第108話「第二次通達、無能王子は“学園の意思”と共に王城へ立ち向かう」
朝だった。
空は晴れている。
昨日までの激戦が嘘みたいな青空。
だが。
学園の空気は、重かった。
外周を覆う監視結界は、夜を越えてさらに強化されている。
青白い術式光が空へ薄く浮かび、学園全体を囲っていた。
正門前には、王城騎士団。
さらに奥には、黒い法衣を纏った術式部隊の姿も見える。
完全に異常事態だった。
生徒たちも、それを理解している。
授業は事実上停止。
避難経路確認。
防衛班編成。
食堂では緊張した声が飛び交い、廊下では不安そうに外を見る生徒たちがいる。
だが。
そんな中でも、一つだけ変わったことがあった。
誰も。
レオンを“危険人物”として見ていなかった。
◇
「……でけぇな」
食堂窓から外を見ながら、アルベルトが呟く。
「第一術式部隊とか、王都祭典警備レベルだぞ」
「本気で学園制圧する気じゃねぇか」
クラウスも静かに頷く。
「通常配置ではない」
「少なくとも、“見せるため”だけの戦力ではないな」
レオンは黙って外を見ていた。
騎士たち。
術式展開班。
王城旗。
その光景を見ても、もう昔みたいな萎縮はない。
ただ。
少しだけ、妙な気分だった。
自分は本当に、あの場所で生まれたのだろうかと。
「レイさん」
リリアーナがトレイを置く。
「ちゃんと食べてください」
「食ってる」
「パンしか減ってません」
「……」
「駄目です」
今日の朝食はかなり豪華だった。
肉入りスープ。
焼きたてパン。
卵料理。
果物。
完全に“栄養つけろセット”である。
しかも犯人は食堂主任マルタだ。
『坊っちゃんまた倒れたらぶっ飛ばすからね!』
朝一番にそう言われた。
レオンは未だに、あの勢いに勝てない。
「……量多い」
「怪我人なんだから当たり前です」
リリアーナは完全に譲らない。
その横で、ルミアたちも朝食を食べていた。
ユノはまだ眠そうだ。
だが。
前より表情はかなり柔らかい。
「ユノ、スープ飲めるか?」
レオンが聞く。
ユノが小さく頷く。
「うん」
そして、少し迷ってから言った。
「……おいしい」
その一言に、ルミアが少し笑う。
「前よりちゃんと食べるようになったね」
「……前は、急いでたから」
ユノが小さく呟く。
地下施設では、食事も“奪われる前に食べるもの”だった。
ゆっくり味わう余裕なんてなかった。
今は違う。
温かい。
急がなくていい。
その変化を、ユノ自身も少しずつ理解し始めている。
アレンが静かにパンを千切りながら言う。
「変だな」
「何が」
アルベルトが聞く。
「こんな状況なのに」
一拍。
「ちょっと安心してる」
その言葉。
空気が少し静かになる。
アレンは視線を落としたまま続けた。
「前なら、王城って聞くだけで怖かった」
「また連れてかれるって思ってた」
「でも今は」
ゆっくり顔を上げる。
「レオンたちがいるから、大丈夫かもって思える」
リリアーナの胸が少し熱くなる。
レオンは数秒黙っていた。
それから、小さく言う。
「……なら良かった」
アレンが少し笑った。
「うん」
その空気を、エリシアは静かに見ていた。
名前。
安心。
居場所。
レオンは、本当にそれを作り始めている。
王城が一番恐れていたのは、もしかするとこの姿なのかもしれない。
人を集める力。
見捨てられた側を立たせる力。
それが、黒蒼雷なのだとしたら。
「……来ますわね」
エリシアが窓を見る。
全員の視線が向く。
正門前。
騎士たちが左右へ広がった。
中央。
白銀の馬車が止まる。
王家紋章。
昨日の使節団より、さらに格式が高い。
クラウスが低く呟く。
「第二次通達か」
空気が変わる。
食堂内の生徒たちも静かになる。
レオンはゆっくり立ち上がった。
右腕はまだ痛む。
でも、動ける。
リリアーナが即座に立つ。
「わたしも行きます」
「俺も」
アルベルトが椅子を引く。
「当然ですわね」
エリシアも続く。
ルミアたちも立ち上がりかけた。
だが。
レオンが止める。
「お前らは残れ」
ルミアが少し不安そうにする。
「でも……」
「大丈夫だ」
一拍。
「今度は、ちゃんと戻る」
ユノがじっとレオンを見る。
「約束?」
「ああ」
「絶対?」
「絶対だ」
ユノは少し考えてから、小さく頷いた。
「……うん」
その時だった。
食堂入口が開く。
学園長だった。
「レオン君」
「来たか」
「ええ」
学園長の顔は静かだ。
だが、その奥には強い意思がある。
「王城側は、“第三王族監査官”を連れてきている」
アルベルトが顔を歪める。
「うわ、めんどくせぇの来たな」
リリアーナが首を傾げる。
「偉い人なんですか?」
「王族監査官は、“王命執行の正当性確認”を担当する役職ですわ」
エリシアが説明する。
「つまり今回は、“正式拘束”へ近い形を取る気でしょうね」
「本気かよ……」
アルベルトが舌打ちする。
レオンは静かだった。
不思議と、怖くはない。
昔なら震えていた。
でも今は違う。
背中側に、人の気配がある。
食堂の生徒たち。
教師たち。
仲間たち。
それだけで、足が止まらなかった。
「……行くか」
レオンが歩き出す。
リリアーナがその横へ並ぶ。
「無茶禁止です」
「まだ言うのか」
「何回でも言います」
「……」
「返事してください」
「分かった」
「よろしいです」
そのやり取りに、少しだけ笑いが漏れる。
だが。
空気はすぐに張りつめ直した。
正門前。
王城騎士団。
術式部隊。
監査官。
そして。
学園側の教師陣。
生徒たちも遠巻きに見守っている。
レオンたちが近づくと、王城側がざわめいた。
「……あれが」
「黒蒼雷……」
「本当に子供じゃないか」
視線。
警戒。
恐れ。
だが。
昨日と違うことが一つある。
レオンの後ろには、人がいた。
学園長。
クラウス。
アルベルト。
エリシア。
リリアーナ。
そして。
学園の生徒たち。
王城側中央。
豪奢な白銀法衣を纏った男が前へ出る。
年齢は五十代ほど。
鋭い鷹のような目。
細身。
杖を持っている。
「私は、第三王族監査官ヴァルディス」
「第一王子レオンハルト・フォン・アルディアへ、第二次通達を行う」
その声はよく通る。
生徒たちが息を呑む。
ヴァルディスは冷たい視線をレオンへ向けた。
「危険神霊契約者レオンハルト」
「貴様へ王城への即時同行命令を再度通達する」
「拒否した場合――」
一拍。
「学園側へ反逆容疑を適用する」
その瞬間。
空気が凍った。
生徒たちがざわめく。
「は……?」
「反逆って……!」
「そんなの!」
アルベルトの目が怒りで燃える。
「やりやがったな……!」
エリシアも冷たい顔になる。
「完全に脅迫ですわね」
リリアーナは拳を握った。
学園まで巻き込む気だ。
レオン一人の問題では終わらせない。
その意思表示。
だが。
レオンは静かだった。
ゆっくり前へ出る。
王城側の視線が集中する。
ヴァルディスが目を細めた。
「……返答を聞こう」
レオンは静かに空を見る。
青空。
東の塔から、ずっと見ていた空。
でも今は違う。
一人で見上げる空じゃない。
守りたいものがある空だ。
レオンは視線を戻した。
真っ直ぐ、ヴァルディスを見る。
そして。
静かに言った。
「断る」
その声は、小さい。
でも。
誰よりも強く響いた。




