四話 『 その針を止める者たち 』
「うぬぅ!」
不意を突かれ、沈んだ地面に足を取られるジョイズ・モントレー。その間に分身が三体、抜ける。
苛立ちを隠しもしないジョイズ・モントレーは舌を打つと、地面を強引に踏み均し、越えていった連中を抜刀術で討とうとする。だが、氾濫した大河の様に後から後から他の分身体が迫ってきて、押しとどめるだけで精一杯だった。
「すまぬ! 三体に越えられた!」
声に気づいて、アグニの顔が引きつった。
(っ、やっぱおっさんにも全部を押さえるのは無理だったか!)
心中で舌を打ちつつ、その間にも狂戦士に落ちたミーナの父親からの攻撃を躱し、アグニは体勢を変えるついでに背後のミーナと駆けてくるマグティーノの分身体との位置を確認した。
(もう百レートルもねぇじゃねぇか!)
ミーナの母親からの攻撃をかわしつつ、立ち上がれないミーナに向かって叫ぶ。
「しっかりしろっ! 生きて帰るって言ったじゃねぇかっ!」
だがミーナはアグニと戦う両親を見つめ、ぺたんと尻を付けたままだ。
「おい、聞いてんのか! つぅか、聞け! 聞いてくれ!」
アグニは狂戦士になったミーナの両親から繰り出される攻撃を如何にか躱し、舌打ちも大きくミーナの所へ駆け戻ろうとする。しかし、魔力が足りないせいで肉体を強化できず、簡単に追いつかれてしまう。
「くそっ!」
視界の先、狂戦士となった両親の背後で、ミーナが不意に首を動かした。
おそらく駆け寄ってくる分身体の足音に反応したのだろうとアグニは思うが、そのときにはもう三体の分身体はギラリと怪しく光る短剣を両手に、ミーナと十レートルの距離まで近づいていた。
「お願いだミーナ、逃げてくれっ!」
焦りと一緒に願いを叫ぶアグニ。
同時にマグティーノの分身は短剣を放っていた。
「ミーナッ!」
六本の短剣が殺意を纏って空気を貫き、ミーナへと急速に迫っていく。
「……あ」
その光景にミーナの口が無意識に言葉を発した。
死への恐怖が、生への願望が、悲鳴という形で身を護ろうとさせる。
「いやあああああああああああああああああっ!」
目を瞑り、頭を抱えて、ぎゅうと体を小さくさせるミーナ。
だが、飛んでくるのは短剣だ。
頭を抱えて体を縮めても、六本の短剣に貫かれれば致命傷は免れない。
そのとき。
一度は千切られ、アグニの手でかけ直されたミーナのネックレスが強く、本当に強烈なほど輝いた。
明度高く輝くそれは露草色で辺りを塗りつぶし、その場の誰もが目を瞑る以外にない世界の変容を引き起こす。
だが、ネックレスが輝いたところで現実は変わらない。
露草色の強烈な光の中で、ドドドド、ドスドスッ! と嫌な音が周囲に響く。
それは砂袋を思い切り殴った時の音に似ていたが、しかし違う。
刃物が肉を刺し貫いた時の音だ。
「ミーナァァアアアアアアアアアアァァァァ!」
アグニの咆哮ともとれる叫びが光の中を奔った。
眩む視界の向こうでどんな光景が広がっているのかを考えると、たまらなかった。
けれど。
強烈な光が収まり、世界に目が慣れるころ。
目に飛び込んできた状況に、アグニは戸惑いを隠せなかった。
「なっ、に……?」
そしてその光景に目を疑い、呆気に取られるのはアグニばかりではない。
光の中で勝利を確信していたマグティーノも全ての分身の動きを止めて驚いていたし、己の不甲斐なさに拳を握っていたジョイズ・モントレーも短くなった大剣を片手に眉を寄せていた。
そう。
本来なら、そんなことは絶対にありえない。
狂戦士とは、人間を狂わせて作るから、狂戦士なのだ。
なのに。
狂戦士となった両親は、
ミーナを庇うように両手を広げ、
短剣の盾になる様に立ちはだかっていた。
沈黙と静寂が場を包む。
いつまでも襲ってこない短剣に、恐る恐る顔を上げたミーナの喉が、かすれた驚きを上げた。
「ぇ……?」
短剣をその肉体に受け、自分を庇っているのが誰なのか、すぐには理解できなかった。
「なん、で……?」
思考が追いつかない。
何が起きたのか、理解できない。
完全に壊れていたから、完全に狂ってしまっていたから、両親はアグニを襲っていたのではないのか?
けれど、実際に娘の危機に身を挺して、ミーナを守ったのは両親だった。
「父様……? 母様……?」
言葉が震え、体が震える。
「あれ……? どうして?」
視界が震え、胸が震える。
見れば、〝空転の歯車〟の魔力循環異常による筋肉肥大で不気味なほど発達していた父と母の肉体が、裂けた皮膚はそのままに、通常の状態に戻っていく。
誰もが動けない異常な事態。
その中で、しかしその異常事態そのものであるミーナの両親は、背中に刺さったままの短剣など気にせず、自分の娘の無事を確かめた。
「大丈夫かい、ミーナ?」
「怪我とか、してない?」
父が、そして母が、十か月前の優しい表情で、ミーナを心配した。
「!!!!!!!!!!!!!!!」
瞬間、ミーナの顔がくしゃくしゃに歪んだ――。
次回 「 今、制止した世界が 」




