第105話「包囲される学園、無能王子は“守るための覚悟”を再び選ぶ」
夜の空気が、変わっていた。
学園屋上を降りる途中。
レオンたちはすぐに異変へ気づく。
空気が重い。
張りつめている。
まるで、巨大な檻がゆっくり閉じ始めているみたいだった。
「……これ」
リリアーナが小さく呟く。
「結界……?」
クラウスが目を細める。
「ああ」
「しかも王城式だ」
その瞬間。
遠くの夜空で、淡い光が走った。
バチィッ――。
空間へ幾何学模様が浮かび上がる。
青白い光。
幾重にも重なる封鎖術式。
それが、学園周囲を取り囲み始めていた。
アルベルトが顔を歪める。
「おいおい……」
「本気じゃねぇか」
エリシアも表情を硬くする。
「監視結界というより、半封鎖結界ですわね」
「学園全体を閉じ込める気ですの?」
ミーアが静かに答える。
「おそらく」
「現在、王城直属術式部隊が外周へ展開中です」
「加えて、学園出入り口には王城騎士団」
「検問も始まっています」
リリアーナの顔色が変わる。
「そこまで……?」
「レオン様を外へ出さないためでしょう」
ミーアの声は冷静だった。
だが。
その瞳には、はっきりと警戒がある。
レオンは空を見る。
青白い光の檻。
少し前の封鎖結界を思い出した。
違う。
今度は赤眼じゃない。
王城だ。
自分の生まれた場所が、自分を閉じ込めようとしている。
「……分かりやすいな」
ぽつり。
レオンが呟く。
アルベルトが舌打ちする。
「クソ親父……」
「いや、これ宰相府も噛んでんな」
クラウスが低く頷く。
「ほぼ間違いない」
「王命拒否から即封鎖」
「事前準備されていた動きだ」
エリシアが静かに言う。
「つまり王城は、“説得できる”とは最初から思っていなかった」
「最悪、強制連行も視野に入れていたのでしょうね」
リリアーナがレオンを見る。
「……レイさん」
「何だ」
「大丈夫ですか」
「何が」
「……全部です」
一拍。
「急に、敵だらけみたいになってるから」
レオンは少し黙る。
確かに、昔なら怖かったかもしれない。
王城。
騎士団。
封鎖。
全部、自分を否定してくるものだった。
でも今は。
「……一人じゃない」
小さく言う。
リリアーナが目を見開く。
レオンは視線を前へ向けたまま続ける。
「お前らいるし」
リリアーナの顔が、少し赤くなる。
アルベルトがニヤニヤする。
「おー」
「今の自然に言うんだ」
「成長したなぁ」
「うるさい」
エリシアも微笑む。
「ですが、本当にそうですわね」
「今のレオン様は、一人ではありません」
クラウスも頷いた。
「だからこそ、王城は焦っている」
「……?」
レオンが見る。
クラウスは静かに言う。
「東の塔にいた頃のお前は、“孤立した王子”だった」
「だが今は違う」
「学園側」
「生徒」
「教師」
「騎士団内部」
「少しずつ、お前へ味方が増えている」
一拍。
「それが、王城には都合が悪い」
レオンは黙る。
少し前まで、味方なんていなかった。
なのに今は。
リリアーナがいる。
アルベルトがいる。
エリシアがいる。
クラウスもいる。
ルミアたちも。
学園の生徒たちも。
その事実が、まだ少し不思議だった。
その時。
学園本棟へ入った瞬間、ざわめきが聞こえてきた。
「レオン様!」
「本当に王城が……!?」
「大丈夫なんですか!?」
生徒たちだった。
かなりの人数が廊下へ集まっている。
不安そうな顔。
怒っている顔。
混乱している顔。
だが。
その視線は、レオンへ向いていた。
「……何で集まってる」
レオンが小さく呟く。
アルベルトが笑う。
「そりゃ心配だろ」
リリアーナも少し驚いていた。
その中から、一人の男子生徒が前へ出る。
二年生だろうか。
剣術科の制服。
少し緊張している。
「その……!」
「俺たち、聞きました!」
「王城がレオン様を連れて行くかもしれないって!」
周囲もざわつく。
「危険人物扱いとか、おかしいだろ!」
「助けてもらったのに!」
「封鎖結界止めたのレオン様じゃん!」
怒りの声。
否定の声。
レオンは少しだけ目を見開く。
こんな風に、自分のために怒る人間がいるなんて。
昔なら、想像もできなかった。
女子生徒が涙目で言う。
「レオン様、どこか行っちゃうんですか……?」
静かな問い。
廊下が少し静まる。
みんな、不安なのだ。
助けてくれた人が、また消えてしまうのではないかと。
レオンは少し黙る。
何を言うべきか考える。
昔の自分なら。
“関係ない”で終わらせていた。
でも今は。
「……行かない」
短く、はっきり言った。
一瞬、空気が止まる。
レオンは続けた。
「勝手に連れて行かれるつもりもない」
「ここには、守るって決めた奴らがいる」
一拍。
「だから、逃げない」
その瞬間。
廊下の空気が変わった。
「……っ!」
「レオン様……!」
「かっこよ……」
「うおぉぉぉ!!」
男子生徒たちが盛り上がり始める。
女子生徒は泣きそうになっている。
リリアーナが少し照れたように笑った。
「……ちゃんと言えましたね」
「何がだ」
「今のです」
「普通だろ」
「レイさん基準だと大進歩です」
アルベルトが肩を震わせる。
「いやマジで成長したなお前……」
「前なら絶対言わねぇ」
エリシアも頷く。
「ええ」
「今のは、ちゃんと“立つ者”の言葉でしたわ」
レオンは少しだけ落ち着かない。
だが。
悪くない。
そう思ってしまった。
その時。
学園長室の扉が開いた。
「来たか」
学園長だった。
普段の穏やかな雰囲気は薄い。
今は完全に、“学園を守る責任者”の顔をしている。
「状況は聞いているな」
「ああ」
レオンが頷く。
学園長は全員を見る。
「王城側は、学園へ正式通達を出した」
「“危険神霊契約者レオンハルトの引き渡し要請”だ」
廊下の空気が冷える。
生徒たちがざわつく。
「そんな……!」
「ふざけんなよ!」
学園長は静かに続けた。
「当然、私は拒否した」
一瞬。
空気が止まった。
レオンも少し目を見開く。
学園長は真っ直ぐレオンを見る。
「君は、この学園の生徒だ」
「そして今回、多くを守った」
「それを、ろくな調査もなく引き渡せと言われて頷くほど、私は愚かではない」
その声には、はっきりと怒りがあった。
リリアーナの目が少し熱くなる。
アルベルトも笑う。
「流石」
「かっけぇな学園長」
だが。
学園長の表情は厳しいままだ。
「しかし、王城も本気だ」
「このままでは、近いうちに強硬手段へ出る可能性が高い」
「だから」
一拍。
「こちらも覚悟を決める必要がある」
静寂。
全員が理解した。
もう。
ただ隠れている段階ではない。
王城は動く。
なら、こちらも動かなければならない。
レオンは静かに拳を握る。
黒蒼雷が、わずかに弾けた。
バチッ――。
その音は、小さい。
でも。
確かだった。
東の塔で、何も持たず俯いていた少年は、もういない。
守るものがある。
守りたい居場所がある。
だから。
今度は、自分の意思で立つ。
レオンは静かに顔を上げた。
「……なら」
一拍。
「こっちも準備する」
その言葉。
学園の空気が、静かに変わった。
王城と学園。
ついに。
本格的な対立が始まろうとしていた。




