表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能王子、東の塔で神霊を得る  作者: 伊佐波瑞樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

112/132

第112話「開戦前夜、無能王子は“守りたい居場所”の重さを知っていく」


 空気が、張り裂けそうだった。


 王立アルディア学園正門前。


 王城直属第一術式部隊が展開した拘束術式陣は、空中へ幾重にも重なっている。


 青白い光。


 浮かび上がる古代文字。


 空間そのものを固定するような圧力。


 ただそこに存在しているだけで、肌が粟立つ。


 生徒たちは、誰も声を出せなかった。


 怖いのだ。


 当然だった。


 目の前にいるのは、王城直属部隊。


 普段なら絶対に関わることのない存在。


 王都でも重大事件にしか出てこない、“本物の武装戦力”。


 その矛先が、今は学園へ向いている。


 普通なら、終わりだった。


 誰も逆らえない。


 王命は絶対。


 王城は正義。


 それが、この国の常識だった。


 でも。


 今、正門前には。


 その常識へ真正面から立っている少年がいる。


 黒蒼雷を纏う、東の塔の元王子。


 レオンハルト・フォン・アルディア。


 ◇


「……っ」


 リリアーナは、自分の手が震えていることに気づいていた。


 怖い。


 心臓がうるさい。


 術式部隊の魔力圧だけで、呼吸が浅くなる。


 それなのに。


 レオンの背中は、まったく揺れていなかった。


 黒い髪。


 包帯の巻かれた右腕。


 まだ完全に回復していない身体。


 それでも。


 彼は、逃げる気配を見せない。


 その背中を見た瞬間。


 リリアーナの胸が、ぎゅっと痛んだ。


(また……)


 思い出す。


 地下施設での戦い。


 空から落ちてきたレオン。


 血だらけの右腕。


 黒蒼雷を無理やり暴走寸前まで引き上げて、それでも立ち続けていた姿。


 あの時、本当に怖かった。


 死ぬんじゃないかと思った。


 消えてしまうんじゃないかと思った。


 だから今も。


 レオンが前へ出るたび、怖い。


 でも。


 それ以上に。


 一人で立たせたくない。


「……レイさん」


 小さく呼ぶ。


 レオンが少しだけ振り返る。


「何だ」


「絶対、無茶しないでください」


「……努力はする」


「そこは“する”って言ってください」


「……する」


 ほんの少し間があった。


 リリアーナは見逃さない。


「今ちょっと迷いましたよね?」


「迷ってない」


「迷いました」


「迷ってない」


「目が泳いでました」


「泳いでない」


 即答。


 でも。


 少しだけ視線が逸れている。


 アルベルトが横で吹き出した。


「ははっ……!」


「お前ほんとリリアーナに弱ぇな!」


「弱くない」


「いや完全に弱いだろ」


「違う」


「認めろって」


 そのやり取り。


 本来なら、こんな状況で出来るものじゃない。


 王城部隊が目の前にいる。


 一歩間違えば戦闘。


 それなのに。


 不思議と、その軽口は周囲の緊張を少しだけ和らげた。


 後方にいた生徒たちの間にも、小さな空気の変化が生まれる。


「……なんか」


「普通に喋ってる……」


「怖くないのかな」


「いや、絶対怖いだろ……」


「でも、レオン様全然下がんない……」


 ざわめき。


 だが、その声には。


 もう絶望だけではないものが混ざっていた。


 ◇


 ヴァルディスは、その光景を静かに見ていた。


 気に入らない。


 非常に。


 黒蒼雷。


 その存在だけでも危険だ。


 だが、それ以上に。


 この空気が危険だった。


 人が集まっている。


 恐怖で崩れるはずの場で。


 むしろ、“立とう”としている。


 それが許せない。


(これだから黒蒼雷は……)


 古い記録を思い出す。


 王家禁書庫最深部。


 封印指定文書。


 そこに記されていた一文。


『黒蒼雷は、人を王へ従わせない』


 最初に見た時、意味が分からなかった。


 だが今なら分かる。


 黒蒼雷は、人へ“自分で立つ意思”を与える。


 だから危険なのだ。


 王へ従うだけではなくなる。


 弱者が顔を上げる。


 切り捨てられた側が、立ち上がる。


 そんなもの。


 国家運営にとって災厄でしかない。


「監査官殿」


 後ろから術式部隊長が声をかける。


「拘束術式、いつでも展開可能です」


 ヴァルディスは答えない。


 視線は、レオンへ固定されたままだ。


「……」


 理解している。


 ここで強制拘束を行えば、学園側と本格衝突になる。


 下手をすれば内乱へ発展する。


 だが。


 それでも。


 ここで逃せば、黒蒼雷はさらに人を集める。


 危険だ。


 今、止めなければならない。


 ◇


 クラウスは静かに周囲を見ていた。


 王城騎士団。


 術式部隊。


 学園教師陣。


 生徒。


 誰もが限界まで張りつめている。


(最悪だな)


 騎士として分かる。


 これは、最も危険な空気だ。


 皆、まだ理性が残っている。


 だが。


 どちらか一人でも引き金を引けば、全部が壊れる。


 しかも問題なのは。


 王城側騎士の中にも、迷いが見えていることだった。


「……本当にやるのか」


「学園相手に?」


「でも王命だぞ」


「だが、地下施設の件……」


「黙れ、聞かれるぞ」


 小声。


 だが聞こえる。


 揺れている。


 王城側内部も。


 クラウスは小さく息を吐く。


(もう、戻れんな)


 ここまで来た以上。


 どちらかが折れなければ、終わらない。


 そして。


 レオンは、もう折れない。


 それが分かってしまった。


 ◇


 レオンは、静かにヴァルディスを見ていた。


 不思議だった。


 昔なら。


 こんな場所に立つだけで震えていたと思う。


 王城。


 騎士団。


 王命。


 全部、自分を否定してくるものだった。


 でも今は。


 怖くないわけじゃない。


 普通に怖い。


 術式部隊の魔力圧なんて、肌が裂けそうなほど重い。


 でも。


 退きたくない。


 それ以上に。


 後ろを見たくなる。


 リリアーナがいる。


 アルベルトがいる。


 エリシアがいる。


 クラウスがいる。


 学園長も。


 生徒たちも。


 皆、立っている。


 自分の後ろで。


 それを見た瞬間。


 胸の奥が、熱くなる。


 東の塔には、何もなかった。


 一人だった。


 誰もいなかった。


 でも今は違う。


 だから。


 もう。


 奪われたくない。


「……ヴァルディス」


 レオンが静かに呼ぶ。


 監査官の目が細くなる。


「何だ」


「一つ聞きたい」


「答える義務はない」


「そうか」


 レオンは頷く。


 それから。


 静かに続けた。


「じゃあ、独り言だ」


 空気が止まる。


「お前ら、“王国のため”って何回も言うけど」


 一拍。


「その王国って、誰のための国なんだ」


 誰も喋らない。


 レオンは続ける。


「価値ないやつ切り捨てて」


「弱いやつ見捨てて」


「怖いもの閉じ込めて」


「それで維持してる国が、そんなに正しいか?」


 その声。


 大きくはない。


 でも。


 一つ一つが、重かった。


 ヴァルディスは答えない。


 代わりに、術式部隊の空気が揺れる。


 王城騎士の視線も。


 迷い始めていた。


 レオンは気づいていない。


 でも。


 今の彼の言葉は、確実に王城側へ刺さっていた。


 何故なら。


 彼らの中にも、“切り捨てられた側”を見た人間がいるからだ。


 ◇


「……っ」


 リリアーナは、胸が熱くなるのを感じていた。


 レオンは変わった。


 前なら。


 こんな風に、自分の言葉を誰かへぶつけることなんてなかった。


 でも今は違う。


 怒っている。


 悔しがっている。


 ちゃんと、自分のためにも言葉を使っている。


 それが。


 どうしようもなく嬉しかった。


 その時だった。


 バチッ――。


 黒蒼雷が、わずかに揺れる。


 そして。


 リリアーナは気づいた。


 黒蒼雷が、怖くない。


 前は、見ているだけで恐ろしかった。


 でも今は違う。


 温かい。


 まるで。


 レオン自身みたいだと思った。


 ◇


 ヴァルディスが、ゆっくり杖を持ち上げる。


「……もう十分だ」


 空気が変わる。


 術式部隊が一斉に魔力展開。


 青白い拘束術式が空へ広がる。


 教師陣も防衛結界を展開。


 生徒たちが息を呑む。


 戦闘が始まる。


 本当に。


 その瞬間だった。


「そこまでだ」


 低い声が響いた。


 全員が振り向く。


 正門奥。


 王城側後方。


 そこへ、新たな騎士団が現れていた。


 白銀鎧。


 中央王都直属紋章。


 そして。


 先頭に立つ男を見た瞬間。


 クラウスの目が見開かれる。


「……団長」


 王城最強。


 第一騎士団団長。


 グレイヴ・アルディオス。


 王国の剣と呼ばれる男が。


 静かに、学園へ姿を現した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ