第109話「反逆の宣告、無能王子は“奪わせない居場所”のために立ち続ける」
「断る」
その一言。
静かなはずの声だった。
だが。
正門前に集まっていた全員へ、はっきり届いた。
空気が止まる。
王城騎士団。
術式部隊。
学園教師陣。
そして遠巻きに見守る生徒たち。
誰もが、一瞬呼吸を忘れたみたいに固まっていた。
第三王族監査官ヴァルディスだけが、静かにレオンを見ている。
その鋭い目は、感情をほとんど見せない。
だが。
僅かに。
本当に僅かに。
苛立ちが混ざった。
「……聞こえなかったのか?」
低い声。
圧力がある。
普通の貴族なら、それだけで膝をつく。
だが。
レオンは動かない。
「聞こえてる」
「だから断る」
周囲がざわめく。
「また……!」
「本当に王命拒否してる……!」
「やば……」
恐怖。
驚愕。
でも。
同時に。
生徒たちの目には、どこか熱があった。
立っている。
真正面から。
王城相手に。
あの“無能王子”が。
ヴァルディスの杖先が、ゆっくり地面を叩く。
カツン――。
乾いた音。
「第一王子レオンハルト」
「王命拒否が何を意味するか、理解しているのか」
「してる」
「ならば何故拒否する」
レオンは静かに返す。
「信用できないからだ」
ヴァルディスの目が細くなる。
「王城を?」
「ああ」
「理由を」
「地下施設」
「赤眼」
「封鎖結界」
「全部、王城と繋がってる可能性が高い」
一歩。
レオンが前へ出る。
「そんな場所へ、自分から行く理由がない」
その瞬間。
王城騎士団側がざわついた。
「地下施設……?」
「赤眼?」
「何の話だ」
全員が事情を知っているわけではない。
むしろ。
末端騎士ほど、何も知らされていない可能性が高い。
ヴァルディスは冷たい声で言う。
「証拠は」
「ある」
即答だった。
「被害者がいる」
「名前を奪われた人間がいる」
「それだけで十分だ」
リリアーナの胸が熱くなる。
ルミアたちのことだ。
アレンのことだ。
レオンは、ちゃんと彼らを背負って立っている。
ヴァルディスは静かに息を吐いた。
「感情論だな」
その瞬間。
レオンの後ろで、空気が変わった。
アルベルトが一歩出かける。
エリシアの目が冷える。
クラウスの手が剣へ触れる。
だが。
レオンの方が先だった。
「感情論でいい」
静かな声。
「人を番号で呼ぶよりは、ずっとマシだ」
その言葉。
一部の騎士たちが目を見開く。
「番号……?」
「まさか、本当に人体実験が……」
ざわめきが広がる。
ヴァルディスの表情が、初めて少し崩れた。
「不用意な発言は慎め」
「不用意じゃない」
「第一王子」
「俺は、見たものを言ってるだけだ」
空気が張り詰める。
王城側術式部隊の魔力が、わずかに高まった。
青白い術式光。
学園側教師陣も警戒を強める。
リリアーナの鼓動が速くなる。
まずい。
このままだと、本当にぶつかる。
その時だった。
「いい加減にしなさい」
静かな声。
だが。
妙に通る声だった。
全員が振り向く。
学園正門階段。
そこへ、一人の女性が立っていた。
銀髪。
白い法衣。
金色の瞳。
セレスティア。
レオンの目が細くなる。
「……お前」
ヴァルディスの顔色が、初めて明確に変わった。
「なっ……」
一歩、後退する。
その反応に、クラウスが目を細めた。
知っている。
少なくとも、ヴァルディスは彼女を知っている。
セレスティアは静かに歩いてくる。
まるで散歩でもしているみたいな足取り。
なのに。
誰も動けなかった。
空気が違う。
周囲の魔力そのものが、彼女へ道を空けているような感覚。
「第三王族監査官ヴァルディス」
セレスティアが微笑む。
「まだその役職にいたのね」
ヴァルディスの喉がわずかに動く。
「……何故、お前がここにいる」
「質問に答えていないわよ」
「っ……」
王城側がざわめく。
「監査官が押されてる……?」
「誰だあの女……」
セレスティアはレオンの隣へ立つ。
金色の瞳が、静かにヴァルディスを見た。
「随分と強引ね」
「学園封鎖」
「王命圧力」
「反逆認定」
「そこまでして、この子を連れて行きたいの?」
「……当然だ」
ヴァルディスが低く返す。
「黒蒼雷は危険だ」
「制御不能になれば、王都そのものが滅ぶ可能性もある」
「だから管理が必要?」
セレスティアが笑う。
でも。
その笑みは冷たかった。
「本当に?」
一拍。
「それとも、“王城が制御できないから”怖いだけ?」
空気が凍る。
ヴァルディスの目が揺れた。
図星。
その反応だった。
アルベルトが低く呟く。
「……マジかよ」
エリシアも息を呑む。
やはり。
王城は、黒蒼雷そのものを恐れている。
セレスティアは静かに続けた。
「黒蒼雷は、支配する力じゃない」
「従わせる力でもない」
「だから、王城とは相性が悪い」
「黙れ……!」
ヴァルディスの声が荒れる。
初めてだった。
感情を見せた。
「お前は何も知らん!」
「王国を維持するには、秩序が必要だ!」
「秩序?」
セレスティアが目を細める。
「名前を奪うことが?」
「子供を壊すことが?」
「東の塔へ閉じ込めることが?」
ヴァルディスの顔が歪む。
レオンの目が、静かに細くなった。
「……知ってるのか」
ヴァルディスが止まる。
レオンは、一歩前へ出た。
「東の塔へ送った理由」
「お前ら、最初から知ってたのか」
沈黙。
周囲が静まり返る。
ヴァルディスは数秒黙り。
そして、低く言った。
「……黒蒼雷は、王を殺す」
その言葉。
全員が止まった。
リリアーナの顔色が変わる。
「え……?」
ヴァルディスはレオンを見た。
「古い記録には、そう残されている」
「王家を終わらせる雷」
「秩序を壊す災厄」
「だから、お前は危険なんだ」
レオンは静かだった。
だが。
胸の奥が、少しだけ冷える。
東の塔。
追放。
価値なし。
全部。
“危険だから”だったのか。
ヴァルディスが続ける。
「王国を守るためには、お前を管理しなければならない」
「それが王城の総意だ」
その瞬間。
バチッ――。
黒蒼の火花が、レオンの周囲へ弾けた。
空気が震える。
生徒たちが息を呑む。
だが。
レオンの顔は、妙に静かだった。
「……違うな」
低い声。
ヴァルディスが眉を寄せる。
「何?」
レオンは、ゆっくり顔を上げる。
「お前らは、“怖いから閉じ込めた”だけだ」
「理解しようともせず」
「勝手に危険扱いして」
「東の塔へ捨てた」
一拍。
「それを、“王国のため”とか言うな」
その声。
リリアーナの胸が強く震える。
怒っている。
レオンが。
自分のために。
東の塔の過去に対して。
それは、今までほとんど無かったことだった。
ヴァルディスの目が険しくなる。
「ならば、お前は何だ」
「王国へ牙を向けないと言い切れるのか」
レオンは静かに返した。
「俺は」
一拍。
「守りたいだけだ」
空気が止まる。
「名前を」
「居場所を」
「大切にしたい奴らを」
黒蒼雷が、静かに揺れる。
暴力じゃない。
威圧でもない。
まるで。
その言葉へ応えるみたいに。
「だから」
レオンは、真っ直ぐヴァルディスを見る。
「奪わせない」
その瞬間。
学園側生徒たちの空気が、一気に変わった。
「……っ!」
「レオン様……!」
「うおおお……!」
誰かが拳を握る。
誰かが涙ぐむ。
その姿を見て。
ヴァルディスは、初めて理解した。
遅すぎた。
もう。
この少年は、一人ではない。
そして。
だからこそ。
危険なのだと。




