は、無傷のまま喉元へ添えられていた。


 静寂。


 誰も声を出せない。


 試験官さえ固まっている。


「一本だ」


 レオンが静かに告げる。


「お前の負けだ」


 アルベルトの顔が引きつる。


「ふ、ふざけるな……!」


 拳に魔力を込め、殴りかかろうとする。


 その瞬間。


 レオンの視線が刺さった。


 冷たい。


 深い。


 王族だけが持つような、逆らうことを許さぬ威圧。


 アルベルトの足が止まる。


 息が詰まる。


 身体が、動かない。


「……え」


 十歳の頃、一度だけ感じたことがある。


 兄が本気で怒った時の空気。


 だが、そんなはずはない。


 兄は塔にいる。


 無能で、弱く、終わった存在のはずだ。


 目の前の平民と重なるわけが――


「判定!」


 試験官が慌てて叫ぶ。


「勝者、レイ・ノクト!」


 歓声と悲鳴が同時に爆発した。


「うおおおお!?」


「殿下が負けた!?」


「平民が王子に!?」


「やばいぞこれ!」


 アルベルトは歯を食いしばり、レオンを睨む。


「貴様……名前は何だ」


「言ったはずだ」


 レオンは木剣を下ろす。


「レイ・ノクト」


「違う……」


 アルベルトの声が震える。


「その目……その空気……」


 レオンは一瞬だけ立ち止まり――


 そして振り返らず去った。


「知らないな」


 その一言だけ残して。


 観客席でミーアは涙ぐんでいた。


「……かっこよすぎます」


『わかる!』


 ルミアが同意する。


『主、盛れてます!』


『意味が違う』


 ノワールが訂正した。


 控室へ戻る通路。


 レオンは静かに歩いていた。


 胸の奥がざわついている。


 勝ったからではない。


 弟を倒したからでもない。


 あの瞬間。


 弟の目に浮かんだ恐れを見てしまったからだ。


 昔、自分を見下していた者が。


 今は自分を怖れている。


 それが妙に空しかった。


『優しいな』


 セレネが言う。


『別に』


『本当に憎いなら、もっと壊してる』


『試験だからだ』


『言い訳』


 レオンは返さなかった。


 その時、後方から女性たちの黄色い声が響く。


「レイ様ー!」


「すごかったです!」


「どこの家の方ですか!?」


「平民って本当ですの!?」


 レオンの足が止まる。


「……面倒だ」


『青春来たぁぁ!』


 ヴァルガが爆笑する。


『逃げろ主!』


 レオンは即座に走った。


 実技試験場に、新たな伝説が生まれる。


 無能王子と捨てられた少年は。


 弟王子を倒しながら、本人に気づかれなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ