第111話「王城の圧力、無能王子は“居場所を守る戦い”へ踏み込んでいく」
正門前の空気は、限界まで張り詰めていた。
王立アルディア学園。
その巨大な正門を挟むようにして、二つの勢力が睨み合っている。
王城直属第一術式部隊。
王城騎士団。
対するは、学園教師陣と防衛結界。
さらに、その後方には大勢の生徒たち。
誰もが息を潜めていた。
風が吹く。
だが、その風すら重い。
まるで空気そのものへ巨大な石を沈めたみたいに、周囲は異様な圧力で満ちていた。
青白い拘束術式陣が空中へ幾重にも展開されている。
円形術式。
封鎖結界。
魔力固定陣。
全部、本気だ。
王城側は、本当にレオンを拘束するつもりで来ている。
それが嫌でも分かった。
そして。
その中心。
黒蒼雷を纏う少年――レオンハルト・フォン・アルディアは、静かに立っていた。
黒い髪。
包帯の巻かれた右腕。
未だ完治していない身体。
それでも、その背中はまっすぐだ。
逃げない。
退かない。
その意思だけが、空気を貫いていた。
バチ……ッ。
黒蒼の雷が、静かに弾ける。
以前みたいな荒々しさはない。
今の黒蒼雷は、妙に静かだった。
だが。
だからこそ、怖い。
そこに“意思”を感じるからだ。
ヴァルディスは、その雷を冷たく見つめていた。
「……やはり危険だ」
低い声。
まるで断罪するみたいな響き。
「その力は、人を惹きつける」
「秩序を乱す」
「放置すれば、必ず王国を割ることになる」
その言葉。
後方の生徒たちが、小さくざわめく。
「……またそれかよ」
「危険危険って……」
「レオン様、助けてくれたじゃん……」
小さな反発。
だが確実に広がっている。
ヴァルディスの眉が、僅かに動いた。
気づいているのだ。
既に空気が変わり始めていることへ。
レオンは静かに口を開いた。
「割れて困る程度の秩序なら」
一拍。
「最初から歪んでる」
空気が止まる。
真正面からの否定。
しかも、王城監査官へ向けて。
普通なら有り得ない。
だが。
レオンは視線を逸らさない。
東の塔にいた頃なら無理だった。
王城の人間を見るだけで身体が強張っていた。
怖かった。
否定されるのが当たり前だったから。
でも今は違う。
後ろに、人がいる。
だから立てる。
ヴァルディスの目が細くなる。
「……それが黒蒼雷か」
「王へ従わず」
「人を惑わせ」
「別の正義を語る」
「災厄そのものだ」
「違う」
今度は、リリアーナだった。
一歩。
震える足で、それでもレオンの前へ出る。
小柄な身体。
怖いに決まっている。
王城騎士団。
術式部隊。
目の前にいるのは、王都でも上位戦力だ。
それでも。
リリアーナは退かなかった。
「レイさんは、誰かを傷つけたいわけじゃありません」
「守りたいだけです」
ヴァルディスが冷たい視線を向ける。
だが。
リリアーナは止まらない。
「地下施設の子たちも」
「学園も」
「わたしたちも」
一拍。
「全部、“守ろう”としてるだけです」
その声は震えていた。
でも。
ちゃんと届いた。
後方にいた生徒たちの顔が変わる。
レオンは、少しだけ目を見開いていた。
自分の前へ立つ人間。
そんなもの、東の塔では存在しなかった。
誰も、自分を庇わなかった。
だから今の光景が、未だに少し信じられない。
ヴァルディスが低く言う。
「理想論だ」
「理想だけで国は回らん」
「でも」
リリアーナは真っ直ぐ見返した。
「だからって、人を壊していい理由にはなりません」
静寂。
風だけが吹く。
その瞬間。
王城騎士団側の一部が、僅かに視線を揺らした。
地下施設。
赤眼。
彼らも噂程度には聞いている。
そして。
完全には否定しきれていない。
だから。
リリアーナの言葉が刺さる。
ヴァルディスは、その空気を嫌そうに見ていた。
「感情で国家は運営できん」
「便利だな、その言葉」
アルベルトだった。
一歩前へ出る。
紅炎の魔力が、わずかに揺れる。
「王国のため」
「秩序のため」
「危険だから」
「お前ら、全部それで済ませる」
一拍。
「じゃあ聞くけどよ」
「地下施設のガキどもも、“王国のため”か?」
空気が、さらに重くなる。
ヴァルディスは答えない。
その沈黙が、逆に全てを語っていた。
アルベルトの目が冷える。
「……マジで腐ってんな」
「第二王子」
「図星かよ」
後方の生徒たちがざわつく。
「アルベルト様……」
「完全に王城と対立してる……」
「でも、言ってること間違ってなくないか……?」
その空気。
ヴァルディスは確実に危機感を抱いていた。
だからこそ。
黒蒼雷は危険なのだ。
人を立たせる。
恐怖より、意思を選ばせる。
それが許せない。
その時だった。
バチ……ッ。
黒蒼雷が、小さく揺れる。
リリアーナが気づく。
さっきより、穏やかだ。
怒りだけじゃない。
別の感情が混ざっている。
レオン自身も、少し驚いていた。
昔なら。
こんな空気の中にいれば、もっと荒れていた。
でも今は違う。
リリアーナが隣にいる。
アルベルトが笑っている。
後ろでは、生徒たちが立っている。
その感覚が。
黒蒼雷を落ち着かせていた。
「……レイさん」
リリアーナが小さく呼ぶ。
「何だ」
「今、ちょっと怒ってますよね」
レオンは少し黙る。
怒り。
昔は、そんなもの感じても意味がないと思っていた。
東の塔で怒っても、誰にも届かないから。
でも今は違う。
地下施設。
番号。
壊された子供たち。
全部を思い出すと。
胸の奥が熱くなる。
「……そうかもな」
ぽつり。
静かな肯定。
リリアーナは少しだけ笑った。
「よかった」
「何がだ」
「ちゃんと、自分のためにも怒れるようになったから」
その言葉。
レオンは返せなかった。
代わりに。
少しだけ目を伏せる。
ヴァルディスが杖を持ち上げた。
「……もう十分だ」
空気が変わる。
術式部隊が一斉に魔力展開。
青白い拘束術式が空中へ広がる。
教師陣も防衛結界を展開。
生徒たちが息を呑む。
本当に始まる。
その瞬間だった。
「そこまでだ」
低い声。
重い声。
まるで空気そのものを断ち切るような響き。
全員が振り向く。
正門奥。
王城側後方。
そこへ、新たな騎士団が現れていた。
白銀鎧。
統一された足音。
圧倒的な練度。
そして。
その中央を歩く男を見た瞬間。
クラウスの目が見開かれる。
「……団長」
静寂。
王城最強。
第一騎士団団長。
グレイヴ・アルディオス。
“王国の剣”と呼ばれる男が。
静かに、学園へ姿を現した。




