第106話「戦う準備、無能王子は“守られる側”では終わらないと決める」
学園長室には、重い空気が流れていた。
外では、まだ生徒たちのざわめきが聞こえている。
王城による封鎖。
監視結界。
危険神霊契約者。
そんな言葉が広がれば、不安にならない方がおかしい。
だが。
それ以上に。
学園側には、怒りが広がっていた。
「……危険人物扱い、ね」
アルベルトが椅子へ深く座りながら吐き捨てる。
「自分らで怪物作っといて、止めたやつ拘束するとか終わってんな」
学園長が静かに頷く。
「王城側も、全員が一枚岩ではないだろう」
「だが、少なくとも今動いている連中は本気だ」
クラウスが低く言う。
「封鎖結界の規模から見てもな」
「通常、学園一つへここまで大規模な監視術式は使わん」
「ほぼ軍事対応だ」
エリシアが腕を組む。
「つまり王城は、“学園ごと管理下へ置く”つもりですわね」
「最悪の場合、強制捜査も視野でしょう」
リリアーナの顔が少し青くなる。
「そんなことまで……?」
「あり得る」
クラウスが即答した。
「特に、王城が本気でレオンを危険視しているならな」
その視線が、レオンへ向く。
レオンは黙っていた。
窓の外。
青白い監視結界が、夜空へ薄く広がっている。
まるで、巨大な檻だ。
でも。
不思議と、昔みたいな息苦しさはなかった。
東の塔は、もっと冷たかった。
もっと静かで。
もっと孤独だった。
今は違う。
周りに人がいる。
怒ってくれる人がいる。
守ろうとしてくれる人がいる。
だから。
逃げたいとは思わなかった。
「……レオン様」
ミーアが静かに呼ぶ。
「何だ」
「一つ、確認したいことがあります」
「言え」
ミーアは少しだけ視線を落とした。
「本当に、戦うおつもりですか」
その言葉に、空気が静まる。
ミーアは続けた。
「もちろん、私はレオン様のお側にいます」
「ですが」
「相手は王城です」
「王族」
「騎士団」
「術式部隊」
「そして、おそらく赤眼残党も動いています」
一拍。
「もし全面対立になれば、今まで以上に危険になります」
リリアーナの表情も少し曇る。
彼女も分かっている。
ここから先は、“学園襲撃事件”とは違う。
敵は怪物だけじゃない。
王国そのものだ。
レオンは静かにミーアを見る。
「……怖いか」
「はい」
ミーアは迷わず頷いた。
「怖いです」
「またレオン様を失うかもしれないと思うと」
その言葉。
リリアーナの胸も痛くなる。
アルベルトも黙る。
クラウスも。
エリシアも。
皆、同じ不安を抱えていた。
レオンは少しだけ目を伏せる。
それから、小さく息を吐いた。
「……昔の俺なら」
一拍。
「たぶん逃げてた」
全員が静かに聞く。
「面倒事に巻き込まれる前に、東の塔へ戻って」
「一人で終わろうとしてたと思う」
リリアーナの指先が少し震える。
その光景が、想像できてしまったから。
レオンは続ける。
「でも」
ゆっくり顔を上げる。
「今は、逃げたくない」
静かな声。
でも。
そこには、確かな意思があった。
「守りたい奴らがいる」
「ルミアたちも」
「学園も」
「お前らも」
一拍。
「だから、戦う」
その言葉。
リリアーナの胸が熱くなる。
エリシアは静かに微笑んだ。
アルベルトはニヤリと笑う。
「やっと王子っぽいこと言うようになったな」
「うるさい」
「いや、でもマジで変わったぞお前」
クラウスも静かに頷く。
「十分だ」
「覚悟は伝わった」
学園長がゆっくり席を立つ。
「ならば、こちらも腹を括ろう」
その声は、重かった。
「私は、この学園を守る」
「生徒も」
「教師も」
「そして、ここへ居場所を見つけた者も」
一拍。
「王城相手だろうと、簡単に差し出すつもりはない」
その言葉に、レオンは少し目を見開いた。
学園長は続ける。
「ただし、守るだけでは足りない」
「こちらも動く必要がある」
エリシアが頷く。
「旧神殿区、ですわね」
「ああ」
学園長は地図を広げた。
王都東部。
古い区画。
今では半分以上閉鎖されている区域。
「旧神殿区は、現在ほぼ王城管理下だ」
「一般立入は禁止」
「騎士団巡回もある」
「だが」
一拍。
「学園地下から、旧神殿区方面へ繋がる古い転送路が存在する」
空気が変わる。
クラウスが目を細めた。
「まだ残っていたのか」
「知ってるのか?」
アルベルトが聞く。
クラウスは頷いた。
「旧戦時代の避難路だ」
「王都防衛戦時、神霊研究者たちを逃がすために作られた」
「今は封鎖されているはずだが……」
学園長が静かに言う。
「完全には死んでいない」
「再起動できる可能性がある」
レオンは地図を見る。
旧神殿区。
そこに、自分の過去へ繋がる答えがある。
黒蒼雷。
東の塔。
王城。
全部。
繋がり始めている。
「……行く」
レオンが言う。
だが。
次の瞬間。
「駄目です」
リリアーナが即答した。
「早いな」
「まだ回復してません」
「動ける」
「動けると無理できるは違います!!」
完全に怒っていた。
レオンが少し目を逸らす。
「数日くらいなら……」
「最低でも三日は安静です!」
「長い」
「短いです!」
アルベルトが吹き出す。
「ははっ!」
「もう完全に嫁じゃねぇか」
「違います!!」
リリアーナが真っ赤になる。
だが。
その後、少しだけ俯いた。
「……でも」
一拍。
「ちゃんと治してから行ってほしいです」
その声は、小さかった。
怖いのだ。
またレオンが壊れそうになるのが。
また空から落ちてくるのが。
また、自分の知らないところで無茶するのが。
レオンは、その顔を見る。
それだけで、無理に反論する気が少し削がれる。
「……分かった」
リリアーナが顔を上げる。
「本当ですか?」
「ああ」
「ちゃんと休みますか?」
「努力する」
「そこは即答してください!」
室内に、小さな笑いが広がる。
その空気を見ながら、学園長は静かに息を吐いた。
「少し安心した」
「……?」
レオンが見る。
学園長は微笑む。
「今の君は、ちゃんと止めてくれる仲間がいる」
「それが何より大きい」
レオンは少し黙る。
東の塔には、誰もいなかった。
止める人も。
怒る人も。
笑う人も。
でも今は違う。
だから。
前へ進める。
その時だった。
コンコン――。
扉がノックされる。
全員の空気が少し変わる。
「失礼します」
入ってきたのは、学園の通信担当教師だった。
顔色が悪い。
「学園長」
「どうした」
「……王城側です」
一拍。
「“明朝、第二次通達を行う”と」
空気が冷える。
アルベルトが舌打ちする。
「早ぇな……」
教師は続けた。
「加えて」
「王城直属第一術式部隊の移動が確認されました」
クラウスの目が細くなる。
「……本格投入か」
リリアーナが不安そうにレオンを見る。
レオンは静かだった。
だが。
その瞳には、もう迷いはない。
逃げない。
守る。
そのために動く。
東の塔で終わったはずの人生は。
今、確かに動き始めている。
そして。
王城との戦いもまた。
静かに、幕を開けようとしていた。




