第110話「黒蒼雷の意味、無能王子は“自分の怒り”を初めて王城へ向ける」
学園正門前。
空気は、完全に変わっていた。
王城騎士団。
術式部隊。
学園教師陣。
生徒たち。
その全員が、今はレオンを見ている。
『俺は、守りたいだけだ』
『奪わせない』
その言葉は、確かに響いた。
生徒たちの胸へ。
教師たちの胸へ。
そして。
王城側へも。
ヴァルディスはレオンを見つめたまま、動かない。
だが。
その目には、明確な警戒が宿っていた。
黒蒼雷。
その力そのものより。
今のレオン自身へ向けられた警戒。
人を集める。
立たせる。
希望を持たせる。
それこそが、王城にとって危険なのだ。
「……やはり」
ヴァルディスが低く呟く。
「黒蒼雷は、人心を乱す」
アルベルトの眉が跳ねた。
「は?」
エリシアの目も冷える。
だが。
ヴァルディスは続けた。
「王へ従うべき民へ、“別の意思”を与える」
「秩序を揺るがす」
「それは、王国にとって災厄だ」
「ふざけんな」
アルベルトが前へ出る。
「人を助けたやつが災厄?」
「どんな理屈だよ」
ヴァルディスは冷たい視線を向けた。
「第二王子アルベルト」
「感情で国家運営は出来ん」
「綺麗事だけでは王国は維持できない」
「だから人体実験していいって?」
アルベルトの声が低くなる。
「子供壊していいって?」
「それは現在調査中だ」
「便利だなその言葉!!」
空気が張り詰める。
術式部隊が反応し始めた。
青白い術式陣。
王城騎士団も剣へ手をかける。
それに合わせて。
学園側教師陣も魔力を展開した。
戦闘寸前。
リリアーナの鼓動が速くなる。
まずい。
本当にぶつかる。
だが。
「アルベルト」
レオンが静かに呼んだ。
アルベルトが止まる。
「……何だ」
「落ち着け」
「でもよ」
「分かってる」
レオンは前へ出る。
右腕の包帯が、風で揺れた。
まだ完全には治っていない。
それでも。
その背中は、もう昔みたいに小さく見えなかった。
ヴァルディスが目を細める。
「何だ」
レオンは数秒黙る。
それから、静かに言った。
「俺、昔は」
一拍。
「本当に、自分が間違ってるんだと思ってた」
リリアーナの胸が揺れる。
東の塔。
価値なし。
無能。
レオンは、ずっとそれを抱えていた。
「魔力ゼロで」
「王族失格で」
「誰にも必要とされなくて」
「だから、東の塔にいるのが当然だって」
ヴァルディスは何も言わない。
レオンは続けた。
「でも」
黒蒼の火花が、静かに弾ける。
「ルミアたちを見た時」
「アレンを見た時」
「分かった」
一歩。
「間違ってたのは、俺じゃない」
空気が震える。
リリアーナの目が熱くなる。
セレスティアは静かにレオンを見ていた。
レオンは、さらに続ける。
「人を番号で呼ぶ方が間違ってる」
「価値で人を切り捨てる方が間違ってる」
「怖いから閉じ込める方が間違ってる」
一拍。
「だから」
レオンの目が、真っ直ぐヴァルディスを貫く。
「俺は、もう従わない」
その瞬間。
空気が変わった。
バチィッ――!!
黒蒼雷が、レオンの周囲へ広がる。
だが。
前回の暴走みたいな荒れ方じゃない。
静かだった。
意思を持っているみたいに。
揺れている。
生徒たちが息を呑む。
「……綺麗」
誰かが呟いた。
実際、そうだった。
黒蒼の雷は恐ろしい。
でも同時に。
どこか温かかった。
ヴァルディスの顔色が変わる。
「制御精度が……上がっている……?」
セレスティアが静かに言う。
「当然よ」
「黒蒼雷は、“守る意思”に応える力」
「この子は、もう一人じゃないもの」
その言葉。
レオンの胸が、小さく揺れる。
一人じゃない。
その感覚は、まだ少し慣れない。
でも。
嫌じゃない。
むしろ。
失いたくないと思ってしまう。
リリアーナが、そっとレオンの横へ並んだ。
「レイさん」
「何だ」
「今、ちょっとだけ怒ってますよね」
レオンは少し黙る。
怒り。
昔は、あまり感じなかった。
感じても意味がないと思っていたから。
でも今は違う。
東の塔。
地下施設。
ルミアたち。
全部を思い出すと。
胸の奥が熱くなる。
「……そうかもな」
ぽつり。
レオンが認めた。
リリアーナは、少しだけ笑う。
「よかった」
「何がだ」
「ちゃんと、自分のためにも怒れるようになったから」
その言葉。
レオンは返せなかった。
代わりに。
少しだけ目を伏せる。
ヴァルディスが低く言った。
「感情に流されるな、レオンハルト」
「王とは、切り捨てる者だ」
「全てを守ることなど出来ん」
レオンは静かに顔を上げる。
「知ってる」
「……?」
「全部守れないのは知ってる」
「俺も、助けられなかった奴がいる」
ルカ。
地下施設で壊された子供たち。
助けきれなかった命。
全部、覚えている。
「でも」
一拍。
「だからって、“最初から切り捨てていい”理由にはならない」
その言葉。
学園側の空気が変わる。
生徒たちの目に、熱が宿る。
クラウスが静かに目を細めた。
エリシアは小さく微笑む。
アルベルトは拳を握った。
そして。
ヴァルディスは理解する。
この少年は、もう止まらない。
東の塔で折れていた頃とは違う。
今のレオンは、“立っている”。
だから危険なのだ。
「……ならば」
ヴァルディスが杖を持ち上げる。
空気が変わった。
術式部隊が一斉に展開準備へ入る。
生徒たちがざわめく。
クラウスが前へ出る。
アルベルトも魔力を解放。
エリシアの周囲へ風が揺れる。
リリアーナも、震えながら前へ出た。
「レイさんのこと、連れて行かせません」
その声は小さい。
でも。
確かだった。
ヴァルディスは全員を見る。
「学園側は、本当に反逆を選ぶのか」
その時。
「反逆ではない」
学園長だった。
ゆっくり前へ出る。
白髪。
老いた身体。
だが、その目は鋭い。
「これは、“生徒を守る”というだけの話だ」
「王城が、正当な調査もなく一人の生徒を危険認定し」
「さらに学園全体へ圧力をかける」
「そんなものを教育機関として認めるわけにはいかない」
ヴァルディスの目が険しくなる。
「貴様……」
「老いぼれで結構」
学園長は静かに言った。
「だがな」
一拍。
「この学園は、“価値がない”と言われた者を切り捨てる場所ではない」
その言葉。
レオンの胸が、強く揺れた。
価値がない。
その言葉で、ずっと閉じ込められていた。
でも。
今は違う。
ここには。
否定しない人たちがいる。
名前で呼んでくれる人たちがいる。
守ろうとしてくれる場所がある。
だから。
もう。
奪わせない。
レオンの黒蒼雷が、静かに揺れた。
まるで。
その意思へ応えるみたいに。




