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三話 『 終焉への秒読み 』

「……うそ、だ」

 魔法の発動が止まる。出現した全ての銃器が古びたアンティークの様に動かなくなる。

 驚愕に染まったミーナの表情から血の気が引いていく。

 それは。

 人間だったもの。

 正気を完全に失い、口角から泡を吹く、二体の狂戦士。

 その場にいる誰もが理解できた。

 その狂戦士たちが誰なのかという事を、分かってしまえた。

 アグニも、

「間に合わなかった……」

 ジョイズ・モントレーも、

「何という、非道を……ッ!」

 そして、ミーナも。

「あ、ああ……」

 いや、ミーナは良く知ってすらいた。

「なんで? どうして、そんな……ッ」

 だって。

「うそだ……」

 直視することも憚れる狂戦士としてそこに居るのは、

「うそだ……」

 ミーナの両親(、、、、、、)なのだから(、、、、、)

「うそだあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 悲鳴という絶叫。頭や心が爆発でもしたような、痛みしか感じられない声が炸裂した。

 その悲鳴の中で。マグティーノの大群からいやらしい声が届けられる。朝の教会で少年少女たちが歌う讃美歌に酔いしれる様な、感極まった愉悦の声が。

「いま私は、とても良い気分です。十か月の間引き離されていた親子が、こうしてまた、巡り合うことが出来たのですから。しかも、そのお手伝いをさせてもらえた私は、なんて幸運なのでしょう? ああ、考えるだけで――幸福が満ちていく!」

 そのとき。

 アグニの腕にしがみ付く格好になっていたミーナの足が力なく折れ、ぺたんと尻が落ちた。その顔には血が通っておらず、それ以上に、意識すら感じられない瞳の色は下手をすればこのまま死んでしまうのではないかと思わせられた。

 マグティーノは言う。

「さて、これで私が勝つための準備は終わりました。いくつかの計算外はありましたが、それでもここまでうまく事が運んでくれると、やはり思ってしまいますね。運命というものはあって、そしてその運命を、私は従えているのだな、と」

 そして、開戦を知らせるように、高らかにのたまうのだ。

「では、始めましょうか。あなたたちを殺す、楽しい楽しい時間をッ!」


†††


 力強さのない深紅色のアウラを纏い、ミーナと数レートル離れた場所で、アグニはミーナの両親と戦っていた。先ほどまではミーナの手を握って声をかけていたが、相手は二体の狂戦士。しかも、それがミーナの両親なのだから戦いづらいことこの上なく、さらには力強さのないアウラからもわかる通り魔力はもう底を突く勢いで、守りながらの戦闘より、戦闘自体を遠くに移すことに思考を切り替える必要があった。

(くそっ! どうする……どうすりゃあいい!)

 アグニは狂戦士からの攻撃をどうにかいなしつつ相手を見た。

 膨張した筋肉が皮膚を裂き、口角から泡を吹く狂戦士の眼は焦点が合っておらず、ネックレスから聞こえてきた父親の優しい声など、喉を裂いて発しているような叫びとなって意味さえ分からない。

 これで相手がミーナの両親でなければ、アグニも躊躇うことはなかっただろう。

 最後の魔力を振り絞って、拳を打ち付けていたに違いない。

 けれど、今のアグニにはそれが出来ずにいた。

 ミーナが顔をボロボロにしながら、父と母を呼び、やめてと叫んでいるのだ。

 出来るはずがない。

(くそ、本当に分からねぇぞ。どうすりゃいいんだよ!)

 だからアグニは戦いとも呼べず無駄でしかない戦闘を繰り返している。

 一方、アグニの状況が酷ければ、ジョイズ・モントレーの状況も酷いの一言に尽きていた。

 数百を超えて千に届く数のマグティーノを、一人で相手取っているのだから。

「これほどきりのない戦いは何時以来か。ぬぅうううんんんんん!」

 それも、自分より後ろには分身の一体も通すことが出来ないのだ。酷いと言うにも酷過ぎる。

(早くしてくれ、アグニ。我にしても長くはもたん。この状況でミーナを立たせることが出来るのは、お前だけなのだッ! ミーナだけが、この戦況を覆せるのだッ!)

 無骨長大な大剣を振り回し、近くを襲ってくる者を叩き伏せ、遠くを抜けようとする相手を卓越した剣技によって(そら)ごと切り裂くという絶技を持って戦場を維持していく。

 いま自分より後ろに行かれたら、魔力の少ないアグニではミーナを守り抜く事は出来ないだろうとジョイズ・モントレーは考える。

 そしてミーナを失えば、この状況を打開できる唯一のカードを失うことにもなってしまう。もしそうなれば全滅は免れない。

 ミーナが、アグニが、そして自分が殺され、〝尾を飲み込む(リング・オブ・)円環の大蛇(ウロボロス)〟も奪われてしまう。奪われればどうなるのかなど分かるはずもないが、強欲の化身と呼ばれる様な王の手に落ちるのだ。世界のバランスさえ崩れてしまうかもしれないと考えるのは、考え過ぎではないだろう。

 グロウス王に(めい)を受けた騎士としても、グロウスからの願われた男としても、そんなことは許せない。そしてここまでの時を共にしたアグニとミーナも殺されたくはない。

 こんな状況で運がいいのかは分からないが、魔力の余力は十分にあるのだ。本当に最後になるまで、ジョイズ・モントレーは全力を出し続けようと大剣を振るい続ける。

「我はグロウス王国近衛師団長、ジョイズ・モントレー! ここから先へは一歩たりとも通さんぞぉ!」

 ぬおぉおおおおっ! と近くにいた一体を切り裂き、鉄板に柄を無理やりつけた様な大剣を一度鞘に収ると、その上から夕焼け色のアウラを一気に集めた。

 そして、声を轟かせる。


煌煌抜剣(こうこうばっけん)(つい)の型――〝六根罪障(ろっこんざいしょう)〟ッ!』


 あまりにも早い居合抜きに抜剣した腕さえも光に溶け、一拍の沈黙が過ぎる。

 次の瞬間、すぅ……っと空間自体が切り裂かれ、激しい轟音と共にマグティーノの群れが一面、爆発の様な剣圧に吹き飛んだ。

 透明な虹色という矛盾した光を血飛沫の様に吹き上げて、粉々に消えていく分身。

 直後、矛盾した光の残滓の陰から殺意の籠った短剣が飛んでくる。

 その数、無数。

 ジョイズ・モントレーはその飛んでくる短剣を、縦横無尽に大剣を振り回すことで切り落とし、その間に後ろへと抜けようとするマグティーノには短剣を打ち返すことで阻止をする。

 圧倒的な数を前に、圧倒的な剣技で対抗するジョイズ・モントレー。

 そんなジョイズ・モントレーに、本物のマグティーノから声が届く。

「ううん、なかなかどうして。この数を相手によくもまあ、と称賛しておきましょう。ですが、いつまでも持つものではないのは自然の摂理。いっそ潔く諦めてしまわれたらいかがですか、師団長殿」

 遠く近く、飛来する短剣を切り落とし、弾き返し、それでも答えを返す余裕を見せて、ジョイズ・モントレーは口を開いた。

「ふん、他愛無い。雑兵がいくら増えたところで、結果は変わらん。こちらが手数を増やせばいいだけの事だ。いいや、このまま(われ)が名実ともに一騎当千の騎士となれば、王もお喜びになってくださるやもしれん」

「まだそんな事を……素直に諦めてくれれば私も楽が出来て良いのですがね?」

「馬鹿な事を。我は騎士ぞ? 人殺しに屈していては、騎士の名が泣くわッ!」

 ジョイズ・モントレーは言いながら、また数体の分身を粉々に砕いた。

 ――だが。

 既に戦いが始まって一刻近くになる。暗殺者や狂戦士といった人間から、狂暴な獣や奇怪(きっかい)異形(いぎょう)の魔物まで、数多くの敵を倒してきたのだ。ここまでミスがなかったのは日々の鍛練がなせる業だが、どんな時でも思いがけない出来事とは起こるもの。それが、自分の力量とは関係ない所で起きた物ならば、僅か一瞬の、(まばた)き程度の呼吸のずれは必ず生まれてしまう。

「んんんっ、ぬあぁあっ!」

 ジョイズ・モントレーが裂帛の気合いと共に大剣を振りぬいた瞬間。

 ギン……ッ、という鈍い音を立てて大剣の先端から四分の一が折れた。

 それを見たジョイズ・モントレーは瞬間的に息を詰め、集団のどこかにいるマグティーノの口角がくいと持ち上がる。

「今です!」

 言葉も短くマグティーノが言うと、バーガンディー色のアウラが地面を奔り、ジョイズ・モントレーの周囲の地面を僅か沈ませた。

次回 「 その針を止める者たち 」

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