第11話「入学試験、無能王子は筆を取る」
王立アルディア学園。
白亜の校舎を背に、受験生たちがざわめいていた。
先ほどまで第二王子アルベルトと対峙していた黒衣の少年――レイ・ノクトへ、視線が集中している。
「誰だあいつ……」
「平民だろ?」
「いや、あの雰囲気は平民じゃない」
「でも殿下にあんな口を……」
レオンは全て無視した。
騒ぎに興味はない。
今さら他人の視線など、東の塔の冷たさに比べれば風と同じだ。
「受験番号三二七番!」
教師が声を張る。
「レイ・ノクト!」
「……俺か」
前へ出る。
教師が一瞬だけ息を呑んだ。
左右色違いの瞳。
ただ立つだけで隠せぬ気配。
「し、試験会場へ進め」
「わかった」
短く返し、歩き出す。
背後ではアルベルトが不機嫌そうにこちらを睨んでいた。
「……平民風情が」
その呟きへ、レオンは振り返らなかった。
今の自分にとって、あの弟は過去の象徴でしかない。
いずれ向き合う。
だが今日は、その日ではない。
校舎内、第一講堂。
広い石造りの部屋に長机が並び、数百人の受験生が座っていた。
平民枠、下級貴族枠、推薦枠。
顔ぶれは様々だ。
緊張で青ざめる者。
自信満々に笑う者。
周囲を見下す者。
レオンは最後列へ座った。
試験官が問題用紙を配る。
「筆記試験、開始!」
紙をめくる。
内容は歴史、政治、算術、魔導理論、地理。
レオンは数秒だけ黙った。
「……簡単だな」
『おい』
ヴァルガが笑う。
『周り見ろ、みんな死にそうな顔してるぞ』
『黙って解け』
ノワールが冷静に言う。
『主の知識量なら余裕』
当然だった。
東の塔で唯一許された娯楽は本だった。
いや、娯楽ですらない。
現実から逃げるため、知識へ縋った。
歴史書。
政治書。
古代文献。
魔導理論。
王族教育用の難解な学術書まで、手当たり次第に読み漁った。
孤独を埋めるために。
泣かないために。
だから今さら、学園入試など――
筆が走る。
止まらない。
算術問題は一瞬。
政治論述は王家の失策例を三つ書きそうになり、途中で消した。
地理も歴史も迷いなく埋まる。
隣席の受験生がちらりと覗き、青ざめた。
「は、早すぎる……」
レオンは無視した。
四十分後。
答案提出。
試験官が受け取り、眉をひそめる。
「もう終わりか?」
「終わった」
「見直しは」
「必要ない」
ざわめきが広がる。
前列の貴族子弟が鼻で笑った。
「目立ちたいだけだろ」
「平民らしい浅はかさだ」
レオンは何も返さず講堂を出た。
廊下へ出ると、陽光が差し込んでいた。
少しだけ眩しい。
『かっけぇぇぇ!』
ルミアが騒ぐ。
『無言退場最高です!』
『中二病』
『意味がわからない』
『褒め言葉です!』
次は魔力適性試験だった。
中庭に巨大な水晶柱が設置され、受験生が一人ずつ触れていく。
教師が説明する。
「水晶へ魔力を流し込め。属性、総量、制御性を測定する」
レオンの瞳がわずかに細まった。
十歳の日。
同じような水晶だった。
手を置き、何も反応しなかった。
あの日から全てが壊れた。
「次!」
受験生が次々と進む。
「火属性、中の下!」
「風属性、中!」
「土属性、下!」
歓声と落胆が交互に起こる。
やがて。
「受験番号三二七番! レイ・ノクト!」
空気が変わる。
アルベルトも遠くから見ていた。
興味半分、嘲笑半分。
「平民の限界でも見せてもらおう」
レオンは水晶の前へ立つ。
昔の記憶が胸を掠める。
王妃の冷たい目。
国王の失望。
婚約者の嫌悪。
弟の嘲笑。
――無能王子。
レオンは静かに手を置いた。
『どうする?』
イグニスが問う。
『本気なら壊れる』
『少しだけよ』
セレネが言う。
『平凡寄りで』
『でも強めが面白い!』
ヴァルガが笑う。
『悪目立ちは避けるべき』
ノワールが現実的だった。
『じゃあギリギリ天才ラインで!』
『雑だな』
レオンは小さく息を吐く。
「……中くらいでいい」
神力を極小に変換し、水晶へ流す。
次の瞬間。
水晶が眩く輝いた。
白銀。
青。
金。
複数色が渦巻き、講堂中を照らす。
「なっ!?」
「複合属性!?」
「こんな反応見たことない!」
教師たちが立ち上がる。
レオンは眉をひそめた。
「……中くらいとは」
『盛った』
『盛りましたね』
『少し楽しくなって』
『反省しろ』
水晶柱にひびが入った。
ピシッ。
全員が凍る。
レオンはそっと手を離した。
「壊れてないな」
「壊れかけです!!」
教師が叫ぶ。
受験生たちが騒然となる。
アルベルトの顔から笑みが消えていた。
「……何者だ」
レオンは振り返らない。
ただ次の試験場へ歩く。
胸の奥が少しだけ熱かった。
十歳の日、全てを奪われた場所で。
今、自分は別人として立っている。
しかも誰より上で。
皮肉だった。
だが悪くない。
次は実技試験場。
剣術、魔法模擬戦、対人評価。
受験生たちが武器を手に並ぶ。
試験官が名簿を見る。
「三二七番レイ・ノクト――対戦相手は……」
一瞬、空気がざわついた。
「アルベルト・フォン・アルディア殿下!」
静寂。
次の瞬間、歓声が爆発する。
「殿下の試合だ!」
「平民終わったな!」
「秒で終わる!」
アルベルトはゆっくり笑った。
「運が悪かったな、平民」
レオンは静かに試験場へ上がる。
左眼の金が、わずかに光った。
捨てられた兄と、奪った弟。
入学試験最後の舞台で――
運命が再び向かい合う。




